「一体どんなお菓子を作ってきてくれたのかな〜」
ニコニコ笑みを浮かべながら紙袋を開くも、内心憂鬱な気持ちで一杯だった。
うう……どうか、どうかあまり甘くないお菓子でありますように……。
そして出てきたのは上に砂糖の塊がかかったカップケーキだった。
しかも5個も入っているじゃないか。
「アハハハ……す、すごいね。これは……とても甘くて美味しそうだ」
ひきつった笑みを浮かべながら僕はエディットを見た。
「本当ですか?」
うつむき加減だったエディットがパァッと笑顔になった。
その可愛らしいことと言ったら言葉では表せないほどだった。
流石はこの世界のヒロイン。
うん、やっぱり悪役令息の僕には勿体なさすぎる。
ここは一刻も早く、この漫画世界のヒーローに彼女を託してあげないと。
「それで……これって……かなり甘いケーキなのかな?」
どうか違うと言って欲しい。
密かな期待を抱きつつ、エディットに尋ねた。
「はい、そうなんです。これは甘いアイシングがたっぷりかかったはちみつレモンのカップケーキです。ほのかなレモンの香りがアップルティーによく合うんですよ。是非食べてみて頂けますか?」
エディットは照れくさいのか、モジモジしながら僕とはちみつレモンカップケーキを交互に見つめてくる。
ええっ!?
い、今食べなくちゃいけないのだろうかっ!?
しかし……。
エディットは期待に満ちた? 目でじっと僕を見つめている。
うう……そんな目で見つめられたら食べざるを得ない。
ヒロインを虐めた罪で追放されるなんてたまったものじゃないからね。
「ありがとう。それじゃ早速頂こうかな……」
覚悟を決めて、はちみつレモンカップケーキにフォークで切り取り、アイシングがたっぷりかかった一口大に切ったケーキを口に入れる。
パク
途端に口の中に広がる暴力的とも言える甘ったるい味。
う……あ、甘すぎる……。
まるで砂糖の塊が口の中で踊っているようだ。は、早く飲み込まなくちゃ。
ゴクリ
喉元を通り越してもまだ口の中に甘さが残っている。
は、早く飲み物を……。
すかさず、紅茶が淹れられたティーカップを口に運ぶとゴクンゴクンと飲み干した。
うう……出来れば紅茶ではなくコーヒーを飲みたい……。
ホウとため息をつくと、エディットが悲しげに僕を見ている。
「な、何っ?」
ドギマギしながら尋ねる。
「あの……まずかった……ですか……?」
「いやあっ!? そんなことあるはず無いじゃないか。とっても甘くて……その、美味しかったよ……?」
『甘い』を強調しながらエディットに笑いかけた。
「本当ですか? 以前のアドルフ様は私の作ったケーキを食べてくださったことが一度もなかったので、すごく嬉しいです……」
エディットは嬉しそうに僕を見る。
「あ……」
そうだった。
今までの僕はエディットに「こんなまずいものが食えるかっ!」と言って彼女の手作りお菓子を投げ捨てていたけど……それはやはり甘すぎたからだろうか?
「ごめん。馬に蹴られたショックで、実は以前のことは曖昧な記憶しかないんだ。だから今までの僕のことは忘れてくれないかな? これからは心を入れ替えて、もう絶対に君を傷つけないと誓うから」
だから、どうか僕を将来的に追放しないでくれないかな……。
そんな気持ちを込めて僕はエディットをじっと見つめた。
「アドルフ様……本当にまるで人が変わられたみたいですね……で、でも今の方が……そ、その……ずっと素敵です……」
それだけ言うとエディットは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「そうかな? ありがとう。そ、それじゃ残りのケーキもい、頂こうかな……」
やはり、折角の頂き物は最後まで食べるのが礼儀だ。
僕は笑みを絶やさず、なんとかはちみつレモンカップケーキを完食し……紅茶をその後3杯飲み干した。
****
僕がケーキを完食した後も何故かエディットは帰ろうとしない。
ケーキスタンドに乗ったマカロンを口にしては「美味しいですね」を繰り返し、庭の薔薇を見ては、「綺麗ですね」を繰り返すばかりだ。
おまけに何やらソワソワしている。
……ひょっとして、僕が帰っていいよと言うのを待っているのかもしれない。
「エディット」
「は、はいっ!」
未だに僕に名前を呼ばれるとビクリと肩を跳ね上げるエディット。
う〜ん……出来るだけ優しい声で名前を呼んでいるつもりなんだけど彼女の中では僕がトラウマになっているのかもしれない。
「もう帰っても大丈夫だよ? そろそろお昼になるし」
「え?」
エディットが何故か驚いた様に僕を見る。
「か、帰った方が良かったでしょうか……?」
今度は何故か涙目になって僕を見る。
「あーち、違うよ。えっと……つまり、僕と会うことでエディットの貴重な時間を奪っているんじゃないかな〜と思ってさ」
「あ……そ、そうですね……。分かりました……帰ります……」
悲しげにノロノロと立ち上がるエディット。
え? ど、どうしてそんな悲しげな顔をするんだろう!?
ひょっとして本当の目的は僕に話があって来たのじゃないだろうか?
「ちょ、ちょっと待って! エディット!」
僕は慌てて彼女を引き止めた。
「はい……」
うつむき加減に返事をする彼女。
「ごめん、エディット。もう一度座ってくれるかな?」
「はい」
エディットを座らせると尋ねてみた。
「ねぇ、エディット。本当は何か話があって僕のところへ来たんじゃないのかい?」
「え? 何故それを……?」
驚いたように目を見開くエディット。
「うん、何となくそんな風に感じたんだ。それで僕にどんな話があるのかな?」
「はい……実は来月に行われる学院の創立記念パーティーの件について、お話したくて本日伺いました……」
「創立記念……パーティー? あっ!」
その時……僕の脳裏に前世で読んだ、この少女漫画の創立記念パーティーについての内容が突然蘇ってきた――