巻ノ二十九 従か戦か
幸村が旅をして数年経つとだ、天下はかなり変わっていた。
羽柴秀吉は柴田勝家を賤ヶ岳で倒し天下人の地位を確かにした。四国の長宗我部も服従させ西国の主となっていた。
朝廷の覚えも目出度く主家であった織田家も織田信雄を戦いの後で丸め込んでしまい取り込んでいた。だが。
その羽柴家にだ、徳川家康は向かい合っていた。
「殿、今もです」
「尾張と美濃には兵が多くおります」
「小牧長久手では勝ちましたが」
「しかし」
「うむ、戦には勝ったが」
それでもとだ、家康は駿府城において家臣達に応えた。
「しかしな」
「我等は織田信雄殿をお助けして戦っていましたが」
「その信雄殿が丸め込められてです」
「今や羽柴家の家臣となっている有様」
「これではです」
「やられたわ」
家康は苦い顔で言った。
「これはな」
「はい、大義名分を奪われるとは」
「まさかそうしてくるとは」
「羽柴秀吉、恐るべき男ですな」
「政が巧みです」
「全くじゃ」
家康は苦い顔のまま言った。
「お陰で我等は手詰まりじゃ」
「これからどうするか」
「それがわからなくなりましたな」
「戦をするかどうか」
「若しくは」
「従うか、な」
家康は自らこの言葉を出した。
「どちらかじゃな」
「従いますか」
「そうされますか」
「やはりここは」
「そうされますか」
「既に力は見せた」
家康は言った。
「我等のな」
「その小牧長久手で勝ったことですな」
「そのことで、ですな」
「うむ、徳川家が侮れぬことは見せた」
それはというのだ。
「あちらにも、そして天下にもな」
「では従ってもですな」
「低くは見られぬ」
「左様ですな」
「領地もこのままで従うことが出来よう」
奪われることなくというのだ。
「このままな」
「ではやはり」
「従いますか」
「そうしますか」
「それしかないであろう」
これが家康の断だった。
「最早な」
「殿、それでなのですが」
本多正信が家康に申し出た、他の家臣達はその彼を鋭い嫌悪を漂わせている目で見たが彼はそれを意に介していなかった。
「その羽柴殿からですが」
「また文が来ておるな」
「はい、お母上を人質に送るだけでなく」
「妹君もじゃな」
「夫君と別れさせてです」
「そうしてまでな」
「殿の奥方にと言われています」
文にそう書いてあったというのだ。
「殿に今ご正室がおられないので」
「そうじゃ、若しな」
「これ以上態度を煮え切らないものにさせていると」
「まずいな」
「羽柴殿に攻める理由を与えます」
「まだ三年前は戦えたが」
家康は今の状況を見つつ言うのだった。
「茶筅殿はあちらにつき」
「戦をする大義がなく」
今度は石川が言う。彼が言っても周りは何も嫌悪を見せることがない。
「それにです」
「力の差が歴然としてきた」
「九州以外の西国が最早」
「羽柴家のものとなったからな」
「小牧長久手の時以上の兵を送ってきます」
「そうなってはな」
「とてもです」
今の羽柴家が全力で徳川家に向かってきてはとだ、石川は真剣な面持ちで主に話した。
「敵いませぬ」
「潰される」
「あの時とは違い」
「そうじゃな」
「しかし今ならです」
今の時点ならというのだ。
「誇りを持ち領地を保ったままです」
「天下にいられる」
「今我等は五国を抑えかなりの兵を持っています」
「まさに天下第一じゃな」
「ですから」
それで、というのだ。
「今降るべきです」
「そうじゃな」
「はい、羽柴家に従いましょう」
「わかった、では羽柴家に従う」
家康は確かな声でだ、石川に応えた。
「そうする」
「わかりました」
「それではです」
「我等も殿の仰るままに」
「殿と共に」
「そうしてくれるか、御主達の領地はそのままじゃ」
家康は羽柴家に従うと決めながらも自分についてくると誓ってくれた家臣達にこう返した。この時も確かな声だった。
「例え石高を減らされてもな」
「いえ、領地よりもです」
「我等は代々松平ひいては徳川の家臣です」
「ならば殿に従うのは道理」
「そして何よりも殿ならば」
家康自身だからこそというのだ。
「我等喜んで何処までもいきまする」
「殿の御前に」
「そうします」
「是非共」
「そう言ってくれるか、御主達の言葉は忘れぬ」
家康は感銘も込めて言った。
「我等はこれからも主従ぞ」
「有り難きお言葉」
「我等も殿にそう言って頂き何よりです」
「では、です」
「これからですな」
「羽柴殿に文を送る」
こう言うのだった、ここでは。
「奥方のこと楽しみにしておるとな」
「わかりました、では」
「その様に」
「そうする、しかしじゃ」
ここでだ、家康は家臣達に手に刺さった刺を抜く様な顔で言った。
「その前にな」
「はい、信濃のことですな」
「甲斐は全て手中に収めました」
「そして後はです」
「あの国ですな」
「その信濃も殆ど手中に収めたが」
しかしとだ、家康は難しい顔で語った。
「一つ残っておる」
「上田ですな」
「あの場所ですな」
「真田家が治めている」
「あの地だけが残っています」
「そうじゃ、羽柴家に降る前にじゃ」
家康は袖の中を腕を組み考える顔になって家臣達に告げた。
「あの地も手中に収めたいが」
「当家についてもらいますか」
榊原が家康に言って来た。
「そうしますか」
「そう出来たら一番じゃな」
「そしてその際は」
「万石を預けよう」
「大名扱いですな」
「そう考えておる」
「しかし十万石は」
「少し大き過ぎるな」
これが家康の見立てだった。
「家臣としてはな」
「それだけの石高で当家に入られると」
「どうも都合が悪い」
「当家の中では」
「だからだ」
それでというのだ。
「大名として扱うがな」
「十万石そのままは、ですな」
「出来ぬ」
こう言うのだった。
「そこまではな」
「左様ですか」
「しかし真田家が従うなら」
「それで、ですな」
「よい、戦にならぬならな」
それでというのだ。
「それに越したことはない」
「ではここは、ですな」
井伊も家康に言った。
「真田殿に人をやり」
「うむ、万石でな」
「家中に迎えると伝えますか」
「そうする」
「それで納得されなければ」
「その時は仕方ない」
家康は覚悟を決めた顔で述べた。
「戦じゃ」
「そうなりな」
「やはり」
「ではその時は」
「我等が」
「そうする、しかし四天王はこれまで通りじゃ」
徳川家の中でも特に強いこの者達はというのだ。
「西の方に向ける」
「羽柴家に」
「そちらに」
「和の話が進んでいても何かあったならばな」
その時はというのだ。
「敵の数は多くそして優れた将も多い」
「だからですな」
「我等は西ですか」
「羽柴家にあたり」
「何かあればですな」
「頼む、わしも駿府に控えるが」
それでもというのだ。
「羽柴家の方を先にする」
「では上田は」
「あの地は」
「他の者をやる、それでその時の将は」
「さすれば」
ここで名乗り出たのは鳥居だった、鳥居は家康に対してしっかりとした声で言った。
「それがしが」
「御主が行くか」
「はい、そしてです」
「上田を手に入れてくれるな」
「そうします、それでなのですが」
「真田家の者達はじゃな」
「戦の後どうされますか」
その処遇もだ、鳥居は家康に問うた。
「一体」
「首を取るまでもない」
家康は鳥居の問いにすぐに答えた。
「昌幸殿も二人の子息も相当な人物と聞く」
「だからですな」
「従わせるにしても戦にしてもじゃ」
そのどちらでもというのだ。
「命を奪うつもりはない」
「家臣としますか」
「御主達の中に入れる」
「そうされますか」
「そうしたい、だからな」
「戦に勝てば」
「くれぐれも無益な殺生はするな」
家康は鳥居にこうも言った。
「いつも言っておるがな」
「はい、その地の民は我等の民となりますし」
「田畑も同じじゃ」
「荒らすことなく」
「必要な戦だけをせよ」
家康は実際に無益な殺生を忌み嫌う、必要な時は仕方ないにしてもそうした時以外は自身にも家臣達にも殺生を戒めているのだ。
そして狼藉についてもだ、彼は言った。
「狼藉をした者は罰する」
「それも重く」
「打ち首も覚悟せよ」
「承知しております、さすれば」
「上田を攻める時は御主に任せる」
その鳥居にとだ、家康は確かな声で告げた。
「兵は七千あればよいか」
「上田は大体二千か三千ですか」
「十万、二千五百じゃな」
十万石だからというのだ。
「それ位じゃな、浪人を雇ってもな」
「三千というところですか」
「それ位であろう」
これが家康の見立てだった。
「民達からも雇っても精々五千じゃ」
「それだけですか」
「それならば七千じゃ」
こちらが出す兵はというのだ。
「その七千の兵で攻めてじゃ」
「真田家を負かす」
「そうするのじゃ、よいな」
「畏まりました」
鳥居は家康に強い声で応えた、こうして戦の時は決まった。そしてその家康に対して家臣達の中から一人の僧侶が言って来た。
「殿、それでなのですが」
「天海か。どうしたのじゃ」
「はい、南の空で動きがありました」
「南のか」
「九州の方で」
「九州か、あそこでは確か」
九州の話を聞いてだ、家康は言った。
「近頃島津家が力をつけていますな」
「どうやらその島津家がです」
「また戦で勝ったか」
「大友家も龍造寺家も破り」
「そしてか」
「このままいけば九州を手に入れるやも知れませぬ」
「強いのう」
家康は天海の話を聞いて瞑目する様にして言った。
「兵も強いが」
「四兄弟がです」
「島津家のな」
「相当に強く」
「それでじゃな」
「他の家を圧倒しております」
九州の他の大名家をというのだ。
「ですから」
「あと数年もすればじゃな」
「九州は島津家のものとなるでしょう、そしてみちのくですが」
「あちらでもか」
「一つの星の輝きが増しております」
「その星は誰の星じゃ」
「おそらく伊達家の」
この家の、というのだ。
「主である政宗殿かと」
「あの御仁の話もよく聞くな」92
「はい、みちのくの地においてです」
「他の家を圧しておるか」
「このままいけばみちのくを手中に収めるか」
「関東に入るか」
「そうなるかと」
天海は東北の伊達家の話もするのだった。
「あの地は縁組で何かとややこしいですが」
「その縁組を無視してか」
「戦を続けておられます」
「随分横紙破りな御仁じゃな」
「ただ横紙破りではなく」
天海は剣呑な顔になってその政宗のことを話した。
「星を見ますに」
「政宗殿の星か」
「野心もおありです」
「みちのくを一つにするだけでなくか」
「天下も」
それすらもというのだ。
「望んでおられるかと」
「そうか、天下もか」
「はい、そしてその器もおありなので」
政宗には、というのだ。
「野心だけでなく、ただ」
「時と場所がじゃな」
「あの方にはそれがありませぬ」
「即ち天の時と地の利がが」
「その二つもなければ天下は取れませぬ」
「吉法師殿にはあったな」
「はい」
信長には、というのだ。
「ご自身の資質、優れた家臣の方々に」
「尾張は都に近かったしな」
「しかも公方様が来られたので」
「まさに全てが揃っておられたな」
「天下人としての」
「そして秀吉殿もか」
「あの方も全てが揃っておられます」
秀吉もまた、というのだ。
「ですからもう間違いなくです」
「天下人になって治められるな」
「そうなるかと」
「しかしか」
「はい、伊達殿はです」
彼はというのだ。
「ご自身の資質、家臣の方々も揃っていますが」
「みちのくは都から遠い」
「はい、しかも最早です」
「秀吉殿が天下人じゃな」
「そうした状況なので」
「あの御仁は天下人になれぬな」
「間違いなく」
政宗自身がどう思いどれだけの野心があろうともというのだ。
「おそらくみちのくを一つにすることもです」
「出来ぬか」
「そうなるかと」
「そうか、生まれる場所が悪く生まれた時も悪かったか」
「それがあの方の不幸です」
「そうなるか」
「しかし殿は」
天海はここでだ、家康自身に対して言った。
「星の巡りがいいです」
「星がか」
「はい、殿の星は将星です」
「そうなのか、わしの星は」
「そして多くの星達が集っていますし」
「今ここにいる者達か」
「そうかと、ただ」
ふとだ、天海はこうしたことも言ったのだった。
「二つ智星も来る様ですが」
「智星とな」
「その二つは嫌な光を放っています」
「嫌な光?」
「はい、随分と濁って邪なものを多分に含んだ」
「そうした星もあるのか」
「妖星、いや邪星でしょうか」
そうした星ではとだ、天海は述べた。
「そうした星も二つです」
「わしのところに来ておるか」
「その二つの星は殿に牙を剥きませぬが好ましくありませぬ」
「わしに何もしなくともか」
「はい、くれぐれもお気をつけを」
「ふむ、妙な話じゃな」
「しかし殿と徳川家自体はです」
そちらはというのだ。
「ご安心下さい」
「非常にじゃな」
「よき流れになっています」
「そうなのか」
「そのことはご安心下さい」
「ではな、ここは羽柴家と和を成してな」
「上田とも」
天海もこの地について言及した。
「話を収めますか」
「戦は出来るだけ避けたいが」
「殿、その上田のことですが」
ここでだ、天海は言った。
「どうも真田家にはとりわけ強い光を放つ赤い星がある様です」
「源五郎殿か」
昌幸のことである。
「主の」
「あの方ではなくです」
「違うか」
「ご次男の源四郎殿です」
「まだ若いというがかなりの者と聞いておる」
服部からだ、家康は聞いていた。
「あの御仁か」
「どうやら」
「そうか、では戦の時はか」
「はい、お気をつけよ」
「そうじゃな、源四郎殿の下には十人もの豪傑もいるし」
「出来れば戦はせぬべきです」
天海も言うのだった。
「特に真田家とは」
「そして源四郎殿はじゃな」
「お気をつけを」
「わかった、ではな」
家康は天海野言葉に頷いた、そしてだった。
そうした話をしてだった、家康は上田に人をやった。そのうえで真田家に対して恭順を促したが。
その話を受けてだ、昌幸は徳川家の使者にすぐに言った。
「その申し出断らせてもらう」
「それは何故ですか」
「徳川家に入れば十万石はないと言われたな」
「はい」
そうだとだ、使者も答えた。
「殿のお考えでは」
「五万石か」
「そのうえで従って欲しいとです」
「それでは」
「従えぬと」
「十万石の安堵」
昌幸が出す条件はこれだった。
「そうであればいいが」
「それはです」
使者は強い声で昌幸に返した。
「申し訳ありませんが」
「当家はあくまで上田の者」
「そして十万石の」
「左様、そのことさえ認めれもらえれば」
「当家に従ってくれますか」
「しかし」
それでもとだ、昌幸は使者に返した。
「それではです」
「当家には従えぬと」
「そしてその五万石の領地は」
「五万は確かです」
「しかし上田にありましょうか」
「それは」
使者は家康に全て包み隠さず話すことを言われている、それで実際に昌幸に偽ることなく話したのだった。
「殿が決められます」
「上田ではないやもですな」
「左様です」
「ならば尚更です」
そのことも聞いてだ、昌幸は使者に返した。
「そのお話は引き受けられません」
「しかしです」
「万石ですな」
「そしてお立場も」
石高だけでなく徳川家の中のそれもというのだ。
「相当なものですが」
「ですか」
「全てお約束します、我が殿は真田家を高く買っておられまして」
「五万石にですな」
「家老格の中でも相当にです」
高い地位をというのだ。
「考えておられます、あとご嫡男の縁組も」
「そちらもですか」
「欲しいものも何でもとです」
今度は宝の話だった。
「刀でも馬でも」
「そうしたものもですか」
「言ってくれとのことです」
「それだけそれがしを買っておられますか」
「確かに石高は半分になり上田から出られるやも知れませぬが」
それでもというのだ。
「それ以上のものがありますが」
「ですか」
「そうです、ですから」
是非にという口調での言葉だった。
「当家にお入り下さい」
「ですか、では」
「はい、ご返答は」
「変わりませぬ」
これが昌幸の返事だった。
「折角の申し出ですが」
「それでは」
「真田は真田です」
こう返すのだった。
「この上田におります」
「十万石で」
「左様です」
「しかしです」
「いえ、地位や刀もです」
そうしたものはというのだ。
「いりませぬので」
「だからですか」
「その申し出をお断りさせて頂きます」
「それで宜しいのですか」
「そうです」
「ですか」
残念な顔でだ、使者は応えてだった。
それ以上は何も言わず駿府に帰った、言う必要がなかったので言わなかったのだ。その使者を見送ってから。
昌幸は二人の息子と重臣達を集めてだ、こう告げた。
「戦じゃ」
「はい、やはりですな」
「そうなりましたな」
「徳川家は五万石を約束してきた」
昌幸は主の座からこのことを話した。
「そして徳川家中での家老職と宝もな」
「破格の話ですな」
信之は父の言葉を聞いてこう述べた。
「外様の者を迎えるにあたって」
「そうじゃな、しかしな」
「当家は、ですか」
「この上田から離れぬ、そして五万石ではなくじゃ」
「十万石ですな」
「それ以上はいらぬがそれ以下もいらぬ」
それはというのだ。
「だからじゃ」
「それで、ですか」
「徳川家の話を断った」
そうしたというのだ。
「そうなればじゃ」
「徳川家がですな」
「攻めて来る、話でまとまらねばな」
このことは戦国の習いだ、話で収まらねば戦だ。このことはもう誰が言わないでもわかっていることである。
「だからじゃ、よいな」
「はい、それでは」
「既に用意を整えておるがじゃ」
「戦ですな」
「そうじゃ、これまで蓄えていた銭も使い」
そして、と言う昌幸だった。
「兵も雇うぞ」
「我等の兵以外にも」
「浪人達をですな」
「雇いそうして」
「戦に加えますな」
「そうする、よいな」
こう言うのだった、そしてだった。
実際に真田家は蓄えていた銭を出して浪人達を雇おうとした、それで結構な数を雇ったのだがその数を見てだった。
昌幸は難しい顔になってだ、信之と幸村に言った。
「あまりな」
「はい、兵がですな」
「あまり集まってはいませんな」
「銭はありますが」
「兵は」
「うむ、どうやら北条家や徳川家に行ったらしいな」
この辺りにいる浪人達はというのだ。
「北条家は甲斐及び信濃から手を引いたが」
「関東のことがあるので」
「そちらに向かう為にですな」
「兵を雇っておるな、そして徳川家もな」
敵である彼等もというのだ。
「我等と戦う為にじゃ」
「兵を雇っている」
「我等が雇う兵を」
「そうしているからこそ」
「我等のところにはですな」
「思ったより集まっておらぬな」
こう言うのだった。
「そういうことじゃな」
「父上、今の兵の数ですが」
ここでだ、幸村が昌幸に言った。
「最初から当家にいる二千五百にです」
「浪人達は千じゃな」
「合わせて三千五百です」
「せめてあと五百は欲しいがな」
「ではどうされますか」
「民を兵に使うことはない」
昌幸はこれはないとした。
「別にな」
「では民達は」
「戦の場には出ぬが」
「その他のことで、ですか」
「働いてもらう」
「そうされますか」
「戦は戦の場だけでするものではないからな」
ここでもこう言うのだった。
「だからな」
「戦以外のことで役に立ってもらいますか」
「そうするとしよう」
「では父上、兵はこのままで」
信之も父に問うた。
「進めますな」
「そうする」
「では上田の城に兵を入れ」
「それぞれの砦にもじゃ」
「兵糧と武具の備えも確かめますな」
「無論じゃ」
こちらも忘れていなかった。
「抜かりはない様にな」
「(畏まりました」
「では兵糧や武具も確かめておきます」
「そしてです」
「戦いまする」
「そうせよ、戦の前にじゃ」
まずはというのだ。
「そうしたことを全て確かめてからじゃ」
「抜かりはない様にする」
「それが肝心ですな」
「そうじゃ、戦をするのはそれからじゃ」
抜かりがない様にしてからというのだ、兵糧や武具のことも。
「城や砦で壊れている場所もあればな」
「今のうちになおしておく」
「そちらもしておきましょう」
「それでな、そして民達じゃが」
昌幸は彼等のことも話した。
「戦になれば逃げる様に伝えよ」
「巻き込まれぬ様に」
「その様にですな」
「飯も農具も全て持っていってな」
ここでだ、昌幸はにやりと笑って言った。
「そうしてじゃ」
「では徳川の兵が来ても」
「飯はなく」
「そして農具は戦にも使えますが」
「それも持って行かせますか」
「そうせよと伝えよ。あと徳川の兵達に会って道等を聞かれてもな」
そうした場合についてもだ、昌幸は話した。
「適当に答えよと伝えよ」
「徳川の軍勢に出鱈目を、ですな」
「教えさせますか」
「そうさせよ、そして徳川の軍勢を乱させるのじゃ」
民達にもというのだ。
「そうすればじゃ」
「はい、徳川の軍勢は乱され」
「満足に動けませぬな」
「その通りじゃ、そしてな」
ここでだ、昌幸は幸村を一際強い目で見据えてだった。そのうえで彼に対して告げた。
「源四郎、御主の家臣達じゃが」
「はい、あの者達ですな」
幸村も父に確かな声で応えた。その目の光を強くさせて。
「あの者達を使えと」
「そうじゃ、あの者達は忍でもあるな」
「忍の術も天下屈指の者達です」
「それならばじゃ」
「あの者達にも働いてもらいますか」
「忍としてな」
是非にという口調であった。
「そうしてもらう、わかったな」
「さすれば」
「忍も使ってな」
智略の中にというのだ。
「全ての手を打っていくぞ」
「わかり申した、それでは」
「徳川の軍勢はまず一万も来ぬ」
昌幸はこの読みも言った。
「七千か、そして徳川殿も四天王も来ぬ」
「徳川家で最も強い」
「その方々は来られぬと」
「そして伊賀者もな」
徳川家の忍の者達のこともだ、昌幸は話した。
「あの者達の主力も上方、羽柴殿の方に向かっておってな」
「そして、ですな」
「こちらに向けられるのは余った者達」
「そちらのこともですな」
「頭に入れておくべきですな」
「そういうことじゃ、敵の質のこともな」
わかっておくべきだというのだ、そして。
そうしたことを話してだ、そのうえで。
昌幸は実際に二人の息子を軸としてだった、戦の用意を進めさせた。幸村は十人の家臣達を連れてだった。
上田の領内を隈なく歩き回りだ、城や砦の内外を確かめた。城や砦の壊れている場所がないかということや兵糧や武具のこともだ。
細かく調べ壊れている場所を確かめて。
兵糧や武具の備えも足りない様ならば足していった、だが。
同行する家臣達はだ、幸村問うた。その道中で。
「こうした兵糧や城の壁等を調べる」
「そのことも大事なのですな」
「戦においては」
「細かいことが」
「御主達も戦は戦の場だけでするものでないことはわかっておるな」
幸村はその家臣達に問い返した。
「そうじゃな」
「はい、そのことは」
「我等もわかっておるつもりです」
「戦に加わったこともあります」
「ですから」
「ならよい、戦はな」
何といってもと言うのだった。
「兵だけでなくな」
「兵糧や武具」
「それに城や砦を確かにさせる」
「そうしてですな」
「全てを万全にさせて」
「そうして戦うものですな」
「だからじゃ、戦の場で戦う前にな」
まさにというのだ。
「全てを整えておくのじゃ」
「そうしますか」
「全ては」
「そしてそのうえで」
「戦となりますな」
「そういうことじゃ、だからこうしてな」
彼等を連れて、というのだ。
「見回っておるのじゃ、抜かりがない様にな」
「そういうことですな」
「まずはそうしたことをしっかりとして」
「そのうえで戦に挑む」
「その用意をしておるのですな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「ではよいな」
「はい、それでは」
「全ての城と砦を見回り」
「何処も抜かりがない様にして」
「戦を迎えますか」
「そうなる、そして御主達にもじゃ」
幸村は山の中を進みつつ家臣達自身にも告げた。
「働いてもらうぞ」
「戦の時はですな」
「その時は」
「そうじゃ、忍としてな」
その立場からというのだ。
「この上田で働いてもらうぞ」
「この上田は山が多いですな」
「それもかなり」
「その上田において」
「存分に」
「働いてもらう」
まさにという言葉だった。
「無論拙者もな」
「殿は兵を率いられるのでは」
「そうして戦われるのでは」
「そうすると共にじゃ」
将として戦いつつというのだ。
「拙者もまた忍として戦う」
「野山を駆け巡り」
「そうしてですか」
「戦われる」
「そうされるのですか」
「そうするつもりじゃ」
家臣達と同じくというのだ。
「勝ち上田を守る為なら何でもする」
「ですか、ただ殿」
ここで根津が眉を曇らせて幸村に尋ねた。
「一つ気になることがあります」
「民のことじゃな」
「いざという時は逃げよと言われていますが」
「うむ、しかし巻き込まれるとな」
「民を戦に巻き込まぬ様にしましょう」
筧も言う。
「何があっても」
「そうじゃ、だから早く敵を見付けてな」
「民に知らせますか」
「そして逃げてもらう」
戦になろうとする場所からというのだ。
「是非な」
「武器を持たぬ者は戦に関わってはなりませぬ」
こう言ったのは伊佐だった。
「やはり戦はです」
「武士のすることじゃ」
「はい、民を関わらせてはなりませぬ」
「その通りじゃ、だから敵は早いうちに見付ける」
幸村も言い切る。
「そのことはな」
「そして安全な場所に逃げてもらい」
今度は由利が言った。
「戦が終わるまで、ですな」
「隠れてもらう」
「それはいいことです」
「そして民達が隠れていれば」
穴山は笑って言った。
「敵は人夫を使えなくなりますな」
「そこも狙いじゃ」
「やはりそうですか」
「戦になれば人夫も必要じゃが」
しかしというのだ。
「その人夫がおらねば兵達でするしかないからな」
「兵糧を運ぶのも飯を炊くのも」
望月も言う。
「全てですな」
「兵達がする」
「それだけ徳川の兵は疲れますな」
「そして飯も持って行かせる、農具等もな」
幸村はこうも言った。
「当然田畑も急いで刈り取ってな」
「いや、では何もないところをですな」
猿飛も言う。
「徳川殿の軍勢は来るのですな」
「駿府からな」
「はるばると」
「当然徳川殿も兵糧や人夫は持って来られるが」
しかしというのだ。
「現地で人を雇えぬのは辛いところであろう」
「そこまでお考えとは」
唸って言ったのは霧隠だった。
「いや、お流石です」
「これは父上のお考えじゃ」
「大殿の、ですか」
「攻めて来る敵には何も渡さぬ」
人もものもだ。
「そうして敵を不利な状況に追い込むのじゃ」
「徹底して、ですか」
清海は唸る様にして言った。
「そうするのですか」
「左様、そして後は地の利を活かして」
「戦いますか」
「上田の地は我等の庭じゃ、そこで戦う」
地の利を活かしてというのだ、まさに。
「そこで御主達にもじゃ」
「敵の隙を伺い」
「そうしてですな」
「攻める」
「それが我等の仕事ですな」
「そうじゃ、思う存分働くがよい」
幸村は微笑み十人の家臣達に言った。
「拙者も行くからな」
「はい、では」
「敵が来ればです」
「思う存分働かせてもらいます」
「是非共」
「そうしてもらう、まずは上田の南に行ってな」
そしてと言うのだった。
「徳川家を見るぞ」
「見付ければですな」
「その時に」
「すぐに上田まで戻り」
徳川の軍勢を見付ければというのだ。
「父上にお知らせする」
「敵の数に将帥も」
「全て見て」
「そしてですな」
「上田に戻るのですな」
「進み道もじゃ」
つまり徳川の軍勢の全てをというのだ、幸村は家臣達にそうしたものまで見よと言うのだった。戦がはじまる前に。
「よいな」
「全てを見極めよと」
「徳川の軍勢の」
「武具や兵糧の様子もな」
それもというのだ。
「何もかもじゃ、よいな」
「わかり申した」
「それではです」
「すぐに取り掛かります」
「上田の南に向かい」
「敵を早いうちから見ていきまする」
「民達には隠れる用意をさせる」
ここでもだ、幸村は民のことを忘れていなかった。それゆえの言葉だ。
「飯も何もかもを持って行かせてな」
「そして徳川殿の軍勢には何も渡さず」
「そのうえで戦を挑みますか」
「戦に勝つにはな」
まさにと言うのだった。
「敵を勝てぬ場所に置くことじゃ」
「そして挑む」
「そうするのですな」
「敵も己も知りな」
そのうえでというのだ。
「そうして戦ってこそじゃ」
「それが大殿のお考えですか」
「武田家においても智勇備えた傑物と言われた方の」
「そうじゃ、だから拙者もそうして戦う」
昌幸の様にというのだ。
「智と勇な」
「その両方があってこそ」
「そうして満足に戦える」
「勝てる」
「そうなのですな」
「当然飯や武具もじゃ」
それもというのだ。
「こういったものがないとじゃ」
「ですな、腹が減ってはです」
「そもそも戦になりませぬ」
「だからですな」
「飯は言うまでもないですな」
「武具も」
「そして銭もじゃ」
これも戦には必要だというのだ。
「兵糧や武具を買うな」
「そうしたものを全て揃え」
「それから智と勇ですか」
「その二つで戦う」
「全てを揃えてから」
「そうなのじゃ、この戦では地の利もある」
彼等の国である上田で戦う、だからだというのだ。幸村は上田のその山に覆われた場所を見つつ言うのだった。
「ここで徳川家と戦い退けるぞ」
「そして、ですな」
「その前に上田の南に出て」
「徳川家の軍勢を見付ける」
「そうしますか」
「そうしようぞ、拙者も行く」
幸村自身もというのだ。
「物見にな」
「その時は忍としてですな」
「我等と共に行かれますか」
「そうされるのですな」
「そうする、敵を知ることも戦に勝つ条件じゃ」
だからこそというのだ。
「この目で見る」
「畏まりました」
「では共に行きましょうぞ」
「そしてまずは徳川家の軍勢を見付け」
「どういった軍勢か見ましょうぞ」
家臣達も応える、こうしてだった。
幸村は自身の軍勢に戦の用意をさせながら十人の家臣達と共に上田を出てだった。信濃の山と路に入った。
そしてそこでだ、徳川の軍勢を探すのだった。
するとだ、二日程してだった。
山の中にいる幸村のところにだ、十人が戻って来て言って来た。
「殿、いました」
「具足も旗も陣羽織も黄色の軍勢が上田に向かってきております」
「黄色か、間違いないな」
その色を聞いてだ、幸村も言った。
「徳川殿の軍勢じゃな」
「左様ですな」
「徳川家の色は黄色です」
「その色は変わりがありませぬ」
「常に」
「そうじゃ、それこそが徳川家の証」
全てを黄色に統一させたその軍勢がというのだ。
「間違いないわ」
「では、ですな」
「これよりですな」
「その軍勢に近寄り」
「数や率いる将を確かめますか」
「武具や兵糧の様子も」
「全てな」
そうしたことも全て確かめるとだ、幸村は答えてだった。
すぐにだ、十人にこう告げた。
「では今よりじゃ」
「はい、その軍勢のところに行き」
「細かいところまで調べますな」
「そうしますな」
「そうしよう、ただ徳川家には伊賀者が従っている」
幸村は忍のことも話した。
「この度もついているかも知れぬ」
「だからですな」
「忍の者には気をつけ」
「そうしてですな」
「軍勢を見ますな」
「そうする、伊賀者達がおっても見付からぬ様にな」
幸村は家臣達にこのことを念押しした、家臣達は今度は無言で頷いた。そうしてそのうえで自らも行くのだった。
徳川の軍勢は山と山の間の道を進んでいた、その様子はというと。
「辛そうですな」
「山道には慣れていませぬな」
「そのことは間違いないですな」
「東海は平地が多い」
幸村は家臣達に言った。
「だからな」
「それで、ですな」
「山路に苦労している」
「そうなのですな」
「甲斐、信濃を領地にしていったが」
それでもというのだ。
「徳川家はやはり東海、三河や駿河の兵が多い」
「平地で生まれ育った者達だからこそ」
「山路には慣れていませぬな」
「それで苦労しているのですな」
「そうじゃ、そしてそれだけ疲れる」
慣れない道を進んでというのだ。
「上田に着く頃には結構疲れておるな」
「ですな、戦をはじめる前に」
「結構疲れていますな」
「これは我等にいいことですな」
「そうじゃ、そして数はな」
幸村は徳川家の軍勢の数も見た。
「七千といったところか」
「ですな、それ位ですな」
「数は七千」
「そして槍は長く」
「鉄砲も弓矢も多いですな」
「よい軍勢じゃ」
その武具の様子を見てだ、幸村はこうも言った。
「足軽達も身体つきがよく引き締まった顔をしておる」
「よく訓練されていますな」
「徳川家といえば兵も強者揃いですが」
「これはまた、です」
「かなりですな」
「うむ」
そうだとだ、幸村は答えた。
「戦になれば侮れぬ」
「ですな、兵は強いです」
「武具もいいですし」
「これはです」
「強いですな」
「そうじゃな、そして敵将は」
兵を叱咤激励し進ませているその者はというと。
幸村はこれまで以上に強い声でだ、その将の顔を見て言った。106
「鳥居殿か」
「鳥居元忠殿ですか」
「勇将と誉れ高い」
「その鳥居殿ですか」
「そうじゃ、確かに徳川殿はおられぬ」
徳川家の主であり名将の誉れ高い彼はだ。
「お姿も馬印もな」
「はい、確かにです」
「徳川殿ご自身はおられませぬ」
「そのことも間違いないですな」
「そして四天王の方々もな」
徳川家の中でも第一の名将である彼等もだった。
「となたもおられぬ、しかしな」
「鳥居殿もですな」
「徳川家の中でも勇将」
「だからですな」
「この度の戦は容易ではない」
こう家臣達に言うのだった。
「兵の数も多いしな」
「では」
「すぐに上田に戻り」
「大殿にお伝えしましょう」
「若殿にも」
「そうするぞ」
家臣達の言葉に頷いてだ、幸村は徳川家の軍勢を細かいところまで見てだった。そのうえで家臣達と共に上田に戻ったのだった。戦がはじまろうとしていた。
巻ノ二十九 完
2015・10・24