「そうだ、エディット。僕だけ1人でクッキーを食べるのは何だか悪いから良かったら一緒に食べないかい?」
考えてみれば僕が1人でクッキーを食べるのはとても非常識に感じられた。
「い、いえ。私はお菓子を作ることが趣味なのでいつでもまた作って食べることが出来ます。このクッキーはアドルフ様の為に作ったので、どうぞ召し上がって下さい」
「そうなのか……。わざわざ僕の為に焼いてくれたクッキーなんだよね……うん、分かった。大切に食べるよ。本当にありがとう」
「い、いえ。そ、それほどまでに喜んでくださるなんて……う、嬉しいです……」
見ると、エディットの頬が真っ赤に染まっている。
きっとクッキーを褒められて照れているのかもしれない。
何だか前世の妹を見ているみたいだ。
フフフ……何だか可愛らしいな。
「それじゃ、あまり引き止めたら悪いからね。もう帰ったほうがいいよ。馬車まで送から」
「え? ええっ! お、お見送り……ですか?」
エディットは驚いた様子で目を見開いた。
あ……そう言えば今まで一度もエディットを見送ったことが無かったっけ。
いつも勝手に帰れと言わんばかりに返事すらしなかったな……。
何故あんな酷い態度を取っていたのだろう? 我ながら本当にイヤになってしまう。
「うん。それじゃ行こうか。エディット」
「は、はい……」
****
2人で長い廊下を歩いていると、驚いた様子で遠巻きに僕とエディットを使用人の人達が見ている。
ここでいつもの僕なら……。
「無礼者! 何を人のことをジロジロ見ているんだっ!」と怒鳴りつけているところだけど、そんなことはしない。これからの僕は違う。
「皆、お仕事ご苦労さま」
ニコニコ笑顔で僕から声をかけていく。
まぁ、これはある意味エディットの心象を良くする為でもあるのだけど。
「こ、こんにちは! アドルフ様っ!」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
「勿体ないお言葉ですっ!」
僕に声をかけられた使用人の人達は皆、恐縮した様子で頭を下げてビクビクしている。
何だかいやだなぁ……。そんなにビクビクされたら、帰ってエディットには逆効果に感じる。
ここは気を取り直してエディットに何か話しかけよう。
「ところでエディット、今までは毎週末僕の屋敷に来ることになっていたけど……もう明日からはそんなことしなくていいからね?」
「え? アドルフ様……?」
エディットは驚いたように僕を見た。
「ほら、僕とエディットの婚約はお互いの両親が強引に結ばせたようなものだろう? 親交を深める為に、毎週末は必ず2人で会うようにって勝手に決められてしまったしね」
「……」
エディットは何と返事をしたら良いのか分からないのだろう。戸惑った様子で僕を見ている。
「でも、それってエディットの貴重な時間を僕が奪ってしまうことになっていると思わないかい? さっき、僕に話してくれたよね? お菓子作りが趣味だって」
「はい……言いましたが……」
「それなら週末は自分の好きな趣味に費やしたり、お友達と会ってどこかへ出かけたりもしたいんじゃないかな?」
「でも、それは……」
何故か言いよどむエディット。
あ……そうか。きっとエディットは両親から僕のご機嫌を取って来るように言われているんだ。
「大丈夫だよ。もし両親から僕に会いに行くように命じられているなら、週末は僕がゆっくり1人で過ごしたいから来なくていいと言われたって伝えればいいよ。両親に言いにくいなら僕からその話をしてもいいし」
「わ、分かりました……。両親には私の口から伝えるので、大丈夫です……」
「そう? 良かった〜その言葉を聞いて安心したよ」
僕は笑みを浮かべてエディットを見た。
これで毎週末僕と憂鬱な時間をエディットは過ごさなくてすむ。
「……」
けれど、何故か隣を歩くエディットの様子がおかしい。
何だか元気がないようだ。
「大丈夫かい? エディット。まだ何か気がかりなことでもあるのかい?」
いつの間にか僕達はエントランスの前に来ていた。
「いえ……気がかりと言うか……」
扉を開ける僕にエディットは何か言いたげにしている。
「遠慮しないで言っていいよ?」
「あ、あの……アドルフ様は明日はどうされるのですか?」
「う〜ん。そうだな……明日は部屋でゆっくり本でも読んで過ごすつもりだよ」
「読書……ですか?」
「うん、そうだよ」
返事をしながら扉を開けるとすでに馬車は扉の前で待機していた。
「お待ちしておりました」
御者の男性は僕とエディットの姿を見ると、御者台から降りて扉を開けてくれた。
「うん、ありがとう。エディット。今日は来てくれてありがとう」
エディットの前に右手を差し出した。
「え……?」
エディットは固まったように僕の差し出した右手をじっと見つめている。
「あ…。ごめん。お別れの挨拶に握手でもしようかと思ったのだけど……駄目だったかな?」
「い、いえ! そ、そんなことないです…」
緊張の為か、真っ赤になったエディットが恐る恐る手を差しのべて来た。
ボクはその手を握りしめ、笑いかけた。
「またね、エディット」
「は、はい……」
そしてエディットが馬車に乗り込むと、ボクは扉を閉めながら声をかけた。
「気をつけて帰るんだよ?」
「はい、お見送りありがとうございます」
どこか、ホッとした様子のエディット。
ようやく家に帰れるから安心しているのかもしれない。
「それじゃ、出してくれるかい?」
御者に声をかけると、彼は頷いた。
「承知致しました」
そしてエディットを乗せた馬車はガラガラと音を立てて走り始めた。
僕は馬車が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。
エディットの中で、少しでも僕に対するイメージが改善されていますように……と願いながら――