巻ノ三十八 双槍
幸村は槍術の鍛錬を重点的に行う様になっていた、武術の鍛錬の中でも。
十字槍を両手にそれぞれ持ちだ、縦横無尽に操る。そうした鍛錬を春日山城の中の己の屋敷で日々行っていた。
そしてだ、こう言ったのだった。
「ふむ、少しであるが」
「身に着いてきた」
「そうなってきましたか」
「うむ、まだまだだと思うがな」
共に鍛錬を積む十勇士達に言うのだった。
「少しはましになってきた」
「槍の一本一本も難しいですが」
「それを両手で使うとなるとです」
「かなりのものです」
「しかもです」
見ればだ、幸村の槍はだ。
普通に馬に乗り使う時と同じ長さだ、幸村はあえて柄の長さをそのままにしているのだ。
それを使う主にだ、十勇士達は言うのだ。
「槍の長さはそのままです」
「それを片手でそれぞれ使われるのです」
「それだけでも相当なものです」
「かなりの武芸者です」
「そう言ってくれるか、とにかくな」
幸村は鍛錬を続けつつ言う。
「二本槍の術をさらに極めていく」
「そうですな」
「それではですな」
「さらに強くなられますか」
「そのつもりじゃ、天下一の双槍の使い手になろう」
「一本の刀でもです」
その剣術使いの根津が言う。
「難しいというのに」
「水滸伝の董平の様にされるとは」
筧はこの書から言った。
「お見事ですな」
「しかも殿は軍略も他の武芸にも励まれています」
猿飛はこのことを言った。
「それでさらにですかな」
「馬術に水練に弓、鉄砲もしておられ」
海野も唸って言う。
「それもですから」
「ご立派です」
穴山は幸村に深い経緯を見せていた。
「まさに天下一の方ですな」
「では殿が励まれるのなら」
二本槍を使うこともとだ、伊佐は畏まった。
「我等も是非」
「お供させてもらいます」
由利も幸村の傍に控える。
「鍛錬においても」
「さあ殿、では今日もこれからも汗をかきましょうぞ」
清海はその巨大な金棒を手にして笑っている。
「存分に」
「さて、それでは」
望月も腕を鳴らして楽しそうである。
「我等も共に」
「ではいきますぞ」
最後に霧隠が主に笑みを向けた。
「その槍を極められる為にも」
「そうじゃな、拙者もただ槍を振るうよりもな」
むしろというのだ。
「相手がいた方がよい」
「それではですな」
「これより我等がそれぞれ向かいまする」
「殿、全力でいきます」
「そうして我等も」
「そうじゃ、拙者も御主達もじゃ」
主従十一人全員がとだ、幸村は彼等に応えて言った。
「共に強くなろう、その為にもな」
「今回も全力で、ですな」
「稽古をしますか」
「稽古は全力じゃ」
常にというのだ。
「常にな」
「ですな、そうでなければ」
「力になりませぬ」
「それ故に」
「御主達も全力で向かって来てくれ」
是非にという言葉だった。
「そして共に強くなろうぞ」
「そうですな」
「では全力でぶつかり合い」
「そして強くなりましょうぞ」
「共に」
十勇士達も応える、そうしてだった。
彼等は日々激しい鍛錬を行っていた、幸村はその双槍の腕も磨いていっていた。その彼の激しい鍛錬を見てだった。
兼続はある日だ、幸村の屋敷に来て申し出た。
「一つお願いがありますか」
「それで今日は来られたのですか」
「はい、真田殿は日々文武の修行に励まれていますが」
その彼に言うのだ。
「それで、です」
「直江殿もですか」
「手合わせをしたいと思いまして」
それでというのだ。
「参上しました」
「左様ですか」
「そうです、お願い出来ますか」
「何と、直江殿がですか」
その話を聞いてだ、十勇士達は。
強い言葉でだ、驚いて言った。
「殿と手合わせをですか」
「願われますか」
「そうされますか」
「出来れば貴殿達とも」
兼続は十勇士達にも言うのだった。
「お手合せを願いたいです」
「我等ともですか」
「手合わせをして、ですか」
「そのうえで、ですか」
「鍛錬をされたいのですか」
「鍛錬は武士の務め」
こうも言うのだった。
「ですから」
「それでは」
「これよりですな」
「直江殿は殿と手合わせをされ」
「我等とも」
「まずは」
兼続はその十勇士達に言った。
「貴殿達とお願いし申す」
「では」
「今より」
「そして最後に」
微笑みだ、幸村にも言った。
「お願いします」
「有り難きお言葉、それでは」
幸村は兼続の言葉に熱い声で応えてだった、そうして。
十勇士達はだ、それぞれの武器を持ってだった。兼続と道場で手合わせをした。兼続は二本の刀をそれぞれの手に持って。
そうして稽古をした、今は木刀であり十勇士達も木の武器だったが。
それでも全力でぶつかる、その中で。
兼続は十勇士達をだ、一人一人だった。
勝負を挑んでだ、互角以上の勝負をしたのだった。
「何と、これは」
「我等より強いぞ」
「いや、これは」
「かなりの方じゃ」
「武芸も凄いと聞いていたが」
「恐ろしいまでの方じゃ」
「我等が殿はです」
ここでだ。兼続の従者が話した。
「上杉家で一番の武勇の方です」
「ううむ、それにしても」
「見事な技」
「我等も腕に自信がありますが」
「それでもです」
「こうまで遅れを取っています」
「直江殿には」
こう口々に言うのだった。
「しかも我等を次々に相手にしましても」
「息切れ一つされませぬ」
「恐ろしいまでの体力ですな」
「このことも驚きです」
「はい、殿は鍛錬も欠かしておられませぬ」
兼続の従者はこのことも話した。
「ですから」
「体力もですか」
「おありですか」
「左様です」
こう話すのだった。
「だから今も息切れ一つしておられませぬ」
「それもまた見事」
「素晴らしい方ですな」
「今は我等の最後佐助との勝負ですが」
「その跡は」
「はい、次はです」
また言う従者だった。
「源四郎殿とですな」
「殿はです」
「我等以上の武芸の持ち主」
「その殿ならば」
「直江殿にも」
十勇士達は目を輝かせて言った。
「必ずそうなります」
「互角にです」
「勝負されますぞ」
「そうですな、貴方達の主ならば」
従者は十勇士達、兼続に遅れを取りながらも勝負を最後まで果たしたその彼等の力量を見てから言った。
「出来るでしょう」
「直江殿とも互角に」
「戦えますな」
「そうなりましょう」
こう言うのだった、そして。
佐助と兼続の勝負が終わりだ、そうしてだった。
幸村が立ち上がってだ、兼続に言った。
「では」
「はい、これより」
兼続も応える。
「勝負をしましょうぞ」
「いえ、少しです」
「休憩をですか」
「されて欲しいのですが」
こう兼続に申し出るのだった。
「是非」
「それがしが疲れているから」
「だからです」
「そう言われますか」
「これまでです」
兼続はというのだ。
「それがしの家臣達と続けて稽古をしていました」
「それで疲れているから」
「お休み下さい」
「それがしが大丈夫と言えば」
「それでもです」
幸村は兼続に引かぬ声で返した。
「十人と稽古をしたのです」
「それがしがそう言っても」
「疲れていることは間違いありませぬ」
それ故にというのだ。
「お休み下さい」
「そのうえで稽古をせねばですか」
「戦なら敵が疲れている時にこそ攻めます」
「勝つ為に」
「しかし今は稽古です」
戦ではない、だからだというのだ。
「お休み下さい」
「わかりました、では休み」
「はい、その後で」
「お互い万全な状況で稽古をしましょう」
「それでは」
こうしてだった、兼続は幸村の言葉に従いそうして暫く休みだ、茶も飲み疲れを癒したそのうえでだった。
幸村との稽古をはじめた、それぞれ二本の槍と刀を使い。
体術を駆使して四つになりぶつかった、その稽古は。
「何と」
「殿も凄いが」
「直江殿もな」
「うむ、我等と手合わせをされた時とぽなじく」
「お見事じゃ」
「全くじゃ」
十勇士達は幸村と兼続の勝負を見て言った。
「殿の槍は風の様に速い」
「そして火の勢いがある」
「直江殿の剣は水が流れる様に動き」
「木の葉の様に舞う」
「動かぬ時は大地の如く」
「動く時は雷じゃ」
彼等の動きのことも話される。
「お見事じゃ」
「まさに龍虎の勝負よ」
「殿と互角とは」
「直江殿恐るべし」
「主殿凄いが」
「直江殿もな」
「直江殿の剣は謙信公に教えて頂いたものです」
兼続の従者がまた十勇士に話した。
「二刀流はご自身で行き着かれましたが」
「その謙信公の剣」
「それを受け継がれたものですか」
「そしてその剣にですか」
「殿は」
「はい、我等が殿の剣は上杉家一」
先程の言葉をだ、従者はまた言った。
「その剣と互角とは」
「殿が、ですか」
「凄いと言われますか」
「はい、真田源四郎殿はです」
まさにというのだ。
「天下きっての武芸者ですな」
「殿も凄く直江殿も凄い」
「そういうことですな」
「お二人共」
「そうなのですな」
「そうなるかと、いや源四郎殿のご武勇なら」
確かな声でだ、従者は言った。
「必ずや見事なことを為されるでしょう」
「はい、殿は武芸だけではありませぬ」
「学問もおありです」
「軍学も備えられていますし」
「ですから」
「そうですな、まさに文武両道」
幸村こそがとだ、兼続の従者も言った。
「それならば」
「しかし、随分と」
「そうであるな」
ここで十勇士達は二人の稽古を見ながらあらためて言った。
「お二人の稽古は長い」
「かなりしておられる」
「もうどれだけになるか」
「一刻にもなろうか」
「日もそろそろ暮れる」
「それでは」
「はい、そうですな」
従者もここで言う。
「ですから」
「もう止めて頂きますか」
「稽古の途中ですが」
「それでも」
「そうしましょうぞ、殿」
すぐにだ、従者は彼の主に言った。
「折角ですが」
「稽古をか」
「はい、もういい時かと」
「わかった」
「殿もですぞ」
十勇士達も幸村に言った。」
「もうよいかと」
「今日の稽古は」
「わかった」
幸村も応える、そしてだった。
二人は共に稽古を止めてだ、お互いに。
礼をし合いだ、こう言い合った。
「お見事でした」
「そちらこそ」
「直江殿の武見せて頂きました」
「それがしもです」
笑みを浮かべて言い合うのだった。
「実に素晴らしい」
「これ程までとは」
お互いに言うのだった、そして。
ここでだ、こうも言ったのだった。
「それでは」
「はい、また」
「時があれば」
「手合わせをして楽しみましょうぞ」
こう話すのだった、二人で。
そしてだった、この話の後で兼続は幸村にだ、こう言った。
「では汗もかきましたし」
「はい、風呂なら用意しますが」
「いえ、風呂はこちらで」
「用意してあるのですか」
「左様です」
微笑んでの言葉だった。
「それがしの城にいる時の屋敷にです」
「風呂があってですか」
「このお屋敷に近いので」
その兼続の屋敷はというのだ。
「如何でしょうか」
「入って宜しいのですか」
「拙者遠慮は嫌いです」
こうも言った兼続だった。
「ですから」
「わかりました、それでは」
「はい、これより」
こう話してだ、そのうえで。
兼続は十勇士達にもだ、笑みを浮かべて言った。
「貴殿達も」
「それがし達もですか」
「風呂にですか」
「入っていいのですか」
「共に」
笑みを浮かべたままの言葉だった。
「風呂を馳走に」
「ううむ、殿だけでなく」
「我等もとは」
「流石は直江殿」
「何という器の大きさか」
こう言って唸る彼等だった、そして。
幸村はその兼続の言葉に頷いてだ、こう答えた。
「はい、それでは」
「では共に入りましょうぞ」
こうしてだった、幸村と十勇士は。
共に兼続の屋敷に案内されてそこの露店風呂に入った、その露店風呂を見て十勇士達は皆驚いてこう言った。
「何と、露店風呂とは」
「まさに温泉」
「この様な風呂があるとは」
「この城に」
「ここからは湯が出ていて」
兼続が驚く彼等に話す。
「それでこうして」
「風呂を楽しめる」
「そうなのですか」
「如何にも」
こう十勇士達にも言う、そして。
彼等はその湯に入った、するとまずは清海が言った。
「いや、これは実に」
「いい湯だな」
穴山も言う。
「全く以て」
「最高の湯じゃ」
「こうして風呂に入れば」
望月はこう言った。
「心も身体も癒されるわ」
「まことにのう」
由利も言う。
「風呂は最高じゃ」
「ここで心も身体も清め」
伊佐はここでも真面目であった。
「明日も励みましょうぞ」
「うむ、癒しもまた必要」
筧も言う。
「風呂もまた」
「風呂は匂いも垢も落とす」
海野はこのことを言った。
「だからよい」
「全くじゃな、わしも風呂は大好きじゃ」
猿飛も笑顔である。
「生き返るわ」
「風呂に入ると」
根津も満足している。
「落ち着くわ」
「そうじゃな、しかもこうした風呂は」
最後に言ったのは霧隠だった。
「最高の馳走じゃ」
「皆満足しておるな」
幸村はその彼等の言葉を聞いて微笑んだ。
「それは何よりじゃ」
「はい、この通りです」
笑顔での返事だった。
「満足しております」
「いい湯ですな」
「心も身体も洗われ」
「実に落ち着きます」
「うむ、ここで英気を養われ」
兼続も言う。
「明日も励まれよ」
「鍛錬にですな」
「それに」
「はい、是非」
ではそれがしも」
幸村も湯の中で言う。
「そうさせて頂きます」
「源四郎殿もですな」
「是非共」
こう答えるのだった。
「そうさせて頂きます」
「それは何より、では槍もですな」
「はい、無論そちらもです」
「励まれますな」
「そうさせて頂きます」
「それで馬と水ですが」
馬術と水練はというと。
「されていますか」
「はい、その二つも」
すぐに答えた幸村だった。
「励んでいます」
「それは何よりですな」
「この二つはどうしてもです」
「槍以上にですな」
「そうしています」
これが幸村の返答だった。
「その二つが万全でなければ」
「どうしようもありませぬな」
「上田は山に囲まれていますが」
信濃のその中にだ。
「しかし馬に万全に乗れなければ」
「何も出来ませぬな」
「攻めるにしても去るにしても」
どちらでもというのだ。
「馬が必要で、そして」
「水練もですな」
「そちらもです」
馬術と同じく、というのだ。
「必要なので」
「それで、ですな」
「どちらも励んでいます」
「特に逃げる時は」
兼続は幸村に確かな顔で述べた。
「まさに身一つですな」
「はい、誰も助けるものではなく」
「己だけで逃げるもの」
「ですから」
「その二つはですな」
「槍や刀、忍術よりも」
そういったものよりもというのだ、尚幸村は弓矢よりもどちらかというと鉄砲や手裏剣を得意としている。忍術のうちにも入れている程だ。
「大事なので」
「その通りですな、やはり源四郎殿はです」
「それがしはといいますと」
「わかっておられます」
兼続は幸村に確かな声で答えたのだった。
「武芸が、そして武士というものが」
「その備えるべきものは」
「まずはその二つです」
馬術に水練だというのだ。
「二つを最もされて身に着けられてこそ」
「そうしてですな」
「他の武術がはじまります」
「では」
「はい、これからもです」
「その二つは欠かさぬよう」
「絶対に励んでいきます」
幸村も約束した、そして実際に彼は春日山城においても馬を乗れる場所で盛んに馬に乗り泳げる場所で泳いだ。
十勇士達は幸村よりも馬はしなかった、だが。
水練は彼と共に励んだ、それで泳ぐことを許された場所でだった。
十一人で泳ぎつつだった、幸村に問うた。
「我等馬はです」
「忍の者故どうも性に合いませぬが」
「それでもです」
「水練はです」
「うむ、皆見事じゃ」
幸村も彼等の水練を見て言う。皆褌だけになって水に入りそのうえでまるで魚の様に泳いでいる。
「特に海野六郎がじゃな」
「はい、水については」
その海野が答える。
「やはりそれがしじゃな」
「全くじゃ、水についてはじゃ」
穴山も彼に言う。
「御主には負けるわ」
「同じ六郎でもな」
その同じ名を持つ望月の言葉だ。
「負けるわ」
「御主は河童じゃ」
猿飛は海野にこう言った。
「わしは猿でな」
「わしは熊か」
清海は自分をこう言った。
「大きいからのう」
「いやいや、河童もです」
伊佐は穏やかに微笑んで言った。
「海野殿には負けますな」
「わしも水練には自信があるが」
霧隠も見事に泳いでいるがだ。
「負けるわ、どうもな」
「わし等はそれぞれ得手があるが」
由利も海野を見て言う。
「水はこ奴じゃな」
「ふむ、では水での戦の時は」
根津も言う。
「こ奴が第一じゃな」
「それがいいであろう」
筧も根津の意見に頷く。
「やはりな」
「拙者もそう思う」
水での戦の時はとだ、幸村も言うのだった。
「水での戦は海野六郎じゃ」
「ですな、第一は」
「やはり」
「それぞれの戦の仕方で得手不得手がある」
十勇士達それぞれにというのだ。
「ならばな」
「その時その場に応じて」
「軸となる者を使い分ける」
「我等をそうしてですか」
「殿は戦われますか」
「そう考えておる、御主達はそれぞれの個性がはっきりしておる」
十人が十人共というのだ。
「ならばな」
「その時々に応じて」
「我等をですな」
「使われて」
「そして戦われますか」
「そうする、ではよいな」
戦の時はというのだ、こう話してだった。
「それぞれの時に軸になってもらうぞ」
「はい、我等が得手とする時」
「その時にですな」
「それぞれ軸となり」
「戦います」
「頼むぞ、しかし水練は必ずじゃ」
彼等が今しているそれはというのだ。
「励んで身に着けねばな」
「なりませんな」
「武士としても忍としても」
「泳げぬのでは話にならなぬ」
それこそというのだ。
「だからじゃ」
「こうしてですな」
「水練は欠かさぬ」
「殿も我等も」
「そうすべきですな」
「冬は仕方ないが」
寒くて泳げたものではないからだ、冷たい水の中では。
「流石に冬に泳いではな」
「それではですな」
「風邪をひいてしまいますな」
「だからこそ」
「冬だけは、ですな」
「そうじゃ、その時は仕方ないが」
それでもというのだ。
「泳げる時は泳ぐぞ」
「わかりました」
「日々水練にも励みましょう」
「是非共」
十勇士達も応える、そしてだった。
主従はそうした修行も怠らず春日山での日々を過ごした、それこそ寸暇も惜しんでの修行であり彼等は日々強くなっていた。しかも。
幸村からまた書を借りたいと聞いてだ、彼はまた言った。
「何と、今度はですか」
「はい、そうした書をです」
「読まれたいのですか」
「お願い出来ますか」
「喜んで、ただ」
ここでこう言うのだった。
「書も非常に読まれていますな」
「書は読めば読むだけです」
幸村も答えて言う。
「力になりますので」
「だからですか」
「はい、寝る間も惜しんで」
「読まれていますか」
「そうしています」
「朝早くに起きられてですな」
兼続は幸村に問うた。
「すぐに」
「修行に励み」
「そして夜はですか」
「書を読んでいます」
実際にというのだ、幸村も。
「そうした暮らしをしております」
「ご自身を高められる為に」
「拙者が高まれば」
「その分ですな」
「家の力になりますので」
真田家のというのだ。
「そうしています」
「では真田家から分家等してです」
「大名になればですか」
「その時はどうされますか」
こう仮定してだ、兼続は幸村に彼が家を離れた時のことを問うた。
「一体」
「はい、その時もです」
「文武の修行を励まれますか」
「天下一の武士になりたいので」
そう思うからこそというのだ。
「続けていく所存です」
「そうですか、どちらにしろですか」
「それがし一生修行を続けていきます」
「それではです」
ここまで聞いてだ、兼続は幸村に言った。
「是非です」
「この度もですか」
「書をお読み下さい」
「有り難きお言葉、それでは」
「しかし。あれだけ修行されて書もここまで読まれるとは」
唸って言う兼続だった。
「源四郎殿は必ずです」
「天下一の武士になれると言われますか」
「それがし確信しております」
まさにというのだ。
「必ずやそうなります」
「このまま修行を続ければ」
「十勇士の方々もです」
彼等もというのだ。
「どの方も天下無双となりましょう」
「十人共ですか」
「必ず」
彼等もというのだ。
「そして主従で天下に名を残されましょう」
「それがしもあの者達も」
「そうなります、ではお励み下さい」
「これからも」
「そうされて下さい」
「わかり申した」
「ただ、貴殿達が味方であればいいですが」
ここでこうも言った兼続だった。
「若し敵になれば」
「その時はですか」
「この上ない敵になりますな」
こう言うのだった。
「いや、その時が来ないことを祈ります」
「それがし達は上杉家とは」
「決してですか」
「その考えですが」
「人の世はわからぬものです」
兼続は幸村に返した。
「後のことは」
「三年先は闇」
「ですから」
「では」
「はい、その時はです」
幸村達がというのだ。
「この上ない敵になりますな」
「そうはならぬことを」
「祈っております」
やはり笑って言う兼続だった。
「当家の為にも。ただ」
「その時はですな」
「お互いに武を尽くしましょう」
こうも言うのだった。
「武士として」
「そうですな、互いに恥じぬ戦をし」
「恨むことのなきようにしましょう」
「戦いがあろうとも」
幸村も言う。
「それがしここでのご恩は忘れませぬ」
「そう言われますか」
「はい」
「そうですか」
「そしてそのうえで」
「戦の場では」
「武士としてです」
お互いに刃を交える時はというのだ。
「恥じぬ戦いをしましょう」
「是非共」
こう約束をするのだった、そしてだった。
幸村は春日山において十勇士達と共に鍛錬を続けた、そうして己を磨いていった。それは信之も同じでだった。
鍛えに鍛えていた、己を。そしてだった。
その中で服部半蔵とも会った、その服部は。
信之を見てだ、すぐに彼に言った。
「忍術の心得があり」
「そしてですか」
「それは相当ですな」
こう彼に言うのだった。
「忍術も見事ですか」
「それはです」
「それがしにはわかります」
微笑んでの言葉だった。
「ですから」
「それで、ですか」
「これより手合わせをしたいのですが」
「宜しいですか」
「その腕を実際に見たくなりました」
動きで、というのだ。
「ですからお願いしました」
「ふむ、それでは」
今日の信之の稽古の相手は榊原だった、本多と同じく徳川四天王の一人であり武辺で以て知られている。
その彼がだ、こう言った。
「道場においてな」
「手合わせをですな」
「すればどうか」
こう服部にも言うのだった。
「わしが二人を見る」
「そうして頂けますか」
「源三郎殿とのな」
こう言うのだった、そしてだった。
二人は道場で忍術の稽古をすることになった、そして。
お互いに礼をした後で素早い動きで跳びだった。
木刀や木の苦無を投げ合った、お互いに一歩も譲らず。
激しい勝負をしてだった、半刻程で榊原は言った。
「これまで」
「いや、これは」
「かなりですな」
信之も服部も汗だくになって言った。
「お見事です」
「全く以て」
「服部殿は流石です」
「いや、それがしの見立て通りです」
「源三郎殿も半蔵も見事だった」
榊原も微笑んで言う。
「まさに天下の忍よ」
「いえ、実はです」
ここでだ、信之が言った。
「忍術、そして武芸については」
「貴殿よりもだな」
「いつも言っていますが」
「弟の源四郎殿の方が」
「遥かに腕は立ちます」
「ふむ」
信之が榊原に話すのを聞いてだ、服部は。
面白そうに笑ってだ、こう言った。
「では機会があれば」
「弟にですな」
「お会いしたいですな」
微笑んで言うのだった。
「是非」
「そして、ですな」
「手合わせをしたいですな」
「そう言われますか」
「そう思いました」
「半蔵は西国でもです」
榊原が信之にこの服部のことを話す。
「屈指の忍であり伊賀者達もです」
「甲賀、雑賀と並び」
「その中でもですな」
「西の伊賀、東の風魔です」
こうもだ、榊原は信之に言った。
「そこまで言われる者達です」
「そしてその伊賀の棟梁がですな」
「この者です」
服部を見ての言葉だ。」
「徳川家が誇る忍の者です」
「そう言われて恥じぬ様に務めております」
服部も微笑んで言う。
「それがしも家臣の者達も」
「そうなのですな」
「そのつもりです」
服部は穏やかにだ、信之に言った。
「どの者も」
「我等四天王を含めた十六神将にです」
また言う榊原だった。
「伊賀者達に多くの三河武士がいてです」
「徳川家はですな」
「殿を支えております」
「それがし達も殿にはです」
服部がまた言った。
「忠義を感じております」
「強くですな」
「はい」
まさにというのだ。
「それは誓って言います」
「そうですか、徳川殿は果報者ですな」
「人は城ですな」
こうも言った榊原だった。
「まさに」
「信玄公のお言葉ですな」
「それはです」
「徳川家も同じ」
「左様です」
まさにというのだった。
「それがしも半蔵もです」
「そう考えています」
服部も言った。
「忍の者として」
「まさに」
「そうなのです」
「忠義ですか」
「徳川家の家臣ならば殆どの者が強く持っております」
「その忠義のお心を」
「それは誓って言えます」
こう信之にも言うのだった。
「何があろうとも」
「ですな、徳川家程まとまった家はありませぬ」
信之も言う。
「それがしも深く強く感じ取っています」
「そうですか、源三郎殿も」
「その忠義の心も学びたいです」
「そう言われるか」
榊原は信之のその言葉を聞いて感じ入った声で頷いてだ、そうして彼にあらためて言った。
「では当家の全てを見て下され」
「その全てを」
「さすればおわかりになります」
「そうですか、では」
「そして学ばれよ」
こう言うのだった。そして信之は実際に徳川家の全てを見ていった。そうしてこの家の心特に忠義も学ぶのだった。
巻ノ三十八 完
2015・12・23