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巻ノ百八

           巻ノ百八  切支丹禁制

 家康は遂に切支丹について遂に断を下した、その断はというと。

「禁ずる」

「やはりですか」

「そうされますか」

「暫し調べつつあの者達を動きを見ておったが」

 本朝の中の彼等のだ。

「やはりな」

「民達を海の外に売り飛ばしですな」

「奴婢として扱い」

「他の教えを認めぬ」

「そうしておりますな」

「それではじゃ」

 そうした行いや考えではというのだ。

「どうしてもな」

「認められませぬな」

「どうしても」

「あの者達は」

「だからじゃ」

 それ故にというのだ。

「あの者達は認めずな」

「追い出しますか」

「そして信者達もですか」

「信仰を捨てさせる」

 家康は彼等のことも話した。

「そうでもないと本朝が乗っ取られるわ」

「南蛮の伴天連達にですな」

「そうされてしまいますな」

「そうなっては終わりじゃ」

 国自体がというのだ、家康の顔にははっきりとした危惧があった。

「だからな」

「ここはですな」

「豊臣家がした様にしますか」

「切支丹達を追い出す」

「そして信仰を捨てさせますか」

「徹底してな、あと貿易もじゃが」

 それの話もするのだった。

「行う港も考える、そこに南蛮の者達を入れてな」

「そうしてですな」

「南蛮の者達の行き来も見張れる様にして」

「伴天連の者達を好きに動かさせぬ」

「切支丹を国に入れませぬか」

「そうする、あとそうした者はあまりおらぬが」

 家康はさらに言った。

「本朝から人を出すこともな」

「それもですな」

「せぬ様にしますか」

「どうもそこからも伴天連の者達が動いてな」

 そうしてというのだ。

「奴婢にしておることもある様じゃし」

「それも禁じ民を護る」

「そして国も」

「これは徹底してじゃ」

 あらゆる政を講じてというのだ。

「行っていくこととする」

「左様ですか」

「ただ切支丹を禁じるだけでなく」

「そうしていきますか」

「三浦按針から聞いたが」

 本名をウィリアム=アダムスという和蘭人だ。

「このことはな」

「そこから調べられましたが」

「大御所様ご自身が」

「そうされたのですな」

「按針は誠実な者じゃ」

 それはわかるというのだ。

「しかし和蘭と西班牙や葡萄牙は仲が悪い」

「どうもその様ですな」

「その実は」

「どうにも」

「うむ、同じ耶蘇教の者達でもな」

 それでもというのだ。

「宗派も違うしのう」

「それで血で血を洗う殺し合いをしておるとか」

「我等の戦国なぞ比べものにならぬ位激しく惨く」

「そうしているといいますな」

「南蛮では」

「そう聞いておったからな」

 だからだというのだ。

「わしも半蔵に言い按針の言うことを調べさせたが」

「実際にですな」

「あちらは我等の戦国以上に乱れ」

「多くの血が流れていた」

「そうだったのですな」

「うむ、そして西班牙や葡萄牙の者達はじゃ」

 こちらはというと。

「実際にじゃった」

「三浦殿の言われる通りに」

「伴天連の者達が悪事を行っていましたか」

「民達を勝手に売り飛ばし奴婢とする」

「他の教えを認めず神社仏閣を壊す」

「国も乗っ取っていましたか」

「しかし今の時点ではな」

 家康は今度は和蘭のことを話した。

「按針は和蘭というより英蘭じゃがな」

「その国からですか」

「本朝まで来た者ですか」

「その国からですか」

「うむ、あの者達の宗派はそうしことはせぬという」

 同じ耶蘇教であってもだ。

「そこも調べた」

「左様ですか」

「半蔵殿に調べてもらい」

「それが確かだとわかり」

「そうされましたか」

「嘘を吹き込まれ政を決めてはならん」

 家康はこうも言った。

「そう思ったからじゃ」

「だからですな」

「しっかりと調べて」

「そしてですか」

「この度も決められた」

「左様ですか」

「わしも按針がわかった」

 彼とよく話をしてそして服部達に調べさせてだ。

「信頼出来る。その言うことはな」

「では、ですな」

「このことはですな」

「禁ずるということで」

「そうしていかれますか」

「そうじゃ、国を乗っ取られるわ」

 そうされるからだというのだ。

「だからな」

「わかり申した」

「ではその様に」

「確かにあの者達は天下を脅かします」

「国を乗っ取ります」

「是非な、若し幕臣で耶蘇教を信じる者がおれば」

 その時はというと。

「わしも勘弁せぬかなら」

「耶蘇教自体が信じられぬ故」

「だからでえすな」

「そうじゃ。そして思うことは」

 それはというと。

「同じ耶蘇教でも宗派が違うとな」

「はい、互いにですな」

「どうにもですな」

「争ってばかりで」

「しかも殺し合う」

「惨たらしいまでに」

「何故じゃ」

 家康はいぶかしむ声で言った。

「一体」

「同じ教えだというのに」

「何故争うのか」

「それがですな」

「訳がわからぬ」

「そういうものですな」

 幕臣達も言う。

「そこがわかりませぬ」

「我等もです」

「どうにも」

「そこまで殺し合うのか」

「全くじゃ」

 家康もそこを言うのだった。

「何故そこまで出来る、わからぬ」

「我等には」

「どうしてもですな」

「このことは」

「わかりませぬな」

「どうしてもな」

 ここはとだ、家康はまた言った。

「仏教でもじゃ」

「はい、宗派は色々で」

「多くあります」

「しかし」

「それでも」

「殺し合わぬわ」

 それはないというのだ。

「そもそもな」

「全くです」

「南蛮の者達はわかりませぬ」

「同じ教えで殺し合うとは」

「何故でしょうか」

「宗派の違いで」

「それが按針にも出ておったが」

 しかしというのだ。

「あの者はな」

「殺し合うまでは」

「そこまでは」

「嫌っておらぬ」

 宗派の違う者達をというのだ。

「だからよい、しかし宗派が違うだけで惨たらしく殺し合うとは」

「実にですな」

「厄介ですな」

「そこまでするとは」

「理がわかりませぬな」

「教えが違う者も容赦なく殺すという」

 家康はこのことも聞いて知っていた。

「異国の者達もそれで殺し何でも妖術、向こうでは魔術というそうだが」

「妖術が何か」

「どうしたのですか」

「妖術を使う者も容赦なく、疑いをかけられた時点でじゃ」

 家康はさらに剣呑な顔になって述べた。

「惨い責め苦を与え生きたまま火炙りという」

「生きたまま火炙りとは」

「重罪の者にすることですが」

「それをしてですか」

「殺しますか」

「そうらしい、その責め苦も本朝では考えられんものじゃ」

 まさにというのだ。

「わしも聞いて思わず顔を背けたわ」

「それはどういった責め苦ですか?」

「一体」

「それはじゃ」 

 南蛮のその責め苦の話をだ、家康は控える者達に細かく話した。すると誰もは吐き気を催さんばかりの顔になった。

 それでだ、彼等な家康に申し訳のない顔で言った。

「す、すいません」

「その話を聞きますと」

「よい、わしも聞いてそうなった」 

 今の彼等の様にというのだ。

「信じられぬな」

「はい、何といいますか」

「明の責め苦よりも惨いですな」

「伝え聞くあの国の責め苦も信じられませぬが」

「南蛮はそれ以上ですな」

「そうしたことを妖術を使うと聞いただけでじゃ」 

 まさにそれだけでというのだ。

「そうするのが南蛮じゃ」

「耶蘇教の下に」

「そうするのですか」

「何と惨い」

「それが南蛮ですか」

「そうじゃ、その様なことをしてどうなる」

 家康は南蛮の妖術への仕打ち、異端審問のことも述べた。

「国が乱れて仕方なくなるな」

「全くです」

「それでは底意地の悪い者や恨みの強い者が言えばどうなるか」

「片っ端から責め苦を浴びせられ火炙りです」

「国が乱れて仕方ありませぬ」

「どれだけ罪のない者が惨たらしく死ぬか」

「しかもあちらの坊主達はどうもじゃ」

 さらに言う家康だった。

「比叡山なぞ問題にならぬまでに腐っておる様じゃ」

「何と、あの比叡山よりもですか」

「遥かにですか」

「その妖術師狩りや異教や宗派の違う者達を殺させその富を奪い民からも好きなだけ奪い自分達は贅を尽くしておるという」

 家康はこのことも知っていて言うのだった。

「そうした有様とのことじゃ」

「何と、それも酷いですな」

「人を唆して殺して富を奪いですか」

「その富で贅を尽くす」

「その様な外道共ですか」

「まさに外道じゃ」

 家康が見てもだった。

「あの者達はな」

「左様ですな」

「いや、そこまで酷いとは」

「やはり耶蘇教は国に入れられませぬな」

「どうしても」

「ここまで聞いて調べてわしは決めた」

 家康にしてもというのだ。

「そこまでしてな、しかしな」

「調べれば調べる程ですか」

「耶蘇教の恐ろしさがわかったのですか」

「あの教えの坊主達も」

「教え自体は構わん」

 それについては家康はどうでもよかった。

「問題は他のことじゃ」

「そうしたことですな」

「本朝には入れられぬ」

「そうしたものだからですな」

「わしは決めた、切支丹は絶対の法度じゃ」

 それにするというのだ。

「誰も信じてはならぬわ」

「それこそですな」

「本朝を守る為に」

「そうしていきますか」

「必ずな、ではその様にしていく」 

 切支丹を禁じるとだ、家康はあらためて言った。 

 そのうえでだ、彼はこのことを天下に知らせたがここで本多正純が彼に剣呑な顔でこう言ってきた。

「大御所様、切支丹のことで」

「何かあったか」

「はい、どうもです」

 言葉を選びながら言うのだった。

「大久保殿がです」

「あ奴は死んだが」

「いえ、生きておられた頃にです」

「まさかと思うが」

「はい、つながりがあった様で」

「まさか、いや」

 ここで家康はすぐに思いなおして言った。

「絶対はな」

「ありませぬな」

「何でもな、それでか」

「あの者達と通じ」

「国崩しを企んでおったか」

「その様です」

「わかった」

 家康は正純に頷いて応えた。

「ではな」

「調べて頂きますか」

「そうしよう」 

 このことを約してだ、そしてだった。

 一旦正純を下がらせてだ、すぐに彼を呼んだ。

「半蔵、おるか」

「はい」

 家康の前に黒い忍び装束、袖の部分がやけに広く上着の丈も膝まで長いその独特の忍び装束の彼が畏まって出て来た。

 その彼にだ、家康は言った。

「少し頼むが」

「大久保殿をですか」

「うむ、言われてみればどうもな」

「怪しいところがおありですな」

「だからな」

 正純が言ったこともあるがというのだ。

「あの者達を調べてくれ」

「それでは」

「すぐにな、それと十二神将じゃが」

「あの者達もですな」

「動けるな」

「何人動かしますか」

「全員動かせられるか」

 家康は服部に鋭い目で問い返した。

「十二神将をな」

「全員で、ですか」

「若しもじゃが」

「大久保殿の後ろに伴天連の者達がおれば」

「あの者達は手段を選ばぬ者達でな」

 己の目的を達する為にというのだ。

「しかも腐りきっておる」

「その性根が」

「民百姓から搾り取り己達だけ肥え太り己が権勢の為に他の宗派も何もかも惨たらしく殺す」

「まさに外道ですな」

「そうした者達だからじゃ」

 外道達だからこそというのだ。

「お主達全員でじゃ」

「調べそして」

「妖しき者達がおればな」

「成敗せよ、ですか」

「文字通りな」

「伊賀十二神将は最強の忍達です」

 服部は絶対の自信を以て家康に答えた。

「一人で一騎当千いやそれ以上の者達ですが」

「それでもじゃ」

「その一騎当千の者達をですか」

「十二人全員でじゃ」 

 まさにというのだ。

「向かうのじゃ、無論お主もじゃ」

「それがしもまた」

「向かえ、あの者達は魔女狩りと称して多くの者を惨たらしく殺してもおるが」

 服部にもこの話をした。

「その中でその魔女達が使う魔術、妖術じゃが」

「その妖術をですな」

「身に着けておるやも知れぬ」

「何故妖術使いを殺すか」

「その強さを知っていてじゃ」

「そして、ですな」

「妖術を使う者達を殺し」 

 そしてというのだ。

「妖術は自分達のみが使う」

「その魂胆があり」

「実際にな」

「その術を使う者もおりますか」

「そうも考えられる、しかも噂じゃが」

「伴天連の妖術ですな」

 服部からこの言葉を出した。

「裏の方で噂として出ていますが」

「わしも聞いたことがある」

 家康にしてもというのだ。

「それでじゃ」

「伴天連の妖術使い共に対する為に」

「よいな」

「十二神将全てを」

「連れて行くのじゃ」

「わかり申した」

 服部は家康に確かな声で答えた。

「そうさせて頂きます」

「それではな」

「大久保殿、すぐに調べます」

「切支丹は恐ろしい者達じゃ」

 家康は極めて深刻な顔で述べた。

「わしが思っていたよりも遥かにな」

「これでは」

「太閤様のお傍で民達を売り飛ばし奴婢として売っていたという話を聞いても驚いたが」

「そこからですな」

「調べれば調べる程な」

「その恐ろしさがわかりましたか」

「おぞましい恐ろしさじゃ」

 切支丹達のそれはというのだ。

「人の悪を極めたかの様な」

「私利私欲をですな」

「神の名を借りたうえでな」

「最早比叡山の」

「あの山の僧達がそこまでするか」

「いえ、とても」

 服部も顔を横に振って答えた。

「しませぬ」

「そうじゃな、それを思うとな」

「あの者達はですな」

「天下に入れれられぬわ」

「腐り果てた坊主達ばかりになり」

 他の教えを一切認めないからだ、必然的にそうなる。

「国もですな」

「乗っ取られるのではな」

「到底認められず」

「禁じることにしたのじゃ、わしも」

「だからこそ切支丹は」

「誰であろうと信じることを許さず」

 そしてというのだ。

「一人だりとも本朝に入れぬ」

「では今本朝にいる者達は」

「全員追い出し信徒達も信仰を捨てさせる」

「若し捨てねば」

「止むを得ぬ」

 家康は厳しい声で言った。

「その時はな、しかしな」

「あの者達は信仰を捨てることすら許さずですな」

「殺すからのう」

「それと比べれば」

[遥かにましと思うが」

「ですな、信仰を捨てさせますから」

「無暗な殺生はならん」 

 家康もそれをするつもりは毛頭なかった、彼にそうした考えはないのだ。

「それでは伴天連共と同じじゃ」

「ですな、他の教えの者達を一人残らず殺す」

「それをしてはな」

 ならぬというのだ。

「断じてじゃ」

「あの者達と同じですし」

「だからじゃ」

「追い出し信仰は捨てさせますか」

「無暗な殺生をせずな」

「慎重にですな」

「そもそも本朝で妖術使いと疑って殺した者がおるか」

 魔女狩りのこともだ、服部に問うた。

「これまで」

「いえ、おりませぬ」

「そうじゃな、その妖術が人の役に立つならよし」

「左様ですな」

「医術の類がそう言われてるだけやも知れぬ」

 何も知らぬ者達からだ。

「よしんば害になる妖術ならな」

「その場合にこそですな」

「よく調べ只の噂ならよし」

「まことに害があるかいかさまならば」

「その時に罰するまで、疑ったり吹き込んで来る者の言葉なぞじゃ」

 それこそというのだ。

「信じていてはな」

「南蛮の様に恐ろしいことになる」

「だからじゃ」

「そうしたこともしませぬし」

「させぬ」

「その為にもですな」

「切支丹は入れぬ」

 断じてというのだ。

「そしてじゃ」

「大久保殿を」

「よく調べよ、お主達でな」

「わかりました」

「お主達が動く間はな」

 服部、そして十二神将達がというのだ。

「その間はな」

「甲賀者達で、ですか」

「天下を探らせる」

「わかりました、しかし」

「用心はじゃな」

「九度山です」

 服部はここでも真田家を警戒して家康に話した。

「真田殿も確かに脅威ですが」

「子もじゃな」

「十勇士も」

「天下では父親がよく知られておる」

 昌幸がというのだ。

「しかしわしも見ておる」

「はい、あの御仁も」

「恐ろしい傑物じゃ」

「知勇兼備の」

「まさにな」

「それがしが思いますに」

「幕府にじゃな」

「召し抱えられば」

 そうしてというのだ。

「お味方になって欲しいです」

「大名にしてもな」

「大御所様もそう思われますな」

「うむ、しかし幕府にはなびかぬ」

 昌幸、そして幸村はというのだ。

「あの親子はな」

「左様ですな」

「そしてわしは知っておってな」

 召し抱えられるならば大名にしてもよいとまで考えているがというのだ。

「大坂の茶々殿はご存知ないわ」

「あの方は」

「大坂城の外のことは何も知らぬ」

「そうした方なので」

「あの者のこともじゃ」

「全く、ですな」

「知らぬ、修理は知っておろうが」

 大野治長はというのだ。

「しかしな」

「あの方や片桐殿がご存知でも」

「あの城は茶々殿が主じゃ」

 実質的なというのだ。

「だからな」

「真田殿もですな」

「父親ならともかくじゃ」

 幸村はというのだ。

「城に入ってもじゃ」

「思う存分ですな」

「采配を執れぬ」

 そうだというのだ。

「そのことはあの者もわかっていようが」

「それでもですな」

「やはり幕府になびかずじゃ」

 そしてというのだ。

「大坂では肝心な人物に知られておらぬ」

「そうなのですな」

「それでじゃが」

「はい、九度山や」

「暫く甲賀者達に見張らせる」

 伊賀者達が大久保家にかかっている間はというのだ。

「そうするぞ」

「わかり申した」

「その様にな」

 こうしてだった、家康は服部に大久保家のことを調べる様に告げた。彼はその話を受けてすぐにだった。

 己の屋敷に十二神将達を集めた、するとすぐにだった。

 すぐに異形の身なりの者達が集まってだ、服部に対して言ってきた。

「十二神将ここに」

「お待たせしました」

「いや、すぐに来てくれた」

 遅参はなかったとだ、服部は己の前に揃った彼等に告げた。

「よく来てくれた、それでじゃ」

「はい、我等全員を集めるとは」

「これは一大事ですな」

「それが何かはわかりませぬが」

「やはり」

「うむ、これより拙者とお主達でじゃ」

 服部は十二神将達にさらに話した。

「大久保殿を調べる」

「あの方をですか」

「そうするのですか」

「大御所様直々のご命令じゃ」

「何と、大御所様から」

「あの方から」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「これでわかるな」

「はい」

「確かに」

「そこまでとは」

「大御所様直々とは」

「ではです」

「我等も」

 十二神将達も頷いてだった。

 そのうえで動きはじめた、しかし。

 家康はあらためて服部を自身の前に呼んでだ、苦い顔で言った。

「この度のことはな」

「はい、若しやですな」

「苦いことになるやも知れぬ」

「幕府にとって」

「わしにとってもな」

 こうも言うのだった。

「そうなるやも知れぬ」

「大久保殿は大御所様にとって」

「四天王の家と比べても遜色ないな」

「そこまでの家であり」

「親族でもある」

 徳川家、つまり松平家から見てもだ。

「そうした家だからのう」

「譜代中の譜代ですな」

「これまで何かと助けてもらった」

 家臣としてだ、そうしてもらっていたというのだ。

「だからな」

「何もないことがですな」

「一番よいが」

「しかしですか」

「上総介は謀が得手、しかしな」

「それでもですな」

「こうした時嘘は言わぬ」

 そうした者だというのだ。

「決してな」

「はい、あの方は」

「だからな」

「それで、ですな」

「わしもまさかとは思うが」

「調べられますか」

「その腹をくくった」

 そうだというのだ。

「あらゆる覚悟を決めてな、しかしな」

「それでもですか」

「彦左衛門達は一度改易してもな

「すぐにですな」

「用いたい、あの者はよき者じゃ」

 大久保のよさも見抜いているのだった、彼の本家には疑いの目を向ける様になっていてもだ。

「今時珍しい三河武士じゃ」

「三河武士ですか」

「三河武士も減ったわ」

 家康はこのことを残念にも思った。

「わしは長生きしておるが」

「それでもですな」

「四天王は皆世を去り」

「他の三河武士も」

「どんどん世を去っていっておる」

 それが今だとだ、家康は嘆きつつ話した、

「わしを置いてな」

「確かに。かつては松平家であり」

「三河にあった頃からの者達はな」

「ですな、少しずつ」

「いなくなっておる、人が死ぬのは必定」

 家康は瞑目する様にして服部に述べた。

「どの様な者でもな」

「必ず死ぬ」

「わしも然りじゃがな」

「ここにきてですな」

「昔からの三河武士はどんどん死んでな」

「残るは大久保殿とですな」

「少しじゃ、だから彦左衛門はじゃ」

 その彼はというのだ。

「何としてもな」

「死んで欲しくなく」

「まだな、そしてな」

「用いていかれたいですな」

「その通りじゃ、大久保家に何があっても」 

 それでもというのだ。

「やがては赦すし彦左衛門もな」

「例え改易になろうとも」

「その後で許してじゃ」

「用いられますな」

「そうしていく」

 こう服部に話した、このこともまた。

 そのうえで服部を動かす、幕府は多くの者が見えぬその中で動きがあった。だがそれでもだった。

 秀忠もだ、江戸でこんなことを言った。本多正信以外の幕臣達にだ。

「大久保家が切支丹と関りがあれば処罰するしかないが」

「それでもですな」

「本多家についてはですな」

「うむ、父親の方はよいが」

 本多正信はというのだ。

「まだな」

「権勢はあれども」

「ご本人に欲はありませぬ」

「ですから石高も低く」

「多くを求める方ではないですな」

「だからよい、しかしだ」

 彼はよくともというのだ。

「問題は息子じゃ」

「ですな、上総介殿は」

「どうにもです」

「ご自身の智謀を誇り」

「権勢も求めておられますな」

「それも強く」

「謀略は天下にいるか」

 秀忠は幕臣達に問うた。

「無暗に」

「上様は必要ないと」

「そう言われますか」

「正しき政が必要でな」

 それでというのだ。

「謀は必要でない」

「あまりにも過度な謀を使われるなら」

「それならですな」

「それで権勢が大きくなれば」

「その時は」

「除きたい、あの者は父親以上に謀を好む」

 その本多以上にというのだ。

「あれはな」

「どうにもですな」

「それで、ですな」

「危険過ぎてじゃ」

「これ以上権勢を持たれては」

「その時は」

「あの者は天下は望んでおらぬ」

 秀忠は正純のこうしたこと見抜いていた。

「別にな」

「そこまではですね」

「特にですな」

「あの御仁も思われておらぬ」

「確かにそうですな」

「そうした野心はない」 

 正純はというのだ。

「幕府の中で権勢を極めたいだけでな」

「それ以上のものはですな」

「望んでおられず」

「幕府乗っ取りや天下は望んでおられぬ」

「左様ですな」

「そうじゃ、しかしな」

 それでもというのだった。

「放ってはおけぬ」

「その権勢で何をするか」

「謀をみだりに使われはかならぬ」

「幕府としてはですな」

「そうじゃ、幕府が欲しいのは王道じゃ」 

 それだというのだ。

「父上もそう言われているが」

「王道、つまり正しき政ですな」

「天下と民に向かい合いそ平穏をもたらす」

「長きに渡って天下泰平をもたらす」

「それが幕府の目的ですな」

「そうじゃ、馬上で天下は治められぬが」

 それだけでなくというのだ。

「謀でもじゃ」

「天下は治められぬ」

「そうしたものですな」

「天下を治めるのは王道」

「つまり正しき政ですな」

「それが大事じゃ、上総介はそうした者ではない」

 王道にいる者ではないというのだ。

「これは崇伝もじゃが」

「あの方も謀が得意ですな」

「どうにも」

「上総介殿と並んで」

「そうした方ですな」

「しかしあの者は学識があり」

 そしてというのだ、彼の場合は。

「王道も知っておる」

「それで天下を治める政も出されますな」

「本朝の隅から隅まで見たうえで」

「それもされますな」

「しかも権勢は欲さぬ」

 崇伝はというのだ。

「僧であるからそこでもう充分と思っていてな」

「だからよいのですな」

「あの方については」

「そうなのですな」

「そうじゃ、謀だけではないし権勢も強く欲せぬ」

 正純とは違いというのだ。

「だからよい、しかし上総介はな」

「天下が定まるとですな」

「かえって危険ですな」

「ああした御仁は」

「史記を読み異朝の話を聞くとな」

 即ち明朝のだ。

「国を建てた功臣は滅ぼされておる」

「韓信、黥布、彭越と」

「漢ではそうでしたな」

「そして明でもですな」

「太祖がかなり殺していますな」

「本朝でもあった」

 そうした話はというのだ。

「これまでの二つの幕府でな」

「ですな、九郎判官殿にしても」

「初代の室町殿も弟君をと言われていますし」

「本朝でもありますな」

「そうしたことは」

「今の幕府はそうしたことはせぬつもりじゃが」

 しかしというのだ。

「あの者はな」

「権勢が強くなれば」

「どうしてもですな」

「放っておけぬ」

「そうなりますな」

「どうしても」

「本来ならな」 

 こうも言った秀忠だった。

「この場合功臣を消すとなると」

「あの御仁ではないですな」

「大抵武勲を挙げた者がですな」

「粛清されていますな」

「そうじゃな、先に名が出たが」

 まさにというのだ。

「韓信、黥布、彭越とな」

「そうした者達ですな」

「武威があり所領も多い」

「そうした者ですな」

「力が強くなり過ぎますし」

「放っておけず」

「そうなりますな」

 周りの者達も言った。

「どうにも」

「左様ですな」

「そこは」

「そうじゃ、それでじゃ」

 まさにというのだ。

「普通はこの場合は上総介ではないが」

「しかしですな」

「あの方のご気質故」

「どうにも」

「何度も言うが王道じゃ」

 幕府が求めるものはだ。

「やはりな」

「では、ですな」

「謀はいらぬ」

「天下が定まれば」

「そうなりますな」

「そうじゃ、若しあ奴が大人しくなれば」

 天下が定まればというのだ。

「その時はな」

「何もしない」

「そのまま隠居してもらい」

「余生を過ごしてもらいますか」

「張子房の様であればよいが」

 その漢の高祖の軍師であり謀も使ってきた、だが天下が統一されると仙人を目指して隠棲した。

「果たしてどうか」

「あのご気質ですと」

「どうにもですな」

「そうなるとは思えない」

「そうなのですな」

「うむ、そうじゃ」

 そのことはというのだ。

「それが出来るとは思えんからな」

「やはりですな」

「その時はですか」

「そうするしかありませんか」

「そうじゃ、その時は覚悟しておこう」

 秀忠も先の先を見ていた、そのうえで周りの者達にさらに言った。

「してわしの後じゃがな」

「はい、竹千代様ですな」

「やはりあの方ですな」

「あの方となりますな」

「そうじゃ、竹千代は長子であるしな」

 秀忠と彼の正室であるお江の方との間に生まれただ、竹千代はその立場だからだというのである。

「だからな」

「それで、ですな」

「これより次の将軍として立派になって頂く為にですな」

「教えを施していく」

「そうしていきますな」

「そうじゃ、そして立派な将軍になってもらう」

 こう言うのだった。

「そして国松は奥がえらく可愛がっておるしわしも実の子じゃしな」

「元服されれば」

「その時は」

「駿河辺りで大名として治めてもらう」

 そうしてもらうというのだ。

「是非な」

「ではその様に」

「ことを進めていきましょう」

 江戸の幕臣達も秀忠の言葉に頷いた、彼等も天下のことを見定めていた。そのうえで政も進めていっていた。



巻ノ百八   完



                 2017・5・24

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