「一体、今のは何だったんだろう……? アドルフって誰のことかな?」
その時、僕はピンときた。
「そうか、ここはコンセプトホテルに違いない! 外国人スタッフを雇って、中世貴族の気分を味あわせてくれる場所なんだ!」
この際、僕がどうしてこの場所にいるのか理由はもう脇へ置いておこう。
そうでもしなければ今の自分の置かれた状況を受け入れることが出来ないからだ。
「とりあえず……皆が戻るまでに着替えようかな……」
ベッドの下には妙に豪華な刺繍入りのルームシューズが置かれている。
「凄いな……随分贅沢なホテルなのかもしれない」
ルームシューズに足を通し、辺りを見渡すと大きなクローゼット目についた。
「あそこに服が入っているかもしれないな……」
早速、クローゼットに近づき扉を開けた。
――ガチャッ
すると目の前にはハンガーに掛けられた衣装がずらりと並べられている、しかもご丁寧に、全てジャケットとスラックスがセットに組み合わされている。
「うわぁ凄い……なんて豪勢なスーツなんだろう……」
とりあえず、普段からよく着慣れているグレンチェック柄のスーツの組み合わせを手に取った――
「へ〜このスーツ、シャツもジャケットもスラックスも全て僕にあつらえたみたいにぴったりだ。それにしても……随分派手なスーツだな。ひょっとして、このジャケットはフロックコートっていうのかな?」
こんな膝下迄丈のあるジェケットを着るなんて、生まれてはじめてだ。
「あ、そうだ。ネクタイをしないと」
ネクタイを持って鏡を探していると、壁に大きな鏡が吊り下げられている事に気付いた。
「どれ、あの鏡を見ながらネクタイを結ぼうかな」
僕は鏡に向かい……ひょいと覗き込み、目を見開いた。
鏡には栗毛色の髪に青い瞳の見知らぬ青年が映し出されている。甘いマスクをした青年はハリウッドスター並みの容姿をしている。
「え……? だ、誰だ……?」
口にした瞬間、僕は衝撃を受けた。
鏡の中の青年が僕と全く同じ口の動きをしたからだ。
「ま、まさかっ!」
慌てて口元を抑えると、鏡の人物も同じ動きをする。
「ひょ、ひょっとして……こ、これは僕なのか……?」
震えながら鏡の前に手を差し出すと、鏡の中の人も手を差し出してくる。
「そ、そんな……!」
思わず口元を押さえた時……。
「アドルフッ! 婚約者のエディット令嬢が丁度お前の見舞いに来てくれたぞっ!」
先程、部屋を飛び出していったコスプレ男性が再び部屋に現れた。隣にはコスプレ女性もいる。
「本当にすごい偶然よ。連絡を入れようとした矢先に、馬車に乗って訪ねてきてくれたのだから」
コスプレ女性は満面の笑みをたたえている。
「え……? エディット……? 婚約者……?」
一体何のことだろう?
「おいおい……まさか自分の婚約者のことまで忘れてしまったのか? エディット・ロワイエ伯爵令嬢。お前の婚約者のことじゃないか?」
コスプレ男性は呆れたようにため息をつくと、声を掛けた。
「エディット令嬢、どうか息子に顔を見せてやってくれないか?」
「は、はい……」
背後にいた女性は進み出て来ると、僕の前に姿を現した。
「アドルフ様……目が覚められて安心致しました」
「え……?」
その女性を見た時……僕は全てを思い出した。
ここは前世に読んだ少女漫画の世界で、目の前の女性はこの世界のヒロイン。
そして僕は彼女の婚約者で、悪役令息。
いずれは国を追放される運命にあるということを――