午前10時――
木漏れ日の差し込む邸宅のサンルームで僕はお気に入りのコーヒーを飲みながら最近はまっている歴史小説を読んでいた。
開け放した窓からはそよ風が吹き、緑の木々の匂いを運んでくる。
「あ~最高だな……。こんなにゆっくりした週末の時間を過ごせるなんて本当に夢の様だ」
その時――
「あ、あ、あの……ア、アドルフ様……」
サンルームにまだ年若いメイドさんが現れた。
彼女は銀のトレーにポットとスコーンを乗せたワゴンを押している。
「もしかしてお茶のお替りを持ってきてくれたのかな?」
怖がらせないようになるべく笑顔で話しかける。
「は、はい。そうです。後はスコーンをお持ちしました」
スコーンか……甘いの実は苦手なんだよなぁ。
出来ればポテトチップのようなスナックが欲しいよ。
「申し訳ございません、アドルフ様。ぽてとちっぷというスナックをご用意出来ずに甘いお菓子をお持ちしてしまいました……。大変申し訳ございません。ど、どうかお許し頂けないでしょうか……?」
メイドさんが涙目になって頭を下げて来た。
「え!? も、もしかして心の声が駄々洩れになっていた!?ご、ごめんよ? 僕は君を困らせるつもりは無かったんだよ」
若い女の子たちが困ったり泣きそうになるのを見るのは正直言って苦手だ。
「ほ、本当に怒ってるわけでは無いのですか……?」
「もちろんだよ。当然じゃないか。でも怖がらせてしまったみたいだね?だからお詫びに君にこのスコーンをあげるよ」
だからそんな泣きそうな顔で僕を見るのはやめて欲しい。
「ありがとうございます! アドルフ様!」
途端に泣き顔から笑顔になったメイドさんは嬉しそうにスコーンの乗ったお皿を手に取ると、お辞儀をしてサンルームを出て行った。
「ふぅ。泣き止んでもらって助かった……。それじゃ本の続きを読むとしよう」
そして再び読みかけのページを開いて読書を再開した――
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僕の名前はアドルフ・ヴァレンシュタイン、18歳。
ヴァレンシュタイン伯爵家の次男で、貴族だけが通うことのできるエドワード学院の3年生。
家族構成は現当主である父、カストロ・ヴァレンシュタイン。
子爵家出身の母、カサンドラ・ヴァレンシュタイン。
そして今は不在の国王直属の騎士である5歳上の兄クラウド・ヴァレンシュタインの4人家族となっている。
そして……これは誰にも言えない話なのだが、僕の前世は日本人で飲料メーカー勤務の営業マンだった。
またこの会社がブラック企業でノルマもきつく、完全に会社の社畜として働かされていた。
その為社員の定着率は悪く、常に会社は人手不足状態だった。
同期は軒並み会社を辞め、残った人間は僕だけだった。
本当なら僕もこんな会社はさっさと辞めて再就職先を探したかったけれども、家庭の事情により出来なかったのだ。
それは5歳下の妹の存在だ。
僕が高校生の時に父が病死、そして大学を卒業した年に母が過労死してしまった。
妹を養わなければならない事と、奨学金の返済をする為には仕事を選んでいる余裕は無かった。
どんなに辛くても僕はその会社にしがみついて働かなければならなかった。
それに妹の笑顔を見れば、どんなに仕事が辛くても頑張れた。
けれど、やっぱり身体を酷使していたのだと思う。
ある日、仕事の外回り中に突然胸が苦しくなりそのまま意識を失って……どうやら僕は死んでしまったらしい。
何故、自分が死んでしまったことに気付いたかと言うと……話は今から半月ほど前に遡る――