巻ノ三十四 十勇士
鳥居元忠率いる徳川家の軍勢を破り上田から追い出した真田の軍勢は意気揚々として城に戻った。そしてその夜は。
昌幸の言葉通り無礼講の宴だった、皆共に酒を飲み肴を食った。
昌幸は大盃を手にしてだ、酒を一杯飲み干してから言った。
「うむ、やはりな」
「酒は勝った時のものがですな」
「一番ですな」
「長篠で兄上がお二人とも倒れられ」
ここでだ、彼は家臣達に真田家のことを話した。
「それから武田家は大きく傾いてな」
「そしてでしたな」
「それから苦しい戦が続き」
「この様な勝ちはです」
「とんとなかったですな」
「そうじゃった、しかしこの度は勝ってじゃ」
そしてと言うのだった。
「家も領地も守りな」
「真田家侮れずとですな」
「天下に知らしめた」
「そのことも大きいですな」
「実に」
「我等は確かに小さい」
主の幸村自身も言う。
「十万石、しかしな」
「十万石でもですな」
「侮れぬと天下に知らしめましたな」
「この度の勝ちで」
「鳥居殿も見事であったが」
ひいては彼が率いる徳川の兵達もだ、実際に戦ってみてその強さを実感した。
「しかしその徳川の軍勢を打ち破った」
「そのことがですな」
「非常に大きいですな」
「実に」
「これで以後この上田に迂闊に攻め入る者はおらぬ」
このことを確信している言葉だった。
「そのことも祝おうぞ」
「そして明日はですな」
「この度の戦のことで」
「論功行賞ですな」
「それじゃ」
昌幸は家臣達にすぐに答えた。
「そのことも楽しみにしておれ」
「はい、さすれば」
「明日も」
「とはいっても我等に領地はあまりなく」
その論功についてもだ、昌幸は話した。
「この度は攻めた戦ではなくな」
「領地もですな」
「手に入れていませぬな」
「だから領地を分けることはあまり出来ぬしな」
それにというのだった。
「銭もあまりない、しかしじゃ」
「功を挙げた者には報いる」
「しかとですな」
「それは忘れぬ、御主達にもじゃ」
今話している彼等にもというのだ。
「褒美を出すからな」
「有り難きお言葉」
「さすれば明日も楽しみにしております」
武士もただ主に忠義を誓っているのではない、やはり領地や銭といった褒美が必要だ。昌幸はそのこともわかっていた。
だから論功のことも頭に入れていた、しかし今は勝ちを喜び飲んでいた。
それは信之、幸村も同じでだ。彼等も飲んでいた。
その場でだ、信之は酒を楽しみつつ弟に言った。
「この度御主もな」
「働いたと」
「よくやってくれた」
その功をねぎらうのだった。
「実にな」92
「いえ、それがしはです」
「御主の功ではないか」
「全て家臣達の手柄です」
そうだというのだ。
「それがしは何も出来ませんでした」
「その者達がいなければか」
「はい」
共に飲むその家臣達を飲みつつ兄に答えた。
「まさに」
「それを言うとわしもじゃ」
「兄上もですか」
「やはり家臣達がいなければな」
彼一人ではというのだ。
「とてもな」
「働けなかったというのですな」
「そうじゃ、一人で出来ることは限られておる」
それでというのだ。
「それを言うとわしも同じじゃ」
「そうなりますか」
「わしもな、しかしじゃ」
それでもとだ、信之は幸村にあらためて言った。
「御主自身忍の術も使って戦ったな」
「敵が上田に入った頃は」
「そのことも功じゃ」
そうだったというのだ。
「父上も見ておられるぞ」
「そうですか」
「実際にな、それで明日じゃが」
その明日のこともだ、信之は話した。
「よいな」
「論功ですな」
「うむ、その者達もじゃ」
猿飛達もというのだ。
「論功を受ける」
「この度の戦は」
幸村も言う。
「この者達も頑張ってくれました」
「それもかなりな」
「忍として働き戦の場でも」
「城でもな」
「はい、まさに一騎当千の働きでした」
それでというのだ。
「その功かなりのもの」
「父上も褒美を弾まれるだろう」
「ですな」
「ううむ、褒美はです」
「特にです」
十人は褒美と聞いてだ、特に喜ぶことなくこう信之と幸村に答えた。
「いりませぬ」
「我等は今のままで充分です」
「これ以上禄はいりませぬ」
「銭も宝も」
「そうか、御主達は無欲だな」
彼等の言葉を聞いてだ、信之は考える顔になって述べた。
「いらぬか」
「はい、別に」
「これといって」
「難儀もしておりませぬし」
「ですから」
「そうか、しかしな」
それでもとだ、信之は彼等に言った。
「御主達の働きは見事であったからな」
「だからですか」
「大殿は我等に褒美を下さいますか」
「そうされますか」
「父上は功には報いられる方じゃ」
だからというのだ。
「それで御主達にもな」
「ううむ、しかし」
「我等は特に」
「まあそう言うでない」
信之は微笑んでだ、彼等にさらに言った。
「くれるものは貰うことじゃ」
「それが論功ですか」
「そうしたものでありますか」
「そうじゃ、確かに御主達は無欲じゃ」
「それでもじゃ」
彼等の主である幸村も言う。
「貰っておけ拙者にしてもな」
「殿もですか」
「頂くのですか」
「この度の戦は上田を守る戦であった」
このこともだ、幸村は言った。
「それで手に入れた領地はないがな」
「それでもですか」
「論功は行われ」
「そのうえで」
「御主達にも褒美がある」
間違いなくというのだ。
「だから受けよ、それもな」
「左様ですか」
「それでは」
「我等も」
「その様にな、では今はな」
今宵はというのだ。
「飲もうぞ」
「はい、酒と食いものはです」
「遠慮しませぬ」
「では今宵は」
「たらふく飲ませてもらいます」
こちらはいいと言ってだった、彼等は酒も食いものも楽しんだ。そしてその次の日の論功の場においてだった。
昌幸はまずは直臣達への論功を行いだ、次に信之と彼の家臣達に行いだった。それから幸村にはだった。
「御主は今は二千石だが」
「はい」
「この度の働きを見るとじゃ」
まさにというのだ。
「四千石に相応しい」
「では」
「石高を倍にする」
「四千石に」
「そうじゃ、そしてじゃ」
そのうえでとだ、昌幸は今度は十人を見て言った。
「御主達にもな」
「大殿、申し訳ありませぬが」
「我等は禄は今のままで充分です」
「銭も宝もいりませぬ」
「ですからそうしたものは」
「ははは、そう言うと思っておったわ」
昌幸は彼等の言葉を受けてまずは顔を崩して笑った。
そしてだ、彼等にあらためてこう言ったのだった。
「しかしじゃ」
「それでもですか」
「そうじゃ、そうしたものがいらぬのならな」
褒美のそれがというのだ。
「他のものをやろう」
「と、いいますと」
「それは」
「御主達に名をやろう」
それを褒美にするというのだ。
「それでどうじゃ」
「我等にですか」
「名を下さるのですか」
「そうじゃ、御主達はこの度まさに一騎当千の働きをした」
このことをだ、昌幸も言うのだった。
「勇士、その勇士が十人であるからな」88」
「十人だからこそ」
「それで、ですか」
「そうじゃ、十勇士としよう」
こう名付けたのだった。
「真田十勇士じゃ」
「それが我等のですか」
「その名ですか」
「そして源四郎の家臣として常に共にいよ」
こうも命じたのだった。
「よいな」
「それもですか」
「我等への褒美ですか」
「うむ、御主達は他の誰の家臣でもない」
まさにというのだ。
「源四郎の家臣として生きよ」
「何があっても離れず」
「そのうえで」
「既に義兄弟であるが」
それと共にというのだ。
「生きるも死ぬも共にせよ」
「わかりました」
「有り難き褒美です」
「では我等これより十勇士と名乗り」
「源四郎様と共に生き死にまする」
十勇士達も誓う、こうしてだった。
十人は昌幸にその名を与えられ幸村の家臣としてのお墨付きも貰った。そしてそれぞれ昌幸自筆の感状も貰いだった。
それを大事に収めた、その論功の後で。
幸村の屋敷においてだ、主と共に酒を飲みつつ楽しく話したのだった。
「いや、これ以上の褒美はないぞ」
「十勇士か、よい名じゃ」
「しかもずっと殿と共にいてよいとは」
「また何というよきこと」
「ではこれからもな」
「務めに励もうぞ」
「うむ、確かによきこと」
幸村自身も彼等に応えて微笑んで言う。
「御主達によき名が授けられたことはな」
「はい、では我等真田十勇士」
「これからの殿の家臣です」
「常に殿と共にありますので」
「これからも宜しくお願いします」
「拙者の方もな。それでじゃが」
幸村は杯を手にしたまま彼等に言った、その言ったことはというと。
「拙者は四千石となった」
「石高が倍になりましたな」
「これもよきことですな」
「うむ、それで屋敷もじゃ」
今住んでいるこの屋敷もというのだ。
「移ることになった」
「四千石に相応しい」
「そうした屋敷にですか」
「この屋敷は家臣の一人の者となり」
そしてというのだ。
「我等はその屋敷に移ることになろう、しかし」
「しかし?」
「しかしとは」
「その前に我等は国を出ることになる」
幸村はその目をやや鋭くさせて述べた。
「おそらくだがな」
「?それは一体」
「どうしてでしょうか」
「また旅に出られるのですか」
「それとも戦に」
「どちらでもない」
旅でも戦でもないというのだ。
「他の家に人質として入ることになる」
「と、いいますと」
霧隠がそう言われてすぐに言った。
「徳川家か上杉家か」
「わかるか」
「おおよそですが」
「羽柴家は置いておきまして」
筧も言う。
「この両家との付き合いが真田家の大事な鍵となりますからな」
「だからじゃ、それぞれの家にな」
「人質をですか」
「送ることになる」
まさにというのだ。
「だから拙者と兄上がな」
「徳川家ともですか」
この家についてはだ、清海が微妙な顔で述べた。
「つい先程まで戦をしていたというのに」
「戦は終わった、ではな」
「仲良くしますか」
「それが大事じゃ、当家の力は見せたしな」
派手に破って上田から追い出してだ、真田家は決して侮れぬ家であることを徳川家ひいては天下に見せたというのだ。
「後は手を結ぶことじゃ」
「ではです」
望月も言って来た。
「殿もどちらかの家に」
「行くことになろう」
「人質としてか」
「そうじゃ」
「ではどちらに行くことになりましょうか」
由利が考えたのはより具体的なことだった。
「徳川家か上杉家か」
「そこまではわからぬが」
「どちらかの家に行きますか」
「そうなることは間違いない」
「徳川家ですと」
その目を鋭くさせて言ったのは海野だった。
「厄介ですな」
「手出しはせぬまでもじゃな」
「戦がありましたので敵意は強いでしょうな」
「間違いなくな」
「若し殿に何かしようものなら」
猿飛は眉を怒らせて言った。
「我等がいますので」
「ははは、向こうもそこまではせぬぞ」
「しかし万が一の時はお任せ下され」
「そうか、頼りにしておるぞ」
「何はともあれ四千石の屋敷が出来る前に」
伊佐は考える顔で述べた。
「どちらかの家に行き、ですな」
「そこで暫く暮らすことになる」
「そして我等も」
「供は御主達じゃ」
幸村はここで明言した。
「御主達全員を連れて行くぞ」
「はい、それではです」
穴山はその言葉を待っていたという顔で応えた。
「どちらでも喜んで参りましょう」
「そうしてくれるな」
「是非共」
「では出発の準備をしておこう」
今からというのだ、こう話してだった。
幸村はあらためてだ、十勇士に言った。
「暫くすればその話が父上から来るからな」
「では共に」
「当分異国にいましょうぞ」
「駿府か春日山か」
徳川、上杉のそれぞれの本拠だ。
「どちらでも我等は一緒ぞ」
「はい、では」
「その様に」
十人も応えてだ、そしてだった。
十勇士は幸村と共にどの国にでも行くことになった、その話をしつつ彼等は酒を楽しんだ。
真田家は戦に勝ち喜びの中にあったが敗れた徳川家はというと。
鳥居は駿府に戻りだ、家康に項垂れた顔で拝謁して言った。
「以上です」
「左様か」
「多くの兵を失いました」
家康にこのことを述べたのである。
「そして真田家もです」
「全て聞いた」
「では」
「御主には駿府の城の普請を命じる」
処罰を待つ鳥居にだ、家康は穏やかな顔と声で告げた。
「明日よりな」
「しかしそれがしは」
「全て聞いたが」
その話をというのだ。
「御主は武士として恥じるところはない」
「だからですか」
「ならよい」
こう鳥居に言うのだった。
「このことで誰も罰することはせぬ」
「有り難きお言葉」
「それよりも御主は今日は休め」
微笑んでの言葉だった。
「よいな」
「それでは」
「うむ」
こうしてだった、家康はまずは鳥居を下がらせた、しかしそのうえでだった。
四天王だけを集めてだ、こう言うのだった。
「侮ったか、わしは」
「真田殿をですか」
「あの家を」
「うむ、彦右衛門に七千の兵を与えてな」
それでというのだ。
「充分と思ったが」
「対する真田家は三千」
酒井が言った。
「それではですな」
「勝てる、降せると思ったが」
「はい、我等の力からすれば」
酒井は徳川の国力から述べた。
「敗れてもです」
「まだ出せる」
「ですから彦右衛門の七千はほんの尖兵」
「まだ出せることはな」
「言うまでもないですが」
「しかしじゃ」
その実はというのだ。
「それは出来るかどうか」
「真田殿はそのことを、ですな」
次に言ったのは榊原だった。
「読んでおられましたな」
「彦右衛門の兵を破ればな」
「我等はそれ以上兵を出せませぬ」
「それがわかっていてじゃ」
「あの七千の兵を全力で叩き潰した」
「そうしたわ」
「我等は今はです」
難しい顔でだ、榊原は言った。
「羽柴家と話をしますが」
「それでもな」
「はい、兵は羽柴家に向けていますので」
「将も出せぬ」
彼等もというのだ。
「当家で最強の御主達もな」
「全て読まれていましたな」
本多も言った。
「そして攻め方も」
「うむ、真田家を滅ぼすつもりがないこともな」
「全て読まれていましたな」
「そして戦になりじゃ」
そしてだったというのだ。
「後は真田家の鬼略でじゃ」
「彦右衛門殿を破った」
「彦右衛門が率いる七千の兵を破った」
そのことがともだ、家康は言った。
「それも思わなかったが」
「全て、でしたな」
「やられたわ」
「殿、これからですが」
家康に最後に言ったのは井伊だった。
「どうされますか」
「真田家のことか」
「はい、今後は」
「もう何も出来ぬ」
家康は難しい顔で井伊に答えた。
「言った通りな」
「やはりそうですか」
「羽柴家と和す、即ちな」
「真田家ともですな」
「そうじゃ、これ以上は戦えぬ」
「そうなりますな」
「あの家は置くしかない」
信濃の全てを手に入れることは出来ないというのだ。
「そうしようぞ」
「わかりました」
「さすれば」
四天王は主のその言葉に頷いた。
「では、です」
「あの家は置き」
「そして、ですな」
「羽柴家と和し」
「後は政に専念しますか」
「そうしよう、しかし一つわかった」
ここでだ、家康は言った。
「当家は策がない」
「策がですか」
「それがないですか」
「そうじゃ、それがわかった」
こう言うのだった。
「何もな」
「策、ですか」
「それが」
「うむ、本多正信がおるが」
こう言うとだ、不意にだった。
四天王は四人共だ、眉を顰めさせた。そのうえで主に言った。
「殿、あの者は」
「決してです」
「重く用いてはなりませぬ」
「何があろうとも」
「皆そう言うのう」
家康は四天王の言葉に難しい顔で返した。
「御主達も他の者も」
「あの様な者武士ではありませぬ」
「人を陥れることばかり企み」
「あの様な腹黒い者はいませぬ」
「卑怯未練の極みです」
それが本多正信だというのだ。
「あの様な者はです」
「近くに寄せてはなりませぬ」
「ましてやあの者の倅はです」
「父親以上の腹黒さ」
彼の息子の正純の話もするのだった。
「決して近寄せず」
「家から出すべきです」
「あの輩は天下の奸賊」
「間違いなくそうした者ですぞ」
「そう言うがじゃ」
それでもとだ、家康は言うのだった。
「当家には策がない」
「それがですか」
「ないからですか」
「そうじゃ、当家は戦上手の者が揃っていてじゃ」
今自身と話している四天王を筆頭としてとだ、家康は言った。実際に徳川家は彼にしてもそうであるが武辺者が揃っている。
「政も出来る、しかしな」
「策はですか」
「それがですか」
「ない、戦と政の将帥はおっても」
それでもというのだ。
「策はな」
「策についてはですか」
「当家に人はおらぬ」
「だからですか」
「殿もお求めですか」
「羽柴家にはそれで結果としてな」
家康は秀吉のことも言った。
「大きく遅れを取ったな」
「それは確かに」
「戦では負けていませんでした」
「むしろ勝っていました」
「負けたつもりはありませぬ」
四天王達もそれぞれ答えた、実際に彼等は戦においては数において大きく勝る羽柴家に優位に立っていた。しかしだったのだ。
「ですが羽柴殿の策により」
「織田信雄様があちらに行かれましたし」
徳川家は秀吉と対立した彼を助けて戦いそれを戦の大義名分をしていたのだ、だがそれがだったのである。
「それで我等も戦の大義を失い」
「そしてです」
「結果としてです」
「今に至ります」
「そうじゃ、戦には勝ったがじゃ」
それでもとだ、家康も言う。
「我等は敗れた」
「そして羽柴家に降りますな」
「これ以上戦をしてもです」
「小牧、長久手の時より遥かに大きくなった羽柴家に攻められ」
「今度は滅びますな」
「あの時はまだ対せた」
家康はまた言った。
「しかしじゃ」
「今の羽柴家となりますと」
「大き過ぎます」
「相手をしては我等では潰されます」
「間違いなく」
「あの時茶筅殿を取り込まれたことでな」
家康は無念の顔で四天王達に述べた。
「我等は敗れた」
「羽柴秀吉殿の策で」
「そうなってしまいましたが」
「それで、ですか」
「我等も」
「うむ、策を使える者が欲しい」
是非にという言葉だった。
「当家にな」
「ですか、それでなのですか」
本多が実に嫌そうな顔で言った。
「我が本多家の恥と言えるあの親子を」
「まあそう言うな」
家康はその本多を穏やかな言葉で窘めた。
「あの者も当家には二心がない」
「今はですか」
「だから使う」
家臣として、というのだ。
「そうする」
「左様ですか」
「そしてじゃ」
家康はさらに言った。
「南禅寺の住職のな」
「まさか」
南禅寺と聞いてだ、すぐにだった。
酒井がだ、その顔を強張らせて言った。
「あの以心崇伝か」
「知っておるか」
「はい、あの学はあるが性根は腐りきっているという」
「やはり御主はそう言うか」
「あの者は坊主ではありませぬ」
こうまで言う酒井だった。
「まさに外道です」
「しかしな」
「策はですか」
「使えるというからな」
だからというのだ。
「あの者にも声をかけたい」
「左様ですか」
「うむ、当家の為にな」
「策ですか」
井伊もまた難しい顔で言った。
「戦と政だけでなくですか」
「羽柴殿と向かい合ってわかった」
またこう言った家康だった。
「当家にもそれが必要じゃ」
「だからこそ」
「わしもそれを使える者を召抱えたいのじゃ」
「しかし」
「そうです、あの親子といいです」
最後に榊原が言って来た。
「その崇伝という者も」
「その性根がか」
「気に入りませぬ」
「確かに当家の色ではないな」
「三河武士はです」
榊原は彼等自身のあり方もだ、家康に述べた。
「武辺と忠義のです」
「その二つか」
「それによって生きて死ぬものであり」
「策はか」
「用いぬものですが」
「わしもそう思うがじゃ」
それでもと言う家康だった。
「この度でわかったのじゃ」
「それなのですか」
「あの者達を召抱え」
「策も用いていきますか」
「そうしたい、今後の為にもな」
こう話してだった、家康はこれからのことも四天王達と話した。そしてその話の後でこうも言ったのだった。
「そして真田家じゃが」
「はい、あの家にはむ手出しが出来ませぬ」
「もう何もせずにですな」
「置いておきますな」
「そうする、しかしまた赤備えに敗れたか」
家康が言うのはこのことだった、ここでは。
「武田家といい」
「はい、真田家も赤備えですし」
「元々真田家の家臣でしたし」
「その赤備えにですな」
「我等も」
「当家にも赤備えはあるが」
井伊を見ての言葉だ、実際に家康は彼の軍勢には具足も旗も全て武田家の強さを徳川に入れさせる為にそうさせているのだ。
「しかしな」
「それでもですな」
「また赤備えに敗れましたな」
「当家は」
「このまま赤備えに勝てぬのでは」
家康は袖の中で腕を組み述べた。
「武門の名が廃る」
「ですな、確かに」
「このままでは」
「この雪辱は晴らしたいが」
家康は腕を組んだままで言った。
「しかしそれはじゃ」
「今は、ですな」
「その機会がない」
「左様ですな」
「それが厄介じゃ」
難しい顔のままで言う家康だった。
「しかしそうは言ってももう戦をすることがないのなら」
「その真田家とは、ですな」
「今は手を結ぶ」
「そうしますか」
「ここは」
「うむ、真田家から話があるであろう」
それを既に見抜いている言葉だった。
「それは受けてな」
「そして、ですな」
「真田家とは」
「手を結んでいこう」
現実を見てだ、家康は断を下した。
「厄介な相手であるが無闇な戦はせずに限る」
「ですな、では」
「ここは抑えて」
「そのうえで和とされますか」
「これからは」
「さて、これから羽柴殿は統一に向かって動かれる」
今度は秀吉の動きを語ることとなった。
「九州、そして東国を収められ」
「遂にですか」
「天下は再び一つになる」
「そうなりますか」
「間違いなくな、しかしじゃ」
ここでだ、こうも言った家康だった。
「その後はどうか」
「羽柴殿の後ですか」
「それからは」
「あの御仁にはお子がおられぬ」
このことを言うのだった。
「しかももう結構なお歳じゃな」
「そういえばそうですな」
「あの方もあれで結構」
「奥方も側室もおられても」
「側室は何人も」
秀吉は女好きであることも知られている、彼は武士の嗜みである衆道には百姓あがりのせいか興味はないがそちらは好きなのだ。
「しかしそれでもですな」
「あの方はですな」
「お子がおられぬ」
「左様ですな」
「やはり子がおらねばな」
家康は深く考える顔で言った。
「どうにもならぬ」
「はい、家がありましても」
「その家が続きませぬ」
「だからこそですな」
「どの方にもお子は必要ですな」
「無論わしにもじゃ」
家康も言うのだった。
そしてだ、苦々しい顔でこうも言ったのだった。
「竹千代のことはな」
「殿、そのことは」
「もう言われぬことです」
「お言葉ですが詮無きこと」
「ですから」
「そうじゃな、では言わぬ」
家康も四天王の言葉に頷く、それえその言葉を止めてだった。
そしてだ、彼等にあらためて言った。
「そこが羽柴殿の泣きどころじゃ」
「どうやら後継は三好秀次殿ですが」
「あの方が」
「うむ、三好殿ならまずな」
言葉を少し置いてだ、家康は言った。
「問題はあるまい」
「あの方が後継なら」
「それならば」
「いいであろう、しかし三好殿に何かあれば」
家康はその目をだ、自分も気付かないうちに光らせて言った。
「その時はな」
「羽柴家の天下は危うくなる」
「そうなりますか」
「そうやもな、とにかく我等は今は五国を治める」
徳川家の領地であるこの国々をというのだ。
「よいな」
「はい、それでは」
「今は政にかかりましょう」
「甲斐や信濃も含めて」
「そうしましょうぞ」
四天王も応えた、そして最後に。
家康は再びだ、彼等に言った。
「何はともあれ人はな」
「求めますか」
「これから」
「そうする、しかし策を求める者はか」
「我等としましては」
「どうしても」
これが四天王の考えだった。
「賛成できませぬ」
「しかし殿がそう仰るのならば」
「我等もです」
「従いまする」
「そうか、では考えておこう」
家康は彼等の言葉を受けて一旦考えた、しかし後日本多親子の石高と役職をそれぞれ高めた。そのうえで天下に人を求めだした。
その家康の動きを見つつだ、昌幸も息子達に言った。
「さて、家を守った後はな」
「はい、政ですな」
「その時ですな」88
「うむ、この上田を治めるが」
それと共にというのだ。
「他の家とのやり取りもじゃ」
「それもですな」
「されますな」
「御主達には嫁を取ってもらい」
他の家との縁組である。
「そしてじゃ」
「人質、ですか」
信之が言った言葉だ。
「我等も」
「他の家にな」
「徳川家とですな」
「上杉家じゃ」
この家とも、というのだ。
「両方の家にそれぞれ送るぞ」
「やはりですか」
「そうなりますか」
「それでじゃ、御主達にはそれぞれじゃ」
二人の息子達それぞれがというのだ。
「行ってもらう、そしてな」
「縁組もですな」
「進められますか」
「そうする」
こう言うのだった、そしてだった。
真田家は徳川家との戦を乗り切った後早速政に動いていった。それもまた自分達が生き残る為のものであった。
巻ノ三十四 完
2015・11・27