若き獅子
サハラは多くの勢力に別れている。オムダーマンのある西方は大小七つの勢力に分かれており南方はそれ以上の多くの小勢力がある。東方にはサハラ最大の勢力であるハサン王国とその属国達がある。そして北にも別の勢力が存在している。
サハラ北方にはエウロパが植民地を形成していた。人口増加に悩む彼等はこの地が多くの小勢力に分裂しているのに乗じ侵攻しその地を奪ったのだ。それはこの地のおよそ七割に達していた。そしてそれは日増しに伸張していった。北方の国々はその勢力拡大に怯える日々であった。
無論これはこの地に住んでいた者にとっては迷惑以外の何者でもない。彼等は住むところを追い出され東方に流れるか遠い連合に逃れるかしていった。中にはエウロパの者に仕える者もいたがその様な者はサハラの恥とされた。
「だがこれも我々が生きる為に仕方のないことだ」
赤と黒、そして金の豪奢なエウロパの将校の軍服に身を包んだ長身の青年が白亜の宮殿の中を進みながら行った。
「そうでなければ我等はこれ以上の人口を養えぬ」
彼はその豊かな金髪をたなびかせながら言った。
立派な体格をしている。引き締まっているが筋肉質ではない。瞳は青く湖の様である。その顔はまるで古代ギリシアの彫刻の様に整っている。彫りは深く鼻は高い。そして青い目は大きく唇は地球産の薔薇の様に紅い。
彼の名をヴォルフガング=フォン=モンサルヴァートという。かってドイツで有力な貴族であった名家の嫡男として生まれた。
幼い頃より活発で頭の良い子供として知られ長じて士官学校に進んだ。そして卒業後このサハラに赴任となり今まで大小無数の戦いを経てきた。そして若くして大将に任命されている。性格は勇猛で名誉を重んじる。そして苛烈にして清廉な人柄の持ち主と言われている。この地のエウロパ軍の柱とさえ称えられる若き名将である。この時二五歳、その武勲は歳に反比例してあまりにも高いものであった。
この白亜の宮殿は彼の屋敷である。元々裕福な家で生まれ育った彼であるがこの宮殿は特に気に入っていた。
かってはこの地を治めていた王の宮殿であったという。だが彼の国はエウロパに滅ぼされ王は東方に逃れていった。言うならば彼は奪い取った家に住んでいるのだ。
「サハラの文化は私には合わないと思っていたが」
彼は側に従う美しい侍女に対して言った。
「この宮殿は別だな。実に素晴らしい」
見れば内装は全てかって欧州でその絢爛さを称えられたロココ様式である。煌びやかでありかつ装飾は様々な形であった。
「こうした宮殿に住むのは征服者の特権だと連合の者達は言うが」
彼は連合政府に対して激しい敵意を持っていた。
「あれだけ豊かな領土と無限の資源があれば何とでも言える。我々にはそれがないのだ」
彼は連合は自分達が豊かであるからそう言えるのだと考えていた。そしてそれはある意味において真実であった。
「我々には限られた土地と資源しかない。そんな状況ではこうするしかないのだ」
エウロペは半ば追い出されるような形で今の星系にやって来た。この地は比較的豊かであり彼等は最初はこの地に進出出来たことを多いに喜んだ。
だがそれは暫くの間だけであった。彼等がいる場所は北と西は何千、何万光年もの間何もない場所であった。恒星も何も無い。ただただ拡がる暗黒の空間があるだけであった。
そして東は広く高く厚いアステロイド帯に阻まれている。ここは磁気も激しく彗星までが乱れ飛んでいる。変光星や超惑星、赤色巨星、ブラックホール等がひしめいていた。しかも全域に渡って重力も異様なものであった。それは事実上連合とエウロパを阻む壁であった。これは連合とマウリア、サハラとの境にもあったがエウロパの側にあるこれは一際長く高く厚いものであった。
唯一の回廊には相互に要塞群を置いている。互いの侵攻を阻む為だ。そこからは誰も行き来することなど出来はしなかった。
そうした閉塞した状況に彼等はあった。そんな彼等が多くの勢力が林立している南方のサハラに進出するのは当然の成り行きであった。
「スペースコロニーなどたかが知れているしな」
エウロパにはスペースコロニーも多い。だがこれはかかる費用や資源の割には収容出来る人員が少なく甚だ不経済な代物であった。
コロニーは巨大なものは作れない。技術的には可能でも資源がそれを許さなかった。コロニーを建造するよりも惑星を開発し居住可能にする方が余程効率が良かった。
しかしエウロパにはそれが可能な惑星は残されてはいなかった。元々狭く惑星も一つ一つは豊かだが数は少ない。そして資源についてもそれは同じであった。
連合の様に何処までも続く開拓地など無い。彼等はその狭い領土で人口を何とか抑制してその勢力を保っていた。
「連合の人口が三兆を越えているというのにな。我々は長い間一千億で抑制せざるを得なくなっている」
それはエウロパにとって致命的な弱点となっていた。彼等は経済力、技術力において連合と比肩していたが人口において大きく水を開けられその国力差は覆せないものとなっていたのだ。
だが連合がまとまりに欠くうちはそれでも気にならなかった。しかしここ二百年の流れは連合の中央集権に傾いていた。
「だが今までは特に気にする段階ではなかったのだ」
しかしこの前遂に中央軍が設立された。各国の軍を連合中央政府の下に統合して置いた連合の統一軍である。
「奴等が中にいるうちはまだいい。しかしそれが外に向かったならば・・・・・・」
真っ先に狙われるのは小勢力に分裂しているサハラとエウロパであろう。とりわけこのエウロパには致命的な弱点が存在していた。
この領土は狭いだけではなかったのである。地形は単調でこれといった障壁は存在しない。ブラウベルク回廊を越えたならば護りはニーベルング要塞群だけしかないのである。
「若し連合がその全戦力を使ってニーベルング要塞群攻略に向かったならば・・・・・・」
エウロパは忽ちのうちに蹂躙されるであろう。それは容易に想像がついた。
「最早一刻の猶予もないらん。今整えなければ大変なことになる」
彼は心の中でそう呟きながら自身の執務室に入った。
執務室はかってこの宮殿の主であった王が執務室にしていた。従ってその内装は見事なものであった。
大理石を基調とし白銀やダイアで装飾されている。机はこの地では貴重なものとされるサハラ東方産の黒檀から作られている。ペン等机の上に置かれているものも見事な装飾が施されている。
「だが今私がこの場でどうこう言ってもはじまらないな」
彼は机に座りそう思った。
「それに今はこのサハラ北方への殖民を進めていくことも重要だしな。連合が動くにしてもまだ時間がある」
その通りだった。連合にとって最大の関心は開拓とその地の治安である。それがある程度まで進むまでは動くことはないと彼は見ていた。この予想は的中する。だが彼の予想を越えた部分もあった。そのことを彼は後に驚愕と共に知ることになる。
机の上の電話が鳴った。彼はそれを手に取った。
「はい」
電話の主は彼の直属の上司であるサハラ総督マールボロ元帥からであった。頭がすっかり禿げ上がった皺の多い人物である。
「これは閣下、お早うございます」
「うむ、お早う」
マールボロは挨拶を返した。
「どうやら気分は良いようだね」
「少し悩んでおりますが」
彼は冗談交じりに言った。
「どうした、また若い女の子に振られたのかね」
マールボロも冗談で返した。モンサルヴァートは別に女好きというわけではない。だがその整った美貌の為女の子からは人気が高い。流石に俳優やアイドル程ではないが。
「ええ。とびきりの美人に。おかげでこの宮殿で今まで沈み込んでおりました」
これはこの地のエウロパ出身の女の子の間の格好良い男性ランキングで惜しくも二位になったことを言っているのである。
一位は今大人気のアイドルだ。
「ははは、まあ彼には勝てはしないだろうな」
マールボロはそれを聞いて笑って言った。彼は中々の芸能好きで知られている。
「確かに男前ですからね。それでも男色家という噂がありますが」
この時代では同性愛はどの地域でも特に珍しいものではなくなっていた。同性の間でも結婚も認められていた。だがやはり
異性同士のカップルが圧倒的に多いのは言うまでもない。
「それは彼の事務所の社長の趣味だろう。わしも彼とは会ったがごく普通の好青年だぞ」
「そうなのですか」
「ただ髭が濃いな。あれでは全身毛だらけだろう」
一部の若い女の子が聞いたら幻滅しそうな言葉である。だが今この場には彼のファンはいなかった。
「まあその話はこれ位にして」
マールボロは話を変えてきた。
「君に頼みたい仕事があるのだが」
「何でしょうか?」
モンサルヴァートは表情を変えた。
「アガデス連邦についてどう思うかね」
アガデス連邦とはサハラ北方にある国の一つである。エウロパの進出に反対する強硬派である。
「アガデスですか」
モンサルヴァートの蒼い目が光った。
「今彼等は大統領派と首相派に分裂しております。好機かと思います」
彼はそう言った。
「そうだな。ではそこにつけ入るか」
「そうすべきかと」
「よし、では早速手を打とう」
それから暫く後でアガデスにおいて内乱が勃発した。首相派が突如としてクーデターを起こし大統領と彼を支持する者達との間で武力衝突を起こしたのである。
彼等は確かに仲違いしていた。しかし武力衝突する程のものではなかったのにである。
ことの発端は些細なことであった。首相と仲の良い軍の高官の一人を何者かが銃撃したのだ。
銃弾は逸れた。だがそこに残っていたのは大統領直属である特殊部隊の使用する特殊な拳銃から放たれるビームの後であったのだ。
これに首相と彼の近辺は激昂した。このままでは自分達の命も危ないと危惧もした。そして彼等はすぐに行動に移したのである。
内乱はアガデス各地で起こった。とりわけ首都での騒乱は凄まじいものであった。アガデスは大混乱に陥った。
ここでエウロパが動いた。彼等はアガデスにいるエウロパ市民の保護を口実に軍を派遣してきた。そしてそれに抗議するアガデス大統領に対し一方的に宣戦を布告した。そしてモンサルヴァート率いる艦隊がアガデス領内に入って来た。
これに驚いたのは大統領である。首相とも争っているのにもう一つ敵が増えたのだから。
彼は首相と手打ちをしようとした。だがそれより前に首相は急死した。夜青い色をしたコーヒーを飲んだら急に胸を押さえて倒れたのである。
首相派はリーダーを失い瓦解寸前になった。エウロパは彼等を瞬く間に掃討し武装を解除させた。これで残るは大統領だけとなった。
大統領は首都にて徹底抗戦を叫んだ。そして首都のすぐ側にまで進撃していたモンサルヴァートの艦隊に対して決戦を挑んできた。
「ほう、来たな」
モンサルヴァートは旗艦リェンツイの艦橋でアガデス軍を見て言った。
「正面から決戦を挑むつもりか」
両軍の兵力はほぼ互角であった。双方共正面から楔形の陣を組んでいる。
「面白い。ならばこのモンサルヴァートの戦いをよく見せてやろう」
彼は自信に満ちた笑みを浮かべそう言った。
エウロパ軍はそのまま突っ込んで来た。
「来たぞ、全軍一斉射撃!」
アガデス軍の司令官は全軍に指示を下した。艦隊はそれに従い主砲から一斉にビームを放った。
だがそれは効かなかった。エウロパ軍は正面にとりわけ防御力に優れる戦艦部隊を置いていたのだ。そして彼等はそのエネルギーを正面のバリアーに集中させていた。
それでも普段ならば幾らかは効いていたであろう。しかし今のアガデス軍は内乱で疲れきっていた。どの艦も大なり小なり
損傷しておりエネルギーも減っていたそれがこの攻撃に出たのである。
「やはりな。彼等は普段の戦力を発揮出来てはいない」
モンサルヴァートはそれを見て言った。
「今彼等は動揺している。すぐに決着をつけよ!」
モンサルヴァートの左腕が振り下ろされた。それに従い全軍突撃した。
戦いはこれで決まった。アガデス軍は瞬く間に蹴散らされた。そしてエウロパ軍は首都に再び進撃を開始した。
「そうか、敗れたか」
大統領は敗戦の報告を聞くと肩を落としてそう呟いた。そして全軍に対し停戦及び武装解除を指示した。
翌日エウロパ軍から降伏勧告があった。彼はそれを受け入れた。
彼はその後で執務室に一人になった。そして机の奥にあった拳銃を取り出した。
こうしてアガデスはエウロパの領土となった。アガデスの民衆は国を失いその殆どはサハラ東方や連合に流れていった。
「これでまた我等の地が増えたな」
モンサルヴァートは国を去る民衆の船を見ながら言った。彼等の周りをエウロパの艦隊が監視している。大人しく出て行かせる為である。
「はい。しかしあまり気分のいいものではありませんな」
傍らにいる幕僚の一人が晴れない顔で言った。サハラ進出と地域民追い出しはエウロパ内においても批判が多い。実際に選挙の時は世論を真っ二つに分け僅差で可決されている。今だに反対派が多く殖民よりも何万光年先の星系に移住した方がいいという意見が多い。
「だがこうするしかあるまい。あの何万光年もの先に強大な異星人がいた場合取り返しのつかないことになる」
エウロパの人々はその何万光年にも及ぶ空白の宙域を『暗黒宙域』と呼ぶ。果てしなく何一つない空間が広がっているだけだからである。
「それに我々は彼等の命まで奪おうというわけではない。こうして艦艇まで与えて他の地域への移動をさせているではないか」
一部にはそれでも残ろうという者もいるが実際に残るのはごく一部である。エウロパの者に仕えるようなことを好まない為である。
「ですがこれによりサハラ、そして連合において我等に対する批判が高まっております。これは憂慮すべきことかと」
「それはわかっている。だがサハラは小勢力に分裂している。反感は気になるが我等が生きる為には無視しなくてはなるまい。しかしな」
モンサルヴァートはここで顔を顰めた。
「連合の者達に言われたくはないな」
その言葉には怒気を含ませていた。
「連中は数をたてに何かと宇宙開発で有利なように話を進めてきた。そして幾度となく我等の発展を妨害してきた。そして今の領土に追いやってくれた。もとはといえば奴等のせいではないか」
シンガポール条約以降エウロパは何かと連合に遅れをとっていた。彼はこのことに対し強い不満を覚えていたのである。
「しかもあの者達には無限ともいえる開拓地と資源がある。持てる者に持たざる者の気持ちがわかってたまるか。その証拠にあの者達の人口を見よ」
エウロパの人口は一千億である。それに対し連合の人口は三兆、約三十倍の差がある。
サハラやマウリアの人口は二千億程度である。やはり連合の人口が圧倒的に多い。これには多くの原因がある。
まずエウロパは移住した時より避妊具等を使い人口を抑制していた。これは将来のことを考えてのことだが先見の明があったと言えよう。実際に今彼等は人口問題に悩まされている。これは流石に辛かった。これにより今のサハラ殖民が行なわれるに至ったのである。
サハラは土地はエウロパよりずっと広く南方や西方に開拓可能と思われる星系が多数存在するが戦乱に明け暮れ開拓は全く行なわれてはいない。特に南方は複雑な地形で知られるサハラにおいてもあまりにも複雑な地形の為人口も少なく惑星ごとの国家や海賊、軍閥等が乱立しているような状況である。彼等は特に人口を抑制したりはしないが戦乱の為人口はそれ程増えなかったのである。
マウリアは領土が広く地形もそれ程複雑ではなかったが彼等は決して焦りはしなかった。独自の文明を持つ彼等は泰然自若とした行動を好みゆっくりと開発を進めていった。人口は積極的に増加させるような政策は採らず増えるに従い他の惑星に進出するといった方法を採った。彼等は別に平和主義でもなかったが連合やサハラとはアステロイド帯等で安定した国境があり外敵に悩まされることもなかった。その為穏やかな進出が可能となったのである。
さて連合であるが彼等は元々の人口が多かった。当初の構成国である環太平洋諸国だけで全人口の約半分に達していたがそこにブラックアフリカの国々や中南米、トルコ、イスラエル等が入ったのである。これにより彼等全人口の大半を抱え込むこととなった。
そして彼等が得た領土は広かった。なおかつ何処までも広がっていた。彼等は東に、北に、そして南に、次々と進出していった。
そして多産を奨励した。これは開拓をより的確かつ迅速に進め国力を高める為であった。ただでさえ人口が多い彼等はこれにより爆発的に増加した。そして彼等は今の人口に至ったのである。
人口増加政策は連合に合っていた。こうして彼等は人類の全人口の約七分の六、国力にして九割近くを占めるようになった
のである。個々の星や人々の豊かさにおいてはエウロパの方が上であったが彼等には数があった。今までまとまりに欠いていたおかげで他の三国の脅威とはならなかったのである。
「だがそれも変わってきているからな」
あまりにもまとまりに欠ける為治安上の問題が深刻であったのだ。そして跳梁跋扈する宇宙海賊を取り締まる為に中央警察を設置し中央政府の権限を強化した。そして今度は。
「中央軍が出来たとなると情勢は一変しかねないな」
モンサルヴァートは危惧する顔をした。
「果たして上手くまとまるでしょうかね。あの連中が」
「指導者次第だな」
彼は幕僚に対して言った。
「今の大統領キロモトは中々能力のある人物のようだ。それに国防省となった八条という男だが」
「日本の政治家だったのでしたな。何でも大学を出て軍に入ったとか」
「そうだ。あの男の行動により今後連合は大きく変わる可能性がある」
「今まで変わらなかった連中がですか?」
別の幕僚が言った。
「そうだな。変わる時はあっという間に変わるものだ。連合がその時に来ているとしたら」
モンサルヴァートは言葉を続けた。
「この宇宙に及ぼす影響は計り知れないものになるだろうな」
最後の船が出発した。モンサルヴァート達はそれを黙して見ていた。
エウロパによるアガデス侵攻は幕を降ろした。エウロパはアガデス政府の降伏と領土の併合を宣言しアガデス市民のほぼ全てを国外退去させた。そしてこの地にエウロパ市民を移住させる計画を発表した。
これに対し連合中央政府及び構成国全ては強く抗議した。そしてアガデス市民の受け入れを発表した。彼等の多くはサハラ各地に亡命するか連合の開拓地に入っていった。
サハラ各国もマウリアも抗議した。とりわけサハラでは反エウロパの運動がさらに激化していくことになった。なおアガデス攻略の司令官であったモンサルヴァートはこの功績により上級大将となった。
「おめでとう、これで君もその背にそのマントを背負うことになったな」
マールボロは司令室においてモンサルヴァートに対して笑顔で言った。エウロパでは少将以上は軍服の両肩にケープを着ける。大将になると黒いマントを着用するのだ。上級大将になると白いマントだ。今彼はそれを身に着けたのである。
「はい、有り難うございます」
モンサルヴァートは微笑んで答えた。
「二十五歳で上級大将とはな。これはエウロパ軍設立以来のことだぞ」
マールボロは上機嫌なままである。彼の昇格が余程嬉しいらしい。
「そして君は新たな役職に任命されたぞ」
「それは何でしょうか」
彼は問うた。
「エウロパサハラ方面軍の艦隊司令だ。どうだ、やりがいのある仕事だろう」
「はい」
この地には今だ多くの反エウロパの旗を掲げるサハラの国やレジスタンスが存在していた。そしてこの地には総督が置かれていた。彼の下に軍があり宇宙艦隊は彼等に対するエウロパの主力ともいえる存在である。
その司令官ともなれば与えられる兵力及び権限は絶大なものである。事実上ここにいるエウロパの軍の司令官とも言える存在であった。
「卿にはやってもらうことが山程ある。期待しているぞ」
「お任せ下さい」
モンサルヴァートは自信に満ちた声でそう言うと敬礼した。そして彼は颯爽とその場を立ち去った。
「将来が楽しみだな」
マールボロはそんな彼の後ろ姿を見送ってそう呟いた。
この時連合では一つの大きな騒動が起こっていた。
アメリカと中国、そしてロシアで行なわれる総選挙である。三国共同時期に、しかも大統領を選ぶ選挙まで行なわれていた
のである。
選挙の争点は連合軍への参加であった。日本がまず参加を表明すると日本に賛同する多くの国がそれに従った。そしてオーストラリアやブラジル、そしてトルコといった他の影響力のある国々も次々に参加を表明した。それから暫く経った今連合軍に参加を表明していないのはこの三国と彼等に近い国々だけであった。
三国共保守派は参加に反対の意向を示していた。連合の独自性に反するというのである。もっとも自分達の勢力を維持したいという考えもそこにはある。それに対し改革派は賛成であった。勢力の維持など最早関係なくこれは時代の流れであると彼等は主張する。そして連合の大義に従うべきだと。
三国の世論は真っ二つに分かれていた。テレビでも雑誌でもネットでも議論は紛糾していた。中には暴動まで起こっている
ところもあった。
「果たしてどうなりますかね」
連合の首相を務めるラフディ=アッチャラーンがキロモトに対し問うた。彼はタイ出身で若くして政治家となりそれから今に至る人物である。やや小柄な痩せた身体つきの人物であり実務派として知られている。
「そうだな。おそらく賛成派が勝つだろう」
キロモトはそのざっくばらんな笑顔を見せて言った。
「世論は何だかんだ言っても賛成派が多数を占めるしな。反対派で目立つのは一部の声が大きい者達だけだ。こうした時少数派はどうしても声が大きくなり目立ってしまうものなのだ」
これは彼等が追い詰められているからであろうか。民主主義においてはよく見られることである。
「それに時代がそちらに向かっている。賛成派が言うようにな。これは人間には如何ともし難いものだ」
彼は時代の流れも読んでいた。
「では閣下は今回の議論について何も心配はされていないのですね」
「うむ。今は吉報を待っているだけだ」
彼は笑顔で言った。
「それでは食事にしないか」
丁度お昼時であった。
「今日は地球産の鶏を焼いてスパイスで味付けしたものだ。マウリア風らしいぞ」
「ほう、マウリア風ですか」
マウリアの料理はスパイスをふんだんに使ったものが多い。そして独特のカレールーは人気が高い。
「それでしたらご一緒させてもらいますか。私は自国のものとマウリアの料理が大好きでして」
彼はとりわけ細長くサラサラした米が好きである。
「うん、では食堂に行こう」
二人は食事を採った。そして午後も選挙に対する分析を行なった。
そして選挙投票日となった。投票日まで激しい議論が交わされテレビやネットはこのことで話題がもちきりであった。
投票結果が発表された。三国共僅差であったが賛成派が勝利した。
「これで決まりだな」
キロモトはテレビでそれを見て満面の笑みを浮かべた。
新たに発足した三国の政権はどれも中央軍への参加を公式に宣言した。そして残る国々もそれに続いた。こうして連合の各国の軍隊は全て中央軍に編入されることとなった。
「これで全ての国の軍が中央政府の中に組み入れられたわね」
伊藤はシンガポールにある少し洒落た日本食のレストランで食事を採りながら向かいに座る八条に対して言った。
内装は日本風である。二十世紀頃の日本の料亭をイメージしたらしい。木の椅子やテーブルは白っぽく料理は箸を使って食べる。連合の食事はフォークとナイフ、スプーン、そして箸を同時に使うことが多いが日本食は箸のみで食べるので非常にユニークな料理として知られている。
「はい。ようやく全員揃ったというところでしょうか」
八条は地球の大西洋で採れた海老の天麩羅を天つゆに入れてそれを口に入れた。口の中に衣のカラッとした歯ざわりが満ち海老の弾力が歯に伝わる。
「そう、色々なメンバーがいるけれどね」
伊藤はカルフォルニア産の鮭の刺身にワサビ醤油を漬けた。そしてそれを食べる。鮭のあの脂っこくそれでいてトロリとした味が口の中を支配する。
「これは大変なことよね。人類の歴史史上最大規模の軍隊が突然現われたのですもの。そしてその構成員はどれもこれも一癖も二癖もあるのばかり」
「はい」
しかも装備も編成もバラバラであった。
「それを纏め上げて再編成するのは大変よ。これは骨が折れる仕事になるわよ」
伊藤は八条を悪戯っぽい眼差しで見た。
「けれどだからこそやりがいがあるって思っているでしょ」
彼女はそこで微笑んでみせた。知的でその中に優しさを含んだ笑みである。
「はい。今何から何まで私のところに仕事が来て目が回りそうですけれどね」
それは嘘ではなかった。親切された国防省は今不眠不休で働いている状況である。
「教育システムや後方任務、部隊編成、通信設備、そして装備・・・・・・。何から何まで違いますからね。それを一つに統一
するのだけでも大変ですよ」
「これどこれが達成されたら連合にとって大きな力になるわね」
「はい。今までのまとまりの悪い国家連合ではなく中央の程良い統制の下まとまったものになるでしょう。中央軍はその柱となります」
「そうね。やっぱり統一された軍というものの存在は大きいわ」
これは何時の時代も変わらない。それが無かった今までの連合は中央政府の権限はあまりに弱く各国の利害調整により運営されていたのだ。
「けれどもうそんなのは止めたほうがいいわね」
「そうですね。エウロパみたいにとはいかなくとももう少しまとまりのあるものにならなければ」
エウロパは中央、それも元首である総統の権限が強い。各国の政府は国王や大統領等象徴的な元首が存在する程度である。法はエウロパ中央政府の法しかなく議会も中央議会の権限が圧倒的に強い。
「じゃあ期待しているわよ。私の愛すべき弟がどうやって軍を作り上げていくか」
彼女はよく彼を自分の弟子とか弟とか冗談で言う。実際に彼は大学時代彼女の講義を受けたこともある。彼女にしても彼は
本当の意味での愛弟子であった。
食事は終わった。そして伊藤は連合の財務相との会談に向かった。八条は仕事だ。
「さて、と。やることはこれからもどんどん増えていくぞ」
彼は執務室に戻ると苦笑しながら席に着いた。
「長官、お電話です」
早速電話が鳴った。インドネシア政府の高官からだ。
「はい、それは以前お話した通りです」
彼の仕事は続く。連合軍は今その産声をあげたばかりである。彼はその父となるのであった。
「そうか、連合も遂に統一された軍隊を持つに至ったか」
マウリアの首都ブラフマー。ヒンドゥー神話の創造神の名を冠するこの星はマウリアの心臓とも言える存在である。
この国は中央政府の権限はそれ程強くはない。といっても連合のような国家連合ではないから連合程いちいちもめたりはしない。彼等は地方にその権限の多くを委譲させていおるのである。
その中央政府大統領官邸で一人の壮年の男性が部下からの報告を受けていた。マウリア主席マガバーン=クリシュナータである。
インド風の白い服とズボンを着ている。頭にはターバンが巻かれている。これは古より変わらないインドの服装である。
マウリアで最大の人口を擁する北方のヴィシュヌ星系の家に生まれた。この時代カースト制度はなくなっていたが生まれはそれほど悪くはなかった。順調に大学に進み普通の企業に入った。そして独立したところで頭角をあらわしたのである。
彼の経営センスは傑出していた。忽ち巨万の富を築き大富豪となった。そして政治家に転身しそこでも秀でた才を発揮した。そして遂に国家主席に選ばれたのだ。浅黒い肌に彫りの深い顔立ち、黒い肌に瞳を持つ痩身の男性である。背はマウリアの男性では普通位である。
「はい。その数九十億、艦艇にして三千万に達するこれまでにない規模の軍です」
部下である若い男は姿勢を正し報告した。
「ふむ。それはまた凄い数だな」
クリシュナータはそれを聞いて言った。
彼は今主席の官邸にいる。見ればこの官邸もインドのものである。彼等は昔ながらの文化を固辞しているところがある。この官邸にも多くのそういった装飾品が置かれている。寺院に行けば多くの神々の色彩豊かな像がある。
「それ程までの規模の軍なぞ今まで見たとこも聞いたこともない」
彼は他人事のように言った。
「閣下、お言葉ですが」
部下はそんな彼の様子を見て心配そうな顔になった。
「あまり他人事ではありませんぞ」
それだけの軍が誕生したとなるとその影響力は連合内にだけ留まるものではない。この人類社会全体に及ぶ問題である。
「今我々は彼等とは長年に渡る友好関係を保っておりますが」
「それでも彼等の存在を忘れてはならない、と言いたいのだな」
「はい、若しも彼等がその関係を放棄し我が国に雪崩れ込んで来たならば・・・・・・」
「その時は瞬く間に蹂躙されるな。数が違い過ぎる」
クリシュナータは落ち着いた声で言った。その通りであった。
連合の人口は三兆、それに対するマウリアの人口は二千億と言われる。だが彼等は連合各国やエウロパのように厳密な人口統計をとっているわけではないので実際はそれよりもずっと多いと言われている。だがそれでも大きな隔たりがあるのは事実である。
それは軍の規模に直結する。マウリアの兵力は四億程度である。彼等は連合と友好関係にあり隣接するサハラは多くの小勢力に分裂しておりさ程軍備を必要としなかったのである。国境警備と治安維持さえ出来ればそれでよかったのである。
「そうです、今のうちに手を打たないと大変なことになります」
部下は深刻な表情でクリシュナータに対して言った。
「そうだな。では軍の拡張と国境線の防衛の強化をするように」
「ハッ、他には!?」
「とりあえずはそれだけでいい」
彼は落ち着いた声で言った。
「あの、連合は九十億の軍を持ったのですよ」
部下は彼のその声に今度は呆然となった。
「だからといってすぐに動けるというものではあるまい」
彼は部下に対して言った。
「今彼等はその膨大な軍を本当に統一された軍にする為に必死だ。今は積極的な行動に出ることは出来ない」
「そうでしょうか」
「そうだ。制服の生地から艦艇まで何もかもが全く異なるのだぞ。それを一つにするまでには時間がかかる。それまでは気にする必要はない。そして我々はその間に備えをしておけばよい」
「それでよろしいでしょうか」
「うむ。それに彼等はまず領内の海賊を一掃させるだろう。それからまずはエウロパだろうな。それに開拓をさらに進めたい
だろうし」
連合にはまだまだ開拓するべき星系が無限に広がっているのである。
「我々も南方に開拓すべき星系を多くもっておりますがな。しかし彼等のそれには遥かに及ばないでしょう」
「だろうな。それだけでも彼等は恵まれている」
その通りであった。連合やマウリアはまだ進むべき場所がある。だからこそ戦争に入らなかったのだ。
しかしエウロパにはそれがない。これ以上の人口を養うにはサハラへ進むしか道はなかったのである。
「連合に頭を下げるわけにはいきませんからな」
「それにお互いの交流を絶っている。だからサハラ東方が栄えるのだ」
サハラ東方にはサハラでは最大の国がある。彼等は連合、エウロパ、そしてマウリアと国境を接しているという利点を活かし中継貿易で大きな富を得ていた。
「もし彼等がサハラ東方に進出したら大変なことになりますね」
「うむ。そうならない為に色々と手を打っておく必要があるかもな」
二人は話が終わるとその場を後にした。そして別の仕事に取り掛かった。