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巻ノ三十

                 巻ノ三十  昌幸の智略

 幸村は徳川家の軍勢を細かいところまで見てだった、そのうえで上田に戻った。そうして昌幸と信之のところに参上してだった。

 家臣達と共に己が見たものをありのまま話した、そしてだった。

 そのうえでだ、昌幸に対して尋ねた。

「どうされますか」

「まずは民達を隠れさせよ」

 昌幸は幸村に落ち着き払った声で答えた。

「田畑も刈ってな」

「そのうえで、ですか」

「そうじゃ、民百姓を全て安全な場所まで隠れさせて」

「使えるものは全て与えず」

「そのうえで徳川の軍勢を上田に入れる」

「手筈通りですな」

「うむ、まずは正面からは戦わぬ」

 昌幸の言葉は落ち着いたままだった、微動だにしない感じだ。

「決してな」

「この上田の城や砦を拠点として」

「逐次攻めよ」

 そうせよというのだ。

「主に夜に山からな」

「敵陣に弓矢を放ち」

「鉄砲も使うのじゃ」

 それもというのだ。

「そして忍の者達も使え」

「そうして徐々にですか」

「敵を攻めよ、しかしな」

 ここでだ、昌幸はこうも言った。

「攻めるのは軍勢の者達ではない」

「軍勢の心ですな」

「人や城を攻めるのは下計じゃ」

 昌幸は孫子の言葉も出した。

「しかしな」

「心を攻めるのは上計」

「だからじゃ。ここはじゃ」

「夜に山からですな」

「物陰等からな」

「軍勢を攻め」

「それを続けてじゃ」

 そうしてというのだ。

「敵の心を疲れさせるのじゃ」

「それがこの度の戦の仕方ですな」 

 信之も言って来た。

「敵の心を攻める」

「数は敵の方が多く武具もあちらの方がよい」

「そして敵将の鳥居殿も勇将」

「ならばじゃ」

 それだけ揃っているのならというのだ。

「正面から戦うのは愚策じゃ」

「勝てませぬな」

「ましてや上田は山が多い」

 昌幸はこの地のことも話した。

「平地は少ないな」

「はい、確かに」

「では正面より戦うよりもな」

「山から攻める方がよいですな」

「隠れてな、そうしてじゃ」

 敵を徐々に攻めてというのだ。

「心を乱す、そして兵糧や武具もな」

「襲いますな」

「そうすれば尚よい」 

 徳川家のそれをというのだ。

「民に食いものも全て持って行かせるからな」

「兵糧を奪われれば最早仕入れる場所がない」

「そして人夫も飯炊きもおらぬ」 

 民を就かせるそれもというのだ。

「戦が出来なくなる」

「だからこそ」

「ここはそうして攻める」

 徐々にというのだ。

「敵の心をな」

「少しの数の軍勢を少しずつ出していき」

「常に攻める、そして攻めてすぐにじゃ」

「下がらせる」

「そうした戦をしていく、進むのは山道じゃ」

 そうした道を使うというのだ。

「我等だけが知っているな」

「ですか、では」

「うむ、主な家臣達は既にそれぞれの場所に配した」

 上田の城や各砦にだ。

「そして我等三人はじゃ」

「ここにいてですか」

「そのうえで」

「全体の采配にあたるが」 

 それと共にというのだ。

「必要に応じてな」

「この城から出てですな」

「戦うのですな」

「そうするぞ、敵は強い」

 このこともだ、昌幸はわかっていた。

「油断は出来ぬぞ」

「では父上」

 また幸村が言って来た。

「徳川家の軍勢が上田に入りましたら早速」

「攻めていくぞ」

「そうしていきますな」

「御主はまずはじゃ」

 幸村に言うのだった。

「御主の軍勢を率いてじゃ」

「そのうえで」

「敵を山と山の間に誘い出すのじゃ」

「そして、ですな」

「徳川家の軍勢を山から攻める」

 上田の山々からというのだ。

「そう誘え、乗らなければじゃ」

「我等の誘いに」

「それはそれで攻め方がある」

「敵の後ろをですな」

「御主の家臣達に攻めさせよ」

 その十人の家臣達にというのだ。

「よいな」

「わかり申した、では」

「そして御主もじゃ」

 信之にも言うのだった。

「よいな」

「はい、それがしもまた」

「御主にも忍としての技を叩き込んだ」

 嫡男である彼にもというのだ。

「文武だけでなくな」

「だからこそ」

「御主も忍としても働くのじゃ」

「わかりました」

「無論わしもじゃ」

 昌幸自身もというのだ。

「必要とあらばな」

「忍としてですか」

「父上も」

「当然じゃ。家の危機ならばじゃ」

 真田家のだ、まさにそれは今だからというのだ。

「わしも自らな」

「忍としても戦われる」

「そうされますか」

「うむ、真田の忍の力を見せる」

 まさにそれをというのだ。

「そして戦うぞ」

「徳川家の軍勢と」

「そうされますか」

「危機となれば使う」

 昌幸自身の忍術をというのだ。

「そして生き残る、しかしな」

「しかし?」

「しかしとは」

「この忍術、四郎様の為にも使えたがのう」 

 勝頼のことをだ、昌幸はここで苦い顔で言うのだった。

「あの方が上田まで来られていれば」

「父上は忍術も使われて」

「四郎様をお護り出来ましたか」

「確かにあの時織田家は強かった」

 まさに天下を握らんまでにだ、信長は他を圧していた。それ故に武田家にしても滅ぼすことが出来たのだ。

 だが、だ。昌幸はその織田家にしても言うのだ。

「だがわしはな」

「四郎様をお護り出来た」

「その自信がおありでしたか」

「必ずな。わしは四郎様が好きだった」

 最後は多くの家臣達に見捨てられ死んでいった彼をというのだ。

「忠義を尽くしたかった、よりな」

「四郎様は我が家を大事にしてくれました」

「信濃の者達を」

「我等にしてもです」

「四郎様が主でした」

 信之も幸村も言う、真田家をはじめとして信濃の者達は甲斐の者が主流の武田家から見れば外様だったのだ。

 しかしだ、諏訪家の血を引きその家を継いだ勝頼は信濃に長くいて縁も深くだ。信濃の者達を大事にしたのだ。

 それでだ、二人も言うのだ。

「それ故です」

「我等も四郎様ならと思ったのですが」

「それが、です」

「天目山において」

「武田家の譜代の臣であったが」 

 昌幸は無念の顔でだ、さらに言った。

「あの者達はな」

「はい、穴山殿も小山田殿も」

「全く以て不忠でした」

「四郎様を裏切り」

「そのうえで追い詰められました」

「わしは見えておった」

 昌幸はこうも言った。

「あの者達の心がな」

「そして四郎様にも申し上げられていましたな」

「高坂殿と共に」

 高坂昌信だ、信玄に取り立てられ勝頼をあくまで盛り立てた者だ。

「しかしです」

「四郎様は武田家の主であられました」

「譜代の家臣を信じるしかなく」

「あの様にして」

「武田家の主は譜代の家臣達の中心にあった」

 甲斐源氏の嫡流であり代々守護を務めた名門だ、それ故に譜代の家臣達も古い家が多く彼等の言葉を聞かずどう思っても受けるしかなかったのだ。 

 それでだ、勝頼もだったのだ。

「織田家の様にはいかぬからな」

「普代の臣の言葉ならば」

「聞かなくてはならない」

「だからこそ四郎様は小山田殿の言葉を聞かれ」

「あの様に」

「無理をしてもお連れするべきだった」

 昌幸は後悔の念も述べた。

「そうすれば今もな」

「武田家は残っていましたな」

「おそらく」

「本能寺のことは思っていなかった」

 起こるとはだ、昌幸にしても。

「しかしあそこでな」

「四郎様が生きておられれば」

「甲斐に戻って頂くことが出来ました」

「そして我等が盛り立て」

「武田家は復権していましたが」

「そう思うと無念じゃ」

 まことに、というのだ。

「全く以てな、しかしな」

「はい、それも終わったこと」

「だからですな」

「ここは我が家を守る」

「それに専念すべきですな」

「そうじゃ、徳川家の兵は退ける」

 必ず、というのだ。

「全ての手は用意した、ならばな」

「はい、これよりです」

「戦ですな」

「そうじゃ、勝つぞ」

 昌幸は息子達に確かな声で告げた、この後で重臣達も集めてだった。家臣達に対しても告げたのだった。

 主のその言葉を受けてだ、家臣達も応えた。

「ではこれより」

「お家の為我等もです」

「この命預けます」

「そして生きましょうぞ」

「頼むぞ、この戦は正念場じゃ」

 真田家が生きる為のというのだ。

「決死の覚悟で戦ってもらうぞ」

「承知しております」

「では」

 家臣達も応えてだった、皆本格的に戦の様に入った。真田家は徳川の軍勢が上田に入る前に準備万端整えていた。 

 それでだ、徳川の軍勢は上田に入ってだ、すぐに驚くことになった。

「どの村にも人がおらぬぞ」

「田畑も刈り取られて食うものがない」

「薪までないぞ」

「何もないではないか」

「食いものも何も」

「これは何ということじゃ」

「そうか、既にな」

 彼等を率いる鳥居はこの状況を察してすぐに言った。

「我等が来るのを読んでな」

「それで、ですか」

「この様にですな」

「民百姓がおらず」

「食うものも薪もない」

「それこそ何も」

「そうじゃ。考えておるわ」

 まさにとだ、鳥居も唸って言った。

「よくな。しかしな」

「これで、ですな」

「我等はどうにも出来ませんな」

「人夫を雇うことも出来ませんな」

「飯を調達することも」

「薪さえもありません」

「これでは」

 兵達も困った顔で言う。

「幸い飯も薪も持って来ていますし」

「駿府や信濃の他の場所からも送ってくれますし」

「雑用は我等すればいいですが」

「しかし」

「上田で手に入れられることはな」

 それはとだ、鳥居は言うのだった。

「痛いわ」

「はい、その場でものを手に入れることがいいですからな」

「戦については」

「それが出来ぬとなりますと」

「やはり辛いですな」

「やってくれるわ」

 また言った鳥居だった、苦々しい声で。

「これでは思ったより進めぬぞ」

「ですな、全て我等で何かしなければならないだけ」

「それだけに」

「そうじゃ、しかしそれで退くつもりはない」 

 鳥居も徳川家の中でも勇将として知られている、そして自分にもその自負がある。だからここでこう言ったのだ。

「上田城まで進みな」

「そして、ですな」

「あの城を攻め落とす」

「そうしますな」

「そうする、では行くぞ」

 こう言ってだ、鳥居は飯も人も手に入らないことに苦々しい顔をしながらも兵を進めさせていた。しかしその進軍の中で。

 昼も夜もだった、山や森からだった。

 敵襲を受けた、それも兵を向かわせるとだ。

 すぐに逃げてしまう、その中には。

 幸村達もいた、幸村は家臣達に山の中で言った。

「御主達は一人一人でもな」

「はい、攻め込んでですな」

「そしてですな」

「攻める」

「そうせよというのですな」

「そうじゃ、御主達は山や物陰からな」 

 幸村は家臣達に話していった。

「一人か二人でな」

「徳川家の軍勢を襲う」

「そして敵が来れば逃げる」

「若しくは隠れる」

「そうしていけというのですな」

「無論拙者もそうする」

 幸村は具足も陣羽織も着けていない、普通の旅の侍の姿だ。その姿で家臣達にこれからの戦のことを話すのだ。

「自ら攻める」

「殿もですか」

「自ら忍術を使われて」

「敵を攻めますか」

「そうする、では行くぞ」

 幸村はこう言ってだ、風の様に消えた。そして。

 十人の家臣達も消えた、そうしてだった。

 徳川の軍勢を霧が覆った、その深い霧を見てだった。徳川家の足軽達は周りを見回して口々に言った。

「何だこの霧は」

「急に出て来たぞ」

「これはどういうことだ」

「さっきまで晴れていたというのに」

「何故急に霧が出て来た」

「まさか」

 足軽の一人がこう言ったところでだった、彼等は。

 その深い霧の中、手を伸ばせばその手が見えない様な中でだった。次から次に。

「ぐわっ!」

「がはっ!」 

 断末魔の声が聞こえて来た、このことに徳川の軍勢は余計に浮き足立った。

「敵か!」

「敵襲か!」

「真田が仕掛けて来たか!」

「ではこの霧も!」

 忍術か妖術かと思った、だがそう思ったところでだった。

 生き残っていた者達も次々と断末魔の声をあげて死んでいく、そして。

 川辺にいた者はだ、不意にだった。

 その川からだ。、手裏剣が至るところから飛んできてだった。それぞれ弧を描いて足軽達の急所を突き刺していった。

 同僚達を倒されて浮き足立った足軽達がだ、口々に言った。

「川の中にいるのか!?」

「敵か!」

「何人いる!」

「真田か!」74

「真田の忍か!」 

 誰もが狼狽して川辺から逃げた、だが。

 その彼等の前にだ、編笠を深く被った剣客がいてだった。

 刀を抜いてだ、彼等と擦れ違うと。

 足軽達は全員首筋から血を噴き出した倒れた、その剣客は編笠を上げた。

 根津だった、その根津に川から海野が飛び出て来て言って来た。

「流石じゃな」

「御主もな、水の中から攻めると無敵じゃな」

「いやいや、足軽達ならばな」

 海野は笑みを浮かべて根津に話した。

「何でもないわ」

「ああして水の中から手裏剣を幾つも放ってか」

「そして倒せる」

 楽にというのだ。

「あの様にな」

「そうか」

「それで才蔵の方はどうじゃ」

「呼んだか」

 霧と共にだった、霧隠が出て来て言って来た。

「わしの方も倒してきたぞ」

「そうか、御主もか」

「果たしてきたか」

「うむ、霧を出してな」

 今の様にというのだ。

「そうしてきたわ」

「そうか、ではな」

「この辺りの徳川家の軍勢はもうおらぬか」

「では次の場所に向かうとしよう」

 霧隠は二人に言った。

「そしてまた敵を倒そうぞ」

「うむ、ではな」

「これよりな」

 二人も頷いてだ、そしてだった。

 三人は姿を消して次の敵の場所に向かった。その頃山では。

 猿飛がまさに猿の動きでだ、木々のあいだを凄まじい速さで動き回り。

 山の中を進む徳川家の足軽達を襲っていた、木の上から木の葉に気を入れた手裏剣を無数に投げてだった。

 次々に倒していた、その猿飛の攻撃を受けてだった。

 徳川の足軽達は驚いてだ、口々に言った。

「な、何じゃこいつは!」

「木の葉を手裏剣にして来るぞ」

「しかも動きが速い」

「猿か、こいつは」

「そうよ、わしは猿よ」 

 猿飛は木の上から足軽達に言った。

「その猿が今ここにおるのじゃ」

「真田の忍の様じゃが」

「これは強い」

「何とかせねば」

「こ奴を何とかせねば」

「何とか出来るならしてみよ」

 こうも言った猿飛だった。

「わしはそう簡単には倒せぬぞ」 

「くっ・・・・・・」

 徳川の足軽達は歯噛みするしかなかった、そして。

 別の場所ではだ、山の木陰からだ。

 次から次に来る弾に貫かれてだ。進めなくなてちた。

「姿が見えぬ」

「しかし音がすれば絶対にやられる」

「まさに百発百中」

「誰じゃ、これは」

「どういった者じゃ」

「ははは、これがわしの鉄砲じゃ」

 穴山は木陰と木陰の間を進みながら言った。

「狙いは外さぬし姿も見せぬぞ」

「何という奴じゃ」

「真田の者か」

「真田にはこの様な者もおるか」

「何という厄介な奴がおるのじゃ」

 穴山にもだ、足止めを受けていたのだった。

 由利もだ、やはり山の中で鎖鎌を縦横に使ってだった。

 敵を倒していた、その分銅と鎌を使って。

 急所を打ちそして斬る、鎌で首筋や額を斬られてだった。

 徳川の兵達は倒れていた、由利は倒れた者達を見つつ生き残っている者達にその鎖鎌を手にしつつ言った。

「ここは通れぬぞ」

「このような鎖鎌の使い手がおるとは」

「これ程の者は見たことがない」

「恐ろしいまでに強い奴じゃ」

「これでは近寄れぬ」

「そうであろう、通さぬぞ」

 実際にというのだ。

「ここはな」

「おのれ、何としても通るぞ」

「この山を我等の手中に収める」

「絶対にな」

 何とか山を抑えようとしてもだ、この三人に防がれ。

 そしてだ、裏から入った者達は。

 伊佐がだった、その手に持っている錫杖でだった。 

 敵の頭を叩き割っていた、大柄な身体からは想像も出来ないまでの素早い動きでそうしていた。そして。

 徳川の兵達にだ、こう言った。

「ここは通しません」

「何じゃこの坊主は」

「あまりにも強いぞ」

「陣笠も兜も普通に叩き割り」

「そして倒すとは」

「何じゃこいつは」

「何者なのじゃ」

 伊佐のその強さにだ、彼等も進めなかった。そして。

 遂にだった、徳川の兵達は山を抑えることを諦めてだった。

 逃げていった、猿飛はそれを見てだった。

 自分のところに来た三人にだ、こう言ったのだった。

「これでよいな」

「うむ、この山は見晴らしがよい」

「ここを抑えられはまずかった」

「敵の手に落ちれば危うかったです」

 穴山と由利、それに伊佐も応えた。

「守りきって何より」

「まだ戦は続くにしても」

「よかったです」

「そうじゃな、ではここの守りは兵達に任せ」

 そしてとだ、猿飛は笑って言った。

「次の場所に向かおう」

「ではな」

「そしてまた戦おうぞ」

「我等も」

 こう話してだ、そしてだった。

 四人もまた別の場所に向かったのだった。

 谷ではだ、望月がだった。

 跳び駆けつつだ、徳川の兵達の間を動いて回り。

 その拳と蹴りで倒していた、急所を的確にだった。

 打っていた、それで徳川の兵達は倒れていた。

「こやつ素手だというのに」

「何という強さじゃ」

「素手で我等を倒すとは」

「一撃でか」

「これは鬼か」

「武器を持っている彼等を倒すとは」

「武器を持つことも出来るが」

 望月は構えながらだ、自分の前にいる足軽達に笑って言った。

「こうして戦うのがわしは一番よいのじゃ」

「柔術も使う」

「この武術は強いぞ」

「こいつは厄介じゃ」

「何人がかりで倒せるのか」

「わしを倒したければ千人じゃ」

 一騎当千だとだ、望月は自分から言った。

「それで来るのじゃ」

「わしもじゃ」

 清海は金棒を右手に持ってだった、そして。

 その金棒を竜巻の様に振り回してだった、徳川の兵達を吹き飛ばしてだった。そのうえで豪快に笑っていた。

「どうした、もう来ぬのか」

「こいつも強いぞ」

「鬼の如き強さじゃ」

「鉄砲も弓矢もかわすし」

「どうにもならぬ」

「そうじゃ、わしを倒す場合もじゃ」

 望月と同じくというのだ。

「千人持って来るのじゃ」

「こいつも強い」

「しかもな」

「もう一人おるぞ」

 筧は印を結ぶとだ、周りにだった。

 無数の雷を出して兵達を撃った、そして言うのだった。

「この術ならば何人でも相手が出来る」

「雷の術か」

「それを使うか」

「この男は妖術使いか」

「それとも仙術か南蛮の魔術か」

「どれも入れておる、それだけに強い」

 非常にというのだ。

「簡単にはやられぬ」

「こいつも強い」

「この谷から先に進めぬ」

「この三人がいる限り」

「一歩も進めぬではないか」 

 徳川の兵達は顔を歪めさせた、幾ら鉄砲や弓矢を使ってもだ。

 三人はかわしそれぞれの戦いで倒す、そして遂にだった。

 徳川の軍勢は谷から退散した、清海はそれを見て言った。

「これでよいな」

「うむ、谷は守った」

「この谷はな」

 望月と筧も応えた。

「無事に退散させた」

「とりあえずはよしとしよう」

「しかしな」

「まだ徳川家の軍勢は来ている」

「そうじゃ、ではまた行こうぞ」

 清海も応えてだ、そしてだった。

 三人は別の場所に向かった、そこでまた徳川の兵達を倒すのだった。

 信之もだった、自ら軽い旅の武士の姿になり自身と同じ姿になっている幸村と共に徳川の兵達を忍としても倒していた。

 夜に徳川家の陣地の一つに急襲を仕掛け包絡を投げてだった。

 幸村と共に切り込み驚いて起き上がった兵達を切り捨てつつだ、こう叫んだ。

「敵だ!」

「敵が来たぞ!」

「真田の軍勢が来たぞ!」

「急に来たぞ!」

 こう叫んでだ、敵を惑わしてだった。

 二人で敵兵をさらに切りつつだ、こうも叫んだ。

「退け!」

「鳥居様も襲われたそうだぞ!」

「早く殿をお守りせよ!」

「御大将が討たれては末代までの恥ぞ!」

「何っ、鳥居様もか」

「それは大変じゃ」

 急な攻めに慌てふためく兵達はこの言葉に惑わされた、それでだった。

 慌ててその場から逃げ去った、それでだった。

 信之は誰もいなくなった陣地の中でだ、共に戦う幸村に言った。

「これでな」

「はい、この陣地を奪うことが出来ましたな」

「こうした小さな陣地はな」

「こうして急に攻めて」

「うむ、追い出すに限る」

「そうです、一つずつです」

 まさにとだ、幸村も言う。

「追い出し奪っていきましょう」

「そうじゃな、しかしな」

「それでもですね」

「うむ、それでもじゃ」

 信之はこうも言った。

「敵はまだまだ多い、どうしてもな」

「兵を率いての戦も」

「避けられぬ」

「はい、どうしても」

 こう言ったのだった。

「ですから今はです」

「ただ敵を乱しておるだけじゃな」

「その乱すことも大事ですが」

「やはり兵同士の戦は避けられぬ」

「そうなるな、それでじゃが」

 ここでだ、信之は幸村にこうも言ったのだった。

「御主の家臣達じゃが」

「あの十人ですか」

「それぞれ相当な働きをしておるそうじゃな」

「あの者達はまさに一騎当千です」

 幸村は確かな声で兄に答えた。

「まさに千人の敵を相手に出来る」

「そこまでの者達じゃな」

「左様です」

 幸村は兄に確かな声で答えた。

「あの者達ならあれ位のことはしてくれます」

「わかっておるのじゃな」

「寝食を共にしておりますので」

「そして修行もじゃな」

「互いに肝胆相照らす」

「そこまでの絆があるか」

「ですから」

 それだけ常にいるからというのだ。

「あれ位のことはしてくれます」

「そうか、あの十人だけで徳川の軍勢を相当に悩ませておる」

 信之は幸村に確かな声でだ、こうも述べた。

「それが大きい」

「そのお言葉あの者達も喜びます」

「そうか」

「はい、あの者達は褒められると喜びます」

「石高も銭もいらぬのにか」

「そうしたことが好きで」

 それでというのだ。

「是非です」

「そうか、ではあの者達にも直接言おう」

「そうして頂けると何よりです」

「しかし褒美はか」

「欲のない者達です」

 十人共というのだ。

「禄も銭も宝も」

「ふむ、そうか」

「それがしもですが」

「似た者同士であるな」

「そうなりますか」

「うむ、だからこそ出会い共にいるか」

「主従でありますが」

 それと共にというのだ。

「義兄弟であり友です」

「深い絆があるな」

「何よりも」

「ではな、御主達はな」

「これからも共にいます」

「この戦いもじゃな」

「そうです、戦います」

 こう話してだ、二人で徳川の陣地に火を点けてその場を後にした。徳川の本陣は彼等のことを聞いて大騒ぎになっていた。

「何と、そこまで強い者達がか」

「真田にはおるのか」

「しかも陣地を奪われたと」

「その一つを」

「この本陣が襲われたという話もあるのか」

「どうなっておるのじゃ」

「ふむ、どうやらな」

 鳥居は腕を組みだ、こう言った。

「真田家には相当に強い忍達がおるな」

「では、ですな」

「その忍達がですな」

「あちこちで攻めて来てですか」

「我等を乱している」

「左様ですか」

「うむ、伊賀者か甲賀者を連れて来るべきだった」

 鳥居はその顔をやや苦くさせて言った。

「ここはな」

「伊賀十二神将のうち誰かを」

「それは甲賀のですな」

「そうするべきじゃったか」

「しかしです」

 ここでだ、旗本の一人が鳥居に言った。

「今は服部殿も十二神将の方々も」

「皆じゃな」

「はい、上方に行っているかついていまして」

 それでというのだ。

「どなたも」

「そうじゃ、だからな」

「忍の者はですな」

「最初から連れて来ておらぬ」

 その中で確かな腕の者達はというのだ。

「それが仇となったか」

「ですか」

「しかしじゃ、兵はこちらの方が上でじゃ」

 鳥居はあらためて言った。

「このまま進む、しかしな」

「問題は兵糧と武具ですな」

「この二つは何としても守りましょう」

 旗本達は鳥居にすぐにこのことを言った。

「この二つがやられてはです」

「今の状況なぞ比べものになりません」

「戦どころではなくなります」

「餓えることすらありますぞ」

「その通りじゃ、飯と武具にはじゃ」

 軍勢の後ろにあるそういったものはとだ、鳥居も述べる。

「護りの兵を増やせ」

「ですな、ここは」

「そうしましょうぞ」

「そして兵を小さく分けて進ませるのを止めよ」

 こうも言うのだった。

「そこで真田の兵達にやられておる様じゃしな」

「では多くまとまってですか」

「そのうえで進みますか」

「そうせよ、無論物見や斥候は出すが」

 しかしというのだ。

「強い者を一度に多く出すぞ」

「敵に襲われてもやられぬ様に」

「その為に」

「うむ、そして今以上に慎重に進め」

「ですな、そして上田城まで行き」

「あの城を囲みましょうぞ」

「攻め落とすことはない」

 ここでだ、鳥居は上田城を無理に攻めぬとも言った。

「囲みそしてな」

「城下の盟を誓わせる」

「そうしますか」

「殿は真田家を滅ぼすお考えではない」

 家康、彼はというのだ。

「上田を領地にされてな」

「そして真田家も入れる」

「家中に」

「万石でな。だからじゃ」

「無理に城は攻めずに」

「降すのですな」

「城を攻めていいことはない」

 鳥居はこの言葉は顔を曇らせて述べた。

「兵達を多く失いかねん、それよりもな」

「降しそして」

「入れる方がいいですな」

「殿のお考えでわしもそう思う」

 武辺であるが決して武をみだりにる使ったりはしない、鳥居は徳川家のそうした考えも言葉に出した。

 そしてだ、こう言ったのだった。

「では上田まで行くぞ」

「慎重にですな」

「警戒をしつつ」

「やはり強いわ」

 鳥居は顔を顰めさせて言った。

「真田昌幸殿は智将じゃな」

「ですな、二人のご子息も」

「相当ということですし」

「全くじゃ、では先に進むぞ」

 鳥居は真田の攻めに苦しみながらもだった、兵達を先に進ませた。兵糧や具足は特に強く守りながら。

 その兵糧を守っているのを山の中から見てだ、幸村は家臣達に言った。

「あれではじゃ」

「はい、敵の兵糧や具足を襲うことはです」

「難しいですな」

「敵もわかっていますな」

「兵糧や具足を狙われるということが」

「戦の基本じゃ」

 兵糧や具足を狙うことはとだ、幸村も述べた。

「それを奪うなり焼くなりすればそれだけで戦が決まる」

「だからこそですか」

「我等の襲撃を受けてですな」

「徳川家の方もそれを察して」

「守りを固めましたか」

「そうじゃ、やはり鳥居殿はわかっておられる」

 幸村は敵将である彼のことも言った。

「戦のことがな」

「伊達に徳川十六神将の一人ではない」

「そういうことですか」

「そうじゃ、では輜重は攻めぬ」

 兵糧、そして具足はというのだ。

「それはな、そして斥候や物見に出る兵達が増えた」

「大人数で出し」

「襲われても撃退出来る様にしましたか」

「うむ、このことについてはな」

 幸村はさらに言った。

「やり方がある」

「ではそのやり方は」

「一体」

「これまでの様にその場で一気に攻めることは止めよ」

 こう言うのだった。

「物陰から手裏剣やそれぞれの得物で攻めてじゃ」

「そしてすぐに去る」

「そうされますか」

「夜に陣地を攻める場合もな」

 その時もと言うのだった。

「一撃で下がるのじゃ、よいな」

「深く戦わずに」

「蜂が刺す様にしてですか」

「また去る」

「そうしますか」

「そうせよ、兵が多ければそうして人をあまり攻めずにじゃ」

 一撃で終わらせてというのだ。

「心をちくりちくりとじゃ」

「攻めて疲れさす」

「そうしますか」

「やはり心ですか」

「心を攻めますか」

「そうじゃ、敵の数を減らすよりもな」

 むしろと言うのだった。

「心を攻めよ、よいな」

「畏まりました」

「ではここはです」

「一撃一撃で帰る」

「それを繰り返しますか」

「そうしていこうぞ。そして敵は間違いなく上田の城まで来るが」

 幸村は戦のこれからの流れについても話した。

「鳥居殿は攻め落とそうとはされぬ」

「何と、城を攻めてもですか」

「そうしても」

「城攻めは兵を多く失う」

 このことをだ、幸村は家臣達に指摘してみせた。

「それは誰もが避けたいからな」

「それに上田の城は堅固」

「七千の兵では攻め落とせませぬか」

「だからですか」

「鳥居殿は攻めては来られませんか」

「そうじゃ、囲み城下の盟を誓わせてくる」

 完全に読んでいた、鳥居のその考えを。そのうえでの言葉だった。

「だからな」

「それでは、ですな」

「それで攻め方がある」

「そういうことですか」

「敵の考えがわかっていれば楽じゃ」

 幸村はその目を鋭くさせてだ、強い輝きを放っていた。山の中で十人の家臣達に話しながら腕を組み目をそうさせていた。

「攻め落とすつもりがないならな」

「攻めるにしてもですな」

「徹底的にはしてこない」

「そういうことですか」

「その通りじゃ、しかし我等は違う」 

 真田の方はというと。

「ここで守り抜くだけでなくな」

「返り討ちにもしますか」

「徹底的に」

「そうしますか」

「そうする」

 絶対にという言葉だった。

「そして二度と上田に攻めようと思わぬ様にする」

「ですか、では」

「敵をこうして散々悩ませ疲れさせたうえで」

「そのうえで、ですな」

「上田の城まで来てもらい」

「そうしてですか」

「徹底的に叩く」

 まさにだ、そうするというのだ。

「ではよいな」

「城まで軍勢を向かわせながら」

「我等は絶え間なく攻めていく」

「そうしますか」

「うむ、そして城に戻りな」

 そしてというのだった。

「そこでも戦うぞ」

「わかり申した、では今はです」

「このまま攻め続け」

「そして最後はですな」

「城に戻る」

「そうしますな」

「そして城から追い払った後はな」 

 それからのこともだ、幸村は話した。

「上田を出るまでな」

「攻め続けますか」

「逃げる敵を追いますか」

「そうする、では暫くは攻め続けるぞ」

 こう言ってだった、幸村は自身も含めて家臣達にも敵を攻め続けさせた。そうして徳川の軍勢を心から疲れさせていた。

 その攻撃を受けてだ、鳥居もだった。

 苦い顔でだ、常に攻められ疲れを見せている兵達を見て言った。

「日増しに疲れが溜まっておるな」

「昼も夜も攻められていますから」

「それで常に警戒していますから」

「どうしてもです」

「疲れは」

「そうじゃな、物陰や山から昼も夜も来る」

 真田の攻撃がというのだ。

「散発的なものであるがな」

「それでもです」

「いつも攻められております」

「手裏剣や鉄砲、石や炮烙等が来ます」

「特に音が」

 鉄砲や炮烙のそれがというのだ。

「夜に響きまして」

「兵達が起きてしまいます」

「そして寝れなくなり」

「余計に疲れてしまっています」

「嫌な攻め方じゃな」 

 苦い顔のままだ、鳥居は言った。

「これでは上田の城を囲んでもな」

「囲むのがやっとですな」

「攻めるなぞとてもです」

「出来ません」

「疲れが溜まり」

「そうじゃな、では城を囲めばな」 

 その時はとだ、鳥居は周りの旗本達に言った。

「そこで攻めずにな」

「城に使者を送りますか」

「そして降る様に言いますか」

「真田殿に」

「そうされますか」

「そうする、そしてすぐに話を収めてな」

 そしてというのだ。

「ここから去るぞ」

「兵は攻められていますが大きな戦をしていないので」

 旗本の一人が言って来た。

「殆ど減っていません」

「飯もあるしな」

「はい」 

 鳥居が厳重に守らせているからだ、守りが堅固なので幸村にしても迂闊には攻められずこちらは大丈夫なのだ。

「そちらは」

「その二つはある、だからな」

「城をその大軍で囲み」

「一気に話をする」

「そうしますか」

「うむ、そしてじゃ」

「何としてもですな」

「真田殿には降ってもらいじゃ」

 徳川家にというのだ。

「信濃の殆ども徳川家のものとする」

「甲斐と同じく」

「そうしますな」

「十万石は大きいですからな」

「何といっても」

「うむ、十万と一口に言うが」

 その十万石がというのだ。

「実に大きいからな」

「大名としても結構ですな」

「もう一角です」

「ですから上田十万石」

「何としても欲しいですな」

「さすれば今後も違う」

 十万石が加わればというのだ、徳川家に。

「羽柴家にも今以上に侮られぬしな」

「他家にもですな」

「十万石の分だけ重く見られます」

「信濃のほぼ全てを手に入れたことになりますし」

「大きいですな」

「だからじゃ」 

 それ故にというのだ。

「殿は上田も組み入れることを望まれておるのじゃ」

「ですな、上田に来るまで時がかかりましたが」

「羽柴家との戦があったので」

「ここで、ですな」

「上田もですな」

「手に入れるぞ」

 こう言ってだった、鳥居は軍を上田に進めさせていた。兵は減ってはいないが疲れが溜まっているのを感じながら。

 昌幸は徳川家の軍勢のその状況を聞いてだ、こう言った。

「よし、兵糧や武具は襲えていないが」

「それでもですな」

「この状況は、ですな」

「よい」

 こう言うのだった。

「充分じゃ」

「ですな、では」

「この城に来れば」

「その時は」

「相手の考えはわかっておる」

 徳川家の考えはというのだ。

「それならば対することは容易じゃ」

「ですな、攻め落とす気がないのなら」

「本気で攻めては来ませぬ」

「それならばです」

「思いきり攻めていきましょう」

「それも徹底的に」

「言っておくが降る気はない」 

 昌幸はこのことをはっきりとだ、家臣達に告げた。

「真田はこの上田で独自の家としてやっていく」

「徳川家には降らず」

「他の家にもですか」

「降らずそして」

「大名としてやっていきますか」

「そうじゃ、万石取りは確かに大きい」

 徳川家が言うその扱いはというのだ。

「家康殿は確かにわしを認めて下さっておる」

「ですな、確かに」

「あの方は殿を高く買っておられます」

「そしてそれ故にです」

「万石取りで迎えると言われていますな」

「その様に」

「よいお話じゃ」

 昌幸にしてもというのだ。

「御主達も厚く遇されるであろう、しかしな」

「それでもですか」

「我等は我等でやっていく」

「そうしていきますか」

「ここは」

「当家は羽柴家の天下の下で大名として生きる」

 これが昌幸の考えだった。

「わかったな」

「だからこそですな」

 嫡男の信之が父に問うてきた。

「徳川殿には従わぬ」

「そうじゃ、無論他の家に対しても同じじゃ」

「上杉、北条両家に対しても」

「降らぬ」

 決してというのだ。

「どの家にもな」

「あくまで真田は真田ですか」

「武田家の家臣であったが」

 過去のこともだ、昌幸は話した。

「しかしその武田家が滅んだ今はな」

「最早ですか」

「無念であったがその時に決めたのじゃ」

「真田は真田でやっていくと」

「大名として生きるとな」

「左様でしたか」

「織田家に従うにしても」 

 織田家の天下になると思ったからだ、本能寺の変までは。

「大名としてな」

「従われるおつもりでしたか」

「上田の地でな」

「ではあの時前右府殿が今の徳川家の様なことを言われていれば」

「その時はな」

「やはり今の様に」

「していたやもな、とにかくじゃ」

 今はと言うのだった。

「わしはこの家を守る」

「そうされますか」

「大名家としてな」

「ですか、それでは」

「うむ、上田の城まで敵を引き寄せ」

 昌幸はあらためてこれからの戦の仕方を述べた。

「そこからじゃ」

「反撃ですな」

「徹底的に叩き上田から追い出す」

 徳川の軍勢、彼等をというのだ。

「よいな」

「そして二度とこの上田に攻めて来ぬ様にしますか」

「そうする、では皆あらためてそれzれの持ち場につくのじゃ」

 全ての家臣達に強い言葉で告げた。

「決める時が来ようとしておる」

「はい、それでは」

「これよりですな」

「我等それぞれの場に戻り」

「死力を尽くして戦いまする」

 家臣達も応えた、そしてだった。

 昌幸は全ての者をそれぞれの場に置き徳川の軍勢を待ち受けた、上田の城はいよいよその周りを騒がしくさせていた。

 その中でだ、幸村は己の屋敷において赤い具足に具足を身に着けその具足と同じ色の陣羽織を羽織ってだった。鹿の角が生えた兜を持ち。

 十人の家臣達にだ、強い声で言った。

「これより徳川家との決戦じゃ」

「上田の城において」

「いよいよですな」

「この度は徹底的に戦いな」

 そしてと言うのだった、家臣達に。

「城を囲むのを解かせてな」

「そしてそこからも追い」

「上田から追い出す」

「そうするのですな」

「そうじゃ、父上はその様にお考えじゃ」

 昌幸の考えもだ、幸村は話した。

「この上田に二度と攻めようと思えぬまでにな」

「とことんまで、ですな」

「徳川殿の軍勢を攻める」

「そして上田から追い出す」

「それが大殿のお考えなのですな」

「そうじゃ、間違いなく激しい戦になる」

 このこともだ、幸村は家臣達に告げた。

「戦は常にそうじゃが命を落とすやも知れぬ」

「我等のうち誰かが」

「そうなることもですな」

「有り得る」

「そう仰るのですな」

「拙者もじゃ」

 語る幸村自身もというのだ。

「命はわからぬ」

「殿もですか」

「戦場に出られるからこそ」

「それ故に」

「出来ればまた揃って会いたいが」

 戦の後にというのだ。

「それも適わぬやも知れぬ」

「戦は人が死ぬもの」

「それは至極当然のこと」

「だからですな」

「その通りだ、それでじゃが」 

 幸村は十人にこうも言った。

「これより盃を交わそうぞ」

「水盃ですか」

「別れとなる」

「それをしますか」

「そうじゃ、若し皆生きておれば」

 その時はというと。

「酒で盃じゃ」

「ですか、その時は」

「我等が全て生きていたならば」

「酒で盃ですか」

「つまり宴を開くのですな」

「うむ」

 その通りという返事だった・。

「そう考えておるが」

「それはあくまで、ですな」

「我等全員が生きていたなら」

「その時はですな」

「皆で宴ですな」

「酒と些細なものしかないがな」

 幸村は十人に宴を開いた時に出すものも話した。

「上田は上方や駿府と違って貧しいからな」

「いやいや、そこはお気遣いなく」

「我等確かに美味いものは好きですが」

「贅沢は申しませぬ」

「殿と共に宴を楽しめるならです」

「それで充分です」

「そうか、そう言ってくれるのならな」 

 それならとだ、幸村は家臣達の言葉に微笑みになり励まされる様にして言った。

「量をふんだんに出すからな」

「そしてですな」

「我等全員で楽しみましょう」

「生きてそのうえで」

「無論死ねとは言わぬ」

 それは決してという返事だった。

「必死に戦いそしてじゃ」

「生きよと」

「それが殿のお言葉ですな」

「死んで花実は咲かぬ」

 それ故にというのだ。

「皆必死に戦い生きよ」

「さすれば」

「我等これより修羅となりです」

「戦いそして」

「生きまする」

「その様にな」

 幸村も応える、そしてだった。

 主従は皆城に入り徳川の軍勢を待ち受けた、彼等と徳川家の最初の本格的な戦が幕を開けようとしていた。



巻ノ三十   完



                            2015・11・1

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