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第二章

                          第二章 銀河の群星

 カッサラ星系におけるオムダーマン軍の勝利の報はすぐに銀河中に伝わった。それはエウロペや連合においても同じであった。

「カッサラ星系がオムダーマンの手に落ちたか」

 エウロペの総統であるフランソワ=ド=ラフネールはエウロペの首都オリンポスにてそれを聞いた。

 麻色の髪を後ろに撫で付けている。目は茶色だ。中肉中背でその穏やかな顔立ちは何処か宗教家を思わせる。革新政党出身で温厚で堅実な人物として知られている。かっては弁護士でありそこから政界に転身した。公正でバランスのとれた政策が支持を得ている。この時六〇歳であった。

「まあ兵力を考えると勝って当然だな」

 彼は秘書から報告を受けると資料を執務室の椅子に座りながら読んで言った。

「しかしオムダーマンも苦戦したようだな」

 彼は戦局の流れに目を通して言った。高めのバリトンの声がよく響く。

「はい、いきなり奇襲を受けましたから」

 秘書はそれに対して答えた。

「それからサラーフ得意のアウトレンジか。一時は撤退さえ決意しているな」

「それが急に変わったのです」

「この一隻の巡洋艦の動きによってか」

 彼は資料を机に置いて言った。

「はい、その巡洋艦がサラーフの駆逐艦及び高速巡洋艦部隊の動きを止めたのです」

「見事だな。油断している敵の前にいきなり出て一斉射撃で動きを止めるとは」

「それに勝機を見たオムダーマンは一気に攻勢に転じました。そして数を頼りに総攻撃に出たのです」

「そして勝ったと。彼等が得たものは大きいな」

「はい、カッサラ星系は要地ですから」

「甘いな、それだけでは正解は半分だ」

 ラフネールは秘書に対して言った。

「確かに彼等があの星系を手に入れたことは大きい。おそらく今後はあの星系を拠点に軍事行動を起こしていくだろう。その分あの星系を巡る抗争があるだろうがな。ただあの星系を軍事基地化するようだ。そうおいそれとは陥落出来んだろう。それにだ」

 ラフネールは言葉を続けた。

「一人の英雄があの場所にいる。そう、君が答えられなかった部分だ」

「と言いますと?」

 秘書は問うた。

「あの戦いでオムダーマンは一人の英雄を見出しているのだ」

「誰ですか、それは」

「その巡洋艦の艦長だ」

「ええっと・・・・・・」

 秘書はその言葉に対し資料を調べた。

「アクバル=アッディーン中佐、戦功により今は大佐ですね」

「そうだ。彼の存在はおそらく今後のオムダーマンの動向に大きく関わることだろう」

「そうでしょうか。一介の大佐ですよ。確かに資料を見る限りかなり有能な人物のようですが」

「今はな。ほんの一介の大佐だが」

 ラフネールはここで知的な笑みを浮かべた。

「すぐに将官になる。そしてそれから艦隊司令、そしてやがては軍の指導者となっていくであろう」

「そう上手くいくでしょうか」

 秘書は問うた。

「いくだろうな。もっともそれからはわからんが」

 彼はそう言って席を立った。

「まあ今はただ見ているだけでいいだろう。当分サハラの情勢は大きくは変わらん。相変わらず彼等同士の抗争が続くだけであろう」

 彼は顔から笑みを消して言った。

「西方もオムダーマンは大きく勢力を伸ばすだろうがまだまだやらねばならぬことがある。それにサラーフもこのまま黙って

はおるまい」

「第二勢力であるミドハド連合の存在もありますしね」

「そうだ。彼等もカッサラ星系は狙っているだろうからな。場合によってはサラーフと手を組むかもな」

「それは・・・・・・」

 秘書はその言葉に対しては疑問をあらわした。

「ほう、それは彼等が犬猿の仲だからそう思うのかな」

 彼は秘書に対して微笑んで言った。

「確かに彼等は建国以来の対立関係にある。だがそれも共通の敵が現われた場合に限り別だ」

「敵の敵は味方、というわけですか」

 秘書は言った。

「そうだ、共通の敵が出来たならば手を組む、それが政治だ」

 彼は顔を元に戻して言った。

「その証拠に連合がそうであろう。連中は宇宙進出の頃から我々に対しては団結する」

 彼はその知的な顔を少し嫌悪で歪ませた。

「普段はまとまりに欠くというのに」

 秘書は彼よりも露骨に嫌悪感を露わにした。

「そうだ。しかもここ二百年は中央政府の権限を強化してきているときた」

「その方が連中の開拓にとって有利ですからね」

「そう。あれだけの勢力を持ってまだ開拓するところがあるのだ」

 ラフネールは忌々しげにそう言った。

 連合は西にはマウリア、エウロパ、そしてサハラの境ともなっている長大かつ高いアステロイド帯があり容易にはいけない。だが北、東、南そして上下には何処までも続く空間がある。彼等はそこへ向けて常に進出しているのだ。

「最近では中央警察を建設したしな」

「はい、高い武装と機動力を持っているようですね」

「そして聞いた話によると各国の軍を統合し連合独自の軍を建設するそうだ」

「また大掛かりな話ですね」

 秘書はそれを聞いて言った。

「名目上は宇宙海賊への対策らしいがな。だが信用は出来ないな」

「はい。軍事力の拡大にはおあつらえ向きの口実です」

 秘書は声にまで嫌悪感を滲ませていた。

「我々の連中に対する備えはアステロイド帯のブラウベルク回廊にあるニーベルング要塞群だが。あちらへの備えは抜かり

はないな」

「ハッ、精鋭を配置しております。そうおいそれとは陥とせるものではありません」

 ニーベルング要塞群はニーベルング星系の唯一の惑星であるニーベルングを軸としその周りに十六の人口衛星を置いた要塞群である。その人工衛星全てに強力なビーム砲を装備させておりそれぞれに無数のビーム砲座やミサイル発射管もある。

「うむ。ならば良い。確かにあの要塞群はそう易々と陥とせるものではない」

 ラフネールは後ろに手を組んで言った。

「だがあの要塞群が抜かれたなら」

 彼はここで言葉を一旦区切った。

「我等にとっては最早連合を止める手立ては無い」

 深刻な声でそう言った。秘書はそれを暗い顔で聞くだけであった。

 そのエウロパの宿敵ともいえる連合であるが今彼等はその中央政府の権限を大きくしようとしていた。

 これは二〇〇年程前からの運動であった。それまで宇宙海賊の跳梁跋扈に悩まされてきた彼等だが遂にそれを連合の勢力から追い出そうと決意したのである。

 彼等の存在は最早黙ってみているわけにはいかなくなっていた。辺境の開拓地は彼等に怯え商人達も次々に襲われた。

しかも各国の複雑な境界線とそれぞれ独自の法律により治安を司る警察や軍隊も容易に動けなかった。しかも少しでも強硬手段を採ろうとすれば人権派団体がうるさかった。彼等の中には呆れたことにその海賊達との関係を噂されるような者達までいる始末であった。

 そうした事態を何とかしようという声が各国で起こりはじめた。その為には中央政府の権限を強化すべし、との意見が主流を占めたのだ。

 まずは法律からだった。中央政府の法を上位に置き各国の法よりも優先させるとした。これにより法の適用がわかりやすく

適用しやすいものになった。

 次に財政である。税制を改革し中央政府に金が集まるようになった。これにより政府の機能を拡大し優れた人材が集まるようになった。

 そして次は宇宙海賊の問題であった。まずは宇宙海賊への刑罰を厳格化し、そのうえで投降してきた者には過去は問わずそれぞれの国の軍へ編入したり職をあてがうといった硬軟両方の手段を採った。これにより海賊の数は大きく減り治安は格段に良くなった。

 その上で海賊達と結託していた団体を次々に検挙し裁判にかけた。その中には市民派を気取りやたらと正義を振りかざし

他者を糾弾する議院もおり皆驚いた。正義派は仮面でその正体は海賊と裏で繋がる悪党であったのだ。

 こういった輩は次々と裁判にかけられた。そして重罪を科せられることとなった。

 そしてそれと前後して中央警察が設立された。これは中央政府の管轄にある連合全体の治安を司る組織であり彼等は宇宙海賊や星系をまたにかける凶悪犯達を取り締まった。この存在がさらに治安をよくしたことは言うまでもない。

 こうした状況が二百年に渡って続いた。その歩みは遅い。これはやはり連合の多様性と各国の主権及び個性の強さからくるものであるがそれでも連合は次第に変わっていた。

 今連合の首都地球はそれまでの名目上の首都ではなくなっていた。今や本当の意味での首都となっていた。

 かって『太平洋の真珠』と呼ばれたシンガポール。今そこには中央政府の元首である大統領の官邸及び連合中央議会、そして連合中央裁判所等がある。南洋のこの都市とその周辺は千年以上経ても今尚連合の心臓部であった。

 その官邸の廊下を歩く一人の若者がいた。

 その周りには多くの秘書官や護衛達がいる。そのものものしい様子から彼がかなり高い地位にいる人物であるとわかる。

「それにしても急に呼ばれるとは」

 その若者は少し首を傾げて言った。

 長身で細い身体をしている。切れ長の目に黒い髪と瞳、アジア系独特の顔立ちである。今や混血はかなり進んでいる。とりわけ多くの多様な国家から成る連合ではそれは特に顕著である。人種問題などというものはこの時代には既に愚かな過去の遺物となっていた。

 見ればその顔だけでなく物腰からも気品が漂っている。貴公子を思わせる高貴な美貌がそれを一層際立たせている。

 歩き方もまた優雅である。本来ならば武骨である筈の黒と金の軍服も彼が着ると豪奢なものとなってしまう。

「一体私に何のご用件であろう」

「閣下でなければならないと言っておられたそうですが」

 側に控える秘書官の一人が言った。

「私でなければ、か」

 彼はその言葉に対し再び首を傾げた。

「それにしては妙だな」

 彼は今度はその整った細く綺麗な眉を顰めて言った。

「二人で話がしたいと大統領から言われるとは」

「いや、こうしたことは結構あるものです」

 秘書の一人が言った。

「閣下は日本の軍務大臣なのですよ」

「そう、連合の中でもかなりの重要人物なのです」

「そう言われると何か妙な気分になるな。私は総理に大臣に任命されただけなのだし」

 百カ国以上ある連合の中でも日本は主導的な国の一つである。アメリカ、中国、ロシア、ブラジル等と並ぶ大国であるが

米中露が大昔より変わらぬ覇権主義的思考で何かと自国の利益を優先させようとし中央政府にも従わないことが多いのに対して日本は連合設立当初より中央政府に対して友好的であり忠実であった。その為他の大国に比べて他の国々からの支持も高く中央政府からも頼りにされている。

 中央政府がその権限拡大についても日本を頼りにするのは当然であった。その資金の多くも日本から得ている。そして何よりも地球の位置は日本の勢力圏の側なのである。

「つまり我等の立場は魯かな。中国の大昔の歴史の」

 若者は少し微笑んで言った。

「またえらく昔の話ですな」

 秘書の一人が苦笑して言った。

「うん。学生時代に習ったことをふと思い出したんだ」

 彼は軍務大臣であるが士官学校を出ていない。日本のとある大学を出た後軍に入り将校となった。この時代でも大学を出ている者は軍では将校となった。これは最早伝統であった。

 そして政治家であった父の後を継ぎ若干二十五歳にして日本の衆議院議員になった。多くの政策、特に軍事関係においてそれを立案しそれが所属していた保守系の政党の総裁の目に留まった。そしてその総裁が総理になるとその能力に注目した彼に軍務大臣に抜擢された。それから二年経つ。今二十八歳、政治家としてはまだまだ若いがその才とカリスマ性から将来を渇望されている。

「そういえば閣下は歴史学を専攻されていたそうですね」

「うん、やはり面白いし何かと勉強になるからな。歴史から学ぶことは実に多い」

「成程、では今から行なわれる会談についても歴史から学んだことを活かして下さいね」

 秘書の一人が少し意地悪そうな声で言った。

「大統領は中々人が悪いですから」

 別の一人がいささか冗談をまじえて言った。今の大統領は小国の一開拓民から大統領になった人物である。軍人となり宇宙海賊討伐で軍功を挙げそこから出世した。そして遂には連合の大統領となった立志伝の様な人物である。

「おい、それは失礼だぞ」

 若者は周りにいる者達を窘めた。

「連合の元首である方だ。その様に言ってはならぬ」

「ハッ、これは失礼しました」

 周りの者達はその言葉に畏まった。

「言葉は慎むべきだ。口は禍の元となる」

「そうでした」

 彼等は若者の言葉に恐縮した。

「わかってくれればいい。さて、とそろそろ閣下がおられる部屋だな」

「はい」

 一向は赤い絨毯が敷かれた廊下を進んで行く。そしてある扉の前に来た。

「お待ちしておりました」

 その前にいた黒い軍服の衛兵達が敬礼をする。見れば若者が着ている制服と同じだ。

(どういうことだ。服を変えたとは聞いていないが)

 彼はそれを見て内心そう思った。だが口には出さなかった。

「閣下はおられますか」

 彼はそれを置いておいて衛兵に尋ねた。

「中におられます」

 衛兵は答えた。そして扉を開けた。

「閣下、日本の八条義統軍務大臣が来られました」

 そして部屋の中にいる人物に対して言った。

「はい、ご苦労さん」

 部屋の中にいる人物はいささか大統領に相応しくないのではないかというようなざっくばらんな言葉で答えた。連合の言語は多くの国家から成るが一つに統一されている。英語や中国語、スペイン語、アラビア語、日本語等多くの言語が混在した結果出来たもので『連合語』と言われている。若しくは『銀河語』ともいう。アルファベットと漢字その他の文字が混在しているがわかりやすい文法と発音のしやすさ、応用力の高さで知られている。多くの国家から成る連合にとって実によくあった

言語だと言われている。尚エウロパはラテン語から発生した欧州各国の言語を再び統一させた新ラテン語と言うべき『エウロパ語』を、サハラは昔ながらのアラビア語を使っている。

 銀河語はフランクな表現が多いことでも知られている。だがこの人物の言葉は特にそれが凄い。元々開拓民の出身のせいもあるが彼は飾ったことを好まなかったのだ。

 彼の名はラゴス=キロモト。前述のとおり連合の大統領である。

 ケニアの開拓民に生まれた。彼の家は開拓された広い農場を持っておりそこの九人兄弟の七番目として生まれた。彼の住む開拓星は宇宙海賊もおらず平和な状況であった。彼はこのままいけばごく普通の農民として一生を過ごしたであろう。だが子供の頃にホノグラフィテレビで見た軍人の姿を見たことが彼の一生を変えた。

 彼は早速両親に軍人になりたいと言った。両親はそんな彼に対しなりたいならまずは身体を鍛えよく勉強し正しい心を身に着けろと言った。

 彼はそれに従った。学生時代は地元の学校でスポーツに、勉学に励んだ。後輩の面倒見もよく慕われていた。

 高校卒業後彼は軍隊に入隊した。士官学校を受けたが落ちたので下士官候補生となった。これは将校への道も約束された軍では地位の高いコースであった。

 彼はそこで頭角を現わした。それを見た上官達は彼に士官学校を再度受けるよう薦めたが彼は断った。彼はまず下士官で軍を知ることを望んだのだ。

 彼は陸戦部隊となった。そこで宇宙海賊達を相手に戦勲を挙げ士官に抜擢された。そして今度は陸戦部隊の指揮官となった。

 そこでも功を挙げ彼の名は軍だけでなく世の者にも知られることとなった。そして彼は少将で軍を退き連合の議員に立候補した。

 一回落選したが二回目で当選した。彼は軍で身に着けた積極的な行動力と果断な判断力を発揮し連合議会の中でも知られるようになった。政府内の要職を歴任するようになりそして遂には大統領にまでなった。

 この時六十五歳、年齢を感じさせぬ若々しい顔立ちをした筋骨隆々の黒人の巨人でありその短く刈られた髪はまるで若者のそれである。

「ようこそ、八条大臣。お待ちしておりましたぞ」

 彼は満面に笑みを称えて八条に対して挨拶をした。

「いえ、こちらこそ。お招きして頂き恐悦至極です」

 八条はそれに対し畏まった態度でいささか形式的な挨拶を返した。そしてキロモトの方へ歩み寄る。

 二人は握手をした。キロモトはそれを終えると八条に席に座るよう薦めた。

「これはどうも」

 八条はそれに従いキロモトに続き豪奢な椅子に腰を下ろした。見れば椅子だけではない。この部屋の中も白を基調とした

豪奢な装飾で飾られている。

「どうでした、ここまでの旅は」

 キロモトはまずここまでの旅順について尋ねてきた。

「旅といいましても。我が国からこの地球まではすぐ側ですし」

「おっと、そうでしたな」

 キロモトはそれを聞くと顔を崩して笑った。

 口を大きく広げて笑う。豪快な笑いだ。

「では話を変えるとしましょう」

 彼は笑い終えるとニコリと笑って八条に対して言った。

「はい」

 八条は態度をあらためた。そして再び畏まった。

 それからは日本の軍事関係に対する要望であった。一言で言うならば連合の治安の為にもっと貢献して欲しいというものであった。

「それはお約束します」

 そのことは総理からも言われていた。彼は快くそう言った。

「貴国にそう言って頂くと有り難いですな」

 キロモトは笑顔でそう言った。体制が整えられてきているとはいえ連合の権力基盤はまだ脆弱である。こうした大国の支持がやはり必要である。

「そして・・・・・・」

 彼は話を続けた。後は連合及び銀河の平和と友好の発展を支持するといったこれもまたありたきりな宣言で締めくくられる

普通の会談となった。

 こうして会談は終わった。八条は宿舎に帰り休息をとった。明日は明日で仕事がある。連合の要人達との会合があるのだ。

「さてと」

 シャワーを浴びた彼はガウンを羽織りベッドに向かおうとした。その時鏡の前に置いていた携帯が鳴った。

「!?」

 見れば大統領からである。一体何事であろうか。

「今後の会談の打ち合わせか」

 彼は首を傾げてそう言いながら携帯を手に取った。

「はい、八条です」

 彼は電話に出た。すると大統領の声がした。

「こんばんは、閣下。実は早急にお話したいことがありまして」

 声が普段よりも真摯なものとなっている。

「なんでしょうか」

 八条は尋ねた。勘が彼に警告していた。

「今からそちらにお伺いしてよろしいでしょうか」

「いえ、それは」

 八条はそれをやんわりと拒絶した。

「閣下は大事なお身体です。何かあっては大変なことになります。私がお伺いしましょう」

「そうですか。それではお願いします」

 彼はそう言うと電話を切った。八条は携帯を直すと背広に着替えた。

「さて、一体何の用件か」

 彼は着替え終えるとホテルの扉を開けた。そこは私服の警備員達がいた。

「済まない、今から大統領官邸に戻る。何人かついてきてくれないか」

「わかりました」

 その中から二人やって来た。彼等の中でも特に腕の立つ者達である。

 八条はこっそりとホテルを出た。従業員達にも気付かれることなく裏口から出てそれからタクシーを拾って官邸に向かった。

「わかりました」

 運転手はそれに応えるとタクシーを官邸に向かわせた。十分程して到着した。

 タクシーを降りた。そして官邸に入る。

「お待ちしておりました」

 見れば警護兵は大統領が常に側に置いている者達だ。そして大統領の首席補佐官が彼を出迎えた。それだけ見てもかなりの用心をしていることがわかる。

 補佐官に案内され官邸に入る。そして大統領の私室に案内された。

「よろしいのですか?」

 八条は補佐官に尋ねた。幾ら何でも大統領の私室に入ることは躊躇いがあった。

「はい、大統領からの直接の指示ですから」

 補佐官はそう答えた。彼はその言葉を聞いて警戒をさらに強めた。

(それ程重要な話か)

 彼は意を決して部屋に入った。キロモトは妻とは大統領就任前に死に別れている。子供もいなく孤独な男やもめだ。姉の

子を一人養子にしている。彼は今祖国で畑を耕しているという。

(それがあの人らしいな。あくまで素朴に飾らずに、か)

 そう思いながら部屋に入った。そこにはその当人がいた。

「ようこそ、夜分遅くに呼び出して申し訳ありません」

 キロモトは八条に対して言った。彼は背広のままである。

「いえ。それよりも重要なお話とは何でしょうか」

 八条は単刀直入に尋ねた。

「はい。実は私は今考えていることがあるのです」

 彼は八条を見据えて言った。その声は重く慎重なものである。36

「考えていること」

 八条はその言葉を自分でも言ってみて尋ねた。

「はい、今連合はこの中央政府の権限を強化する方向に動いています」

「そしてそれはかなりの成果を挙げていますね」

 八条は言った。

「そうです、中央議会及び裁判所の権限を拡大し中央警察を設立しました」

「そしてそれにより宇宙海賊と彼等と結託する者達を次々と捕らえました。これにより我が連合の治安はかなりよくなりました」

「その通りです。しかしそれだけではまだ足りません」

「と、いいますと」

 八条はそこで尋ねた。

「もう一つ、この連合をまとめるのに必要なものがあるのです」

「それは?」

「閣下も軍におられたからおわかりでしょう。連合中央政府直属の軍です」

「え・・・・・・」

 キロモトのその言葉にさしもの八条も驚いた。連合では軍はそれぞれの国が独自で持つものだからだ。

「各国の軍を統合しこの中央政府の下に置くのです。そうすれば我々のまとまりもかなり良くなるでしょう」

「それはそうですが・・・・・・」

 確かに理想としては素晴らしい。この連合が長い間人類の中で最大の勢力を誇りつつもエウロパの存在を許しサハラに何も出来なかったのはひとえにこのまとまりの悪さからであった。まず動くには各国の利害を調整せねばならずそこをエウロパに付け込まれたことが度々あった。これはブラウベルグの頃から何も変わってはいない。その為外部に勢力を向けることも出来ず開拓に専念するしかなかったのだ。またその開拓も各国の利害が複雑に絡み合い思うように進まなかった。

 連合設立の時より欧州の様な強力な統率力を持つ中央政府の設立が叫ばれていたがそれは叶わぬことであった。大国の力が強く多くの国からからなりその個性がどれも極めて強い状況ではどうしても緩やかな組織になるしかなかった。またその方が大国には都合が良かったしそうした緩やかな組織に親しみを持つ者も多かった。結果今に至るのでありそして今の連合の中央への権限集中も実は批判が多い。

「確かにそれは素晴らしいことですが・・・・・・」

 八条は口篭もりつつ言った。

「我が連合のまとまりはもう充分ではないでしょうか。設立と同時に経済及び貿易は自由化され関税や市場の統合も為されています。しかも共通の通貨までありますし」

 これは既に連合の設立の頃に為されている。連合の通貨は『テラ』という。地球からとったものだ。

 しかしこれは連合に住む者なら誰でも知っているようなことだ。彼も自分で口にして何を言っているんだ、と思った。

「そして中央警察も設立された、もうそれで充分ではないかと」

 キロモトは微笑みながらその話を聞いていた。

「はい」

 八条は答えた。

「成程、確かに一理あります。今の我等の中ではそれが意見の主流でしょう」

「そうですね。我々はあくまで互いの主権や個性を尊重し合うということを何よりも重要視していますから」

 連合の特徴の一つである。エウロパやマウリア、サハラ各国に比べてこの連合では個人主義的風潮が強い。自分のことは

自分でせよ、相手の個性や考えにまで口を出すな。これは構成する各国の文化や風習の違いが凄い為にそうなったことである。大国も他の国のそうしたことには口出しはしなかった。何故なら彼等の中にも様々な風習や文化がありそれを言うととんだヤブヘビになるからだ。

「ですが私の考えは違います」

 キロモトはニヤリ、と笑ってそう言った。

「連合の中で統一された軍を持つことは我々の団結をより強いものにします。そして治安や国防も考え易くなります」

「確かにそうですが」

「我々に敵がいないというのは誤りです。今は遭遇していませんが人類以外の知的生命体との遭遇も考えられます」

「はい」

 これは誰もが一度は漫画やテレビ、本、ゲーム等で見ていた。攻撃的な侵略者。一千年以上も昔から変わらない他の知的生命体からの一方的な攻撃である。

「この宇宙は広い。我々の開拓地もさらに広くなります。そうすればさらに遭う可能性は高くなるでしょう」

 それもまた以前より言われてきている。むしろ今まで遭遇していないこのことが奇跡なのだとも言われている。

「まだ遭ってもいない、という話は通用しません。遭ってからでは遅いのです」

「それはその通りですが」

 八条は答えた。

「それにエウロパに対しても防衛は完璧ではありません」

 キロモトは目を少し険しくさせて言った。

「といいますと!?」

 八条はこの言葉には少し面食らった。エウロパとの唯一の国境であるブラウベルク回廊にはガンタース要塞群がある。これはガンタース星系の十五の惑星全てを要塞化したものでエウロパのニーベルング要塞群をも遥かに凌駕するものである。その強化は常に行なわれており陥落させることは不可能と言われている。

「ガンタース要塞群が陥とされた場合の防衛はそうなりますか?絶対に陥ない要塞などないのですぞ」

「・・・・・・・・・」

 八条は何も言えなかった。エウロパは今はサハラに目がいっている。そして彼等には侵略の意図は無い。だが外交や謀略により連合の内部を撹乱したうえでガンタースを陥落させたなら・・・・・・。連合は敗れはしないまでもかなりの被害を受けるであろう。これも以前より危惧されてきたことだ。実際にエウロパからの撹乱はこれまで何度もあり中には彼等と結託していると思われる宇宙海賊や市民団体もあった。

「そうした時に最も有効に動けるのは統一された軍隊です。今までのような各国ごとに分かれたバラバラの軍ではなく」

 今までの連合は軍人や艦艇の数こそ多いが烏合の衆と呼ばれていた。それはエウロパやマウリアのような中央からの統制が無いからだ。

「おわかりでしょう、外部からの敵に備える為我々は強力な軍を持たなければならないのです」

「はい・・・・・・」

 八条はようやく頷いた。

「しかしいざ作るとなるとかなり難しいですよ」

 彼は言った。

「反対しないまでも難色を示す国は多いでしょうし」

「それは折込済みです」

 キロモトは言った。

「何せ我々は実に多様かつ雑多な集まりですから」

 彼は笑っていた。何処か自信のある笑いだ。

「しかしですね」

 彼は顔を引き締めた。

「困難だと思われることも実際にやってみないとわからないものなのです。そして実際には意外なところに解決方法があるものなのです」

「それは!?」

 八条は再び問うた。

「例えば最初に何処かの国が参加を表明するとかね」

 彼はそう言うと八条の顔を見てニヤリ、と笑った。

「それが発言権の強い国ならなおよし」

「大統領、貴方はまさか・・・・・・」

 八条はキロモトの顔を見た。その顔には笑みが戻っていた。

「そうです、まずは貴国に参加して頂きたいのです」

 彼は単刀直入に言った。

「貴国は中央政府に対し友好的です。しかも位置は丁度この地球の側にある。そして他の国からの評判もいい」

「しかしだからといって・・・・・・」

 彼は少し口篭もっていた。

「そちらの国内世論は大丈夫だと思いますが。中央政府に対しては比較的好意的ですから」

「それはそうですが」

「総理には私からもお話しておきます。それならば問題ないでしょう」

「いえ、そういう問題ではありません」

 彼は言った。

「閣下もご存知でしょう。確かにそれで設立は出来るかも知れません。しかし軍はそう簡単にはいかないものなのです」

「といいますと?」

 彼はとぼけたふうに尋ねた。

「設立してから暫くは柱となるものが必要です。軍を主導出来るような。それから指針をつければ後はシステムが動いてくれますが」

「つまり基礎を固めるべき指導者がまず必要であると」

「そうです、これはどの組織にも言えることですが」

「成程」

 キロモトは八条の言葉を最後まで聞いて頷いた。

「それならば最適の人材がいますよ」

「誰ですか?アメリカのマクレーン提督ですか。それとも中国の劉提督でしょうか」

 二人共名の知られた人物である。軍人としてだけでなく人物の評判もいい。

「確かにあの二人も悪くはないですね。ですが」

 キロモトは言葉を続けた。

「私は彼等以上の人材を知っているのです」

「それは誰ですか!?」

 八条はまた問うた。

「今私の目の前にいる方です」

 そう言って悪戯っぽく笑った。

「な・・・・・・」

 八条はキロモトのその言葉に対し絶句した。

「貴方ならば軍を主導出来ると信じています。期待していますよ」

「閣下、冗談は止めて下さい」

 八条は言った。

「私は若輩の身に過ぎません。それに軍歴があるといっても僅かです。そのような人物に新しく生まれた軍の統率が出来ると思われるのですか」

「はい」

 キロモトは答えた。

「年齢は関係ありません。貴方にはそれだけの能力があります。私はそう見ていますよ」

「そんな筈は・・・・・・」

「おっと、謙遜は止めて下さいよ。私は謙遜はあまり好きではないのです」

 彼は言った。

「日本人というのは昔から謙遜したがりますね。ですがそれは自信が無いようにしか見えないのです」

「そう捉えて頂いても構いませんが」

「貴方は日本の政治家になられてから多くの軍事関係の政策を立案されました。そしてその全てが議会を通って施行される、

またはされようとしております」

「運がいいだけです。私の政策を党の同志達も国民も受け入れてくれただけで」

「その誰もが受け入れざるを得ないような優れた政策を立てられる、その能力を買いたいのです。私から見ても貴方の政策は非常に優れたものです」

「有り難うございます」

 八条は礼を言った。

「その能力を今度は新しく設立される軍で使ってみたくはありませんか?貴方ならばこの軍を正しく導く指導者になれる筈です」

「・・・・・・・・・」

「よく考えて下さい。強制はしません。しかし私は貴方の能力を高く買っておりますよ」

「はい」

 八条は答えた。実際に彼の頭の中はかなり混乱していた。

「すぐに総理ともお話させて頂きます。それまでによく考えておいて下さい」

「わかりました」

 八条は官邸を後にした。そしてホテルに帰った。

 一ヵ月後日本の総理伊藤佐知子とキロモトの会談の場が設けられた。彼女は四十を越えたばかりの美人であり政治学者出身である。学者出身とは思えぬ程実務に優れた人物でその判断力の高さでも知られている。

 この会談には八条も同席していた。彼女はこの若者を何かとよく立てていた。彼女は結婚しているが彼との関係が何かとからかわれていた。中にはこの美貌の若者を総理の燕とまで揶揄する者もいた。

 だがこれは彼女が彼の能力を高く買っていただけである。彼女は男女関係にはかなり潔癖な考えの持ち主で異性問題をことのほか嫌う人物であった。

「八条君」

 会談を終えた伊藤は後ろにいる八条に対して声をかけた。

「はい、総理何でしょうか」

 彼は答えた。伊藤は小柄なことで知られているが長身の八条と一緒にいるとそれがさらに際立つ。

「大統領からお話は聞いたわ。いいお考えだと思うわ」

 彼女は中央軍設立の話について言っている。

「私は支持したいわ。そして日本軍が最初に参加する」

「そうですか」

 彼女は賛成する、彼はそう読んでいた。だから驚かなかった。

「そして君のことだけれど」

 どことなく姉が弟に語りかけるような口調である。彼女は上に兄や姉ばかりいた。だから八条の様な存在が以前より欲しかったようなのだ。振り向いた時黒いストレートのロンヘアーが波打った。

「折角の愛弟子を手放すのは私としても非常に残念だけれども」

 彼女は八条に微笑んで言った。

「行ってらっしゃい。健闘を期待するわ」

 彼女もまた彼の本心がどうであるかをを知っていた。

「わかりました。ご期待に沿えましょう」

 彼は答えた。それで彼の一生は決まった。

 それから数ヵ月後キロモト大統領は連合中央軍の設立構想を発表した。日本は最初にその発表に支持を表明し参加を希望した。そして早速それの是非を問う選挙が行なわれ圧倒的支持を得た。日本人の連合中心主義によく合ったものであったからだ。

 無論反対もあった。だがその旗振りをしている政党の党首及び幹部があまりにも稚拙な人物であった為支持はごく一部であった。しかもこれからどうするべきか、日本人は彼等が思うよりも遥かによくわかっていたのだ。

 その党首は落選後宇宙海賊との黒い関係を暴露された。マスコミの一部は彼を擁護したがこのマスコミも以前より海賊の人権を擁護しておりその関係もネット等で知られていた。そのマスコミは結果倒産し党首共々裁判にかけられ実刑判決を受けた。彼等は最後まで己が罪を認めずこともあろうに裁判の場やテレビの前で互いに責任を擦り付け合った。世の人々はそれをおおいに嘲笑したという。

 日本の参加は大きかった。日本に同調する国家が次々と中央軍に参加を申し出てきた。三ヶ月もした頃には中央軍に参加していないのは日本以外の主導的な大国達とそれに近い国々だけとなっていた。

「その国々においても区内世論が高まっております。いずれは参加することになるでしょう」

 キロモトは笑顔で八条に対し言った。

「はい、ですが問題もあります」

 八条は顔を引き締めて言った。

「それは?」

「各国それぞれの機関です。例えば士官学校や技術班等はどうしましょう」

「士官学校はそのまま置きます。教育機関は減らさないほうがいいでしょう」

「ですね。ただし教育内容は統一させたほうがよろしいかと」

「それは当然です。学校ごとに違う教育が行なわれていたら軍の編成や統制にも支障をきたします」

 この言葉は意外だった。キロモトはそこまで考えることが出来たのだ。

(悪く言えば大雑把というイメージの強い方だったが)

 八条は彼の顔を見ながら思った。

(これは案外細かいところまで見ていてくれているな)

 そう思うとこちらもやる気が出た。

「そして技術班ですね。これはどうしましょう」

「技術班は統合します。ただし削減はしません」

「何故ですか?」

「それぞれの系列で競わせてみたいです。それから新たな兵器が開発されるかと」

「成程、そうなれば今までのよりも遥かに優れた兵器が期待できますね」

 八条はそれを聞いて笑みを浮かべた。

「はい。兵器開発も一つの系統だけではあまり進歩しませんから」

「そうですね」

 これは八条にも思い当たるところが多かった。日本では軍需産業は一つの兵器は一つの産業が扱う傾向にありその質は高いが今一つ進歩が見られていなかったのだ。

「閣下、これからはさらに忙しくなりますよ」

 キロモトは彼の顔を見て言った。

「何せ未曾有の軍が出来上がるのですから」

「それは覚悟のうえです」

 彼は答えた。

「むしろやりがいがあるというものですよ」

 彼は仕事が多く困難であればある程働きたがる性質の人間であった。

「それは頼もしい。私は仕事はなるべくしたくないという考えの人間でしてね。正直貴方のような人が側にいてくれると実に

有り難いのです」

「それはどうも」

 彼は特に迷惑にも有り難くも思わず答えた。自分が仕事ができればそれでかまわなかった。

「ではお願いしますよ。連合軍のこれからは貴方の双肩にかかっているのですから」

「はい」

 それからすぐ米中露においても選挙が行なわれた。そして中央軍の参加が決定された。これはそれまで何としても己が権勢を保とうと腐心してきた彼等からは思いもよらぬ行動であった。

「まあそれでも何かと口は出そうとするだろうがな。連中の考えは嫌という程わかる」

 八条は新設された連合中央政府国防省の建物の執務室で呟いた。

 その部屋はあくまで実務を優先させた質素なものである。そして彼は椅子に座り窓から見える景色を眺めていた。国防省はシンガポールに置かれていた。彼は窓の向こうに見える椰子の木を眺めていた。

「連中とは長い付き合いだ。その間にどれだけ煮え湯を飲まされてきたことか」

 彼は少し怒気を含んだ声を漏らした。

「だがそれも全て折り込み済みだ」

 彼はそう言うと席を前に戻した。

「軍がなければ金を使ってくるだろうがな。しかしそれも昔から知っている」

 彼等の経済力は他国と比べてもかなり高い。経済力あっての大国であるのだ。

「しかしそれならうちにも対処方法が充分にある」

 そう言うと机の上にあるホットラインを手に取った。一千年前のそれと比べるとかなり小型でしかも光による通信で速い。

「あ、どうも八条です」

 彼はあるところに電話をかけた。

「はい、お久し振りです。一つお願いしたいことがありまして」

 彼はそうやら知り合いに電話をかけているようだ。

「そうですか、ご協力して頂けますか。感謝いたします」

 彼は電話からの返事を聞いて笑みを浮かべた。

「それではお願いします。あ、よろしいですよ、礼なぞ。お互い様ですから」

 彼はそう言うと電話を切った。そして来客を出迎えた。


「・・・・・・八条君も頑張っているみたいね」

 伊藤は首相官邸の自分の執務室で電話を切ると小さい声で言った。

「それにしても彼等を経済面で牽制して欲しい、か。難しいことを言ってくれるわ」

 彼女は微笑みながら言った。

「けれどやるわね。軍事以外のところから攻めようと考えられるなんて。流石は私の愛弟子」 

 そう言うと再び電話を手に取った。

「もしもし、私だけれど」

 彼女は部下に電話をかけた。

「すぐに経済産業省と財務省、そして通産省、あと内閣調査局長官を呼んで。至急に話したいことがあるの」

 こうして首相官邸に三人の大臣が入った。

 それから暫く後米中露等を中心に金権スキャンダルが起こった。連合議会に対する不正献金疑惑だ。疑惑は疑惑であり確固たる証拠は遂に見当たらなかったがこれにより軍に対して悪い意味で何かと干渉しようとしていた中央議会の議員達は大人しくなった。

「一歩間違えたら軍部の横暴と言われかねないところよ」

 伊藤は日本に会談にやって来た八条に対して言った。

「それは私も危惧していましたよ」

 彼は微笑んで言った。このような話をする時でも気品を漂わせる笑みだ。

「しかし我が軍の最高司令官は紛れもなく大統領にありますから。それに対し侵害を計るような連中こそ問題でしょう」

「確かにね。もう連合軍は彼等の軍じゃないのだから」

 伊藤はそれを聞いて言った。

「軍の指揮権は確立されておかねばなりませんから。まあだからといって統制されなくてよいというものではありません」

「それは正論ね。文民統制、かなり昔からある言葉だけれど」

「私もこうやって軍服は着ていますが身分上は紛れもなく文民ですからね。しかしそれに付け込んで軍を自分達の意のままにしようとするのは見逃せません」

「けれど連中はそう簡単には諦めないわよ」

「でしょうね。議会は相変わらず大国の利害の衝突の場という一面がありますから」

 これはなかなかなおりそうにもなかった。議員がそれぞれの国から選ばれる以上仕方ないところもあった。

「政党よりも地域、というところがあるわね。我が国から出ている議員達もそうだけれど」

 伊藤は渋い顔をして言った。

「我々の弱点ですね。それがよいところでもあるのですが」

 長所が短所、というわけである。連合の多様性は時としてまとまりの悪さとなるのである。

「キロモト大統領も苦労しておられますよ。自分の政党の者達を説得するのが最も大変だと」

 政党にいる政治家達も各国ごとに入り乱れている。政党よりもその国の有力な議員の主張に賛同する傾向があるのだ。

「こういったところはアメリカや中国が羨ましいですよ。緩やかな連邦制なのに政党政治はとりあえずまともに機能している

のですから」

「それを言ったら我が国や台湾の方が普通の政党政治になってる気がするけれどね」

 アメリカや中国はそれぞれの星系の主張が強く選ばれる政治家もその星系の代表であるという意識が強い。政党は選挙の時だけ集まるといった形式である。

「それでも中央議会よりはましかと。とにかく機能しないのですから。その癖自分達の国の主張は無理矢理にでも通そうとしますし」

「それはもう強力な指導者がそれぞれの政党に出て来るしかないかもね」

 伊藤は八条の顔を見上げて言った。

「しかし一千年以上出てきませんでしたからね。今都合良く出て来るとは」

「あら、それはわからないわよ」

 彼女は微笑んで言った。

「人材は時代が必要とされる時に出て来るから。今までは別に国同士で喧々囂々やってても問題はなかったでしょ」

「それは異星人もエウロパやマウリア以外はこれといった対外勢力もありませんでしたから」

「けれどこれからは異星人がいるかも知れない。まあもう暫くは大丈夫でしょうけど」

 連合の辺境と異星人がいると推測される星系からは今数十万光年離れていると言われている。当分は安心だ。

「それに今は中央の力が強まり連合もまとまりを持とうとしている時だもの。ひょっとしたら出て来るかも知れないわよ」

「そんないうまくいきますかね」

「そんなことを言ったら連合軍だってこんなにすぐ出来なかったでしょ」

「それはそうですが」

 伊藤の話は後に見事に的中することになる。だが今はそれを誰も知らない。

「今君は連合軍の骨格を作ることを考えなさい。そして連合軍を本当の意味での私達を守る軍隊にしてね」

「わかりました」

「よろしい」

 伊藤は八条の返答に対し微笑みで返した。そして二人は別れ休息をとった。だが時間には休息はない。時代は刻一刻と動き続けていた。



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