巻ノ百四 伊予へ
猿飛は幸村に強い声で言った、その言ったことはというと。
「それがし前から考えていましたが」
「御主も修行を受けたいか」
「おわかりですか」
「ははは、わかるわ」
幸村は笑って猿飛に応えた。
「十勇士の者は皆然るべき修行を受けてきた」
「そしてそれぞれの術をさらに磨いております」
「だから御主もじゃな」
「はい、それがしの木の術や体術をです」
「これまで以上に磨きな」
「さらに強くなりたいです」
「拙者を助ける為にじゃな」
「はい」
その通りだとだ、猿飛は幸村に答えた。
「十勇士の他の者達と同じく」
「そういうと思っておったわ」
「それでは」
「うむ、行こうぞ」
幸村は笑い猿飛に応えた。
「これより御主がさらに強くなる場所にな」
「殿もですな」
「他の者達の修行にも付き合ってきたのじゃ、御主だけついて行かぬことはない」
「そう言って頂けますか」
「そして拙者は言葉に出したらじゃ」
「その言葉通りにされる」
「有言実行じゃ」
幸村の座右の銘の一つだ、誠実であれという彼の考えをそのまま体現しているのである。それも強く。
「だからな」
「それでは何処に行かれるのですか?」
「伊予じゃ」
幸村は笑みを浮かべて答えた。
「その国に行くぞ」
「伊予、まさか」
「うむ、御主の生まれ故郷でありじゃ」
「そしてですな」
「御主の家に戻るぞ」
彼が生まれ育ったそこにというのだ。
「そしてじゃ」
「祖父殿とですか」
「再び会いな」
そうしてというのだ。
「稽古をつけてもらうぞ」
「わかり申した」
「里帰りじゃな」
幸村は笑ったままこうも言った。
「御主にとっては」
「そうですな、確かに」
「それもよいな」
「無論です」
猿飛の返事は強かった。
「それでは」
「すぐにな」
「行きましょうぞ、伊予に」
「家への道は覚えておるな」
「はい、家の中のことも」
それまでもというのだ。
「よく」
「よし、ではじゃ」
「これより伊予に」
「行こうぞ」
こう話してだ、そしてだった。
幸村は今度は猿飛と共に九度山を出てすぐに四国に入り伊予に着いた。海を船で渡ったが。
「いや、港でも船の中でもです」
「我等とはわからなかったな」
「それだけ我等の変装がよかったということですな」
「うむ、変装が巧みであるとな」
「あの様にですな」
「誰にもわからぬわ」
「変装もまた忍術の一つですな」
「そうじゃ、だから変装が上手なことはじゃ」
まさにそれはというのだ。
「それだけ忍術がよいということじゃ」
「そうなりますな、では」
「このことはよしとしてな」
そうしてというのだ。
「このまま行くぞ」
「油断せずに」
「そうしていこうぞ」
こう話してだ、幸村は讃岐からさらに真田の忍の道を通って猿飛の生家まで向かった。そしてだった。
山の中の小さな家を見てだ、彼は猿飛に問うた。
「あの家がじゃな」
「それがしが生まれ育った家です」
「外に出るまでか」
「拙者実は両親とは幼い頃に死に別れておりまして」
猿飛は幸村に自身の身の上も話した。
「そしてです」
「祖父殿に育てて頂いてか」
「はい」
まさにというのだ。
「殿にお会いしたあの旅までです」
「この家に暮らしてか」
「日々修行に励んでおりました」
「そうであったか」
「祖父一人、孫一人の暮らしでしたが」
「その暮らしはか」
「実によいものでした」
猿飛は微笑み幸村に話した。
「実に」
「そうであったか」
「今も懐かしいです」
実際に猿飛は笑って話していた。
「ここでは長きに渡ってです」
「暮らしていてか」
「楽しい日々でした」
「お主文字も読み書きが出来るが」
「そちらも教わりました」
祖父である大介にというのだ。
「そうして頂きました」
「そうであるか、お主達十勇士は皆読み書きが出来るが」
「ははは、それ位ですが」
あくまで読み書き程度である、十勇士達のそれは。
「学問まではです」
「苦手か」
「はい、どうしても」
このことが苦笑いで幸村に話した。
「そうしたことは」
「そうか」
「はい、まあ読み書きが出来れば」
「それでかなり違うからのう」
「だからですな」
「よく教えてもらった」
大介、祖父である彼にというのだ。
「このことは感謝せねばな」
「全くですな」
「さて、ではじゃな」
「はい、これよりですな」
「祖父殿にお会いしてじゃ」
そしてというのだ。
「お話をしようぞ」
「これよりですな」
「家に入りな」
「それでは」
猿飛も幸村の言葉に頷いた、そしてだった。
彼は幸村を家に案内しようとしていた、だがその彼等の前に大介がすっと表れてまずは幸村に言った。
「お久し振りです」
「おお、出られたか」
「真田様と孫の気配を感じましたので」
だからだというのだ。
「只今参上しました」
「左様か」
「この度来られたのは」
「実はそれがしにです」
猿飛は自ら祖父に申し出た。
「再びです」
「稽古をじゃな」
「つけて頂きたいと思いまして」
それ故にというのだ。
「参上しました」
「成程な」
「それでなのですが」
「よく来てくれた」
肉親、孫に見せる暖かい顔での返事だった。
「それではじゃ」
「はい、それではですな」
「うむ」
また孫に応えた。
「それではまずは家に入りじゃ」
「お話をですか」
「しようぞ、では殿も」
大介は幸村にまた声をかけた。
「中にどうぞ」
「そしてじゃな」
「まずはお話をしましょう」
「それでは」
こうしてだった、二人は猿飛が生まれ育ったその家に入った、そこは質素なものでものも少ない。
だが何処か人の気配を感じてだ、幸村は言った。
「この気配は」
「はい、よくです」
「人が来られるのですか」
「山の者達が」
「あの者達がか」
「よく来まして」
それでというのだ。
「お互いに仲良くして寝泊まりもしてくれます」
「そうであるか」
「実は我等は山の者達と比較的近くてです」
猿飛も話す。
「その血も濃く入っております」
「そうであったか」
「そのせいか山のことについてはです」
「十勇士の中でも随一なのじゃな」
「猿とも親しくしておりますし」
「そうであるか」
「猿飛という姓もです」
これもというのだ。
「実は」
「そのことからか」
「先祖が名乗ったとか」
「先祖は平家の落人だったかも知れませぬ」
大介も二人に話す、飯の用意で山菜や獣の肉の鍋の用意をしながら。味付けは塩で簡単にしようとしている。
「そこはわかりませぬが」
「しかし山の者達とはか」
「今も縁が深く」
それでというのだ。
「猿達ともです」
「親しいか」
「はい」
「山にいる者達とじゃな」
「常に親しくして」
そしてというのだ。
「何かと賑やかですし」
「鍛錬もじゃな」
「しております」
「特に猿じゃな」
彼等と交わることがとだ、幸村は話した。
「あの者達と共に動くとな」
「はい、何しろ身軽で体力もあり」
「ついていくだけでも大変じゃしな」
「あの者達と山で遊ぶだけでです」
大介は笑って幸村に話した。
「これ以上はないまでの鍛錬になりますじゃ」
「そうして今もか」
「この歳になりますが」
しかしというのだ。
「お陰で充分に動けております」
「しかし祖父殿は」
猿飛は幸村に飄々とした態度で話す祖父に言った。
「腰は曲がっていて」
「それでじゃな」
「動きも衰えていますが、いや」
自分で言ってだ、猿飛は自分の言葉をすぐに訂正させた。そのうえで自身の祖父にあらためて言った。
「考えてみればここから九度山に一人で来て帰るなぞ」
「普通は出来ぬな」
「はい、確かに」
「そうじゃ、この歳になるがな」
「猿達と共に遊び」
「それがよい鍛錬になっておってな」
それでというのだ。
「今も猿や山の者達の様に動ける」
「左様ですか」
「そしてじゃ」
さらにというのだ。
「お主もじゃ」
「猿達と共に修行を行えば」
「それでじゃ」
「よい修行になりますか」
「そうした修行を考えておる」
実際にというのだ。
「お主とのそれはな」
「では」
「うむ、これよりじゃ」
「猿達の中に入り」
「猿の様に動いてな」
山の中をというのだ。
「まさに猿となりじゃ」
「この山の中を駆け回り」
「修行をする」
「それでは」
「では拙者も」
幸村もここで言った。
「共に」
「修行をされますか」
「本朝はとかく山が多い」
木々に満ちたそうした山がというのだ。
「だからな」
「猿達のその動きをですな」
「うむ、身に着ければじゃ」
まさにというのだ。
「大きな力になる」
「だからですか」
「この度の修行もな」
「されてですか」
「備えたい」
大介が自身の孫である猿飛に教えるその術をというのだ。
「それでよいか」
「是非共」
大介は笑みを浮かべて幸村の願いに応えた。
「それでは」
「共にな」
「修行をしましょうぞ」
「猿達の中に入り」
「猿の動きを備えましょうぞ」
「では祖父殿」
猿飛は意気込む笑みで大介に言った。
「これより」
「修行をしましょうぞ」
「それでは」
こう話してだ、そのうえでだ。
大介は早速猿飛そして幸村との修行をはじめた、家を出てすぐに猿達のところに行き彼等と共にだった。
山を駆け回る、木と木の間を飛び移り川を泳ぎ谷を身軽に飛び越えるがその動きの中でだった。
猿飛は笑顔でだ、大介に言った。
「いや、この修行は」
「どうじゃ」
「祖父殿が授けてくれた中でも」
「猿と共に遊んだことはあってもな」
「ここまではじゃな」
「深く激しく遊んだことはありませぬ」
「そうじゃな、あえてな」
大介はその猿飛以上に身軽に動き周りつつ孫に話す。
「この度はじゃ」
「こうした鍛錬をですか」
「しておるのじゃ」
「わしの為に」
「より強くなりたいならじゃ」
そう思うならというのだ。
「ここまで出来ぬとな」
「なれぬ」
「だからじゃ」
まさにそれ故にというのだ。
「ここまでの修行をしておる」
「左様ですか」
「そしてじゃ」
「そして?」
「お主ただ強くなりたいだけではないな」
「はい、それはです」
猿飛は木々を手も使って駆け抜けつつ答えた。
「望みがあります」
「より強くなりじゃな」
「そしてです」
「真田殿の為にか」
「以前お話した通りです」
その思いはというのだ。
「変わっておりませぬ」
「だからじゃな」
「猿の様に動ける様になり」
これまで以上にというのだ。
「そして」
「真田殿と共に戦うか」
「そうする、是非な」
こう話してだ、そのうえで猿飛は猿と共に山を駆け巡るがここでえ彼はこんなことも言った。
「猿になりそして」
「わかるか」
「猿よりも」
「よき動きをするのじゃ」
猿の動きを身に着けそうしてというのだ。
「わかるな」
「無論、藍色じゃな」
「藍色は青になるがな」
「青よりも青い」
「そうじゃ、お主はそれになれ」
藍、それにというのだ。
「猿になりそしてじゃ」
「猿よりも見事に動け」
「猿を超えるのじゃ」
「それがわしの目指すものか」
「無論わしよりもじゃ」
今教えている大介以上にというのだ。
「よい動きをせよ」
「祖父殿よりも」
「そうじゃ、わしは精々猿じゃ」
それ位だというのだ。
「そこまでじゃ、しかしな」
「わしは猿を超える」
「猿以上の動きを身に着けてな」
「そうしてそのうえで」
「さらに強くなってじゃ」
そのうえでというのだ。
「真田殿の為に戦え、真田殿ならばな」
「間違ったことはせぬしな」
「ここまでことの善悪を見分けることが出来一本気な方はおられぬ」
大介は自分達と共に野山を駆け巡り幸村も見た、彼もまた猿と同じ様に動き木の枝から枝に手で素早く跳んでもみせている。
「だからな」
「わしは殿と共におれば」
「間違えぬ、しかしな」
「しかし?」
「お主が一番よかったことはじゃ」
それはというと。
「仕える主を間違えなかった」
「そのことか」
「むしろこれ以上はないまでによい主に出会えてな」
そしてというのだ。
「仕えることを選んだ、このことがじゃ」
「一番よかったことか」
「よくこれだけの主に会えて仕えたな」
大介はまた幸村を見て微笑んだ。
「よいことじゃ」
「そう言ってくれるか」
「仕える主に石高や権勢を求めなかったな」
「その様なもの何の興味もない」
猿飛は賭けつつ笑って応えた。
「それこそな」
「そうじゃな」
「うむ、わし等はじゃ」
十勇士全員はというのだ、猿飛だけでなく。
「皆そんなものは道の石程にも思わずな」
「そうしてじゃな」
「仕える主を選んでな」
そしてというのだ。
「今もじゃ」
「こうして修行をしておるな」
「そういうことじゃ、石高が多い主ならな」
「幕府じゃな」
「そちらに仕える」
家康にというのだ。
「そうする、そして権勢や官位もじゃ」
「そちらもじゃな」
「幕府に入ればよい、それにわしが殿とお会いした頃もう徳川家は立派なものじゃった」
「多くの国を治めてな」
「天下でも二番か三番の権勢じゃった」
その時既にというのだ。
「大御所殿も立派な方、しかしな」
「お主達の主にはじゃな」
「殿以上の方はおられぬわ」
まさにという返事だった。
「見事なお心を持たれお強く学もお持ちじゃ」
「天下一の武士じゃな」
「だからじゃ」
それでというのだ。
「わし等は他のどなたにも仕えぬ」
「真田殿だけか」
「そうじゃ」
猿飛の返事は変わらない、普遍のものがそこにあった。
「殿以上の方は天下におられぬが故な」
「そういうことじゃな」
「祖父殿にそう言ってもらって嬉しかったわ」
猿飛は笑みを浮かべそうして大介に告げた。
「これ以上までになくな」
「ははは、そう言うか」
「駄目か」
「それでよい、大きな者になったな」
孫のその顔を見ての言葉だ。
「天下の豪傑に相応しいまでにな」
「そうも言ってくれるか」
「流石我が孫いやわしよりも遥かにじゃ」
野山を賭ける中で嬉しそうな、温かい笑みを浮かべてそのうえで孫に対して言うのだった。
「大きな者になったわ」
「いやいや、わしはな」
「謙遜か。お主らしくない」
「大きくない、殿なぞな」
彼もまた幸村を見て言った。
「わしなぞとてもじゃ」
「比べものにならぬまでにか」
「大きな方じゃ、大きな方とはな」
それこそというのだ。
「殿の様な方でな」
「お主はか」
「小さいわ」
やはり笑って言うのだった。
「とても敵わぬわ」
「真田殿にはか」
「殿の器は大きい、お人柄だけでなくな」
「だからお主達も長い間じゃな」
「お仕えしておる、一度も抜けようと考えたことはない」
これも十人全員だ。
「それこそな」
「そうか、ならそうせよ」
「それではな」
「そして今もじゃ」
「猿を超えるぞ」
「そうせよ、猿になりな」
そしてそこからというのだ。
「猿を超えるのじゃ」
「そう励むぞ、そして猿を超えればか」
「その時はじゃ」
まさにというのだ。
「免許皆伝じゃ」
「その時か」
「猿を超えればな」
「そうか、免許皆伝か」
「そうじゃ」
そうなるというのだ。
「だから。よいな」
「猿になり猿を超える、か」
「そうなるのじゃ、そうなった時はじゃ」
「わしもじゃな」
「今も充分過ぎる程強いが」
まさに一騎当千と言えるまでにだ。
「しかしじゃ」
「これまで以上にじゃな」
「さらに強くなるわ」
「だからじゃな」
「猿を超えよ、よいな」
「わかった、ではな」
猿飛は祖父そして幸村と共に山をまさに猿の様に動いていった。そうして修行を続けていてだ。
武術の稽古もした、剣や手裏剣を使いだ。猿飛は己の祖父に言った。
「こうしてじゃな」
「うむ、武器もじゃ」
「存分に使ってか」
「そして戦うのじゃ」
このことも覚えよというのだ。
「猿の動きを超えると共にじゃ」
「その中で武器を使うこともじゃな」
「覚えよ」
それもというのだ。
「既に覚えておるがじゃ」
「これまで以上の動きをじゃな」
「覚えるのじゃ」
そうした動きをというのだ。
「よいな」
「わかった、ではな」
「人と猿は何が違うか」
大介は孫にこのことも話した。
「わかるな」
「文字を読み書きが出来て道具と火を使える」
「そうじゃな」
「そうしたこともじゃな」
「備えるのじゃ」
これまで以上のものをというのだ。
「よいな」
「わかった、こうしてじゃな」
猿飛は今度は木の葉を手裏剣にしてみてそれを投げてから述べた。
「やってみるのじゃな」
「うむ、よい使い方じゃ」
その木の葉の手裏剣が狙ったところに刺さったのを見て答えた。
「腕を上げたのう」
「手裏剣を使えなくしてじゃ」
「忍は務まらぬな」
「投げるだけではない」
その使い道はとうのだ。
「穴を掘ったり重しにも使えるしな」
「実に便利なものじゃ」
「特にわしはこうしてじゃ」
「木の葉も手裏剣に出来るからな」
「余計によいな」
「その通りじゃ」
大介は孫の言葉に確かな声で答えた。
「それでよいのじゃ」
「やはりそうじゃな」
「うむ、しかしな」
「それでもか」
「まだよくなる」
その手裏剣の腕はというのだ。
「だからじゃ」
「よりじゃな」
「腕を上げるのじゃ」
手裏剣のそれもというのだ。
「だからこれまで以上によい使い方をせよ」
「木の葉もじゃな」
「幾つも同時に。吹雪の様に使うこともするがな」
猿飛、彼はというのだ。
「その時葉の違いも考えるのじゃ」
「葉のか」
「例えば紅葉と松で葉の形が全く違うな」
「そうじゃな」
猿飛もそのことははっきりとわかって頷いた。
「それはな」
「ではな」
「その葉の違いもか」
「よく頭に入れてじゃ」
そのうえでというのだ。
「戦えばじゃ」
「さらに違うか」
「松の葉のあの細さと鋭さを意識してな」
「使うとじゃな」
「どうじゃ」
「うむ、無数の針が襲う様じゃ」
敵に対してだ。
「そうなるわ」
「そうじゃな、だからな」
「葉の種類もか」
「一つ一つな」
「頭に入れてか」
「戦うことじゃ」
木の葉を使う時はというのだ。
「山には色々な種類の草木があるからな」
「その草木の一つ一つをじゃな」
「覚えてじゃ」
そしてというのだ。
「戦えば尚よい」
「ではな」
「うむ、さらに強くなる為にな」
「そのことを覚えておくぞ」
「そうせよ、是非な」
大介は猿飛にこのことも話した、そうしたことも話しつつだった。彼等は修行を続けていった。
しかしだ、猿飛は修行の中こうも言った。
「猿にはなれる、しかしな」
「猿以上はか」
「そうなるとな」
それはとだ、祖父に休憩の時に話した。
「これがな」
「難しいな」
「そう思う」
「それは猿になったからじゃ」
「今のわしはか」
「うむ、しかしじゃ」
「猿からか」
その域からというのだ。
「上に上がるのは難しいか」
「そもそもわしもじゃ」
かく言う大介もというのだ。
「まだじゃしのう」
「猿は超えておらぬか」
「まだ猿じゃ」
その域だというのだ。
「そう思っておるわ」
「では祖父殿はわしに」
「うむ、猿を超えて欲しいだけではなくな」
「祖父殿もか」
「超えて欲しいのじゃ」
こう考えているというのだ。
「そこまでな」
「そうか、祖父殿を超えよか」
「弟子は師を超えてこそじゃ」
それでこそというのだ。
「弟子だからのう」
「そう言われておるな、言われてみれば」
「ではよいな
「わかった、わしは祖父殿を超えるぞ」
猿を超えるだけでなくとだ、猿飛は大介に答えた。
「そうする」
「是非な、我等の姓は猿飛というが」
「猿の様に飛ぶ、そしてじゃな」
「猿を飛び超えるのじゃ」
その域をというのだ。
「そうした名前なのじゃ」
「そうであったか」
「ではよいな」
「うむ」
猿飛は祖父にまた答えた。
「そうさせてもらうぞ、わしも決めた」
「ではな」
「そして遥か高みを目指すわ」
「四国には猿の話も多い」
四国といえば狸だがこちらの話も多いのだ、中には猿神というまつろわぬよからぬ神の話もある。
そして大介もだ、猿飛にこのことを話した。
「わしもお主も猿神程度は倒せる」
「狒々もな」
この大猿の妖怪もとだ、猿飛は笑って話した。
「近頃岩見重太郎殿が美作で狒々を倒されたそうじゃが」
「出来るな、お主も」
「狒々でも何でも倒してみせるわ」
猿飛は笑って答えた。
「それこそな」
「そうじゃな、しかしな」
「狒々を倒す程度ではじゃな」
「お主なら狒々位何匹でも倒せる」
孫の今の技量を見抜いての言葉だ。
「それこそな、しかしな」
「狒々位倒せて何か、じゃな」
「今のお主の腕ではな」
それこそというのだ。
「何十匹でも倒せるわ、しかし倒すよりもじゃ」
「戦わずしてじゃな」
「その何十匹の狒々を降参させる位にじゃ」
戦う前にというのだ。
「そうして悪さをさせぬ位のな」
「強さをじゃな」
「備えるのじゃ」
是非にというのだ。
「よいな」
「そういうことか」
「猿、そしてわしを超えればじゃ」
「山の神の様になりか」
「下手な山の神なら狒々共と同じく平伏する程になる」
猿の、大介の域を超えればというのだ。
「そうなるからな」
「是非か」
「強くなれ、よいな」
「わかった、ではな」
猿飛は頷き祖父と共に修行を続けた、木の葉隠れの術も木の葉それぞれのことも考えて行う様になりさらによくなっていた、それでだ。
幸村も猿飛の術を見てだ、こう彼に言った。
「お主もな」
「十勇士の他の者達と同じく」
「強くなっておる」
これまで以上にというのだ。
「そして免許皆伝、猿を超えた時はな」
「他の者達と同じくですな」
「天下無双の強さを備えておるわ」
「そうなっておりますな」
「だからな」
「何としてもですな」
「猿を超えるのじゃ」
まさにというのだ。
「よいな」
「そうさせてもらいます」
「必ずなれる」
猿を超えることはとだ、幸村は猿飛に笑って確かだと言った。
「お主ならな」
「左様ですか」
「他の者達も出来た」
十勇士の彼等もというのだ。
「だからな」
「それがしもですな」
「必ず出来る、お主達十人の腕は同じ程じゃ」
幸村から見てだ、そしてこれはこの通りだ。
「だからな」
「それがしもまた」
「なれる」
「そうですか」
「そうじゃ、今の授業の流れでもな」
「出来ますか」
「それも出来る」
また言うのだった。
「そこから見ても拙者は思ったわ」
「そうですか、ではさらにです」
「励むな」
「そうさせて頂きます」
猿飛も微笑んで答えた。
「是非」
「それではな」
幸村も修行に加わっている、そうして三人で修行に励みその中で猿飛に言ったのだ。そうしてだった。
猿を見てだ、猿飛はこう言うのだった。
「猿を超えようなぞ」
「とてもじゃな」
「思うことなかった」
こう大介に言う。
「まことにな」
「そうじゃな」
「うむ、猿と同じ動きが出来るとは思っておった」
その様にはだ。
「しかしな」
「それでもじゃな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「猿以上の動きはな」
「しようとはじゃな」
「猿そのままの動きもじゃ」
今出来る様になったそれもというのだ。
「思わなかったわ」
「そうじゃな、しかしな」
「今は思う、そして猿を超えてじゃ」
「わしもじゃな」
「超えるわ、山の神よりも強くなり」
そしてというのだ。
「殿の御為に働くわ」
「そう考えておるな」
「これまで以上にな、しかしな」
「しかし?」
「もう幕府はじゃ」
それはというと。
「固まりつつある」
「そうか」
「わしもそう見るし」
「天下の流れがか」
「そうなってきておるわ」
まさにというのだ。
「流れがな」
「ではか」
「豊臣家の天下はじゃ」
それはというのだ。
「もうなくなっておるしじゃ」
「これからもじゃな」
「戻らぬわ」
「そういう流れか」
「大体じゃ」
大介は猿飛にまた言った。
「お拾様だけじゃな、豊臣家は」
「最早な」
「若しお拾様に何かあればじゃ」
まだ子供と言っていい彼がというのだ。
「豊臣家は誰もいなくなるな」
「お家断絶か」
「そうした心許ない家じゃ」
「そうした家ではか」
「例えあの富と大坂城があってもじゃ」
豊臣家にはまだこうしたものが備わっている、つまりそれだけの力がまだあるというのだ。
だがそれでもとだ、大介は言うのだった。
「しかしな」
「もうか」
「そうした状況ではな」
「天下はか」
「戻らぬわ」
「天下も人おってこそか」
「まだ子供のお拾様だけでどうなる」
「そう考えると徳川家か」
「大御所殿は身内も多い」
秀頼が全く持っていないそうした者達がというのだ。
「家臣の方々だけでなくな」
「では」
「うむ、だからじゃ」
「徳川家がな」
「天下を定めるか」
「せめて関白様がおられれば」
ここで幸村が言った。
「違ったであろうな」
「あの方ですか」
「そうじゃ、あの時のう」
幸村は目を閉じ悔やむ顔になって述べた。
「拙者が関白様をお救いしていれば」
「高野山においてですな」
「無理にもな」
秀次の意志をあえて無視してだ。
「そうしていればな」
「その時はですな」
「こうなっておらんかったかもな」
「そうですか」
「家も天下も人あってこそ」
大介と同じことを大介自身に言う。
「まさに」
「その人がおらぬのでは」
「どうにもならぬ」
「だから豊臣家はですか」
「ああなった、もうこうなってはな」
豊臣家はというのだ。
「せめてお拾様が長生きされ」
「そうしてですな」
「その長生きの中で出来る限りな」
「お子をもうけられるしかですか」
「ない」
そうだというのだ。
「こうなってはな」
「大名家として」
「大介殿も同じ考えかと」
「どう見ましても」
大介も言う。
「ああなっては」
「そうであるな」
「はい、あのままいけば」
「大坂を出てもな」
「官位は高く」
朝廷のそれがだ。
「石高も高く国持ち大名として」
「幕府は遇するな」
「もうそれだけで充分かと」
幕府としてはだ。
「大坂さえ出ればです」
「幕府としてもな」
「豊臣家を滅ぼすまでもありませぬ」
そうしたものだというのだ。
「まさに」
「だからな」
それでというのだ、幸村も。
「徳川家、幕府にとってもそれには及ばぬ」
「ただ、ですな」
「国替えだけじゃ」
つまり大坂から出てもらうというのだ。
「後は国持ち大名になってもらう」
「若しお拾様に何かあれば」
「それで終わる家じゃからな」
秀頼、彼にというのだ。
「もっと言えばお拾様に何かすることも」
「幕府にとっては造作もないこと」
「大御所殿はあの城に長くおられた」
秀吉の下の重臣としてだ、あの城に長くいてそのうえで勤めを果たしつつ城の隅から隅まで見て頭に入れていたのだ。
「よきことも悪きこともな」
「そしてですな」
「隠れた道もじゃ」
秀吉が密かにもうけたそれもというのだ。
「ご存知じゃ」
「では」
「しかも服部殿がおられ」
そしてというのだ。
「十二神将という上忍も揃っておる」
「では」
「服部殿に一言かけられればな」
その大坂城のことを全て知る家康がだ。
「お拾様もじゃ」
「まさにひとたまりもない」
「そしてお拾様に何かあれば」
「それで豊臣家は終わりじゃ」
そうなるというのだ。
「容易にな」
「それも実に」
「だからな」
そうした状況だからだというのだ。
「幕府は豊臣家を潰そうと思えば何時でも出来る」
「しかしそうされないということは」
「潰す気がないということじゃ」
「そこを豊臣家はご存知か」
「それじゃ」
まさにそのことだというのだ。
「茶々様があれでは」
「どうにもなりませぬか」
「まだ天下人だと思っておられる」
豊臣家がというのだ。
「治める仕組みもないというのに」
「はい、治める仕組みがなくては」
「天下は治められぬ」
「一つの藩を治める位じゃ」
今の豊臣家の政の仕組みはというのだ。
「五大老、五奉行もない」
「最早」
「しかし幕府にはそれがあり」
「刻一刻とですな」
「その仕組みがさらによくなってきておる」
「それでは」
「もうどうにもならぬ」
豊臣家の天下ではないというのだ。
「その時は終わった」
「そうですな」
「うむ、ではな」
「一つの藩ではない」
「そうですか」
「そうじゃ、茶々様は何もわかっておられぬからな」
幸村は常にそう思っている、そしてこのこと自体が大坂を追い詰めているというのだ。そしてだ。
そのことを思いつつだ、彼はまた言った。
「あの方がおられる限り大坂は暗い」
「そして最悪のこともですか」
「充分有り得る、政をご存知ない方が実質の主ではな」
豊臣家のというのだ。
「どうしようもないわ」
「止められる方もおられず」
「あのまま荒れるだけじゃ」
「何もかもが」
こうしたことも話した、そうして。
修行をしていく、猿飛は確かに強くなっていったが天下特に大阪の動きは非常に暗いものだった。
秀頼は少しずつ大きくなっていっているが横には常に茶々がいる、その茶々の周りに女達がいてだ、
政を動かしていた、大坂の男達はその彼女達を見て不吉なものを感じてそのうえで片桐に対して言っていた。
「どうにかなりませぬか」
「茶々様と女房の方々は」
「もう我等は何も言えませぬ」
「政はあの方々のものとなっております」
「修理殿はあの有様」
彼が茶々を止める筈だがそれを出来ないでいるのだ。
「これではです」
「摂津、河内、和泉三国の内の政は出来ますが」
「幕府とのことは」
「もう何とも」
「そうじゃ、それが肝心じゃが」
しかしとだ、片桐も言うのだった。
「わしもじゃ」
「茶々様をですな」
「止められぬしな」
難しい顔で言うのだった。
「だからな」
「最早ですか」
「やはりどうにもなりませぬか」
「あの方のことは」
「幕府にはそうした御仁もおられるが」
あちらにはというのだ。
「本多殿にそのご子息、崇伝殿に柳生殿とな」
「そうした方々がおられてですな」
「止められますか」
「それが出来ますか」
「後は九度山の真田殿か」
昌幸の名も出した。
「あの方なら出来るが」
「しかし今の大坂にはおられぬ」
「石田殿も大谷殿もおられず」
「そうした有様なので」
「だからじゃ」
それでというのだ。
「どうにもならぬ、しかしどうにもならぬのではな」
「家が危うくなりますな」
「そうなりますな」
「危ういままですと」
「厄介ですな」
「そうじゃ」
こう言った、ここで。
「何か出来る方が大坂に欲しいのう」
「我等はでは力及ばず」
「このことが嘆かわしいですな」
「それも実に」
「何とかしたいですが」
「その力がないとは」
「全くじゃ、真田殿が来て欲しい」
片桐はまた昌幸のことを言った。
「何かあった時はお呼びするか、しかし」
「あの方を呼ばれれば」
「その時はですな」
「戦ですな」
「その時ですな」
「まさにな」
何処との戦かは言うまでもなかった。
「その時になる」
「だからあの方はお呼び出来ませぬな」
「ずっと九度山に流罪とされていますし」
「だからですな」
「余計にですな」
「それは出来ぬ」
昌幸を呼ぶことはというのだ。
「残念じゃがな」
「そういうことですな」
「ですから我等だけでするしかありませぬな」
「茶々様、そして女御衆の方々をどうするか」
「そのことについては」
「それしかないが」
片桐の顔は難しいままだった。
「あの方を抑えるなぞ滅多にな」
「出来るものではない」
「どうしてもですな」
「ですからどうにもならぬ」
「このままでは」
「大坂はどうなるであろうな」
片桐は苦い顔で言うだけだった、彼と周りの者達が出来ることは内の政位であった。それ以外は出来なくなっていた。
大野もだ、弟達にその大柄な身体で言っていた。その彼が言うことはというと。
「わしは二心はない」
「はい、兄上はです」
「そうした方ではりませぬ」
大野の弟である大野治房と治胤が応えた。
「そのこと我等がよく知っております」
「豊臣家に対して絶対のお心があります」
「他のことはともかくこのことは自負しておる」
彼自身こう言う。
「だからな」
「はい、決してですな」
「怪しきことはされませぬな」
「豊臣家に対して二心なき」
「それを守っておられますな」
「他家に通じることも茶々様やお拾様に何かすることもじゃ」
そうしたこともというのだ。
「一切ない、ただ私を捨ててお仕えするだけ」
「そうですな、それでなのですが」
ここでだ、治房はあえて兄にこのことを話した。見れば彼も治胤も長兄程大きくはない。程々の大きさだ。
「兄上、若しくは石田殿が」
「あの話は」
「巷には下種な者がおります」
「だからじゃな」
「そうした話をしています」
「気にすることはない」
大野はあっさりとだ、その話を構わぬとした。
「一切な」
「兄上のことですが」
「わしがその様なことをすると思うか」
表情を一切変えずだ、大野は治房に問うた。
「そして治部殿が」
「いえ」
治房も一言で答える。
「天地がひっくり返っても」
「そうじゃな」
「兄上はそうした方ではありませぬ」
「治部殿にしましても」
治胤も言う。
「そうした方ではありませぬ」
「無論茶々様もじゃ」
彼女にしてもというのだ。
「そうした方ではないわ」
「そうした下種な話はですな」
「只の噂話ということですな」
「また言うがそうした話は言わせておけ」
大野は一切構わぬとだ、自身の弟達に心から言った。
「根も葉もない、下世話な話なぞな」
「気にせずにですな」
「為すべきことに心血を注ぐ」
「そうあるべきですな」
「我等は」
「その通りじゃ、わしは豊臣家の多くのことを任されておる」
片桐と共にだ、執権と言っていいまでの立ち場にある。
「それならばな」
「そちらに心血を注ぎ」
「余計なことなぞ構わず」
「今もですな」
「政に励むべきですな」
「そうじゃ。それでじゃが」
ここで大野が言うことはというと。
「近頃徳川家は大人しいが」
「しかしですな」
「油断はなりませぬな」
「また何をしてくるかわからぬ」
「備えはしておくべきですな」
「うむ、どうも幕府が我等を特に害するつもりはないと思うが」
しかしというのだ。
「油断はならぬ、また何か言ってくればな」
「それを跳ね返す」
「そうすべきですな」
「大名ではない」
豊臣家はというのだ。
「わかるな」
「天下人はお拾様です」
「太閤様のお子であられるのですから」
「それを勘違いされては困りますな」
「実に」
「そうじゃ」
だからだというのだ。
「大坂城のこともな」
「常にですな」
「見張りを怠らぬことですな」
「幕府に対して」
「そしてそのうえで、ですな」
「天下人として為していく」
「そうあるべきですな」
弟達も言う、だがここでだ。
大野は弟達にだ、難しい顔でこうも言った。
「しかしな」
「しかし?」
「しかしといいますと」
「わかっておるな」
こう言うのだった、ここで。
「茶々様や母上、他の女御衆の方々はそう思っておられるが」
「今の天下はですな」
治房が応えた。
「豊臣家に対して厳しい」
「加藤殿、福島殿もじゃ」
豊臣家の子飼いであった彼等もというのだ。
「近頃は違う」
「遠いですな」
「どうも疎遠です」
「どうに」
「左様ですな」
「そうじゃ、遠くなっておる」
彼等との関係がというのだ。
「それをどうしていくかじゃ」
「文を送りますか」
「これまで以上に」
「そして他の大名家にも」
「そうしていきますか」
「やり取りが絶えてはな」
それだけでというのだ。
「よくないからな」
「だからですな」
「やり取りは増やしていき」
「そしてですな」
「やがては」
「いざという時にはな」
加藤や福島にもというのだ。
「共にいてもらう」
「だからですな」
「ここは文を送り」
「その数を増やし」
「やり取りをしていきますか」
「そうしようぞ」
こう言うのだった、そしてだった。
彼等は手を打つのだった、実際にそうした大名達に親し気に文を書いて送った、だがその文を受け取ってだ。
熊本の加藤清正は難しい顔でだ、家臣達に言った。
「難しいのう」
「左様ですな」
「そう言われましても」
「我等にとっては」
「今が大事です」
「豊臣家には残って欲しい」
これが加藤の今の考えだ。
「このままな」
「幕府の中で」
「そうしてもらいたいですな」
「是非ですな」
「そうして欲しいですな」
「天下は定まろうとしておる」
加藤にもこのことがわかっていた。
「徳川家の下でな」
「それは思えば関ヶ原の前からでしたな」
「大御所様に多くの者が従う様になり」
「我等は治部憎しのみでしたが」
「あの頃に既に」
「今でも間に合うか」
何が間に合うかというと。
「茶々様と大御所様のことじゃが」
「ご正室にですな」
「茶々様を望まれていますな」
「そのお話をですか」
「大坂の茶々様にお話しますか」
「あの方が首を縦に振られれば」
その茶々がというのだ。
「万事収まる」
「左様ですな」
「そうなってくれればです」
「豊臣家も安泰です」
「何よりお拾様が」
「だからじゃ、何とかな」
この話をというのだ。
「今から話すか」
「それを考えますか」
「そうなれば茶々様は自然に江戸に入られます」
「しかもお拾様はご正室のお子」
「大御所様のお子ともなりますし」
「無体にされる筈がない」
家康にしてもというのだ。
「だからと思うが」
「それで、ですな」
「あの方にお話しますか」
「そして何とかですな」
「豊臣家を救いますか」
「そうしたい、天下人は大御所様だが」
家康にだ、最早このことは覆せないというのだ。
「豊臣家を残すことは出来る」
「だからですな」
「何としてもですな」
「こちらから大坂に文を送り」
「茶々様にそうしてもらいますか」
「他の豊臣家恩顧の家にも話すか」
福島及び他の七将達の家にだ。
「そうするか」
「それがよいかも知れませぬな」
「やるなら早いうちにですな」
「そうじゃ」
まさにというのだった。
「だからな」
「はい、では」
「このこと考えておきましょう」
「そのうえでどうするか」
「それを決めましょう」
「それが豊臣家の為じゃ」
加藤はまた言った。
「何とか悪い様にはならぬことをな」
「考えてですな」
「そして手を打つ」
「それがよいですな」
「今は」
「うむ、そうじゃ」
その通りだというのだった、家臣達に。
「茶々様を大御所様のご正室に出来ずともな」
「それが無理でもですな」
「何とかしなければなりませぬな」
「豊臣家を残す為に」
「我等も」
「何かあればと思い」
そしてというのだ。
「わしはこの熊本城にお拾様をお迎えす用意もしておる」
「特別に間をもうけ」
「守り切る備えもしております」
「何かあれば逃げられる様にも」
「整えておりますな」
「この城は薩摩への備えじゃがな」
つまり島津家へのだ。
「島津家も決して豊臣家は嫌いではない」
「だからですな」
「いざという時はですな」
「薩摩にも逃れてもらうことも出来ますな」
「お拾様を」
「それは出来る、しかしな」
それでもというのだ。
「それは最後の最後じゃ」
「何とかですな」
「お拾様を大名にしたままですな」
「残すことですな」
「それが大事ですな」
「それを目指す、その為に出来ることは全てする」
加藤はこう決めていた、それは秀吉にそれこそ子供の頃から育ててもらい万恩を感じているが故にだ。
「よいな」
「はい、それでは」
「天下の動きを見据えてです」
「お拾様をお助けしましょう」
「全てを賭けて」
「大御所様のお考えも読んでな」
そしてというのだ、そうした話を熊本城でしていた。
豊臣子飼いの者達も天下に残っていて豊臣家の行く末を案じどうにかせねばと思っていた、しかしそれをどう見てどう捉えるかはそれぞれだった。それが為に天下は揺れるものが残っていた。
巻ノ百四 完
2017・4・26