僕とエディットは『カナレア』と呼ばれる小さな市に住んでいる。
『カナレア』は南区・中央区・緑区の3つに分かれていて、僕とエディットは南区に住んでいた。
そしてランタンフェスティバルが開催されるのが、ここ中央区だった――
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「すみません、アドルフ様」
ガラガラと走る辻馬車の中で、向かい側に座ったエディットが謝ってきた。
「え? 何を謝るんだい?」
「いえ、アドルフ様の方が御自宅が近いのに、わざわざ遠回りして一緒に馬車に乗って帰って頂いていることについてです」
エディットは申し訳無さそうにしている。
「何だ、そのことなら気にする必要は無いよ。元から一緒に乗って帰ろうと提案したのは僕の方だからね」
そして笑みを浮かべたものの、実は内心しくじったと思っていた。
まさか僕の家のほうが中央区より近いとは思ってもいなかった……と言うよりも、知らなかったと言うべきかもしれない。
こんなことになるなら遠回りせずに、エディットに断りを入れて先に馬車を降りるべきだっただろうか?
何しろ家に帰った後は明日行われる歴史の試験勉強をしなくてはならないのだから。
その後はまたエディットを迎えに行って、2人でランタンフェスティバルに参加する。
夜は2時間程しか勉強出来ないと考えた方が良いかもしれない。
いつの間にか僕は目の前にいるエディットの存在を忘れ、今日の予定について考え込んでしまっていた……ようだ。
「あの……アドルフ様」
「え? な、何? どうかした?」
不意にエディットに声をかけられて我に返った。
「いえ……私の家に到着したので、お声をかけさせて頂きました」
「え?」
慌てて外を見ると馬車は3階建ての大きな屋敷の前に停まっていた。
しまった! いつの間に馬車が停まっていたのだろう?
「そうだね? それじゃ降りようか?」
そこで先に降りるとエディットの手を取って馬車を降りる手助けをしてあげた。
「あの、どうもありがとうございました」
真っ赤な顔で僕にお礼を述べて来るエディットに僕は笑みを浮かべた。
「うん。それじゃ、エディット。また後で会おう? 夕方迎えに来るよ」
そして再び馬車に乗り込もうとした時。
「お待ちください、アドルフ様」
突然エディットがひきとめてきた。
「何? どうかした?」
エディットの方を振り返ると、彼女は驚くべき言葉を口にした。
「あの……折角ここまでいらして下さったので私の家で昼食を食べていかれませんか?」
「え……? 食事を?」
「は、はい。そうです」
う~ん。その申し出はありがたいけど、家に帰って試験勉強をしたいし……。
返事を躊躇っていると、さらにエディットが声をかけてきた。
「あの……私とアドルフ様が婚約して以来、一度も私の家にお越しいただいたことがありませんので、出来ればこの機会にお昼をご一緒出来ればと思ったのですが……迷惑だったでしょうか?」
「エディット……」
よく見ればエディットの小さな体が小刻みに震えている。恐らく今エディットは相当な勇気を振り絞って僕を誘っているに違いない。
そんな彼女の気持ちを無碍にすることなんか出来るはずは無かった。
「うん、そうだね。それじゃ迷惑でなければお昼をご馳走になろうかな?」
「はい!」
嬉しそうに返事をするエディットを見て、僕は思った。
恐らくこのままエディットの家に残ることになり、ランタンフェスティバルが終わるまで、僕は家に帰ることが出来ないのではないだろうか……?
そして、僕の予感はものの見事に当たることになる――