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巻ノ三十六

                 真田十勇士

              巻ノ三十六  直江兼続

 その者は伝え聞く顔を持っていた、よく見れば。

 背は高く顔は細面で白い。眉はしっかりとしており口元は引き締まり目は涼しげであるが光は強い。

 頭は剃らず後ろで髷にしている。その彼を見てだった。

 真田の家臣達は驚きを隠せない顔でだ、こう言い合った。

「間違いない」

「うむ、伝え聞く通りのお姿じゃ」

「あの御仁こそ直江兼続殿」

「上杉家の執権であられる方ぞ」

「まさかそれ程の方が来られるとは」

「ご自身自ら」

「これはです」

 家臣達は幸村にも言った。

「それ程源四郎様を重く見られているということかと」

「百二十万石の上杉家の執権が来られるとは」

「あの方は景勝公の名代として動かれることもあります」

「ですから」

「いや、これは」

 筧も言う。

「それがしも驚きました」

「全くじゃ」

 清海は余計にだった。

「まさかな」

「はい、あの方が来られるとは」 

 普段は冷静な伊佐も兄と同じく驚いている。

「これは想像もしていませんでした」

「これはです」

 根津も首を傾げさせつつ言う。

「上杉家が殿をそれだけ買っておられるということですな」

「しかしそれでもじゃ」

 穴山もいささか冷静さを失っている。

「あの御仁が自ら来られるとはな」

「うむ、まことに驚いた」

 望月もだった、そのことは。

「これはないと思っておったが」

「それがな」

 由利も兼続を見つつ言う。

「全く驚くべきことじゃ」

「しかしこれはじゃ」

 霧隠が言うことはというと。

「よいことではある」

「そうじゃな、あれだけの方が迎えに来られた」

 海野は霧隠のその言葉に頷いた。

「まことに凄いことじゃ」

「では殿」 

 猿飛は幸村に言った。

「これより」

「うむ、拙者もこれはないと思ったが」 

 兼続自ら幸村を迎えに来ることはだ。

「しかしこれを光栄としてな」

「そしてですな」

「そのうえで越後に入り」

「暫しあの国で過ごしましょう」

「それではな」

 幸村は十勇士達の言葉に頷いてだ、そのうえで。

 後ろに控える家臣達にだ、こう言った。

「では今までご苦労だった」

「はい、それでは」

「お達者で」

「あちらでも文武に励まれて下さい」

「ご自身を鍛えられて下さい」

「うむ、それではな」

 その家臣達に微笑んで応えてだった、幸村は十勇士達を連れて前に出た。そして越後の中に入ってだった。

 兼続にだ、馬から降りて礼をした。そして。

 兼続もだ、馬から降りてだった。

 幸村に礼をした、これには信濃の方にいる真田の者達も十勇士もだ、そして上杉家の者達も驚いて言った。

「何と、直江殿が」

「上杉家の執権の方がか」

「自ら馬を降りてか」

「頭を下げられるのか」

「何を驚くことがある」

 微笑みだ、兼続は驚く彼等に言った。

「この方は当家の客人であるぞ」

「だからですか」

「客人としての礼を尽くされるのですか」

「そう言われますか」

「そうだ」 

 まさにその通りと言うのだった。

「だから驚くことはない」

「左様ですか」

「真田殿は当家のお客人」

「だからお客人としてですか」

「礼を以て迎えられましたか」

「では真田殿」

 直江は幸村にも言った。

「それがしが直江兼続でござる」

「はい」

「この度は春日山よりお迎えにあがりました」

「有り難うございます」

「ではその春日山までです」

「案内して頂けるのですね」

「それがしで宜しいでしょうか」 

 こうも言う兼続だった。

「何でしたら殿が来られますか」

「いえ、恐れ多いこと」

 幸村も兼続に礼を以て応える。

「天下に知られた直江殿に案内して頂けるだけでも」

「そう言われますか」

「お願いします」

 やはり礼を尽くして言う幸村だった。

「それがし達を春日山まで案内して下さい」

「それでは」

 兼続は幸村の言葉に頷いてだ、そしてだった。 

 上杉家の多くの兵達を連れ幸村と十勇士達を春日山まで案内することになった、その越後の道中幸村主従は箸も下に置かぬ待遇だった。

 そのもてなしの中でだ、十勇士達は話した。宿泊先の宿の中で。

「いや、このもてなしはな」

「人質のものではないぞ」

「これではまことに客人じゃ」

「全くじゃ」

 こう話すのだった。

「信じられぬわ」

「確かに上杉家の力は大きい」

「謙信公以来の武門の家であるしな」

「関東管領としての格式もあるが」

「いや、これだけのもてなし」

「信じられぬ」

「我等は人質で来たというのに」

 そしてだ、ここでだ。

 彼等と共に部屋にいる幸村にだ、こう尋ねたのだった。

「殿、どう思われますか」

「このもてなし」

「どう考えても人質のものではありませぬぞ」

「これだけのもてなしとは」

「一体どういうことでしょうか」

「先程御主達は謙信公の名を出したが」

 幸村は落ち着いてだ、このことから話した。

「そのことからじゃな」

「謙信公は義の方でしたな」

「戦国の世にあって義を貫かれた」

「決して卑怯卑劣の振る舞いをしなかった」

「そうした方でしたな」

「だからじゃ」

 それ故にというのだ。

「上杉家は今もな」

「義を守りですか」

「そして、ですか」

「我等もこの様にもてなしてくれる」

「そうなのですな」

「そうであろう、ならば」

 幸村はここで確かな顔になり十勇士に言った。

「我等もだ」

「はい、義には義で報いる」

「不義にもそうすべきですな」

「義を守る」

「そうして越後でもやっていきますな」

「義は守るべきもの」

 幸村は強い声でだ、また言った。

「ましてや上杉家がここまでもてなしてくれるのならな」

「余計にですな」

「義を守る」

「そうすべきですな」

「そう考えておる」

 こう十勇士に言うのだった。

「ここはな」

「はい、では」

「我等もです」

「義を守り」

「そのうえで越後で過ごしていきます」

「その様にしよう、それでだが」

 幸村は十勇士に言うべきことを言ってだ、そのうえで。

 今度は笑みになってだ、こうしたことを言った。

「この宿でも酒を用意してもらっているが」

「はい、その酒をですな」

「これより」

「飲もうぞ」

 こう言うのだった。

「これよりな」

「はい、そうですな」

「これよりですな」

「共に飲みますか」

「そうしようぞ、肴も用意してもらった」 

 その肴はというと。

「梅をな」

「確か梅は」

 梅があると聞いてだ、伊佐が言った。

「謙信公の好きでしたな」

「その様じゃな」

 幸村も伊佐のその言葉に応えて言う。

「あの方は塩か梅を肴にされていたとのこと」

「ふむ、ではその梅をですな」

 穴山も言う。

「これより口にしながら」

「飲むか」

「いいですな」

 海野はそれでいいとした。

「では早速」

「上田にいる時は干し魚が多かったですが」

 根津はここで彼等の国でのことを言った。

「確かに梅もよさそうですな」

「梅は身体によいです」

 筧は梅の滋養について語った。

「肴に最適です」

「ふむ、では梅を一粒一粒食いながら」 

 霧隠はその口元に笑みを浮かべている。

「いつも通り殿と共に飲むか」

「さて、では酒と梅を出し」

 由利は早速その二つを出そうと動きだした。

「今宵も楽しむか」

「ささ、では殿」

 望月は彼等ノ主に声をかけた。

「これより」

「越後の酒もまた美味い」

 猿飛はその酒の味を楽しみにしている、それが言葉にも出ていた。

「それと梅じゃな」

「さて、梅もたらふく食うか」

 清海はその大食を食べる前から出している。

「酒も飲んでな」

「謙信公は酒を縁側に座って飲まれていたとのこと」

 幸村は十勇士と共にその用意してもらった酒と梅を出しつつ言った、その酒は相当に多く樽で幾らもあった。

「この部屋には縁側がないがな」

「ですな、縁側はありませぬな」

「それは」

「そこから月を眺められながらな」

 そのうえでだったというのだ、謙信は。

「日々飲まれていたというが」

「では窓を開けますか」

「そしてそこから月を見つつです」

「そのうえで飲みますか」

「そうしてはどうでしょうか」

「そうじゃな」

 幸村は十人の言葉を受けて頷いてから言った。

「それがよいな」

「今宵は暖かいですし」

「窓を開けても寒くありませぬ」

「では窓を開け」

「共に月を見つつ飲みましょうぞ」

「ではな」

 幸村も頷いてだ、そしてだった。

 実際にだ、彼等は窓を開けてだった。そのうえで月を見ることにした。月は三日月であり白い光を濃紫の空に見せていた。

 その白い半月を見てだ、幸村は微笑んで言った。

「よい月じゃな」

「はい、今宵の月は」

「白く穏やかに光っていますな」

「ではその月を見ながら」

「そのうえで」

「飲もうぞ」 

 こう言ってだ、そしてだった。

 彼等は酒を飲みだ、梅を食った。その味はというと。

「ふむ、これは」

「かなりですな」

「あっさりとしていて」

「実にいいです」

「そうじゃな」

 幸村もその組み合わせを口にしてから述べた。

「これは実にいい」

「幾らでも飲めますな」

「謙信公は日々こうして飲まれていましたか」

「月を見つつ梅で酒を楽しむ」

「こうして風流に」

「謙信公は詩も愛された」

 実際に多くの詩も残している。

「中には酒の詩もあるが」

「その詩をもたらしたのもですな」

「この酒ですか」

「そうなのですな」

「そうであるな」

 幸村も言う。

「どうやら」

「いや、この酒を飲んでいますと」

「非常にですな」

「どんどん進んで」

「しこたま酔いそうです」

「それも心よく」

「これはいかん」

 こうも言った幸村だった。

「酔い過ぎてはな」

「二日酔いですな」

「それになってしまいますな」

「酒は薬にも毒にもなる」

 自身酒好きだからだ、幸村もこのことは心に留めていて今言うのだ。

「だから過ぎてはな」

「いけませんか」

「それでは」

「うむ、慎もう」

 こう言うのだった。

「程々のところでな」

「ですな、どうも我等はです」

「酒と食いものには際限がありませぬが」

「身体に害を及ぼしては何にもなりませぬ」

「それでは」

「今日はこれまでとしよう」

 酒は、というのだ。

「寝るぞ」

「はい、それでは」

「これで止めましょう」

 実際にこう言ってだった、十勇士達は幸村の言葉に従いそしてだった。

 彼等はこの日の酒を止めてそして早くに寝た。それから朝にも早く起きてだった。そのうえで鍛錬に励んで朝食を摂った。

 宿を出ると春日山への旅の再開だった、ここで。

 幸村のところにだ、兼続は彼のところに来て馬を並べて言って来た。兼続は馬に乗っており幸村も上田から連れて来た赤い愛馬に乗っている。

「昨日の宿は如何でしたか」

「休ませて頂きました」

 穏やかな声でだ、幸村は答えた。

「存分に」

「それは何よりです」

「越後に入ってからの下にも置かぬ扱い」 

 それのこともだ、幸村は言う。

「満足させて頂いています」

「その様にしていますが」

 兼続は幸村の言葉に微笑んで言った。

「では春日山に着いてからも」

「その時からもですか」

「もてなして頂きますので」

 だからというのだ。

「ご期待下さい」

「人質である我等をですか」

「確かにそうなりますな」 

 幸村自身が人質と言うとだ、兼続も否定しない。

「貴殿達は」

「それでもですか」

「はい、貴殿達は真田家より預かった方々です」 

 だからこそというのだ。

「存分にもてなして頂きます」

「礼儀ですな」

「そうです、義です」

 兼続は幸村に礼儀のその下のところを為す字を述べた。

「これは義なので」

「守られますか」

「当家は義を以て全てと為しています」

 上杉家の考えもだ、兼続は幸村に話した。

「このことは先代の謙信公からですが」

「あの方は確かに」

「はい、戦国の世に義を貫かれていました」

「そしてその義をですか」

「受け継いていますので」

 それ故にというのだ。

「人質として預かっていましても」

「それでもですか」

「礼儀を尽くされて頂きます」

「その義もですか」

「礼儀だけでなくです」 

 さらに言う兼続だった。

「仁義、信義、忠義、孝義、悌義」

「あらゆる義をですか」

「守り貫くことを家の掟としています」

「あらゆる義を守り」

「この世に生きていくと誓っております」

「それ故に」

「当家と真田に何があろうとも」 

 戦、それを言外に込めての言葉だ。

「貴殿に害を及ぼすことはしませぬ」

「では」

「はい、その際はお帰り下さい」

 上田にというのだ。

「是非」

「そうしますので」

「左様ですか」

「御身のことはご安心下さい」

「有り難き思い。それでは」

「はい、ご安心を」

 兼続は澄んだ確かな声で幸村に話していた。そこには一片のまやかしも策もなかった。それは幸村にはよくわかった。

 そしてだ、春日山に近付いていく中でだ、幸村は旅の中十勇士達に言った。

「義だが」

「はい、義を守る家」

「上杉家はそうですな」

「拙者も義を大事にしたいと思ってきておるが」 

 それでもというのだ。

「上杉家はそれ以上じゃ」

「全ての義を重んじられ」

「それを守っておられますな」

「直江殿からそれがはっきりと感じられます」

「我等も」

「うむ、義に生き貫いていく」

 幸村は確かな声で言った。

「そのことは拙者もじゃ」

「学びそしてですか」

「その様にして生きていたい」

「そう思われるのですな」

「全ての義を守り」

 そのうえでというのだ。

「生きていきたいな」

「難しいことであっても」

「それでもですな」

「それが殿の願い」

「そうなのですな」

「前からそう思っていたが」

 それこそ十勇士と巡り合う前からだ、幸村は戦国の世の中で思ってきた。

 しかしだ、今は前よりもというのだ。

「そのことを強く思っておる」

「越後に入られ」

「直江殿とお話され」

「そしてですな」

「うむ、拙者の生きる道」

 それはというと。

「武士の道、そしてじゃ」

「その武士の道はですな」

「義の道」

「それですな」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「義、それを守り貫くことじゃ」

「では我等も」

「その義の下に生きていきましょう」

「殿と共に」

「そうしてくれるか、しかしな」

 幸村は彼等の言葉を受けて言った。

「義の道は辛いぞ」

「はい、それを貫くことは」

「己を曲げず生きることは」

「そのことは」

「そうじゃ、泰平な時でもそれが出来た者は少ない」

 そうであったというのだ。

「古今東西の歴史、書を見てもな」

「やはり人は己を曲げてしまう」

「どうしても」

「そうしたものですな」

「特に戦国の世ではじゃ」

 即ち今である、ようやく統一による泰平が見えて来てはいるがだ。

「それは難しい」

「はい、戦国の世は裏切りが常」

「それ故にですな」

「義を貫くことは難しい」

「今は特にですな」

「そうじゃ、だから謙信公は凄い」

 その戦国の世で義を最後まで貫いて生きた彼はというのだ。

「かつて武田家と長く争ってきた方じゃがな」

「ですな、しかし殿」

 猿飛は謙信が信玄と争ってきたことを踏まえてこう言った。

「謙信公は信玄公と長い間争ってきましたが」

「それでもじゃな」

「文では書いていても」

「うむ、どうもな」 

 幸村も言うのだった。

「謙信公は信玄公をお嫌いではなかった様じゃ」

「そういえば確かに」

 伊佐も言う。

「謙信公は信玄公を何処かお好きな感じでしたな」

「そう思うな、伊佐も」

「拙僧もそんな気がします」

「武田と上杉は川中島で幾度も戦い」

 海野はこのことから述べた。

「多くの将兵を失いもしましたが」

「双方な」

「それでもですな」

「確かにのう」

 清海も袖の中で腕を組みつつ言う。

「これはお二人共な」

「信玄公もじゃな」

「はい、お嫌いではなかった様で」

「信玄公も謙信公も」

 由利は二人のことを合わせて言った。

「互いにお嫌いではなく」

「むしろな」

「情を感じていましたか」

「敵でありながら認め合う」

 穴山も考える顔で言う。

「そうした間柄ですか」

「お二人はな」

「不思議な間柄ですな」

「しかしよき関係かと」

 根津はこう考えた、二人の間柄を。

「それもまた絆でありましょう」

「敵同士でも人と人じゃかなら」

「絆が出来ますな」

「敵でありながら友であった」

 こう言ったのは望月だった。

「そうした間柄ですか」

「うむ、言うならな」

「ですか、そうしたものだったのですな」

「つまりですな」 

 霧隠も言う。

「お二人は共に同じだけの器の方々だったのですな」

「友であったからにはな」

「ですな、友は釣り合うものでなければなりませぬからな」

「その謙信公だからこそ」

 筧は謙信が信玄に匹敵する者だということから述べた。

「義を貫けた」

「そういうこであるな」

「左様でありますな」

「そういうことじゃ、あの方だからこそ」

 幸村はまた言った。

「それが出来たのじゃ」

「ですな、あれだけの方だからこそ」

「最後の最後まで義を貫けた」

「そして天下に名を残された」

「そうなったのですな」

「戦国の世は裏切りが常であるからな」 

 全ては生きる為だ、その為にそれが必要なのだ。

「それをすることはまことに難しい」

「では殿も」

「その難しき道を歩まれる」

「そうされますか」

「そのつもりじゃ、拙者は家を守るという義の為に戦うが」

 それでもというのだ。

「何があっても裏切らぬしじゃ」

「その義を貫く」

「何があろうとも」

「そして武士にも劣ることはせぬ」

「決してですな」

「そう誓っておる」

 それこそ物心がついた頃からだ。

「それを少しでもしたならな」

「殿は殿でなくなる」

「そう仰るのですな」

「殿は義を貫いてこそ殿である」

「その様にお考えですか」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「その様に考えておる」

「だからですか」

「その様に生きていかれますか」

「何があろうとも」

「その様に」

「そう考えておる、拙者は禄も銭も宝も欲しくはない」

 そうしたもの全てをだ、幸村は求めていない。このこともまた彼が物心ついた頃から思っていることである。

「しかし義は欲しい」

「そしてその義を守りたい」

「その様にお考えで」

「そうした意味で天下一の侍になりたい」

「それが殿のお考えですな」

「そうなのじゃ、そしてその義を学ぶにあたって」

 兼続、そして上杉家を思いつつの言葉だ。

「上杉家には入られたのはよいことであろう」

「その謙信公の家に」

「入られたことがですな」

「実によい」

「そう言われますな」

「うむ」

 その通りだとだ、幸村はまた答えた。

「では学ぶぞ」

「では我等も」

「そうさせて頂きます」

 十勇士達も答えた。

「そしてそのうえで」

「殿の家臣として相応しい者になりましょう」

「そうしてくれれば有り難い」

 幸村はその彼等の言葉に笑顔になって返した。

「拙者としてもな」

「はい、義に従い生きましょうぞ」

「その果てにあるのは天下一の侍」

「我等それを目指します」

「殿と共に」

 彼等もあらためて誓うのだった、そして。

 彼等は春日山城に入った、するとその城は。

「ううむ、噂には聞いていたが」

「噂以上の城」

「高く険しくな」

「石垣も城壁も多く尚且つ高い」

「堀も深い」

「これはまた見事な城じゃ」

「よい山城じゃ」

 幸村も唸って言った。

「この城を攻め落とすことは容易ではない」

「ですな、まさに要害です」

「この城を攻め落とすには大軍でなければ無理ですぞ」

「しかもその大軍でも相当な損害が出ますな」

「恐ろしい城です」

「この城はよい城じゃ」

 確かな声でだ、幸村はあらためて述べた。

「難攻不落じゃ」

「ははは、それは何よりですな」

 その幸村達のところにだ、兼続が来て言って来た。

「この城は確かに難攻不落です」

「その通りですな」

「はい、そうおいそれとはです」

「攻め落とせぬ城ですな」

「しかし」

 それでもというのだ。

「山城ですので」

「政にはですな」

「あまり向きませぬ」

 ここで兼続は少し残念な顔で言ったのだった。

「そのことはもうご存知ですか」

「はい、山城は戦の為の城です」

 幸村は兼続にすぐに答えた。

「守る為の城、ですが」

「政を見るにはです」

「不便ですな」

「行き来が楽ではないので」

 こう言うのだった。

「政には向きませぬ」

「お見事です、ですから」

「今はですか」

「この城がいささか不便になっております」

「左様ですか」

「はい、これからの城は山城ではなく平城」

「そして平山城ですな」

 幸村は強い声でだ、兼続に言ったのだった。

「あの城ですな」

「そうです、平山城なら」

 それならというのだった。

「守りに強く」

「そしてですな」

「政にも向いています」

「だからいいですな」

「安土城等です」

 幸村はこの城の名を出した。

「山にありますが」

「それでいて平城の要素も入れた」

「そうした城がよいでしょう」

「平城は段がないので」

 つまり高さがとだ、兼続は言った。

「攻められると守ることは難しいです」

「しかしそこに段を備えた平山城ならば」

「守ることも適している」

「そういうことですな」

「そうです、大坂城は」

 兼続はこの城の名前を出した。

「先程源四郎殿が出された安土城よりもです」

「見事な城であり」

「政によく」

「しかも攻めるに難い」

「そうした見事な城ですな」

「まさに」

「あの城を攻め落とすことはです」

 兼続は強い声のまま言った。

「不可能に近いです」

「はい、まさに」

「相当な大軍で攻めなければです」

「攻め落とせませんな、それに」

 さらに言うのだった。

「南から攻めねば」

「あの城の」

「それは出来ませぬ」

 到底というのだ。

「攻め落とすことは」

「南ですか」

「あの城は北、東、西は川が入り組みそこに堀が築かれております」

 水の多い大坂の地形を上手に使って築いたのだ。

「それ故に三方から攻めてもです」

「攻め落とすことは出来ない」

「はい、しかしです」

「南からだとですか」

「あの方角は開けています」

「そこに大軍を置いて」

「そのうえで攻めればかなりです」

 いいというのだ。

「攻め手が有利になります」

「そこまでおわかりとは」

「見て思ったことですが」

「お見事です、そのお話を聞いて思いました」

 兼続は幸村の言葉から彼について感じ取ったことをそのまま述べた。

「貴殿は天下の傑物になります、敵にしたくありませぬな」

「そう言われますか」

「はい」

 まさにというのだ。

「願わくばです」

「直江殿にそう言って頂けるとは」

 幸村も言うのだった。

「冥利に尽きます」

「そう言われますか」 

 こうしたことを言ってだ、そのうえで。

 兼続は主従をまずは城の本丸まで案内した、そこにこの城の主であり上杉家の当主上杉景勝がいる。

 本丸も壁は高いがだ、それでも。

 極めて質素でだ、十勇士達はこう言った。

「百二十万石の本丸にしては」

「どうもな」

「質素じゃな」

「上田城位じゃな」

「そうじゃな」

 その質素さはというのだ。

「上杉家は質素というが」

「これ程までとは」

「本丸の上杉様の住まれる場所も」

「実にな」

「そうじゃな」

 その本丸の質素さを見て言う。

「上杉家も質素というが」

「実際にですな」

「質素に尽くしていますな」

「そして無駄な銭を使わず」

「贅沢を戒めているのですな」

「武士は贅沢をせぬもの」

 幸村はこのことをはっきりと言い切った。

「上杉家も然りじゃな」

「ですな、義を守り質素に徹する」

「よい家ですな」

「そしてその上杉家の主の景勝公とですか」

「殿はこれより」

「お会いしてくる、それで御主達はじゃ」

 股肱の臣である彼等はというと。

「別の部屋で控えてもらう」

「殿が景勝公と会われる間は」

「その間はですな」

「別の部屋で控え」

「殿をお待ちするということで」

「そうしてくれ」

「その間はです」

 案内役の兼続が十勇士に言う。

「菓子なぞどうでしょうか」

「おお、菓子をですか」

「菓子を下さるのですか」

「それは何よりです」

「はい、ぼた餅とです」

 それにだった。

「団子があります」

「それは何より」

「我等皆もた餅に団子が好きでして」

「ではそうしたものを食しつつ」

「殿をお待ちしております」

「源四郎殿もです」

 兼続は幸村にも声をかけた。

「殿とお会いした後で」

「菓子をですか」

「召し上がられてはどうでしょうか」

 こう言ってだ、兼続は幸村にも菓子即ちぼた餅と団子も勧めるのだった。勧めるその顔は微笑んでいて穏やかなものだった。

「是非」

「そうですか、それでは」

「はい、その後で」

「ではまずは」

「殿の御前に案内させてもらいます」

 兼続はこのことも告げた、そしてだった。

 その本丸の上杉家の屋敷においてだ、十勇士達は別の部屋に留め置かれそこで菓子を馳走になった、彼等はその菓子を見てすぐに言った。

「ふむ、これは美味そうじゃ」

「しかもこう言っては何であるが」

「毒も入っておらぬ」

「眠り薬も」

「そうしたものは一切」

「毒が入っていればおわかりになられますか」

 兼続は十勇士にこのことを問うた。

「見ただけで」

「気配が違います」

「食いものから感じられるそれが」

「毒には邪なものがありますので」

「それが感じ取られるのです」

「左様ですか」

「それがしもです」

 幸村もこう兼続に言う。

「毒が入っていますと」

「気配が違いますか」

「食するものにも気配がありまして」

「毒が入っていると」

「違います」

 その気配がというのだ。

「入れる時に邪な気が入るのです」

「ふむ、そこまでおわかりとは」

 兼続は主従の言葉を聞いて言った。

「お見事です」

「そう言って頂けますか」

「武術を極めれば気を感じ取りそして使いこなせますが」

「そしてさらに極めれば」

「あらゆるもの気配を感じ取れるとも言われています」

「ではそれがし達は」

「はい、そこまで達しておられるのですな」

 唸ってだ、主従に言ったのだった。

「だからこそです」

「それがし達を褒めて下さいましたか」

「はい」

 こう言うのだった。

「実際にそう思いましたので」

「だからですか」

「はい、ただ他の家に入った時には用心するものですが」

 武士の習性だ、本能的にそうしたことを警戒するのだ。

「ご安心下さい」

「上杉家ではですか」

「戦で敵を倒すことはしても」

 それでもというのだ。

「その様なことはしませぬ」

「左様ですか」

「ですからご安心下さい」

「それでは」

「はい、ではこれより」

 あらためてだ、兼続は幸村に言った。

「殿の御前に」

「それでは」

「それでなのですが」

 ここでだ、兼続は幸村にこうも言った。

「我等が殿ですが」

「はい、景勝公ですな」

「あの方はです」

「笑うことはないとですか」

「そうした方ですが」

「ああ、そういえばな」

「そうした話であったな」

 十勇士達も菓子を前にして言う。

「あの方はな」

「笑われぬ方」

「そのことで有名であるが」

「そのことをか」

「はい、ご承知下さい」

 こう言ったのだった。

「そうしたことは」

「わかりました」

 確かな声でだ、幸村は兼続に答えた。

「そのことは」

「はい、それでは」

「それではです」

 ここまで話してだ、そしてだった。

 幸村は兼続に案内されてだ、そのうえで。

 二人でだ、景勝の部屋に案内されるのだった。その廊下を進んでだ。

 兼続は幸村にだ、この時も言った。

「それではこれより」

「景勝公に」

「会って頂きますので」

「それでは」

 こう話してだ、そしてだった。

 兼続は奥の部屋の襖の左右に座す者達にだ、こう言った。

「ではな」

「はい」

「さすれば」

 左右の者達も応える、そして。

 麩が開けられた、そこからさらにだった。

 兼続は麩の傍に正座して頭を垂れてだ、奥に控えている黒い服の男に言った。

「直江兼続参りました」

「入れ」 

「それでは」

 兼続は男に応えてだ、彼のすぐ後ろに正座していた幸村に顔を向けて言った。

「では」

「わかりました」

 幸村は兼続に静かに応えた、そのうえで部屋に入るのだった。



巻ノ三十六   完



                          2015・12・9

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