それにしても何故いつまでも僕とエディットは2人きりにされているのだろう?
あれほど主治医のドナルド先生を呼んでくるとかで大騒ぎしていたのに……。
そこまで考えて、ハッと気付いた。
しまった。
また考え事をしていたせいで、エディットの存在を忘れていた。
目の前のエディットは居心地悪そうに身体を縮こめている。これではまるで命の危機にさらされた小動物の様だ。
帰っていいよと僕が言ったところで、恐らくエディットは帰ることが出来ないだろう。
親に命じられて見舞いに来させられているのは分かり切っていることだから。
だとしたら僕がしてあげられることはただ一つ。
出来るだけ優しい態度で、エディットに話しかけてあげることだけだ。
「ねぇ、エディット」
「は、はいっ! な、何でしょう、アドルフ様」
姿勢をピンとただし、エディットが返事をした。
「うん。どうも記憶がまだ曖昧でね‥…‥今日は何曜日で今は何時なのかな?」
「は、はい。今日は金曜日で……時刻は午後4時を過ぎたあたりです」
「え? 午後4時?」
「は、はい……そ、そうですけど……」
エディットが伏し目がちに頷く。
「それじゃ、もしかして学院の帰りに僕のお見舞いに来たのかい?」
「はい、父に言われ‥…‥あ! す、すみませんっ! い、今のは何でもありません。申し訳ございませんでした……」
今にもエディットは泣きそうな目になっている。
「あ~だ、大丈夫! 今のは聞こえなかったから……うん。本当に気にしないでいいからね?」
冗談じゃない。これ以上彼女を泣かせたら、僕は今に破滅するかもしれない!
「ほ、本当に……大丈夫なのですか?」
涙目になるエディットに僕は笑いかけた。
「ああ、勿論だよ。それよりも悪かったね? わざわざ週末の……しかも学院が終わった帰りにお見舞いによってくれたなんて。金曜日は科目も多くて講義の時間も長いのに疲れているだろう? ありがとう。でも来てくれて本当に嬉しかったよ」
きっとエディットの姿をみなければ記憶は取り戻せなかった。そして医者にあちこち診察を受けて、最悪入院させられていたかもしれない。
「あ、あの……そんなに喜んでいただけるとは思いませんでした……」
戸惑いながらもエディットは僕の顔を見つめてきた。
うん、さっきよりは僕に対する恐怖心が薄れてきたかもしれない。
「そうだよ、だってエディットの顔を見た途端記憶が戻ったのだから。君には本当に感謝しているよ」
「え? そ、そうなのですか……?」
エディットが少し身構えてしまった。
「あ! だ、だから今までの僕はどれだけ酷い人間だったか自覚も持てたんだ。約束するよ。僕はもう二度と君を傷つけたり、困らせたりするようなことは二度としないって。僕に遠慮なんか何もしなくていいよ? だから今日はもう帰っていいよ? 馬車まで送るよ」
きっと早く帰りたいだろうからもう解放してあげなくちゃ。
「え……? も、もう宜しいのですか……?」
一方、エディットはキョトンとした顔をしている。
「うん、だって学校帰りに来てくれたのだから疲れているだろう? 家に帰ってゆっくり休んだ方がいいよ」
そして僕は笑みを浮かべてエディットを見つめた――