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巻ノ二十一

                 巻ノ二十一  浜松での出会い

 服部は幸村達が三河の岡崎を発って浜松に向かうと聞いてだった、家臣達にすぐにこう言ったのだった。

「今は暇じゃからな」

「では浜松にですか」

「行かれるおつもりですか」

「これより」

「うむ」

 その通りだとだ、服部は己の屋敷で家臣達に答えた。

「これよりな」

「そうされますか」

「今は戦もしておりませぬし」

「だからですか」

「今は浜松に向かい」

「真田家のご次男殿をですな」

「そのお目で」

「十二神将達から話は聞いた」

 その彼等の報は受けたというのだ。

「そしておおよそはわかったが」

「しかし聞くより見る」

「それが大事だからですな」

「ここはですか」

「棟梁御自ら浜松に向かわれ」

「そして、ですか」

「あの方を御覧になられますか」

「そうされますか」

「そのつもりじゃ」

 まさにという返事だった。

「だから少し駿府を空ける」

「では何かありましたら」

「すぐに浜松までお知らせします」

「頼むぞ、殿にはもうお話してある」

 家康には、というのだ。

「拙者が浜松に行くことはな」

「そしてお許しを得ている」

「そうですな」

「では浜松に行かれても問題はない」

「そうですな」

「そうじゃ」76

 その通りだというのだ。

「そうしてくる」

「畏まりました」

「では留守はお任せ下さい」

「我等に」

「そうさせてもらう、ではすぐに発つ」

 その浜松にというのだ、そしてだった。

 服部は単身浜松に向かった、だがその動きを知っている者はごく僅かだった。

 幸村達は浜松に着いた、その街並みはというと。

「ふむ、岡崎よりな」

「賑やかじゃな」

「人が多い」

「遠江自体もそうじゃな」

「人が多く土地も肥えておってな」

「豊かじゃ」

「遠江は長い間今川家の領地じゃった」

 幸村が遠江についても話す家臣達に答えた。

「安定して治められていたのでな」

「だからですな」

「三河に比べて豊かなのですな」

「そうじゃ。土地は肥えておりしかも産も多い」

 そうしたものもというのだ。

「駿河程ではないがな」

「この国もですか」

「豊かなのですな」

「この様に」

「そういうことじゃ、そしてじゃ」

 幸村はここまで話してだ、微笑みこう言ったのだった。

「この浜松は鰻じゃ」

「おお、鰻ですか」

「それはよいですな」 

 鰻と聞いてだ、家臣達も笑顔になって言った。

「鰻は実に美味い」

「魚の中でもとりわけ美味いものの一つです」

「その鰻をですな」

「これより」

「食しようぞ」

 皆で、というのだ。

「これよりな」

「いや、鰻はいいですな」

「うむ、あれはよいものじゃ」

 清海と猿飛は舌なめずりせんまでにだ、鰻と聞いて笑顔になっている。

「わしは魚も好きじゃが」

「鰻は特にじゃな」

「好きじゃ」 

 実際にとだ、清海は言うのだった。

「それと酒もあれば尚よい」

「気が合うのう、わしもじゃ」

「よし、では共に食しようぞ」

「望むところじゃ」

「いや、今更じゃが」

 笑って猿飛と鰻のことを話す清海にだ、由利が突っ込みを入れた。

「御主は坊主であろう」

「だから生臭ものはか」

「駄目ではないのか」

「そうじゃ」

 まさにその通りだとだ、清海は由利にはっきりと答えた。

「坊主ならば生臭ものは駄目じゃ」

「御主はずっと肉も魚も酒も口にしておるがな」

「何しろ破戒僧じゃからな」

「よいのか」

「うむ、わしは気にしてはおらぬ」

 清海は笑って由利に述べた。

「全くな」

「御主が気にせずとも問題はあろう」

「だから破戒僧じゃ、それに信仰はじゃ」

「そうしたことではなくか」

「心じゃからな」

「全く、そうしたところも花和尚じゃな」

 つまり魯智深であるとだ、由利は清海の返事にやれやれといった顔で返した。

「御主らしいがな」

「持っておるのは鬼の鉄棒じゃがな」

「あの錫杖を持っておるのは御主じゃな」

 望月は伊佐に言った。

「花和尚のそれは」

「はい、これですね」

 伊佐は左手に持っているそれを見つつ望月の言葉に応えた。

「この錫杖は花和尚のものよりも重いですが」

「しかしその錫杖をじゃな」

「拙僧は使っています」

「花和尚の得物は御主にあるな」

「そうなりますね」

「御主は清海と違い真面目じゃしな」

「それでも生臭ものは口にします」

 伊佐もだった、そのことは。自分自身でそれを隠すことはしないし実際にこれまでも幸村達と共に口にしてきている。

「口にするものは残さない」

「それが仏門の本来の教えだからか」

「そうしています」

「確かに釈尊も」

 筧は己が持っている学識から述べた。

「肉等を口にされていた」

「そうでしたね」

「うむ、生臭ものでもじゃな」

「出されたものは必ず食べることがです」

「仏門の本来の教えであるな」

「そうです、貪ってはなりませんが」

「御主は貪るというかその巨体に合わせて食っておるのか」

 穴山は清海を見つつ言った。

「それになるか」

「この通り大きいからのう」

「わし等の中で一番な」 

 その山の様な巨体を見てだ、穴山も言う。

「大きいからのう、御主は」

「その分食わねばならぬ」

「そうじゃな。それでも大食と大酒じゃが」

「それでも貪っておるつもりはないぞ」

 清海自身としてはだ。

「決してな」

「ならよいがな」

「では殿」

 根津は生真面目な声で幸村に声をかけた。

「これより」

「うむ、店に行きな」

「鰻を食しましょうぞ」

「皆でな」

「それがしなら鰻を捕まえられますので」

 水練に巧みな海野は幸村に自信のある笑みで申し出た。

「若し店の鰻が売り切れていたら」

「その時はじゃな」

「それがしが捕まえますので」

「そして焼いて食うのじゃな」

「お任せ下さい」

「ではその時は頼む」

「水のことならお任せ下され」

 海野は幸村に笑って言っていた、そして最後に霧隠が一行に言った。

「鰻は捌いてから焼くまで時がかかる」

「ではその間別のものを飲み食いしようぞ」

 清海は霧隠のその話に笑って返した、その口を大きく開けて。

「そちらも楽しみじゃ」

「いや、食する前におなごと遊ぶものじゃが」

「?そうなのか」

「うむ、それでわしは何度かおなごに鰻を食いに誘われたのだが」

「御主、それでそのおなご達と」

「馬鹿を言え、わしはその様なことはせぬ」

 霧隠は整った顔をむっとさせて清海に返した。

「決してな」

「せぬか」

「そうじゃ」

「誘われてもか」

「よく知らぬおなごと付き合うつもりはない」

「それはどうしてじゃ」

「花柳病にでもなればことじゃ」

 そうした病気に罹る恐れがあるからだというのだ。

「それでじゃ」

「そうした遊びはせぬか」

「うむ、そうしておる」

「花柳の病か」

「何人か見たのじゃ、瘡毒が身体に入りな」

 その花柳病に罹り、というのだ。

「身体が腐りぼろぼろになり死んでいった者をな」

「ううむ、確かにそうした者がおるな」

「御主も見てきたな」

「あんな恐ろしい病はない」 

 清海も強張った顔で霧隠に言葉を返す。

「鼻も落ち生きながら身体が腐り頬まで腐りな」

「そこから歯が見える有様も見たな」

「髪も抜け落ちてな」

「ああした病を見てきたからじゃ」

 だからだというのだ。

「わしはよく知らぬおなごにそうしたことに誘われてもな」

「乗らぬか」

「嫌いではないが」

 女をだ、それでもというのだ。

「しかしじゃ」

「よく知らぬおなごとはか」

「そうしたことはせぬ」

「そうしたおなごに誘われてきたからか」

「鰻屋でもな」

 その場所でもというのだ。

「しなかったのじゃ」

「左様か」

「女房は欲しい」

 妻は、というのだ。霧隠も。

「しかしな」

「遊ぶことはか」

「その時はよくても後が怖いからな」 

「鰻屋でもか」

「そうしたことはしなかった、しかし鰻は好きじゃ」

 食べること自体はというのだ。

「好きじゃ」

「左様か」

「そういうことじゃ」

「花柳病が最も怖いか」

「そう思う、身体が腐っていくからな」

「わしも気をつけねばな」

「御主は女も好きじゃしな」

 猿飛が清海に言った。

「そこにも気をつけねばな」

「そうじゃな、そんな病になってはことじゃ」

「殿の為に働けぬぞ」

「全くじゃ」

「ではよいな」

「うむ、そうしたことには気をつける」

 清海は猿飛の言葉にも頷いた、そうした話もしつつ一行は鰻屋に入ってだった。そこでまずは先に出された料理や酒を楽しんだ。

 その酒を飲んでだ、伊佐は言った。

「この般若湯も」

「よいな」

「はい」

 根津に答える、見れば根津も酒を飲んでいる。

「中々」

「三河の酒は素朴で」

「この国の酒は垢抜けています」

「そうした感じじゃな」

「やはり今川殿のご領地だったので」

「それが出ておるか」

「確かにな、垢抜けた感じがする」

 穴山も遠江の酒を肴と共に楽しみつつ述べる。

「すっきりとして飲みやすい」

「肴もよい」

 海野は海から採れた魚を食べている、飲みながら。

「食べやすいわ」

「駿河はよりよいというが」 

 望月はこの国のことを話した。

「どういったものであろうな」

「それを見るのも楽しみ。しかし今は遠江を楽しもう」

 筧は自らの言う通りにしていた。

「実際に美味い酒と肴じゃ」

「味噌もよい」

 由利はそれを食べている、肴のうちの一つの。

「こうして味噌が食えるだけでも違う」

「そうじゃな、味噌といっても国によって違うがな」

「この味噌もまたよしじゃ」 

 幸村もその味噌を食べている、そのうえでの言葉だ。

「味噌をこうして食べられるだけでも違う」

「そういえば殿は」

「道中よくです」

「味噌を召し上がられていますな」

「酒は焼酎が多く」

「それもお好きですな」

「信玄様がお好きでじゃ」

 それで、というのだ。

「その後もな、武田家ではよく食べておってな」

「それで、ですか」

「殿もなのですか」

「武田家にお仕えしているうちに」

「味噌を好きになられたのですか」

「そうじゃ、基本嫌いなものはないが」

 それでもというのだ。

「味噌は好きじゃ」

「やはりそうですか」

「だから今もですな」

「殿は味噌を楽しまれている」

「そうなのですな」

「そうなのじゃ、ではそろそろ鰻が来る」

 幸村は微笑みそれの話もした。

「楽しもうぞ」

「ですな、真打も」

「それもですな」

「楽しみましょうぞ」

「その鰻を」

「鰻も好きじゃ」 

 幸村は楽しげに笑って言った。

「特に脂が乗ったのがな」

「ですな、では」

「これからはですな」

「鰻をですな」

「いよいよ」

「食べましょうぞ」

「ではな」

 幸村も応えてだ、そしてだった。 

 一行のところに鰻が来た、鰻の蒲焼に鰻丼にだ。それに肝の吸いものだった。幸村はそうしたもにを見て言った。

「美味そうじゃ」

「もう見ているだけで」

「涎が出そうです」

「蒲焼も丼も」

「肝の吸いものも」

 そうしたもの全部がというのだ。

「どれも美味そうです」

「待ったかいがありました」

「待っている間も飲んで食ってでしたが」

「本番もですな」

「楽しみですな」

「では食しよう」 

 幸村は箸を手にしてだった、そのうえで。

 家臣達と共にその鰻を食べはじめた、その味を一口味わい。

 まずは幸村がだ、こう言ったのだったのだった。

「ふむ、これはな」

「美味いですな」

「これは絶品です」

「いや、噂通り」

「むしろ噂以上ですな」

「これだけ美味い鰻は滅多にない」

 これが幸村の言葉だった、その鰻を実際に食べて。

「見事じゃ、飯もな」

「ですな、いい炊き具合です」

「蒲焼によく合っています」

「たれもよい」

「幾らでも食べられます」

「そうじゃな、吸いものもよい」

 肝のそれもというのだ。

「これだけ食えば精もつく」

「鰻は、ですな」

「精もつきます」

「ただ美味いだけでなく」

「そのことでもいいですな」

「全くじゃ、これを食して」

 そうしてというのだ。

「駿河まで行こうぞ」

「はい、それでは」

「この浜松で一泊してです」

「そして、ですな」

「駿河にですな」

「行こうぞ」

 今や家康の本拠になっているその国にというのだ。

「駿府にもな」

「前の駿府は小京都と言われ」

「随分栄えておったそうですな」

「義元殿の頃は」

「そうでしたな」

 家臣達もその駿府について話す。

「随分と賑やかで」

「よい町だったとか」

「今は都落ちされた公卿の方々は都にどんどん戻られていますが」

「それでも賑やかなままだとか」

「信玄公の政がよかったので」

「そうらしいのう、それに氏真殿も政はよかったという」

 義元の嫡子であり跡を継いだ今川氏真のことである。

「人はあの御仁のことをよく言わぬが」

「はい、今川を滅ぼした暗君」

「俗にそう言われていますな」

「しかし武田、徳川に攻められ九年もったのじゃ」

 幸村はこのことを指摘した、鰻の蒲焼を食いつつ。その脂の乗りのよさはこれまた絶妙なものであった。

「桶狭間で負けた後でもな」

「そして政はよかった」

「では、ですか」

「言われる様な暗君ではなかった」

「そうなのですか」

「拙者はそう思う、それに朝比奈殿の様な忠臣もおられた」

 最後まで氏真、そして今川家に忠義を尽くした彼がだ。

「それを見るとな」

「暗君ではありませぬか」

「決して」

「そうした方ですか」

「そう思う、それにじゃ」

 さらに話す幸村だった。

「俗に家康殿は駿府で人質として悪く扱われていたというが」

「そのこともですか」

「実は違うと」

「そう言われますか」

「家康殿は前は松平元康と名乗られていた」

 徳川家自体がそうだった、松平家と名乗っていた。

「その元という文字じゃ」

「義元殿の元ですな」

「それを授けられた」

「そこまで大事にされていましたか」

「うむ、太原雪斎殿にも色々と教えてもらっていた」

 義元の軍師であり政戦双方で彼を支えた高僧だ。この者が今川家の柱であったという者も多かった。義元の師でもあった。

「そのことを見るとな」

「そういえば国をなくした氏真殿を」

「家康殿は快く迎えられていますな」

「まるで旧友の様に」

「そうされましたな」

「若し幼い頃に何かあればじゃ」 

 氏真が家康をいじめていたりしていたならばだ。

「そうしたことはされぬな」

「はい、幾ら家康殿でも」

「器の大きさでも知られている方ですが」

「以前何かあれば」

「そうであられれば」

「だからじゃ」

 それで、というのだ。

「実は家康殿は今川家では重く扱われていたのじゃ」

「そうだったのですか」

「実は」

「決して冷遇されておらず」

「今川家では重く用いられていた」

「そうだったのですか」

「そして駿府にも悪い思い出はなかったと思う」

 人質として長く過ごしたその町でも、というのだ。

「何しろ嬉々として駿府に入られたそうじゃからな」

「幼い頃の楽しい思い出が、ですか」

「あの町にありますか」

「それで喜んで戻られ」

「拠点にされましたか」

「無論あの町が何かと治めるのによい町だからでもある」

 駿河、ひいては東海でもとりわけ賑やかな町だ。遠江、三河も含めた三国で最も栄えている町でしかもその三国の中心と言ってもいい。

「しかしな」

「そのことと共にですか」

「あの町がお好きだから」

「それで、ですか」

「家康殿も入られたのですか」

「そう思う」

 こう家臣達に話すのだった。

「駿府についても家康殿についてもな」

「ですか、では次は」

「その駿府にですな」

「向かわれますな」

「そうするとしよう、この鰻を食し一泊してからな」

 そうしてからというのだ、こう話してだった。

 幸村は家臣達と共に鰻を楽しんだ。そしてだった。

 その鰻を楽しんでからだった、一行は浜松でもそれぞれ別れ道で芸をして旅銭を稼いだ。幸村はここでも講釈をした。

 その一服で茶屋の外の席、細長い一つになった席に横に座って茶を飲んでいるとだ。その横に。

 彼と同じ位の背丈の浪人が来た、身なりは総髪で質素な身なりだが。

 雰囲気は尋常なものではない、だが幸村は雰囲気については何も言わずそのうえで茶を飲み続けていた。

 するとだ、浪人から彼に言って来た。

「若し」

「何でしょうか」

「旅の方とお見受けしますが」

「左様です」

 そうだとだ、幸村は浪人に答えた。

「拙者今は諸国を巡っております」

「やはりそうですか」

「それが何か」

「いえ、お身体から旅の匂いがしましたので」

「旅の匂い」

「左様です」

 それが匂っているというのだ、幸村には。

「それが匂っていますので」

「それでおわかりになられたのですか」

「そうでした」

「ですか」

「してこれから何処に行かれますか」

「東に」

 幸村は浪人にこう答えた。

「そうされます」

「では楽しまれて下さい」

「東の方も」

「あちらも何かとよい場所です。特に」

「特にとは」

「若し時に余裕があれば」

 その時はというのだ。

「相模に行かれてはどうでしょうか」

「相模ですか」

「箱根を越えて小田原まで」

「小田原の城をですか」

「見られるのもいいです」

「あの城はとてつもなく大きな城でしたな」

「町がそのままです」

 浪人は小田原城のことをだ、幸村に話した。

「堀と壁に囲われている」

「本朝にはなかった城ですな」

「明や南蛮は違うそうですが」

「書を読み話を聞く限りです」 

 幸村はその明や南蛮の城、見聞きしているそれについて浪人に答えた。彼の見聞は本朝だけのことに留まらないのだ。

「本朝の城の方が珍しい様ですな」

「日本は城の外に町があります」

「この浜松にしても」

「城の外に町があり戦になれば」

「そこにいる民達は逃げます」

 無論戦を避けてだ、近くの山等に逃げて後はそこから戦見物だ。

「そして町は焼かれることも多いです」

「それを建てなおすのも大名の務め」

「そうなっていますな」

「しかし明や南蛮の城は違いまして」

「城の中に町があり」

「堀と城壁で守っております」

「そしてそれは小田原も然り」

 幸村はその城のことにここで言及した。

「そうして民も守る巨大な城ですな」

「その小田原の城もです」

「よければですか」

「観に行かれてはどうでしょうか」

 こう幸村に勧めるのだった。

「暇があれば」

「そうですな、旅は順調です」

 信濃からはじまったそれがだ、上方を巡って遠江にも至っているがその歩みは相当に速いものであり日数は経っていない。

「ですから時間はです」

「おありですか」

「少ししたら国に戻るつもりでしたが」

 上田とは言わない、浪人の素性がわからないのでそうしたことは隠しているのだ。

「しかし」

「暇がおありだからですな」

「行くのもいいですな」

「小田原まで」

「はい、そして箱根も」 

 その地もというのだ。

「越えるのもいいですな」

「あそこは凄い場所です」

「東国と西国を分ける場所で」

「非常に険しい場所です」

「箱根八里は馬では越えられぬ」

 こうした言葉もだ、幸村は出した。

「そう聞いています」

「確かに越えるのは厄介ですが」

「そこを観ることは」

「かなり大きなことかと」

 その地に実際に行ってみてその地を知る、そのことがというのだ。

「ですから」

「そうですな、少し考えてみます」

「それでは」

「はい、そして」

「そして?」

「貴殿は見たところ浪人ですが」

「はい」

 その通りだとだ、浪人は幸村に答えた。

「今はそうです」

「左様ですか」

「とりあえずは徳川家に仕官をお願いしようと思っています」

「この遠江を治めている家にですか」

「そう考えています」

「徳川家康殿は智勇と仁愛を備えた方と聞いております」

 幸村は家康についてだ、浪人にもこう話した。

「ですから」

「お仕えしてもですな」

「よいかと」

「そうですな、では」

「仕官をお願いしてみますな」

「そうしてみます」

 浪人は幸村に確かな声で答えた。

「少し考えてから」

「それでは」

「さて、天下はこれからどうなるか」 

 幸村と仕官の話をしてからだった、浪人は一旦その目を遠くさせてだった。こうしたことを言ったのだった。

「前右府殿が倒れられ次は羽柴殿と言われていますが」

「拙者もそう思います」

「徳川殿はどうでしょうか」

 浪人は何気なく、少なくともそれを装って幸村に問うた。

「あの方は」

「資質はあるかと」

 これが幸村の返答だった。

「それも」

「ありますか」

「先程も申し上げましたが知勇兼備、仁愛も備えた方です」

「その資質はおありですか」

「戦だけでなく政も素晴らしいです」

「この浜松にしてもよく治まっていると」

「他の町や村も」

 これまで見たものもだ、幸村は語った。

「のどかでかつ平和に治められていて。上方程豊かではありませぬが」

「よく治まっているというのですな」

「はい、それを見ますと」

「徳川殿にも天下人の資質がある」

「そう思います、ただ天下の流れは羽柴家に傾いています」

 彼にというのだ。

「そのことはです」

「覆えりませんか」

「少なくとも秀吉殿がおられる間は」 

「ですか」

「しかしその後は」

 秀吉の後、その時はというのだ。

「わかりませぬ」

「そうなりますか」

「羽柴殿には多くの優れた家臣の方がおられ」

 そしてとだ、幸村はこうも言った。

「特に弟君の秀長殿がです」

「優れ者とのことですな」

「あの方が秀吉殿を支えておられるので」

「あの方がおられるなら」

「羽柴家は安泰です、秀長殿の支えを受けて」

 そして、というのだ。

「秀次殿が跡を継がれますが」

「若し秀長殿がおられぬなら」

「わかりませぬ」

 その時はというのだ。

「ですから後は」

「秀吉殿の後はわからぬものがある」

「どうにも」

「拙者はそう思います」

「左様ですか」

「天下はまずは羽柴殿のものになります」

 幸村は確かな目で浪人に答えた。

「しかしその後は」

「わかりませぬ」

 そうした状況だというのだ。

「そしてです」

「若しも、ですか」

「徳川殿にも機会があるかも知れませぬ」

 天下人になるそれがというのだ。

「これからは」

「左様ですか」

「そう思いまする」

「では貴殿はどうされますか」

 浪人は幸村に目を向けて問うてきた。

「どちらにつかれますか」

「羽柴か徳川か」

「はい、どちらの方に」

「それはわかりませぬ」

 幸村は浪人の問いに静かに答えた。

「拙者は二つ従いたいものがありまして」

「従いたいものとは」

「家、そして義です」

「義にもですか」

「はい、従いたいです」

 こう浪人に言うのだった。

「そう考えています」

「義ですか」

「この戦国の世にも義はありますな」

「はい」

 その通りだとだ、浪人も答えた。

「それがしもそう思いまする」

「戦国は裏切りが常、しかし」 

 それでもとだ、幸村は浪人に話した。

「不義の者はこの戦国の世においても」

「その果てはですか」

「必ず因果が巡っています」

「そしてよき結末を迎えていない」

「確かに。斎藤道三殿も松永久秀殿も」 

 俗に当世きっての悪人と言われていた者達だ、ここに備前の宇喜多直家も入れて三悪人と呼ばれている。

「その果てはよくありませんでした」

「ですから」

「天下も義があってこそ」

「そう思いまする、義がなければ天下は定まりません」

「だからこそ義をですか」

「大事にしたく従いたいと思っています」

「ですか、義ですか」

 その義についてだ、浪人は幸村に応えて言った。

「それがしも大事にしたいですな」

「貴殿もそう思われますか」

「はい、義のある方にお仕えして」

「そしてですな」

「意気に感じて行きたいです」

「魏徴ですか」

 意気に感じる、その言葉を聞いてだった。幸村はすぐにこの名を出した。

「唐の太宗に仕えた良臣ですな」

「でしたな、確か」

「義のある方にお仕えする」

「そこに意気を感じる」

「では貴殿は」

「そうした方にお仕えしたいとです」

 是非にとだ、浪人も言うのだった。

「思っています」

「左様ですか、では」

「はい、是非共」

 こう話してだ、そしてだった。

 浪人は幸村に今度はだ、こう言ったのだった。

「それがしも道を知りました、意気を求めまする」

「義にですか」

「生きまする」

「そうされますか」

「はい、貴殿と話をしてわかりました」

「それは何よりです」

「またお会いしたいですな」

 目の光はあえてだ、抑えてだった。浪人は幸村に言った。

「機会があれば」

「そうですな、ただ」

「ただ?」

「これはこう思うだけですが」

 言葉で首を少し傾げさせてだった、幸村は浪人にこう返した。

「拙者貴殿とまた、しかも何度かお会いする様な気がします」

「そうなのですか」

「縁があり」

「ふむ。では」

「またお会いしましょう」

「さすればその時は酒でも酌み交わしましょう」

「ですな、その時は」

 笑ってだ、幸村は浪人に笑って言った。そしててだった。

 二人はそれぞれ茶を飲んでから別れた、幸村は家臣達のところに戻りそこで小田原にまで行くことを話して彼等からそれならと言われた。

 その幸村と会った浪人は彼と別れてからだ、一人浜松の町を歩いていたが。

 その彼の周りにだ、一人また一人とだった。

 町人や浪人達が来てだ、彼に問うて来た。

「如何でした、真田幸村殿は」

「あの方は」

「一体どの様な方でしたか」

「思っていた以上じゃった」

 浪人はその目を鋭くさせて彼等に答えた。

「相当な御仁じゃ」

「ですか、では」

「やはりいずれは」

「徳川家にですか」

「ついてくれればこれ以上はない力になるが」 

 それでもとだ、浪人は言う。

「敵となってもじゃ」

「これ以上はないまで」

「そうした方ですか」

「優れた敵は厄介じゃ」

 この事実もだ、浪人は言った。

「だから拙者は思う」

「あの御仁はですか」

「徳川家につけるべき」

「是非共ですな」

「真田家ごと入れてもじゃ」

 そうしてでもというのだ。

「あの御仁は敵にしてはならん」

「では家康様にですか」

「そうお話しますか」

「是非共ですな」

「真田は味方につけるべき」

「特に幸村殿は」

「そう思う、考えてもみよ」

 浪人は周りにこうも言った。

「あの御仁が上田からここに来るまであまり日が経っておらぬ」

「その間にあれだけの者達を家臣にし」

「しかも絶対の忠義を得ていますな」

「人は人を知る」

 その器に相応しい者をというのだ。

「天下の豪傑を十人も集められておる」

「我が十二神将に比肩するまでの」

「天下の豪傑をですな」

「集めた」

「僅かな時に」

「それだけでも凄い、しかも学もありじゃ」

 その意気に感じるという言葉をすぐに誰のものか言ったことだ。

「身のこなしを見るとな」

「武芸もですか」

「相当なものですか」

「剣に槍、それに忍術もじゃ」

 この技もというのだ。

「天下一品じゃ」

「そこまでですか」

「そこまでの御仁でしたか」

「軍略も相当なものであろうしな」

 浪人は幸村のそのことも指摘した。

「だからな」

「敵に回すと、ですか」

「その時はですか」

「徳川家にとって最悪の敵になる」

「それが間違いありませぬか」

「忍術はわしに匹敵するやもな」

 浪人は特にだった、幸村のそのことについて言った。

「それが特に気になった」

「何と、半蔵様にですか」

「匹敵するまでの忍術が備わっていますか」

「武士であるというのに」

「上田は険しい信濃にある」

 山の多いその国に、というのだ。

「そこで生まれ育ったからな」

「だからですか」

「あの御仁は忍術もですか」

「見事なものであり」

「それで、ですか」

「半蔵様にも匹敵する」

「わしにはわかる、あの御仁は天下でも指折りの忍の者でもある」

 こう言うのだった。

「獅子の様な方じゃ」

「真田家は赤ですな」

 周りの者の一人が言った。

「武田家の色をそのまま受け継いていて」

「そうじゃな、赤い獅子か」

「そうなりますか」

「まだ若いが獅子は獅子じゃ」

「それが真田幸村殿ですか」

「だからじゃ、家康様には申し上げる」

 家康のこともだ、彼は言ったのだった。

「何としてもじゃ」

「真田家と戦うべきではないと」

「その様にな、それとじゃが」

 ふとだ、浪人はここで周りの者達にこれまでとは違う表情を見せた。そのうえで彼等に対してこう言ったのだった。

「あの御仁に相模のことを話したが」

「小田原にですな」

「行かれる様に」

「そして箱根にも」

「そう仰言いましたか」

「そうであったが東国には一人高僧がおられる」

 浪人の今度の話はこうしたものだった。

「天海という方がな」

「南光坊天海殿ですか」

「お話は少し聞いたことがあります」

「五十近くで相当な学識があり」

「法力もあるとか」

「うむ、生まれは確か陸奥で蘆名家の方だったか」

 浪人の言葉はこれまでとは違い今一つ歯切れのよくないものになっていた。

「その辺りははっきりせぬが」

「その学識と法力はですな」

「相当なもので」

「しかもその御心はですな」

「慈悲深く優しい方と聞いておる」

 天海はそうした者だというのだ。

「決して悪しき方ではない」

「そうなのですな」

「天海殿は」

「近頃都の南禅寺にじゃ」

 浪人は今度はその顔を曇らせた、整っているその顔をそうさせて言ったのである。

「学識はおありじゃがな」

「はい、その心根は非常に剣呑で」

「陰謀を好むと聞いております」

「以心崇伝殿ですな」

「あの方ですな」

「あの御仁とは違う様じゃな」 

 それが天海だというのだ。

「曲学阿世でもないという」

「そうですな、近頃徳川家でも」

「おおっぴらには言えませぬが」

「あの親子じゃな」

 あえてだった、浪人は名を出さなかった。こう言っただけだった。

「お二人共、特にご子息殿はな」

「非常にです」

「陰湿で剣呑な方です」

「崇伝殿と同じく」

「奸があります」

「徳川家に謀反は企てぬが」

 それでもというのだ。

「あの御仁はな」

「決して、ですな」

「家康様のお傍におらぬ方がいい」

「そうですな」

「わしはそう思う、謀も必要じゃ」

 戦国の世だ、そうしたものも使わねば生きていくことは出来ない。それは徳川家にしても同じなのだ。

 だがそれでもとだ、浪人は言うのだ。

「しかしな」

「それでもですな」

「崇伝殿やあのお二人の様な謀は」

「それにしても汚い」

「棟梁はそう仰るのですな」

「そうじゃ、我等忍は影」

 この世の、とだ。浪人は言った。

「しかしじゃ」

「その影の者達でも」

「矜持があります」

「誇りが」

「しかしあの方々にはそれがない」

 矜持や誇り、そういったものがというのだ。

「どの様なことでもされる」

「謀においても」

「そしてそれが、ですな」

「よくはない」

「そういうことですな」

「そう思う、崇伝殿はどうも近頃徳川家に文を送っておられる様じゃが」

 このことにもだ、浪人は顔を曇らせて言う。

「まさかと思うがな」

「徳川家に仕えたい」

「そうなのでしょうか」

「あのお二人だけで沢山じゃ」

 謀、それも汚いものを好む者達はというのだ。

「徳川家でそうした方は」

「徳川家は義の家」

「律儀を旨としております」

「そこに義の欠片もない方がこれ以上おられては」

「なりませぬな」

「わしはこれまで多くの人を見てきた」

 ここでこうも言った浪人だった。

「その中でもあのお二人と崇伝殿はじゃ」

「とりわけ、ですな」

「義のない方」

「左様ですな」

「だからじゃ、崇伝殿には来て欲しくない」

 徳川家にというのだ。

「本当にそう思うわ、しかしそれはじゃ」

「家康様がお決めになることですな」

「そうじゃ」

 こう周りに答えた。

「結局はな」

「あのお二人にしても家中では評判が悪いですが」

「それもすこぶる」

「特に本多様がです」

 四天王の中でも武勇を知られた彼は、というのだ。

「ご一族でありながら」

「もう毛虫の様に嫌っておられます」

「それでも家康様はお二人の話を聞かれます」

「何かをされる時は」

「謀が必要なのも確かじゃしな」

 浪人はこのことはわかっていた、それで影の中にいる目で遠くを見つつそのうえで周りの者達に言うのだった。

「だからな」

「それで、ですな」

「家康様もおふたりの話を聞かれる」

「そういうことですな」

「そうじゃ、確かにわしもお二人、崇伝殿は好かぬが」

 それでもというのだ。

「必要な方々であるのも確か」

「では崇伝殿も」

「当家に入られるかもですか」

「徳川家に」

「そうやもな」

 こうしたことを話してだった、そのうえで。

 浪人は幸村達が去った浜松からだ、自分達もだった。

「でjは駿府に戻ろう」

「はい、我等の道を使い」

「そうしましょうぞ」

 周りも応えてだった、そのうえで。

 一行は影の中に消えた、そして後には何も残っていなかった。



巻ノ二十一   完



                        2015・8・25


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