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巻ノ九十八

                 巻ノ九十八  果心居士

 近頃都で面白い話が広まっていた。

「ほう、それはまたのう」

「面白い話じゃ」

「あの御仁まだ生きておられたか」

「そして修行の日々か」

「そうされておられるか」

「果心居士殿がのう」

 この実はおらぬではないかという者すらいる仙人だの妖術使いだの言われる者がというのだ。

「都の何処かにいてか」

「天下妖術の修行をしておるか」

「仙術ともいうが」

「それに密かに励まれてか」

「何かを為されるおつもりか」

「果たして事実か」

「わからぬのう」

 こうした話が出ていた、しかし家康から西国とりわけ豊臣家の目付を言われた板倉はその話を聞いてもこう言うだけだった。

「そういう噂は別によい」

「特にですか」

「幕府としては気にせぬ」

「そうしていかれますか」

「別に天下や民を乱す訳でもあるまい」

 穏やかな声で言うだけだった。

「それならばな」

「別にですか」

「いてもいなくてもですか」

「別に構わぬ」

「そういうことですか」

「そうじゃ、何でも伴天連の者達は自分達と宗門が違ったり怪しげな術を聞くとわかるとすぐに惨たらしく責め殺すらしいが」

 板倉は彼等のことは眉を顰めさせて述べた。

「幕府はその様なことは一切せぬ」

「怪しい話でも天下や民を害さぬのならですな」

「別によい」

「そういうことですか」

「そうじゃ、何故その様な愚かなことをするのか」

 伴天連の者達はとだ、板倉はこうも言った。

「わからぬ」

「ですな、確かに」

「宗門の違いなぞ別にどうということはありませぬ」

「怪しげな術でもそれが害にならねばよい」

「害になる話ならじっくりと調べることですな」

「あちらでは話を聞いただけで引っ捕え酷く責め殺すという」

 板倉もこの話を聞いている、それで言うのだ。

「それは政道ではない」

「まことの政道を知る者の行いではありませぬな」

「それは外道のすることです」

「かの足利の六代殿さえされなかったこと」

「あの方ですら」 

 足利義教、とかく恐ろしく大悪将軍と言われた彼ですらというのだ。

「その様なことはされませんでした」

「宗門が違ったり噂だけで責め殺すなぞ」

「そこまでした者はいませぬ」

「伴天連は実に恐ろしいですな」

「何を考えておるのか」

「その伴天連の様なことは決してせぬ」

 板倉はまた言った。

「だからじゃ」

「果心居士という者もですな」

「放っておきますか」

「別に天下にも民にも害を為さぬので」

「それで、ですな」

「よい」 

 板倉はまた言った。

「それよりもわかっておるな」

「ですな、大坂殿ですな」

「またおかしなことをされようとしています」

「茶々様にも困ったことですな」

「実に」

「そうじゃ、あの方は何もわかっておられぬ」

 板倉はその面長で白いものが目立つ髪をまとめた髷がその面長さのせいか余計に目立っているその顔で言った。

「政がな」

「あそこまでわかっておられぬとは」

「困ったことですな」

「あの方についても」

「まことに」

「大御所様の言われる通りにされればな」

 茶々、彼女がというのだ。

「何しろ正室にどうかとまでな」

「大御所様はそこまでお考えですな」

「茶々様をと」

「そうして身の安全を約束される」

「そうお考えなのですが」

「茶々様はな」

 その彼女はというのだ。

「わかっておられぬ」

「そうしたことまで」

「それ即ち豊臣家の安全を約するということなのに」

「そのことさえも」

「しかも勝手をされようとする」 

 板倉も困っていることだった、家康の考えがわかっているが故に。

「豊臣家を滅ぼすおつもりはない」

「大御所様には」

「全く」

「そうじゃ、それがな」

「どうにもですな」

「あの方はおわかりになっていませぬな」

「逆に豊臣家を滅ぼそうとしているとですな」

「思われていますな」

「そうではないのだが」

 家康の考えはというのだ。

「上様は幾分厳しくしたいと思われているがな」

「はい、江戸のあの方は」

「そうですな」 

 秀忠はとだ、周りの者達も言う。

「そうお考えと聞いています」

「豊臣家に対して」

「大御所様は寛大にですな」

「そうされたいのですな」

「うむ、大和一国でもな」

 百万石を持つこの国でもというのだ。

「与えてな」

「そして官位も高い」

「そのうえで遇されたい」

「そうお考えですな」

「だから茶々様を正室にとも言われたのじゃ」

 そこまでというのだ。

「今もそうお考えですし」

「左様ですな」

「しかし茶々様は何か異様に幕府を憎まれています」

「家臣である筈にと」

「それで大御所様を特に憎まれておるとか」

「夜な夜な藁人形を打たれているとも聞いています」

「藁人形か」

 その呪いのことは板倉も知っている、それで呆れた顔になりこう言った。

「我等にもこの話が伝わっておるとなるとな」

「はい、誰かに見られていますな」

「間違いなく」

「そうなっていますな」

「だからこそこの話も伝わっていますな」

「我等の耳にも」

「あの呪いは誰かに見られては意味がない」

 板倉はこう言った。

「逆に自分に返って来る」

「その呪いがですな」

「そう言われていますな」

「そうじゃ、そもそも人を呪えば穴二つじゃ」

 板倉はこの言葉も出した。

「相手に向かわず自分に倍になり返る」

「そうしたものですな」

「呪いというものは」

「そうしたさもしいものですな」

「そうじゃ、人を呪ってもにもならぬ」

 所詮はというのだ。

「それもおわかりになられぬとはな」

「嘆かわしいですな」

「太閤様がおられればその様なこともなかったですが」

「せめて関白様がおられれば」

「大和大納言様がおられれば尚更でしたが」

「その様なこと大御所様が聞かれてもな」

 茶々が自分に呪いの藁人形を打っているとだ。

「あの方も何もされぬな」

「その様な小さなことではですな」

「一切ですな」

「手を出されませぬな」

「怒られることも」

「そうじゃ、一切じゃ」

 それこそというのだ。

「この様な下らぬことでな」

「ですな、大御所様がです」

「この様なことで何も怒られませぬ」

「その辺りの川柳や民達の口さがない言葉も笑い飛ばされるというのに」

「その程度のことでは」

「むしろその茶々様が大坂を仕切っておられる」

 家康を呪うばかりの彼女がというのだ。

「大坂はどうなるか」

「危ういですな」

「お拾様はまだご幼少ですし」

「それではですな」

「あの方が実質的な大坂の主なので」

「危ういわ、それでその果心居士はな」

 板倉はあらためてこの者の話もした。

「奉行も黙っていよう」

「はい、京都町奉行様もです」

「あの方もです」

「何も言われません」

「天下を害する妖術でないのならと言われ」

「それで」

「わしと同じじゃな、ではな」

 それではというのだ。

「あの者はそれでよい」

「左様ですか」

「それではですな」

「果心居士のことはどうでもいいとして」

「大坂を見ていくべきですか」

「そして西国の大名達もじゃ」

 彼等もというのだ。

「見ていくぞ」

「はい、そして何かあればですな」

「大御所様にお伝えしますか」

「そうしていきますか」

「朝廷のこともな」

 そちらも見てというのだ。

「やっていくぞ」

「わかり申した」

 所司代である板倉の言葉にだ、彼等は応えた。そしてだった。

 彼等は彼等の勤めを果たしていた、そのうえで果心居士のことはいいとした。だが彼の話を聞いてだ。

 九度山の幸村は確かな顔になってだ、筧に対して言った。

「次は御主じゃ」

「それがしがですか」

「そうじゃ、都に行くぞ」

「都ですか」

「わかるな」

「はいl、果心居士殿ですな」

「うむ」

 その通りという返事だった。

「あの御仁のところに行ってな」

「そのうえで」

「御主がじゃ」

「修行をして」

「強くなってもらう」

 是非にというのだ。

「よいな」

「十勇士の他の者達と同じく」

「そうじゃ」

 まさにという返事だった。

「御主にもな」

「ではこれより」

「都に行くぞ」

 即座にという口調でだ、幸村は筧に告げた。

「わかったな」

「わかり申した」

 筧は自身の主の言葉に一も二もなく頷いて答えた。

「さすれば」

「留守は他の者達に任せてな」

「そうさせて頂きます」

「ではな」

 幸村は筧の言葉に応えてそしてだった、二人ですぐに九度山を発った。そして真田の忍道を進んでだった。

 瞬く間に都に来た、幸村は都に入ると笑顔で言った。

「久しいな」

「はい、都に来るのも」

「天下の動きを探る為にあちこち回っておるが」

「都については」

「近頃行っておらんかった」

「それがしもです」

「ここによく来るのは才蔵だったな」

 十勇士の中では彼だったというのだ。

「確か」

「そういえばそうですな」

「あ奴はよく上がっておってな」

「そうしてですな」

「都にも入っておる」

「特にどの者が何処に行くとは決まってませぬが」

「拙者達は近頃な」 

 幸村達はというのだ。

「都に入っておらぬな」

「左様でしたな」

「だから久しかったな」

「はい、しかし」

「今ここに都に入った」

「すると自然にですな」

「うむ、懐かしさを感じるわ」

 幸村は笑みを浮かべ筧に応えた。

「昔は我等常にここにおったな」

「そうでしたな、殿がここで勤めておられたので」

「そうだった、しかしな」

 その久し振りに見回した都を見てもだ、幸村は話した。

「変わっておらぬな」

「我等が都を出た時から」

「どうもな」

「左様ですな」

 筧も都の中を見回しつつ幸村に応えた。

「あれから数年経ちますが」

「これといってな」

「変わっていませぬ」

「賑やかで人も多い」

「左様ですな、そういえば我等が最初に都に来た時の」

「あの豆腐屋か」

「あの豆腐屋もあるでしょうか」 

 こう幸村に問うたのだった。

「あちらも」

「そうじゃな、果心居士殿にお会いする前にな」

「あそこに行きますか」

「そうしてみるか」

「ですな、折角都に来ましたし」

 それならとだ、筧は幸村に笑顔で応えてだった。そのうえで。

 二人はその豆腐屋の前に来た、すると実際にその豆腐屋があった。あの時の娘はもうすっかり歳を取り大きな男の子に何か言っていた。

 その様子を見てだ、幸村は目を細めさせて自分と同じ顔になっている筧に対してこうしたことを言った。

「達者そうじゃな」

「そうですな」

「それならば何よりじゃ」

「全く以て」

「まあ今は我等は挨拶は出来ぬが」

 九度山にいることになっているからだ。

「あの娘も元気そうで何よりじゃ」

「子供も出来たのですな」

「思えばあの時から歳月も経った」

「亭主を迎え大きな子をもうけるのも」

「あることじゃ」

「左様ですな」

「そしてじゃ」

 幸村はさらに言った。

「これからよりな」

「幸せになるべきですな」

「泰平な天下でな」

 そうした世の中でというのだ。

「そうあるべきじゃ」

「家族で美味い豆腐を作って」

「是非な、それとじゃ」

「それと?」

「ここには長宗我部殿もおられる」

 長宗我部盛親、彼もというのだ。

「何でも寺子屋をされておられるらしい」

「そうなのですか」

「長宗我部家が改易された後な」

「そしてここにおられますか」

「かつては大名であったがな」

「今ではですか」

「寺子屋じゃ」

 そこで子供達に物事を教えているというのだ。

「人の世はわからぬな」

「ですな、確かに」

「人の世は何時どうなるかわからなぬ」

「うたかたですな」

「まさにそれじゃ」

「何時どうなるかわからぬ」

「そうしたものですな」

「我等も今では九度山暮らしじゃ」

 流されてそうしてというのだ。

「同じじゃな」

「ですな、うたかたですな」

「全くじゃ、ではうたかたとしてな」

「はい、これより」

「果心居士殿のところに参ろうぞ」

「それでは」

 筧も応えてだ、そしてだった。

 二人はその果心居士がいるという家まで来た、そこは長屋の奥にありそこに行くとだった。一人の年老いた老人がいた。

 するとだ、ここでだった。老人は二人を見て言った。

「よく来られた」

「わかっておられたか」

「はい」

 その通りだとだ、老人は二人に飄々とした笑顔で答えた。

「それはもう」

「それは術で」

「はい、それがしの術で」

 まさにそれでというのだ。

「わかっていました」

「そうであったか」

「左様です、そして来られた訳は」

「わかっておられますな」

「来られたこともわかっていますので」

 これが老人の返事だった。

「既に」

「そうであられるな」

「この果心居士の術をですな」

「この者に授けて欲しい」

 幸村は筧を指差して言った。

「宜しいか」

「若し嫌でしたら」

 その時はとだ、果心居士は幸村にまた答えた。

「それがし最初からこの部屋におりませぬ」

「左様ですか」

「仙術で何処かに消えています」

「そうしておられたか」

「気に入らぬことをせぬのがそれがしなので」

 だからこそというのだ。

「そうしていました」

「では」

「はい、これからです」

「この者にですな」

「筧十蔵殿ですな」 

 果心居士は筧が誰かも既にわかっていた、彼のその術きあら。

「左様ですな」

「はい、これより」

「ではこれから」

「そうして頂けますな」

「だからここにおります」

 まさに最初からというのだ。

「そうしています」

「それでは」

「はい、筧殿」

 果心居士は筧に自ら声をかけた。

「これより」

「お願い申す」

「それでは」

 こう話してだ、そしてだった。

 筧は果心居士と共に修行をはじめた、都にいたままだが都のそのすぐ傍の山や都の中を夜に巡ってだった。幸村と三人で修行を行った。

 五行の術を軸とした仙術、それを筧に授けていくが。果心居士は共に宙を舞う様に飛翔する筧に対して言った、夜の都の空を。

「仙術は不老不死にもなれますが」

「いえ、それがしはです」

「そうしたことにはですか」

「興味がありませぬ」 

 跳びつつ言うのだった。

「そういったことには」

「それでは」

「はい、術を備え」

 そうしてというのだ。

「殿の為に使いたいのです」

「そうしたお考えですな」

「確かに仙術には不老不死もありますな」

「それがしも実際にです」

 かく言う果心居士自身もというのだ。

「そうした術も知っていてです」

「実際にですな」

「長く生きています」

 そうなっているというのだ。

「もう百年以上」

「そうですな」

「しかし筧殿はですか」

「それがし、そして我等は十勇士です」

 彼等はというのだ。

「殿と共に生きて死にたいので」

「だからですか」

「それに人は何時か必ず死にますな」

「はい、仙人といいましても」

 それでもというのだ。

「やはりです」

「人だからですな」

「死にます」

 何時かはというのだ。

「仙人もやはり人なあので」

「そうですね、ですから」

「そうしたことはですか」

「いいと考えています」

「仙術を備えられても」

 そして極めてもだ、果心居士が見るに。

「不老不死はですか」

「長く生きるか短く死ぬかだけで」

「長く生きることにもですか」

「我等は殿と同じ時同じ場所に死ぬと誓っております」

 それ故にというのだ。

「長く生きることにも興味はありませぬ」

「そうですか」

「はい、ですから」

 筧の言葉は揺るがなかった、その横では幸村が跳んでいる。やはりそれは飛ぶ様である。そう言ってもいい位である。

「全くです」

「それでは」

「そうした術は別に」

「では五行を中心とした術で」

「そちらをお願いします」

 不老不死の術以外をというのだ。

「そうして頂ければ」

「それでは」

 果心居士も頷いた、そしてだった。

 筧もまたひたすら修行に励んだ、そうして日々仙術を学び鍛錬をしていた。果心居士はその中で筧にその仙術を見せていたが。

 筧はその仙術を全てすぐに身に着ける、それを見て言うのだった。

「お見事です」

「そう言って頂けますか」

「はい」

 実にというのだ。

「一度見たらですな」

「すぐにですか」

「身に着けられますので」

「実はです」

 筧が言うにはだった。

「どれも既にです」

「既に学んでおられた」

「そうした術なので」

「左様か、流石は十勇士の一人」

 天下に一騎当千の者達として天下に名を知られた者達だというのだ。

「既に学んでおられたか」

「書では」

「いや、書を読まれていれば」 

 そうして学問を行っていればというのだ。

「それだけでかなり違うもの」

「だからですか」

「よく身に着けられる」

 最初に見た術でもというのだ。

「これは見事、しかも身のこなしも」

「そちらもですか」

「こちらはそれがしより見事」

 果心居士よりもというのだ。

「やはり忍の者だけあられる」

「元よりそうなので」

 忍の者だからだとだ、筧は果心居士に話した。

「ですから」

「そうか、では」

「はい、こちらには自信があり申した」

「ではそれがしの術と忍術を合わせ」

 そのうえでというのだ。

「より強くなられよ」

「そして強くなり」

「目を見てわかった」

 果心居士は実際に修行に励むその筧の目を見て言った。

「その目、真田殿もそうであるが」

「どういった目であると」

「志のある目じゃ」

 そうした目だというのだ。

「何かを果たそうとする」

「はい、それはです」

 筧もすぐに答えた。

「殿と共に」

「そうであるな」

「我等十一人志があります」

 確かにというのだ。

「ですから」

「それで、じゃな」

「是非忍術と果心居士殿の仙術を合わせ」 

 果心居士が言う通りにだ。

「そしてその力で」

「志を果たされるな」

「そうします」

 このことを約するのだった。

「必ずや」

「そうされよ、しかもその志はな」

 どうったものかもだ、果心居士は言った。

「純粋な、穢れのないものであるな」

「それは」

「ははは、それも目を見ればわかる」

 志が出ているその目にというのだ。

「一片の曇りもない清らかな目じゃ」

「殿もそれがしも」

「そうじゃ、だからな」

「それで、ですか」

「その志を果たされよ」

 一片の曇りもないそれをというのだ。

「それがしが授けていっている術でな」

「そうさせて頂きます」

「是非な、貴殿等なら出来る」

 幸村と十勇士ならというのだ。

「間違いなくな」

「そうですか」

「時が来れば志を果たされよ」

 果心居士の語るその目は暖かいものになっていた、彼等の志の清らかさを知ったからこそである。それでだった。

 果心居士は筧にさらに術を授けた、その仙術は。

 無数の雷を周りに落とすものだった、筧もそれをすぐに使ってみて言った。

「どうでしょうか」

「見事」

「そうですか」

「やはり学んでいただけあり飲み込みがよい」

 そうだというのだ。

「術を出すのも速い」

「やはり一瞬の隙がです」

「戦場ではじゃな」

「大きいので」

 だからだというのだ。

「確実を期していますが」

「それと共にじゃな」

「速さも意識しております」

 出すそれをというのだ。

「確かに」

「それがよい」

「そうですか」

「戦はただ術を出すだけではない」

 果心居士自身もこう言う。

「確実に、そしてな」

「速く、ですな」

「そうして出してこそじゃ」

「やはりそうなりますな」

「うむ、そこで速さを意識されるのはな」

 筧のそれはというのだ。

「お見事じゃ」

「それでは」

「より速くな」

「それを目指すべきですな」

「そして術を一つずつ出すのではなく」

「二つも三つもですな」

「出せればな」 

 それが出来ればというのだ。

「出すべきじゃ」

「さすれば」

「出来るか」

「やってみせます」

 必ずとだ、筧は言って実際にだった。

 先程使った落雷の術にだ、そこに岩を自由に飛ばす術も使ってみせた。岩は筧の周りを飛び回って彼の身体を守っている。

 それを見てだ、果心居士はまた言った。

「早速か」

「使ってみましたが」

「それも見事」 

 そうだというのだ。

「ではな」

「さらにですな」

「使われよ、ただ二つも三つも術を同時に使うとな」

「その分気力も使いますな」

 実際に使ってみての言葉だ。

「むしろ同時に使いますと」

「ただ二つや三つ使うだけでなくな」

「その倍は使いますな」

 気力をというのだ。

「これはかなりです」

「左様、しかしな」

「いざという時はですな」

「同時に使うこともですな」

「覚えておくとじゃ」

「力になる」

「そうじゃ、使われよ」

 こう筧に言うのだった。

「そして慣れればな」

「次第にですな」

「使う気力も減る」

 二つ三つ同時に使うとそれぞれ使う時よりも倍以上に疲れてもというのだ。

「次第にであっても」

「そしてより多く使える」

「やはり慣れることじゃ」

 術を使うには、というのだ。

「それが第一じゃな」

「ではこれからも」

「どんどん使われよ」

「修行を積むその中で」

「時に備えてな」

「さすれば」

 筧は果心居士の言葉に素直に頷きながらそうした術の使い方も修行を重ねていった、そして休憩の時にはだ。

 飯も食った、それは朝も昼も同じでだ。無論夜もだ。

 飯を食っていた、今宵の飯はというと。

「よい鯉じゃな」

「左様ですな」

 筧は幸村と共に鍋に野菜と共に煮られた鯉を食いつつ述べた。

「この鯉は」

「全くじゃ」

「酒もよいです」

 筧はそちらも飲みつつ述べた。

「この酒も」

「そうじゃな」

「普通の鯉と酒ですが」

 鍋と酒を出した果心居士の返事だ、無論彼も共に食べて飲んでいる。

「これは」

「左様であられるか」

「はい、近くの川で釣った鯉で野菜もです」

 それもというのだ。

「近くの店で買った」

「家のか」

「はい、この家の」

 近くの店でというのだ。

「そうしたものです」

「そうなのか」

「味噌も同じです」

 味付けのそれもというのだ。

「至ってです」

「普通のものか」

「酒もそうで」

 こちらもというのだ。

「精進酒ですが」

「普通の酒を買われたのか」

「左様です」

「成程のう」

「それを美味しいと言われ召し上がられるとは」

 果心居士は目を輝かせて幸村に言った。

「有り難いことです」

「いや、実に美味い」

「それは修行に励まれているので」

 幸村も筧もというのだ。

「それだけです」

「身体も頭も使ってか」

「腹も減りますので」

「美味いか」

「左様かと」

「そうなのか、そういえば十蔵にしても果心居士殿にしても」

 ここでだ、幸村は彼等にこうも話した。

「魚も酒も口にされていますが」

「仙術をしてもですか」

「それについては」

「ははは、それでもよいのです」

「そうなのか」

「はい、仙術といっても妖術と言われもします」

「妖術と言うと聞こえが悪い」

 幸村はこう言った。

「そうなるな」

「どうしても」

「うむ、しかしか」

「この違いは心得次第で」

「使う者のか」

「妖術を使うのならば肉も酒もです」 

 そうしたものを口にしてもというのだ。

「別にです」

「構わぬのか」

「そう言われています、確かに仙術では生ぐさものはよくないといいますが」

「心得があればか」

「よいのです」

「そうしたものか」

「仏教の話ですが釈尊も肉や酒を口にしていましたな」

 果心居士はこの話もした。

「そうですな」

「うむ、確かにな」

「それでも解脱されましたな」

「そういえば水滸伝でもじゃな」 

 この話もだ、幸村は出した。

「花和尚魯智深は肉も酒も口にしてな」

「戦の場では大暴れですな」

「それでも解脱した」

「ですから心得次第です」

「仙人でもか」

「肉や酒を口にしてもいいのです」

「そうなのか」

「ただ、余計な気は溜まりますので」

 果心居士はこの話もした。

「ですから食って飲んだ分はです」

「修行でか」

「出さねばなりません」

「だから仙人は生ぐさもものはよくないというか」

「左様です」

「成程のう」

「して真田様ですが」

 果心居士は幸村にさらに言った。

「仙術もされていますが」

「今の様にな」

「そうですか、しかし」

「うむ、拙者はやはりな」

「武士であられますな」

「そうじゃ」 

 まさにとだ、幸村は果心居士に答えた。

「自分でもそう考えておる」

「左様ですな、ではです」

「武士としてじゃな」

「生きられて下さい」

「そして仙術をじゃな」

「使われて下さい」

「おそらく拙者が戦に出る時はな」

 その時はとだ、幸村は果心居士に述べた。

「相当に激しい戦になる」

「だからですな」

「仙術も身に着けてな」

 そしてというのだ。

「戦う」

「そうされますか」

「そして志を果たす」

「相当に高い志ですな」

「強い約束じゃ」

 秀次のことは話さない、しかしそこには確かに強いものがあった。

「それはな」

「それではですな」

「その志を果たす」

 必ずとだ、幸村はこのことは言った。

「何があろうともな」

「ではそれがしの仙術もです」

「身に着けてじゃな」

「戦う」

「そうされますか」

「是非な」

 こう話してだ、そしてだった。

 幸村もまた仙術を学んだ、彼の仙術は筧のものとは違い専門的なものではなかった。しかしその槍や剣、忍術にだった。 

 仙術を入れていた、そのうえで言った。

「槍に炎を入れれば」

「そうすればです」

「かなり強い」

「そうです」

「槍に気を入れ」

 そしてだった。

「それを仙術で燃やせばな」

「より一層ですな」

「強くなる、前から炎は出していたが」

 槍にだ。

「しかし仙術を使えば」

「より、ですな」

「強くなる」

 実際にというのだ。

「これはかなり使える」

「そうですな、そしてそれがしですが」

 筧は火遁の術を出してだ、その直後に周りに激しい雨嵐を起こしてからそのうえで幸村に対して言った。

「こうしてです」

「火遁に水遁にじゃな」

「使っています」

 そうするというのだ。

「この様に」

「そうじゃな、御主は」

「こうして術を使い」

「そのうえでじゃな」

「戦います」

 そうするというのだ。

「時が来れば」

「それでは」

「うむ、さらに術を極めるか」

「そうします」

 筧は今度はだ、木ノ葉隠れの術を使った。只の術ではなく木の葉は無数の刃になっていて周りにあるものを切り刻んでいた。

「この様にして」

「その術を使えばな」

「これまで以上にですな」

「戦える」

 幸村は筧に確かな声で言った。

「よいことじゃ」

「それでは」

「うむ、そしてじゃが」

「果心居士殿が言われた二つ三つ同時に使うことも」

 木ノ葉隠れの術にだ、さらにだった。 

 先程の水遁の術に土遁の術も使う、三つの術を同時に使いつつ述べた。

「次第にですか」

「出来てきておるな」

「はい、しかし五行で相性の悪い術同士はです」

 そうしたものはというと。

「使えませぬ」

「うむ、水と火等はな」

 果心居士が話した。

「どうしてもじゃ」

「無理ですな」

「使えぬ」

「ですな、火と水の術を同時に使いますと」

 筧はその例えについて自分から話した、それを行ってはいないがだ。

「どちらも消してしまいますな」

「そうなってしまう」

「相性の悪い術同士は」

「どうしても使えぬ」

 そうだというのだ。

「そこもわかるとよい」

「はい、それもですな」

「強くなるうちの一つじゃ」 

 それになるというのだ。

「筧殿もわかっておられる様で有り難い」

「はい、五行の相克、相生ですな」

「それをわかって使うとな」

 二つ三つの術を同時にだ。

「よりよい」

「左様ですな、では」

「そうしたことを頭に入れたうえで」

「備えていってもらいたい」

「さすれば」

「拙者もか」

 幸村も言うのだった、今は槍に炎を宿らせつつ。

「火だけでなく」

「はい、他の五行もです」

「水、土、金、木とな」

「使われるとよいです」

「そうじゃな、志を果たす為には」

 幸村は術を使いつつ確かな顔になった。

「そうした術もよりよく覚えていこう」

「困難は大きいですな」

「間違いなく」

 幕府、そして家康とは言わなかった。ただこう答えただけだ。

「それはな」

「ではです」

「その困難に向かう為にもか」

「こうした術も備えられて下さい」 

 こう言うのだった。

「是非共」

「わかった、では拙者も備える」

 仙術にある五行の術をというのだ。

「そうする、十蔵程ではないにしてもな」

「そうさせて頂きます」

「それではな」 

 こうしてだ、幸村もまた仙術の中の五行の術を身に着けていった。そうしてさらに強くなるのだった。その修行は相当なものだった。

 これまでの天下の豪傑達に教わった時と同じく生きるか死ぬかだった、そうした修行だった。しかしその修行の中出だ。

 筧は確かに強くなっていき幸村も学んでいっていた、筧は火、土、金の術を同時に出してみせた。その彼に果心居士はさらに言った。

「よい、しかしな」

「まだですか」

「使うのは五行、しかしな」

「それでも足りぬと」

「八卦を心掛けよ」

「八卦ですか」

「そうじゃ、そなたはまだそれが足りぬ」

 八卦を心掛けることがというのだ。

「五行は出来ていてもですな」

「五行に加えてですな」

「そうじゃ、五行と八卦は重なっておるが」

「それぞれを合わせてですな」

「考えて術を出していくと尚よい」

「そういえばです」 

 今度は木と水の術を使いつつだ、筧は果心居士に答えた。

「ここに八卦の風もよく加えれば」

「尚よいな」

「はい、確かに」

「だからじゃ」

「ここは、ですか」

「八卦もじゃ」

 それもというのだ。

「考えて出していくのじゃ」

「ですな、そうあるべきですな」

「ではよいな」

「はい、こうして」

 水を氷にしてそれから風を入れて乱れ飛ばせる、筧はそうしつつ述べた。

「使っていきまする」

「その様にな」

「それがし忍術も確かに使いますが」

 筧は自分のことをさらに言った。

「しかしです」

「剣や手裏剣はじゃな」

「そうしたことは他の者に劣ります」

 十勇士の他の者達に比べてだ、無論筧もそちらの方もかなりのものだ。だが義兄弟である彼等と比べると、というのだ。

「ですから」

「それでじゃ」

「はい、五行の術で戦うのが一番ですから」

「より磨くのじゃ」

 今修行して身に着けているそれをというのだ。

「よいな」

「わかりもうした」

「そうすればな」

「八卦も頭に入れたうえで」

「そうすればよい、真田殿に従い志を果たしたいならじゃ」

「そして共に同じ時で同じ場所で死ぬのなら」

「そうされよ」

 五行の術を八卦も考えつつ使っていき身に着けよというのだ。

「よいな」

「わかり申した」

「その様にな」

「していきまする」

 こう言ってだ、実際にだった。筧は今度は五行の術にさらに八卦の考えも頭に入れて使う様になった。そうするとさらにだった。

 術がよくなった、それでだった。

 五行の術はさらによくなった、筧は幸村と共に修行を続けていたが。

 服部は駿府において天下の動きを彼が率いる伊賀者達から聞いていた、そのうえで考える顔になり言った。

「何時かはな」

「そうなるとですか」

「棟梁は思われていましたか」

「その様に」

「うむ、後藤殿は天下の豪傑」

 こう言うのだった。

「武士であるが後藤殿が忠義を尽くす様な方はな」

「天下にそうはおらぬ」

「黒田様の様な方でもですか」

「その忠義を尽くせる方か」

「それが問題だったのですな」

「うむ」

 そうだとだ、服部は彼の家臣達に話した。

「あれだけの方故にな」

「それで、ですな」

「黒田家から離れたこともですか」

「有り得たと」

「今の様なことが」

「そうじゃ、思えば黒田様はあれで策を好まれる」

 黒田長政、後藤の主であった彼はというのだ。

「それで今のお国に入られた時も策で宇都宮家を滅ぼされておるな」

「はい、誘き出してですな」

「婚姻を申し出られて」

「そして宇都宮家を根絶やしにしました」

「あの件ですな」

「あれは後藤殿の好まれぬことだ」

 相手を誘き出してそこで不意討ちにし根絶やしにする様なことはというのだ。

「あの時でかなり不満を抱かれておった、しかも唐入りの時もある」

「黒田様が一騎打ちで敵将を倒された時ですな」

「後藤殿は助太刀されませんでしたな」

 目の前で主が生きるか死ぬかの勝負をしていたというのにだ、このことは先の話以上に天下に知られていることだ。

「あれ位出来ずして我が主でないと言われ」

「扇で自身を仰がれつつ悠然とされていたとか」

「黒田様は幸い勝たれましたが」

「随分と恨んでおられたとか」

「あの一騎打ちは川の中で激しく組み合ったという」

 鎧兜を着けて危うければ、というものだった。

「そのこともありな」

「お互いに、ですな」

「思われもして」

「そのこともあり」

「それでじゃ」

 こうしたこともあったが為にというのだ。

「黒田様と後藤殿はな」

「ああしてですか」

「袂を分かれましたか」

「そうなったのですな」

「うむ、しかし後藤殿は何度も言うが天下の豪傑」

 服部はとかく彼をこう言って評していた。

「天下の心ある者は放っておかぬな」

「早速細川様がお誘いをかけています」

 伊賀者の一人が言って来た。

「後藤殿に」

「やはりそうか」

「はい、かなりの石高を示されてです」

「万石のじゃな」

「それだけの」

「そうであろうな、しかしな」

 服部はその話を当然とした、だがすぐにこう言った。

「後藤殿は細川様に仕官されるが」

「されるが?」

「と、いいますと」

「すぐに家を去られることになろう」

「細川家をですか」

「そうなってしまいますか」

「黒田様のお怒りは相当じゃ」

 それ故にといういのだ。

「細川様に言われてな」

「後藤殿を手放す様にですか」

「そう言われますか」

「そして細川様も黒田様がしつこく言われるのでじゃ」

 それ故にというのだ。

「諦められるであろう」

「そうなりますか」

「そして、ですか」

「後藤殿は浪人としてですか」

「生きられますか」

「それこそ後藤殿を召し抱えられるのはな」

 どういった者かとだ、服部は自身の家臣達である伊賀者達に言った。

「幕府、大御所様かな」

「豊臣家ですか」

「お拾様ですか」

「そうした家でなければ黒田様が言われる」

 後藤と袂を分かった彼がというのだ。

「召し抱えぬ様にな」

「それこそ幕府か豊臣家でないと」

「そうなりますか」

「うむ、だからわしが思うにじゃ」

 服部は家臣達にさらに考える顔で述べた。

「幕府はじゃ」

「後藤様をですな」

「迎え入れるべき」

「そうだというのですな」

「そうじゃ」

 その通りというのだ。

「若し豊臣家に仕官されれば厄介じゃ」

「それで豊臣家が勢い付き」

「幕府にさらに従わなくなる」

「そしてそうなれば」

「戦になるやも知れませぬな」

「だからじゃ」

 それ故にというのだ。

「豊臣家に仕えてもらっては困る」

「それではですな」

「今のうちに、ですな」

「大御所様にお話されますか」

「そうされますか」

「うむ」

 是非にと言うのだった。

「そうしよう」

「はい、それではです」

「是非お願いします」

「殿が大御所様に申されて」

「その様にされて下さい」

「ではな、すぐに申し上げよう」

 こう言って実際にだった、服部は家康に後藤のことを話す為に彼の前に参上することにした。幕府そして何よりも天下の為に。



巻ノ九十八   



                       2017・3・9

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