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巻ノ百十六

            巻ノ百十六  明かされる陰謀

 服部は一人屋敷の中に入っていた、まずはだった。

 壁を跳び越えそこから即座にだった。

 屋敷の中に入った、しかし庭に下り立つとすぐにだった。

 伴天連の者達が殺到する、仲には全身を甲冑に覆った者もいる。服部はその甲冑の者を見て言った。

「南蛮具足か」

「何だこの男は」

「一体何処から来た」

 南蛮の者達は服部のわからない言葉で話していた。

「外も騒がしい」

「まさか幕府の忍か」

「それか」

「そうなのか」

「何を言っているかわからぬが」

 服部は彼等の言葉を知らない、それでこう言った。

「だが邪魔をするなら容赦はしない」

「?来るのか」

「来るつもりか」

「そして奥の密書を取るつもりか」

「そうなのか」

「ふむ」

 服部は彼等の言葉はわからない、だが。

 彼等の目の動きを見てだ、それで察した。

「奥か、ではそこに進もう」 

 こう言ってだ、そのうえで。

 そこに向かいはじめた、すると。

 伴天連の者達は服部に向かった、そうして彼等の言葉で言った。

「来るか!?」

「まさかと思うが」

「一人で来るのか」

「屋敷に入るつもりか」

「ならば」

 伴天連の者達は掌から火球や雷を出し槍や鉄砲を放つ、だが。 

 服部は素早くそういった攻撃をかわしてだ、こう言った。

「無駄だ」

 分身の術を使いその姿を無数に増やし敵の目を惑わし狙いを定めさせない、そうしてその身体からだった。

 青き炎を出しそれは無数の大蛇となり伴天連の者達を襲った、異国の者達は忽ちのうちにその青い炎に包まれ。

 そうしてその中で死んでいく、服部はその彼等の間を駆け去りつつ言った。

「苦しませる趣味はない、すぐに静かに眠れ」

 こう言ってその場を駆け去り屋敷の中を進んでいく、だが屋敷の中は広く複雑なまさに城の如き造りで。

 堀も石垣も壁も多い、しかも。

 敵も多い、異国の者達が次々と襲い掛かって来るが。

 服部は炎の手裏剣や刃を出しそれを投げて振るってだった。

 その者達を駆け去る様に燃やしていく、そのうえで。

 城で言う本丸のところに入った、だがここに来ると相当な敵がいたが服部は彼等にもだった。

 炎、今度は巨大な青く燃える鳥を身体から出しそれと一体化して飛んで彼等に突っ込み焼き尽くした、そうして彼等を焼いてからだった。

 本丸の屋敷に入った、その中に入るとすぐにだった。

 屋敷の大久保の間に入るとその部屋の掛け軸を見てだ、すぐにだった。

 その掛け軸を奪い取ると姿を消した、そして瞬時に妖花のところに姿を表して言った。

「終わった」

「手掛かりはなの」

「すぐにわかった」

 それがどれか、というのだ。

「それを手に入れてだ」

「帰ってきたのね」

「この様にな」

「じゃあこれでだね」

「帰るぞ」

 即座にとだ、服部は妖花だけでなくそこにいる土蜘蛛と幻翁にも話した。

「これよりな」

「じゃあ合図の火を出すね」

「うむ、落ち合う方に向けて放て」

 妖花は服部の言葉に頷きそちらに彼女の赤い炎を放った、すると服部と十二神将達は即座にだった。

 大久保家の屋敷から姿を消した、そうして。

 屋敷から離れた森の中にいた、すると。

 そこに服部と十二神将達が揃っていた、服部は家臣達が全員いるのを見て確かな声で言った。

「誰も死んでいなくて何よりだ」

「怪しい者達でしたが」

「この通りです」

「一人も欠けておりません」

「傷一つ負っていませぬ」

「何よりだ、拙者もこの通りだ」

 服部は立って彼等に答えた。

「五体満足だ」

「まずは何よりですな」

「こうして全員残っていること」

「そのことは」

「そして何よりにだ」

 さらにと言うのだった。

「動かぬ証拠を手に入れた」

「大久保殿と南蛮のつながり」

「それのですか」

「動かぬ証拠を」

「全て手に入れた」

 その掛け軸を彼等に見せて話す。

「これだ」

「それですか」

「そこにですな」

「一見すると只の掛け軸ですが」

「それは違う」

「そうなのですな」

「誰にもわからぬ」

 それこそと言う服部だった。

「滅多にな、しかしわかるな」

「はい、我等ならば」

「そこに何があるかわかります」

「まさにはっきりと」

「これ以上はないまでに」

「忍でも並の者はわからぬ」

 到底というのだ。

「しかしな」

「はい、わかります」

「我等には」

「その掛け軸に謎がある」

「間違いなく」

「だから拙者も手に入れた」

 何かあるとわかったからだ、素早く取ったのだ。

「ではな」

「はい、手に入れたのなら」

「もうここは去り」

「そうしてですね」

「駿府に戻るぞ」

「はっ」

 十二神将達は皆応えてだった、そしてだった。

 服部も彼等もだ、即座に甲斐の山中から姿を消して駿府に風の様に向かった。そのうえですぐに駿府に着いてだった。

 服部は家康にその掛け軸を差し出した、すると家康はその掛け軸を手に取ってからこう言った。

「ここにじゃな」

「はい、大久保殿と伴天連の者達のつながりの証拠があります」

「そうか、しかしのう」

 家康はその掛け軸をまじまじと見つつ服部に話した。

「見たところな」

「その掛け軸はですな」

「唯の掛け軸じゃ」

 そうとしか見えないというのだ。

「どうもな」

「はい、しかしです」

「違うな」

「左様です」 

 そうだというのだ。

「これが」

「ではどういったことじゃ」

 家康は目を光らせて半蔵を見て問うた。

「この掛け軸の秘密は」

「炙ってみて下され」

「炙る、か」

「それがし達には見えました」

「隠されて書かれておる文字がか」

「はい、そしてその字はです」

 服部は家康にさらに話した。

「炙ればです」

「出て来てか」

「そこに手掛かりがあります、ただ」

「その手掛かりがか」

「何かを書いているのですが」

 それでもというのだ。

「何を書いているのかそれがしにはです」

「そこまではわからぬか」

「どうにも」

「そうか、しかしまずはな」

「文字を炙り出しますか」

「そうしようぞ」

 こう言ってだ、そして実際にだった。

 家康は掛け軸の文字を炙らせて出させた、しかしその文字を見て彼も首を傾げさせてこう言った。

「うむ、これは」

「大御所様もですか」

「見たことがない文字じゃ」

「一体何でしょうか」

「日本の平仮名でも片仮名でもなくな」

 そしてというのだ。

「漢字でもない」

「かといって南蛮の文字でもない」

「何じゃこの文字は」

 言いつつまた首を傾げさせた。

「一体」

「少し学者に見てもらいますか」

「そうするか、念の為南蛮に通じておる学者にも見せてな」

「南蛮の学者は」

「一人おる」

 家康は服部に確かな声で答えた。

「三浦按針が連れて来た者の中にな」

「ではその御仁にも見せて」

「うむ、見てもらおう」

「それでは」

 こうしてだった、早速だった。

 家康はその不思議な、南蛮の文字とも知らぬ文字を様々な学者に見せたが日本の学者は誰も知らなかったが。

 按針が連れたその学者は目を瞠ってこう家康に言った。

「これはまさか」

「心当たりがあるか」

「はい、ルーン文字です」

「ルーン文字?」

「その文字です」

 ややたどたどしい日本語で言うのだった。

「まさかここでも見るとは」

「何じゃそのルーン文字とは」

「はい、こちらにある文字で」

「あのアルファベットの他にもか」

「古来我が欧州で昔から使われていた文字で」

「そうなのか」

「その北の方で」

 そうした文字だというのだ。

「魔術が込められています」

「魔術がか」

「はい」

 その通りだというのだ。

「そしてもう欧州でも読める者は僅かの」

「そうした文字か」

「それがしは読めます」

 学者は家康に言った。

「この文章が何と書いてあるのか」

「では何と書いてある」

「全ては佐渡奉行所の蔵の中に地下をもうけ」

「そこにか」

「隠してある、安心せよと」

 その様にというのだ。

「書いてあります」

「そうか、そして半蔵が伴天連の者達は妖しい術を使ったというが」

「それは魔術や錬金術かと」

「魔術か」

「はい、こちらの妖術と言うべきもので」

 それでというのだ。

「ルーン文字にもです」

「その力が入っていてか」

「はい」

 そうしてというのだ。

「その力もです」

「使っておったか」

「おそらくは」

「ううむ、南蛮も謎が多いのう」

「はい、そのことはさらに」

「機をあらためて聞く」

 家康はその学者に述べた。

「是非な」

「それでは」

「してじゃ、佐渡に文を送れ」

 そのルーン文字に書いてあったそこにというのだ。

「そしてな」

「奉行所を調べ」

「そうして」

「ことと次第によってな」

 まさにというのだ。

「大久保家を断ずる」

「わかり申した」

「それでは」

 こうしてだった、家康は佐賀の奉行所に人を多くやりその蔵を調べさせた、すると実際にだった。

 重い荷物の下にわかりにくい扉がありだ、そこを開くと。

 階段があった、そこを下りると部屋があり。

 中にだ、遂にそれがあった。調べた者達はそれを見て血相を変えて言った。

「これは・・・・・・」

「何ということか」

「すぐに大御所様にお伝えせねば」

 こう言ってだ、彼等はそれを持って家康のところに飛んで帰った。そして家康にそれ、大久保長安と伴天連の者達の結託と天下転覆の証を見せるとだ。

 家康は唸ってだ、こう言った。

「全ては決まった」

「左様ですか」

「大久保家のことは」

「この上なく厳しい断を下す」

 不本意なのが顔に出ていた、だが。

 家康は決心していた、それで言うのだった。

「このうえでな」

「はい、それでは」

「大久保家にではですか」

「そうされますか」

「うむ、捕らえた伴天連の者もな」

 服部達との戦とその後で甲斐の大久保家の屋敷を抑えた時に捕らえた彼等もというのだ、多くは逃げられたが。

「火炙りじゃ」

「そうされますか」

「それはまた」

「この場合は致し方ない」

 重い刑罰であるが、というのだ。

「あの者達は国を乗っ取ろうとしたからな」

「だからですか」

「あえて火炙りとして」

「そして、ですか」

「見せしめとしますか」

「そうする、他の伴天連の者達もな」 

 彼等もというのだ。

「やがて決まった場所に入れてな」

「天下を勝手に巡らせぬ」

「この度のことがない様に」

「そうしていきますか」

「普通の伴天連の者達も」

「そうする、そして佐賀を調べた者達はな」

 彼等はというのだ。

「あの者達に伝えよ」

「はい、このことはですな」

「他言は無用」

「誰にも話すなと」

「そうせよ、黙っておれとな」

 このことについてはというのだ。

「よいな」

「はい、わかりました」

「あの者達にはそう伝えます」

「決して話すなと」

「誰にも」

「そうせよ、しかしやはりな」

 届けられた書についてだ、家康はまた言った。

「伊達家のことは一切書かれておらぬな」

「既にですな」

「危ういと見て、ですな」

「全て消した」

「そうなのですな」

「そうじゃ、大久保家より伊達家と思ったが」

 これを機に取り潰そうとさえ思っていたがというのだ。

「出来ぬな、ではな」

「致し方がない」

「そうなりますか」

「少将様は担がれただけの様で」

「全くご存知ない様なので」

「よい、しかしあ奴がこのことを知れば」

 この度の大久保家のことをというのだ。

「また騒ぐやもな」

「困った方ですな」

「相変わらず非常に勘のお強い方です」

「それがまた出ますか」

「どうにも」

「あの気質がどうにかならねば」

 家康は難しい顔のまま言った。

「あ奴もやがてはな」

「放ってはおけず、ですか」

「断定を下す」

「そうするしかありませぬか」

「うむ」

 そうだというのだ。

「それしかない」

「どうにか静かになって頂きたいですが」

「あのままでは、ですか」

「仕方ありませぬか」

「何かあれば」

「困った奴じゃ、それで大久保家はそうしてな」

 極めて重い断を下してというのだ。

「このことさらに詳しく調べてな」

「連なる者達もですな」

「断を下しますか」

「そして一切の禍根を断つ」

「そうしますか」

「うむ、切支丹はこれまで以上に厳しく禁じる」

 彼等についてもそうするというのだ。

「そして天下の禍根を断つぞ」

「わかり申した」

 こうしてだった、家康はすぐにだった。

 大久保家に対してこれ以上はないまでに厳しい断を下した。それは一門である大久保彦左衛門にも及び。

 彼は歯噛みしてだ、親しい者達に漏らした。

「無念じゃ」

「お気持ち察します」

「まさか大久保殿まで処罰されるとは」

「大久保家のご本家だけでなく」

「貴殿までとは」

「全ては本多親子の仕業じゃ」

 本多正信、正純のというのだ。

「あの者達はご本家が邪魔でじゃ」

「悪謀を以てですな」

「大久保のご本家を潰された」

「伴天連とのつながりなぞでっち上げ」

「そうして」

「確かにご本家には無体もあった」

 大久保長安にはというのだ、多くの妾を持ち豪奢に暮らしその家臣達も驕り狼藉が多かった。

「しかしな」

「それでもですな」

「伴天連の者達とつながっておるなぞ」

「そんなことはなかった」

「決してですな」

「ある筈がなかった」

 少なくとも大久保はこう思っていた。

「それをあの親子がじゃ」

「大久保殿を陥れ」

「その代わりに自分達が幕府で権勢を握る」

「そう考えてですか」

「動いたのですな」

「そうに決まっておる」

 憤懣やるかたない顔で語った。

「そして大久保の一族全体が処罰されてじゃ」

「大久保殿もまた」

「処罰されてですな」

「そうじゃ、三河以来の家であるぞ」 

 大久保家はというのだ。

「四天王にも引けを取らぬ、いやそれ以上のじゃ」

「三河武士の家であり」

「大御所様も長い間お助けしてきましたな」

「戦の場で常に槍を持ち」

「そして戦ってきましたな」

「この身体には数えきれぬだけの傷があるわ」

 そこまで戦ってきたというのだ、家康ひいては徳川家の為に。

「四天王と同じくな、しかしな」

「あの親子といえば」

「戦ではものの役に立たず」

「元々は鷹匠の家」

「槍も弓も刀も取っておりませぬ」

「武なぞ全く無縁です」

「その家がのし上がっていく」

 大久保が見るに悪謀を以てだ。

「それが今の世か」

「大久保殿の様な武辺の方が報われず」

「そしてですな」

「あの親子の様な者が上がっていく」

「それが今の世ですか」

「幕府は三河以来の武辺の者達を何と思っているか」

 大久保は苦くかつ悲しみに満ちた顔でこうも言った。

「報われぬ、しかしな」

「それでもですな」

「三河以来の家の者として」

「大久保殿はあくまで、ですな」

「幕府に忠義を尽くされますな」

「尽くさずしてどうする」

 こう言うのだった。

「わしがな、だからな」

「若し急が起これば」

「その時はですな」

「大久保殿は自ら槍を取られ」

「そのうえで」

「大御所様をお護りするわ」

 この決意は変わらなかった、その武辺の者として。

「例え鬼神が来ようともな」

「大御所様をお護りし」

「一切傷つけさせぬ」

「そうされますか」

「そうするわ、三方ヶ原の様なことはならぬわ」

 あの時の様な惨敗はないというのだ。

「わしが大御所様をお護りする」

「では及ばずながら」

「我等もです」

「大御所様をお護りします」

「三河以来の家の者として」

「頼むぞ、わしにも意地があるわ」

 その武辺のそれがというのだ。

「お主達の様な者達がいてくれるしな」

「もう戦はないかも知れませぬが」

「若し戦になれば」

「その時は」

「やってやるわ」

 こう言って引かなかった。

「おそらく大坂で戦があるが」

「あるでしょうか」

「大御所様は穏健にとお考えの様ですが」

「それでもですか」

「戦になるでしょうか」

「わしにはわかる、空気じゃ」

 いくさ人の勘でだ、大久保は感じ取っていた。語るその顔の言葉も随分ときついものになっている。

「戦は起こる」

「江戸と大坂で」

「そうなりますか」

「また天下を大きく分ける」

「そうした戦になりますか」

「まああちらにつく大名はおらぬわ」 

 大久保はそれはないと言った。

「おそらくな」

「そうですか」

「加藤家も福島家もつかぬですか」

「どの家も」

「左様ですか」

「うむ、しかしな」

 それでもというのだ。

「銭で多くの浪人を雇うであろうからな」

「あの多くの銭で、ですか」

「そうしてきますか」

「それでは、ですな」

「戦になれば」

「激しいものになるであろうな」

 大久保はこのことも直観として感じていた。

「大きくな」

「堅城ですしな、大坂城は」

「まさに天下の城です」

「噂に違いませぬ」

「我等もかつて見ましたが」

「あの堅固さはまさに天下無二です」

「恐ろしい城です」

「果たして戦になればどうなるか」

「わかりませぬな」

「何、豊臣家だけなら陥とせる」

 大久保はこう言ってその大坂城でも攻め落とせると言い切った。

「大丈夫じゃ」

「他の大名はつかぬので」

「大阪城だけならですか」

「攻め落せますか」

「そう出来ますか」

「お主達はあの城を大きく見過ぎておる」

 やはりいくさ人として言う大久保だった、これまで槍一筋に生きて来たと自負しているだけに戦のこともわかっているのだ。

「城だけで戦は勝てぬ」

「ですか」

「あの大坂城を拠点に戦えば強いですが」

「縦横に暴れられまする」

「あの辺りを」

「それが出来ればな」

 大坂城を拠点に暴れらればというのだ。

「我等も危ういが」

「と、いいますと」

「あの城に追い詰めるとですか」

「勝てる」

「若しくは篭られると」

「どんな城もその城だけになって篭っては終わりじゃ」

 ここでもいくさ人として言う。

「囲んでおればやがて兵糧も尽きるな」

「そこまで囲めばよいですか」

「兵糧攻めにすれば」

「あの堅城も攻め落せる」

「左様ですか」

「小田原城も陥ちたな」 

 この城も天下に難攻不落と謳われたが、というのだ。

「守るのは人じゃ、戦は城を攻めるか」

「いえ、人を攻めるものです」

「兵法にはしかとあります」

「その様にあります」

 周りの者達もそれはわかっている、彼等にしても武士であり兵法はわかっているし戦にも出ている。大久保から見れば子程の齢の者達ばかりであるが関ヶ原等の戦に出ていてそうしたことはわかっている。

「ならばです」

「あの城を攻めずにですな」

「人を攻める」

「そうすればですか」

「攻め落せる、その戦でな」

 起こればとだ、大久保は意を決した顔になってまた言った。

「わしはこの雪辱を果たすぞ」

「お助しますぞ」

「及ばずながら我等も」

「そうさせて頂きます」

「いつも我等に何かと教えて下さる大久保殿ならば」

「是非共」

「済まぬな。わしはこの度のことで多くのものを失ったが」

 このことは事実だ、彼にとっては耐え難いことである。

「しかしまだ多くのものがあるわ、武士の誇りに三河武士の意地、槍にお主達じゃ」

「我等もですか」

「そう言って頂けますか」

「多くの友がおる、あの親子にはこれだけの友はおるまい」

 本多親子、彼等にはというのだ。

「その持っているもので戦っていくわ」

「はい、是非」

「共に戦いましょうぞ」

「三河武士の意地を胸に」

「天下に我等の戦を見せてやりましょうぞ」

 三河以来の武士達も言う、そうして大久保を盛り立てていた。大久保は確かに強い屈辱を感じていたがその心は完全に折れていなかった。

 大久保家の話は九度山にも伝わった、その話を聞くとだった。

 昌幸は幸村にだ、深い思案の顔でこう言った。

「この度のことは大きい」

「はい、切支丹はですな」

「断じて許さぬとな」

「幕府は動きで示しましたな」

「うむ」

 その通りだというのだ。

「断じてとな」

「左様ですな」

「そしてじゃ」

「はい、しかもですな」

「それはどの家でも例外ではない」

 切支丹のことだけはというのだ。

「天下の誰でもな」

「大久保家は伊達家と結び謀反を企んでいた」

「少将殿を担ぎな」

「このこともあの処断の理由ですが」

「それだけで一族全てがあそこまで処断はされぬ」

「ご老中殿だけでしたな」

「まだな」

 大久保長安、既に死していた彼に極めて思い処断を下し後は軽くで済んだというのである。

「それで済んだのだが」

「しかしですな」

「切支丹まで関わっておった」

「伴天連と手を結んだので」

「ああなったのじゃ」

「本朝の中では収まらぬ故に」

「南蛮の者達まで引き込んで介入させる様な所業となるからじゃ」

 大久保長安がしようとしていたことはというのだ。

「おそらくご老中だけがご存知でな」

「大久保家の他の方々はご存知でなかった」

「一族の方も重臣もな」

「それではご老中だけで済みましたが」

 死んでいたがそれでも断を下してというのだ。

「伊達家も証拠を消していたので」

「少将殿もご存知なくな」

「あの方だけとなっていましたが」

「そうでなくなったのはな」

「やはりですな」

「切支丹じゃ、幕府が切支丹を恐れるのも道理」

 昌幸は言い切った。

「まさにな」

「本朝を乗っ取ろうとしている者も多いので」

「当然のことじゃ、しかしその当然のことをわからぬで切支丹に近付けば」

「誰であろうとも」

「許さぬ」

「それが幕府の考えですな」

「大抵の者はこれでわかったわ」

 天下の、というのだ。

「皆な、しかしな」

「わかっておらぬ者もおる」

「そしてそれはな」

「茶々様ですか」

「あの方はな」

 昌幸は難しい顔で幸村に話した。

「どうしてもな」

「政のことは」

「何もご存知ない」

 茶々の政への疎さを語るのだった。

「だからじゃ」

「切支丹のこともですか」

「わかっておられずな」

「何をするかわかりませぬか」

「そこが問題じゃ」

「それが只の女御であり抑える者がいれば」

「よいがな」

 大抵の家はそうだ、それに政に口を出す女房もそうはいない。秀忠の正室であるお江もそれは同じだ。

「大坂はな」

「実質茶々様が主であられ」

「そしてじゃ」

 まさにというのだ。

「誰も止められぬ」

「政は何も知らぬしわからぬあの方が」

「だから切支丹もな」

「過ちを犯すこともですか」

「充分に有り得る」

 そうだというのだ。

「これがな」

「だからですな」

「うむ、厄介なことじゃ」

 大坂にとってというのだ。

「そしてそれ次第でな」

「遂にですか」

「戦も有り得る」

 幕府と豊臣家の、というのだ。

「実際にな」

「それでは」

「わし等も出るやも知れぬ」

「この九度山から」

「大坂に馳せ参じよう、だが」

 ここでだ、昌幸は難しい顔になり言った。

「わしは最早な」

「お身体が」

「うむ、いよいよじゃ」

「悪くなってきましたか」

「わしの身体のことじゃ」

 だからだというのだ。

「一番よくわかっておる」

「それでは」

「うむ、おそらくじゃが」

「戦がはじまるまでに」

「この世を去る、もう暫くしたらな」

 そこまでだ、昌幸の身体は悪くなっているというのだ。

「そうなる、だからな」

「それで、ですか」

「もう少ししたらじゃ」

 それこそというのだ。

「世を去る、やはりな」

「戦にはか」

「間に合わぬ様じゃ」 

 無念そうにだ、昌幸は話した。

「これはな」

「では」

「お主と家臣の者達だけで何とか出来るか」

「してみせまする」

 確かな顔でだ、幸村は父に答えた。

「必ず」

「そう言ってくれるか」

「はい、ですから」

「わしが世を去ってもか」

「真田の力、天下に知らしめます。そして」

「豊臣家を勝たせますか」

「そうしてみせましょうぞ」

 幸村はこのことも約束した、だが。

 昌幸はその言葉を聞いてだ、一旦目を伏せてだった。それからまた顔を上げてそのうえで彼に言った。

「いや、お主だけだとな」

「茶々様がですか」

「聞かれぬな」

 そうだというのだ。

「お主の話は」

「やはりそうですか」

「わしの名は天下に鳴り響いておるが」

「それがしは」

「知られていてもじゃ」 

 智勇兼備の者としてだ、それでもというのだ。

「茶々様までご存知か」

「そこまではですな」

「至っておらぬ」

 だからだというのだ。

「聞かれぬわ」

「そうなりますか」

「だから勝てぬ」

 茶々を止められぬからだというのだ。

「お主だけではな」

「では」

「右大臣様をお救いせよ」

 勝てぬのならというのだ。

「お主が約束したことじゃな」

「関白様と」

「ならばじゃ」

「そちらをですか」

「考えよ」

 こう言うのだった。

「よいな」

「勝てませぬか」

「あの方が大坂の主じゃとな」

「戦になり」

「そしてじゃ」

 そのうえでというのだ、

「大坂は敗れる」

「そうなりますな」

「ならばじゃ」

「拙者のすることは」

「敗れた時のことはもう用意しておる」

 肥後、そして薩摩に行ってというのだ。

「ならばな」

「敗れるまで死力を尽くし」

「大坂の城が危うくなった時にじゃ」

 まさにというのだ。

「右大臣様をお救いしてじゃ」

「そのうえで」

「逃げよ」

「肥後、そして薩摩まで」

「そうして右大臣様の御身を安泰にせよ」

「わかり申した」

「お主と十勇士達ならばな」

 彼等ならというのだ。

「必ず出来る」

「右大臣様をお助けすることが」

「そして大助もな」

 昌幸は彼から見て孫になり幸村の子である彼のことも話した。

「わかっておるな」

「はい、大助も真田家の者です」

「ならばじゃ」

「生きよと」

「途中で諦めさせるでない」

 決してというのだ。

「よいな」

「はい、あれも少ししたら元服です」

「ならばな」

「何があろうとも」

「生きよと言え」

「生きてそしてですな」

「また戦えとな」

 その様にというのだ。

「伝えるのじゃ」

「父上のお言葉として」

「わしだけでない」

「それがしからもですか」

「言うのじゃ、そして大助以外の子達はな」

 次男や娘達はというと。

「まだ戦える歳でもない、おなごじゃな」

「ならば」

「片倉殿から文を貰っておる」

 片倉小十郎、伊達家の宰相である彼からというのだ。

「密かにな」

「では」

「その時はな」

「子達をですか」

「引き取り育てて下さるとのこと」

「それでは」

「片倉殿は信じられる方じゃ」

 その信義の篤さはというのだ。

「間違ってもお主の子達を粗末にはせぬ」

「それでは」

「他の子達はそちらに行かせよ」

 片倉のところにというのだ。

「よいな」

「わかり申した」

「そうして憂いをなくしてじゃ」

「存分に戦い」

「万が一にもないが勝てればな」

「それでよしで」

「そして負ければな」

 まずそうなると見ているその時はというのだ。

「よいな」

「はい、肥後からですな」

「薩摩に落ち延びよ」

「わかり申した」

「そしてじゃ」

 昌幸は幸村にさらに言った。

「それからはな」

「はい、薩摩に落ち延びた後は」

 十勇士、そして大助と共に秀吉を無事に薩摩まで落ち延びさせればというのだ。このことは幸村から話した。

「それからは」

「好きな様にせよ」

「我等が」

「天下一の武士を目指す者としてな」

「さすれば」

「それはわしはこの世で見ることはないが」

「あの世で」

 幸村も応えた。

「そうして頂けますか」

「存分に見させてもらう」

「それでは」

「楽しみにしておるぞ」

「はい、戦に敗れてもです」

「生きていればな」

「天下一の武士を目指せます」

「ならばじゃ」

「必ずやその時は」

 そのことを果たしたならばというのだ。

「是非共です」

「果たすのじゃ」

「そうさせて頂きます」

 こう応えた幸村だった、そしてだった。

 昌幸はこの話の後程なくしてだ、床から出られなくなった。それでその床から幸村に言うのだった。

「ではな」

「はい、間もなくですな」

「去る」

 こう伝えるのだった。

「もう源三郎には文を送った」

「それでは」

「そちらのことも大丈夫じゃ」

 上田の方もというのだ。

「安心せよ」

「わかり申した」

「あとわしが死んだと聞けばじゃ」

「幕府はですな」

「その分ほっとするわ」 

 昌幸は笑ってだ、幸村にこうしたことも話した。

「厄介な奴が死んだとな」

「やはりそうなりますか」

「うむ、しかしな」

「それでもですな」

「お主がおる」

 幸村、彼がというのだ。

「お主も警戒されておるがな」

「父上程怖くはない」

「そう思っておるわ、確かにわしがおらねば負けるが」

 それでもというのだ。

「お主ならばな」

「右大臣様をお救い出来る」

「確実にな」 

 幸村、そして彼の家臣達への絶対の信頼も見せた。

「そうしてくれる、特にお主が備えたあの術じゃ」

「あの術を使えば」

「必ず出来る」

「あの術は確かに」

 幸村もその術について述べた。

「使い様によっては恐ろしいまでの力を発揮します」

「だからな」

「いざとなれば」

「右大臣様をお救い出来る、だからせよ」

「その時が来れば」

「何があろうともな、ただお主がいて十勇士がおる」

 昌幸は幸村にこうしたことも言った。

「そして伊賀者達じゃが」

「戦になれば」

「必ずあの者達も出て来るが」

「しかしですな」

「うむ、あの者達に勝つにはな」

 それにはというのだ。

「あと二人必要じゃ」

「十二神将には」

「服部殿にはお主が対することが出来る」

 忍同士の対決となれば、というのだ。昌幸はその場合についても極めて冷静に考えていた。

「しかしな」

「十勇士達では」

「あと二人必要じゃ」

「十二神将ですから」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「あと二人じゃ」

「一人は大助がいますが」

「大助はそこまで育っておるか」

「はい、それがしと十勇士の手によって」

 幸村にとって嫡子である彼はというのだ。

「見事です」

「優れた武士、そして忍に育っておるか」

「若き日のそれがしにも匹敵する」

「お主は甘いが人は公平に見られる」

 昌幸は幸村のこの資質もわかっていた、彼はそのうえで人を使っていく者なのだ。これは十勇士以外の家臣達に対しても同じだ。

「そのお主が言うのならな」

「大助は」

「それだけの者に育っておるな」

 昌幸は死の床で微笑み幸村に述べた。

「間違いなくな」

「あと一年か二年で十勇士に引けを取らぬ者となります」

「それだけの武を備えるな」

「はい」

 その通りだというのだ。

「間違いなく、そしてさらに」

「智もか」

「育てていきます」

 大助のそれをというのだ。

「必ず」

「そうせよ、しかしな」

「大助がいても」

「あと一人じゃ」

 十二神将達に対するにはというのだ。

「必要じゃが」

「どなたかおられれば」

「その時は何とかせねばならぬ」

「誰か一人が二人を相手にしますか」

「そうするしかなかろう、その一人をな」

「何とか、ですな」

「探すのもお主の務めじゃ」

 幸村のその目を見て告げた。

「わかったな」

「わかり申した」

「それだけじゃ、わしがそなたに今言うのは」

「では」

「あと数日じゃ」

 己の命が尽きる、その時が来るのはというのだ。

「それでじゃ」

「はい、それでは十勇士達もそして」

「大助もじゃな」

「呼びましょう」

「常にあちこちを動き回って生きてきた」

 真田家、この家を生き残らせる為にだ。昌幸は己のこれまでの生涯を回想してこうしたことも言った。

「謀も使い相手を騙す様なこともな」

「してきてですか」

「生きて来た」

 まさにというのだ。

「これまでのわしはな、しかしな」

「それでもですか」

「わしに後悔はない、だが悪事もしてきたわしが」

「これからですか」

「お主達に見送られて世を去るとはな」

 何時しか微笑んでいた、その顔が。

「思わぬことじゃ、嬉しく思うぞ」

「有り難きお言葉」

「上田ではないが屋敷の中で死ぬ」

「そのことは」

「思いも寄らなかったわ」

 戦の場で死ぬと思っていたのだ、兄達と同じく。

「数えきれぬだけ戦に出てそれじゃからな」

「それも運命かと」

「わしはこうして死ぬ運命だったか」

「そうなったかと」

 これまでの生でというのだ。

「父上は」

「そう、わし自身でか」

「そうされたのでしょう」

 自分で自分の運命を作ったとだ、幸村は昌幸に話した。

「そしてです」

「今じゃな」

「この様にしてです」

「そういうことか、ではな」

「これより」

「最後の最後まで生きてやるわ」

 この言葉通りにだ、昌幸はこれから数日生きた、そして幸村と大助、十勇士達に九度山までついて来た家臣達に看取られてだった。

 世を去ることになった、その死ぬ僅か前にだ。昌幸は大助のそのまだ幼い顔を見てまだ確かな声で言った。

「いい顔だ」

「そう言って頂けますか」

「うむ」

 そうだとだ、孫に応えた。

「元服した頃の源二郎にそっくりだ」

「父上に」

「必ず父の様な立派な武士になるわ」

 幸村と同じ様なというのだ。

「そうなるのじゃ」

「わかりました」

 大助も毅然として昌幸に応えた。

「さすれば」

「精進せよ」

 そうしてというのだ。

「それから立派な武士になれ」

「父上の様に」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「そしてな」

「はい、戦になれば」

「存分に働け、ただな」

 大助にこのことを言うのも忘れなかった。

「真田家の者としてな」

「迂闊に命を賭けずに」

「そうじゃ、生きよ」

 このことを言うのも忘れなかった。

「よいな、最後の最後までじゃ」

「真田の者ならば」

「死のうと思うな」

「何としても生きて」

「想いを果たせ」 

 そうせよというのだ。

「よいな」

「父上がいつも言われている様に」

「その通りじゃ」

「やはりそうですか」

「人は必ず死ぬ、しかしな」

「命は最後の最後まで取っておくもの」

「恥を忍んでもじゃ」

「想い、志を果たす為に」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「生きるのじゃ」

「そして志を果たし」

「思い残すところがなくなればな」

「その時にですな」

「自害でも何でもせよ、しかしな」

「思い残すところなくであり」

「下手に自害はするな」

 その志を果たしてもというのだ。

「よいな」

「わかり申した」

 大助はまた昌幸に答えた、やはり毅然とした若き日の幸村を彷彿とさせる顔で答えたのだった。

「そのことも」

「ではな」

「はい、それでは」

「源二郎、後は任せた」

 最後は幸村に話した。

「戦も右大臣様のこともな」

「その全てを」

「お主に任せた、そのうえでな」

「天下一の武士に」

「なれ、わしは天下一の寝返り者と言われたが」 

 武田家が滅んでからそう言われてきた、だがその彼とは違いというのだ。

「お主はな」

「天下一のですな」

「武士になれ、武士の道を歩め」

「さすれば」

「わしから言うことは何もない」

 こう幸村に言ったのだった。

「ではな」

「はい、これで」

「寝る、次に生まれ変わるまでな」

 全てを言い終えた昌幸はこれでだった。

 顔を完全に天井に向けると静かに目を閉じた、そして二度と目を覚ますことはなかった。その顔は実に穏やかなものだった。

 昌幸の葬儀はすぐにっつがなく行われた、その後でだ。

 昌幸に仕えていた家臣達はそれぞれ幸村に深々と頭を下げて言った。

「我等はこれで」

「原二郎様には申し訳ありませぬが」

「大殿もおられなくなりました」

「ではです」

「これで、です」

「お暇させて頂きます」

「その様に」

 こう言うのだった。

「上田に戻ります」

「源二郎様なこのままとなりますが」

「つつがなき様」

「お元気で」

「わかった」

 微笑んでだ、幸村は彼等に応えた。

「ではな」

「はい、それではです」

「これで」

「また縁があればお会いしましょう」

 こう言ってだ、そしてだった。

 彼等は山を降りた、するとだった。

 すっかり寂しくなりだ、幸村は残った者達に笑って言った。

「静かになったのう」

「はい、随分と」

「多くの方が去られ」

「それで、です」

「静かになりましたな」

「確かに」

「全くじゃ、しかしな」

 それでもと言うのだった。

「これも仕方ない、ではな」

「これよりですな」

「修行に励み」

「そしてそのうえで」

「時を待ちますか」

「そうする」

 こう言うのだった。

「よいな」

「わかり申した」

 これが残った者達の返事だった。

「それでは」

「その様にしましょう」

「そして時が来れば」

「その時は」

「その力を全て出してだ」

 そしてというのだ。

「いいな」

「はい、目的を果たしましょう」

「戦のそれを」

「必ず」

 十勇士達も他の家臣達も幸村に応えた、残った者達は少なかったがその心は一つになっていた。

 そしてだ、幸村は我が子である大助に声をかけた。

「お主もな」

「はい、これからも」

「文武で鍛錬をしてな」

「強くなり」

「そしてじゃ」

「時が来れば」

「思う存分戦ってもらう」

 こう言うのだった。

「わかったな、そしてな」

「何があろうともですな」

「生きよ」

 このことも言うのだった。

「真田家の考えはわかっておろう」

「はい、無暗に死ぬのではなく」

「最後の最後までじゃ」

「生きる」

「それが当家の考えじゃ」

 このことも言うのだった。

「武士ではあるがな」

「忍の様に」

「忍ぶべき時は忍ぶものじゃ」

「それは真田家が忍の家でもあるからですな」

「その通りじゃ、ならばな」

「はい、それがしもまた」

「忍べ」

 無暗に命を捨てる様なことはせずにというのだ。

「わかったな」

「わかり申した、それでは」

「頼むぞ、そしてな」

「我等親子、家臣達と共に」

「生きてな」

「戦を終える」

「そうしようぞ、望みは諦めず」

 そしてというのだ。

「必ずじゃ」

「すると決めたことを」

「果たすのじゃ」

 生きてというのだ、こう話してだった。

 幸村は大助に優しくはあるが確かに文武を授けていくこともした、昌幸は死んだがそれでもだった。彼等は戦に備えていっていた。来たるべきそれに。



巻ノ百十六   完



               2017・7・25

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