第一章 若き将星
多くの星間国家に分裂している旧アラブの人々を中心に構成されている地域、『サハラ』は人類の宇宙進出後千二百年を経てもいまだ統一した勢力とはならず小国家同士の対立、戦争が続いていた。多くの国家がありそこにエウロパが侵略しているという彼等にとってはまことに苦しい状況であった。そうした状況が百年近くに渡って続いていた。
これは西暦三三四八年、においても同じであった。尚宇宙進出後暫くして、西暦二五〇〇年を期に別の暦も制定されている。それを『銀河暦』という。
今は丁度銀河暦八四八年である。この年の四月サハラの西方において一つの小規模な戦闘があった。
サハラ西方もまた幾つかの国家に分かれていた。大小合わせて七つ程あった。互いに時には手を結び時には戦いといった群雄割拠の状況であった。
オムダーマン共和国もそうした国の一つであった。この西方では第三勢力といわれるこの国は第一勢力であるサラーフ王国と局地戦を行なっていた。
事の発端は領土問題であった。両国の境にあるカッサラ星系をめぐって両国の意見が衝突したのだ。
このカッサラ星系というのはサハラ西方における交易の中心地であった。土地も豊かでありこの星系を押さえるということはその勢力に莫大な富と西方における確固たる地位を約束するということであった。
その為この地を巡って何百年もの間戦いが続いていた。とりわけサラーフとオムダーマンの対立は激しく彼等の衝突の主戦場となっていた。
この時もこの星系を巡って衝突があった。まずオムダーマンがこの地の一方的な所有宣言を行ない兵を派遣した。それに対し事前に兵を置いていたサラーフが応戦したのである。
参加兵力はサラーフが百万に対しオムダーマンは百五十万、兵力的にはオムダーマンがやや有利であった。
しかし戦局はサラーフ有利に進んだ。地の利を心得るサラーフは星系の中にあるアステロイド帯からオムダーマン軍に対し奇襲を仕掛けたのだ。
これに対しオムダーマンもすぐに反撃した。しかし先手を打たれたのは大きかった。
しかも艦艇の主砲の射程はサラーフの方が長かった。これにより戦局はサラーフに大きく傾いていった。今も戦闘が行なわれているが損害を受けるのはオムダーマン側の方が多い。次第に星系から追い出されようとしている。
「奴等の術中にはまったな」
オムダーマン側の旗艦において司令官であるムスタファ=アジュラーンは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
彫が深く日に焼けた顔をしている初老の男性である。髪は黒く口髭を生やしている。その口髭には白いものが混じっている。がっしりとした長身を赤い軍服で覆っている。
「そのようですな。これ以上の戦闘は無意味かと」
傍らに控える参謀の一人が言った。
「そうだな。撤退するか」
彼は艦橋のスクリーンに映し出される双方の陣形の映像を見ながら言った。
「損害の酷い船から後退せよ。殿軍はわしが務める」
「ハッ」
参謀はその言葉に対し敬礼した。そして伝令の船が旗艦から飛び立つ。
「だが」
アジュラーンはその伝令の船達を見ながら呟いた。
「果たしてこの撤退上手くいくかな」
既に包囲されようとしている部隊もある。事は一刻を争う状況であった。
「何っ、撤退だと!?」
その話は最前線で戦う将兵達にも届いた。
「はい、損害の酷い船から随時撤退せよとのことです」
艦橋のスクリーンに映し出された伝令が各艦の艦長達に対して伝えた。
「そうか、撤退か」
戦局は彼等が最もよくわかっていた。それも致し方ないと思った。
「だがこの状況で退けと言われてもな」
彼等のすぐ前には敵の艦隊がいるのである。しかも火が点いたように攻撃を加えてきている。
「損害の軽微な艦及び無傷の艦は友軍の撤退を最後まで援護して欲しいとのことです。司令官もこちらに来られます」
「まああの親父が来るのなら頑張ってやるか」
アジュラーンはその面倒見の良い人柄から将兵達に好かれていた。また退却戦にも定評がある。
「おい、もう一踏ん張りするぞ。そしてサラーフの奴等をもう少し苦しめてやろうぜ」
その艦長は部下達の方を振り向いて言った。艦橋は歓声に包まれた。
これは巡洋艦アタチュルクにおいても同じであった。その艦の艦長は部下達に対して言った。
「よし、ここが見せ所だ。俺達の戦いをサラーフの奴等によく見せてやれ!」
彼は高く張りのある声で叫んだ。部下達がそれに応える。
黒い髪と瞳を持つ凛々しい顔立ちの若者である。高い鼻と少し切れ長の翡翠の様な瞳。唇は薄く炎の様に紅い。その顔は一目だけでは俳優か何かかと思える程整っている。黒く豊かな髪は整髪料でまとめられ光を反射し黒光りしている。顎は三角形で鋭利な印象を与える。引き締まっているが痩せ過ぎもしない顔である。それは身体全体に対しても言えた。
背は高くもなく低くもない。筋肉質であるが鞭の様に引き締まっている。そしてその仕草は機敏でまるで狼のようである。
彼の名はアクバル=アッディーン。この戦いの直前にこの艦の長に選ばれたばかりのまだ二十歳の若者である。
オムダーマンの首都アスランに生まれた。幼い頃から銃や船が好きであった。両親は普通の公務員であったが彼は軍人になることを希望した。成績が優秀であったので担任に幼年学校への受験を薦められ見事合格した。この時十二歳であった。こうして彼は軍服をはじめて着た。
幼年学校入学においては成績は常に上位であった。とりわけ歴史と艦艇運営の実践においては教授達も舌を巻く程であった。
卒業後は同期達のように士官学校には進まずすぐに入隊した。教授達は彼のこれからを思い進学を薦めたが彼はそれを拒否した。立身出世よりも戦場に身を置きたかったからだ。
まず彼は巡洋艦の砲雷士官となった。最初の戦闘で敵の三隻の戦艦を沈めた。これにより中尉となり次の戦闘で今度は
戦闘機を五機、そして駆逐艦を一隻仕留めた。大尉になった。
次に戦場に出た時は駆逐艦の艦長であった。その駆逐艦で敵の駆逐艦五隻を向こうに回したが無傷で全滅させた。そして少佐になった。
こうして彼は次々に武勲を挙げていった。前の戦いでは敵の防衛線を最初に突破している。これにより中佐になり今に至る。
彼を同僚達は『若き狼』という。精悍で動きが速くしかも優れた能力を持っているからだ。その気性も熱く攻撃的である。そして同時に極めて冷静な思考を出来る人物でもある。
この戦いにおいては中央艦隊にいた。だが戦局の悪化により最前線に送られたのだ。
「友軍の撤退状況はどうなっている」
彼は傍らにいる副長に対して問うた。
彼もまだ若い。といっても二十五である。茶色がかった髪に濃い茶の瞳、浅黒い肌を持つ長身の美青年である。名をイマーム=ガルシャースプという。アッディーンと同時にこの艦に配属された人物である。階級は大尉である。
士官学校卒業後順調に進みこの艦の副長となった。温厚で堅実な人物といわれている。
「ハッ、既に損害の酷い艦は徐々に戦場を離脱しております」
彼はモニターを手で艦橋の上部に映し出された指し示しながら報告した。
「それに対し敵軍は攻勢を強めております。駆逐艦及び高速巡洋艦の部隊がこちらに接近してきています」
「どうやら我が軍の数が減ったのを見て一気に攻めるつもりか」
アッディーンはその駆逐艦及び高速巡洋艦の一群を見ながら言った。
「その様です。それも撤退する艦を集中的に狙うつもりのようです」
「我々は戦艦の主砲に任せてだな。成程、手堅い戦法だ」
彼は不敵に笑いながら言った。
「だがそうそう上手くいくものではない」
彼は口を引き締めてそう言った。
「今から敵駆逐艦及び高速巡洋艦部隊に対し攻撃を開始する。主砲及びミサイルを全弾装填せよ!」
「ハッ!」
砲術長が敬礼した。
「奴等の進行方向に行く。そして一斉攻撃を浴びせよ」
彼は次々に命令を出した。アタチュルクはそれに従い大きく動いた。
戦局は変わった。アタチュルクの攻撃により敵の駆逐艦及び高速巡洋艦はその動きを制止させたのだ。
「今だ!」
これに対してオムダーマン軍は攻撃を仕掛けた。動きが止まったところに攻撃を仕掛けられたサラーフの駆逐艦、高速巡洋艦部隊は次々とビーム砲やミサイルを浴びた。
「敵の動きが止まっているな」
それは前線に来たアジュラーンの旗艦からも確認された。
「ハッ、アッディーン中佐の艦が敵駆逐艦及び高速巡洋艦の部隊を止めたのです」
「一隻でか!?」
彼は驚きの声で問うた。
「はい、敵の進行方向に向かい一斉攻撃を仕掛けたのです」
「そうか、それで動きを止めたのか。やりおるな」
彼はそれを聞いて大きく頷いた。
「だがそれで戦局は変わったな」
見れば敵の駆逐艦及び高速巡洋艦部隊は殆ど壊滅してしまっている。戦艦、ミサイル艦部隊も彼等が前にいる為容易に攻撃出来ない。
その間にオムダーマン軍は上下から回りこんだ。そして挟み撃ちにする。
オムダーマン軍の艦艇の特徴はその火力にある。これはサハラ諸国の中でも特に際立っていた。
その火力で攻撃を開始したのである。サラーフの艦艇は次々に炎に包まれ白い光となっていった。
「司令、もしかするとこれは・・・・・・」
参謀は次々と破壊されていく敵の艦艇を見ながらアジュラーンに言った。
「うむ、勝てるかも知れんな」
アジュラーンは薄く笑って答えた。彼は戦局が次第に自軍に傾こうとしていることを感じていた。
「戦場に残る兵力はどれ程だ?」
彼は別の参謀に問うた。
「ハッ、今退却せずこの場に残っているのは役百二十万程です」
その参謀は敬礼をして答えた。右腕を胸の高さで肘を直角にし胸に対して水平にするオムダーマン式の敬礼である。
「そうか、思ったよりずっと多いな」
アジュラーンはそれを聞いて笑みを浮かべて言った。
「作戦変更だ、一気に攻勢に転ずる。全軍突撃用意!」
彼は右手を挙げて言った。
「このまま敵を押し潰す。そして勝利を我等が手にするのだ!」
そう言うと旗艦を敵軍の方へ突入させた。他の艦もそれに続く。
それはアタチュルクからも確認された。
「艦長、我が軍が攻勢に転じました」
ガルシャースプはアッディーンに報告した。
「何、またそれは極端だな」
彼はその報告を聞いて思わず苦笑した。
「ついさっきまで撤退しようとしていたというのに」
「戦局が変わりましたからね。我が艦の行動により」
彼は表情を変えることなく言った。別に嬉しくもないような口調であった。
「そうか、ビームもミサイルも全て撃ち尽くしたらすぐに後退しようと思っていたのだが」
「そのわりには大胆な行動ですね」
「大胆!?別にそうは思わないが」
アッディーンは不敵に笑って言った。
「連中は傷付いた艦を狙おうと躍起になっていた。そこに油断が生じていた。その前にいきなり出て斉射すればその動きが止められると思ったからやったんだ」
彼はしれっとした口調で、しかし不敵に笑ったままの顔で言った。
「しかしあれだけの数の敵の前に一隻だけで出るのは自殺行為ですよ」
「死ぬとは思わなかったからな。奴等は俺を見ていなかったから」
彼は視線をモニターに映る敵の残骸に移して言った。
「だからああなったのだ。戦場において油断はそのまま死に繋がる。それを教えてやったのだ」
「えらくきつい教え方ですな」
ガルシャースプは言った。
「ああ。しかしガルシャースプよ」
「何ですか」
「それを表情を変えずに言うのは少し無気味だな」
「そうでしょうか」
やはり彼は表情を変えなかった。アタチュルクも攻撃の中に加わっていった。
戦局は完全にオムダマーン軍のものとなっていた。サラーフ軍は次々に撃沈され次第にその数を減らしていった。
損害が二割を超えようとしていた。サラーフ側の司令官はそれを見て遂に退却を決意した。
「司令、敵軍が撤退していきます」
参謀はモニターに映る敵軍が退いていく姿を見て言った。
「うむ、どうやら勝ったな」
アジュラーンもそれは見ていた。満面に笑みを浮かべている。
「追いますか」
参謀は問うた。
「いや」
彼はそれに対して首を横に振った。
「これでカッサラ星系は我等のものになった。これ以上の戦闘は意味がないだろう」
「ですね」
参謀はそれを聞いて頷いた。
「あとは政治の問題だ。外交部の連中に任せよう」
「はい。連中のお手並み拝見といきますか」
オムダマーンの外交部は特に無能と評判があるわけではない。むしろ他国からは有能であると認識されている。
しかし軍部との仲は悪かった。やり方が手ぬるい、腰抜けだというのだ。
「軍人はいつもそんなことを言う。あまり突出しては他国の恨みを買うだけだ」
外交部の者はことあるごとにそう言う。彼等にしてみれば勢力均衡こそが一番の関心であり勝ち過ぎるこてゃ喜ばしいことではないのである。
「確かにその通りだが」
アジュラーンは外交部の高官達の言葉を脳裏に思い出しながら呟いた。
「そんなことを言っていたら何時まで経ってもこのままだぞ」
彼はそう呟き顔を顰めた。彼はサハラが統一されエウロパの勢力を追い出すことを願っていたのだ。
やがて停戦となり両国の外交官がこの星系に到着した。そして交渉が行なわれた。
カッサラ星系はオムダマーン共和国の領土となった。この星系の権益も皆共和国のものとなった。
サラーフ共和国の軍はこの地より撤退することとなった。賠償金は支払わずこの星系の割譲と近隣十光年の軍隊の立ち入りを禁止するという内容となった。
「とりあえずはこれでよし」
交渉を終えたオムダマーンの外交官達はそう言ってカッサラ星系を後にした。
「今回は上手くまとめてくれたな」
軍部はそれを見ていささか皮肉混じりに言った。
「我々とて遊んでいるわけではない。それに戦いに勝ったのだからこれ位は勝ち取らないとな」
じゃあ賠償金も欲しかったな、といいたいところだがそれは出来ないのもわかっていた。サラーフはこの地域で最も勢力の大きい国であるサハラ全体でも三強に入るのである。
「まああのサラーフ相手に勝てたからよしとするか」
軍部はそれで満足することにした。
「それに結構危ないところだったしな。一時は撤退すら考えていたそうじゃないか」
軍の上層部は軍務部の会議室でこの戦いについての検証を行なっていた。
「そのようだな。不意打ちに遭い一時は劣勢に追い込まれている」
高級参謀の一人がパンフレット状にまとめられた資料に目を通しながら言った。
「だが一隻の巡洋艦の活躍で我が軍の戦局は一変した」
「アタチュルクだ」
それを聞いた提督の一人が言った。
「そうだ。アクバル=アッディーン中佐が艦長を務めているあの艦だ」
参謀はそれに対して言った。
「アッディーンか。またやったのか」
「ああ。しかも今度は戦局を一変させた。それも僅か一隻で」
「戦法も見事だな。血気にはやる敵軍の前に来て総攻撃を仕掛けて止めるとは」
別の提督が資料を読みながら言った。
「そうだな。そうそう出来るものではない」
参謀の一人が言った。
「アジュラーン司令は何と言っている」
「かなり評価しているようだ」
「・・・・・・そうか」
彼等はそれを聞いて何か意を決したようだ。
「これからは彼には思う存分働いてもらうか」
「そうだな。サハラの大義の為に」
現在の軍上層部は強硬派の牙城と言われている。彼等はサハラ統一を掲げており民衆からも人気は高い。
「それでは彼を大佐にするとしよう」
「このままいくとすぐに将官になるだろうな」
「そうだな。そうなった時が楽しみだ」
彼等はそう言って会議を終えた。この会議でアクバル=アッディーンの大佐への昇格及びカッサラ星系での大規模な軍事基地の建設が決定された。
カッサラ星系への軍事基地建設は議会も承認した。それにより一個艦隊がこの星系に駐留することとなった。
「流石に軍部の人気は議会も無視出来ないか」
アッディーンはこの星系に駐留する艦隊に配属されることとなった。今度は戦艦の艦長である。
「今度は戦艦か。それにしても大きい艦だな」
彼は港にある今から自分が乗る艦を見て言った。
「それはそうですよ。特にこの艦は最新鋭の大型艦ですからね」
傍らにいるガルシャースプが言った。
「最新鋭か。そういえばまだ綺麗なのものだな」
彼は艦を見て言った。
「この艦はこれまでの艦とは違いますよ。何しろ我が国の技術の粋を結集させたものですから」
「それはいいな。今までの艦は少し設計思想が古いんじゃないかと思っていたところだ」
二人は艦に続く桟橋を登りながら話している。
「ええ。射程も相当なものですよ。今までみたいにサラーフのアウトレンジに悩まされることもありません」
「そうか。それは有り難いな」
アッディーンはそのビーム主砲を見て言った。
「連中の射程の長さには今まで悩まされてきたからな。実際に戦うまではわからないがそれは有り難い」
「はい。この技術はこれからの新造艦及び改修する艦全てに使われるそうです」
「とすれば戦術もかなり違ってくるな」
「そうですね。今までの我が軍の戦術は火力に頼った集中突撃ばかりでしたから」
二人は入口で敬礼を受け艦の中に入った。
「中の設備も整っているな」
アッディーンは艦内を見回して言った。
「はい。居住設備もいいですね」
ガルシャースプもそれに同意した。
「士気に大きく関わるからな。こうした気配りは有り難い」
そして艦橋に向かった。
「ハッ!」
艦橋に将兵達が敬礼する。アッディーンはそれに敬礼で返した。
「艦橋はどうだ」
彼は操舵手を務める壮年の曹長に対して尋ねた。
「素晴らしいです。特に電子関係がいいですね」
彼は笑顔で答えた。
「特に通信関係が素晴らしいです。今までの艦とは比べものになりません」
若い下士官が答えた。
「何かかなり凄い艦のようだな」
アッディーンは微笑んでガルシャースプに対して言った。
「ですね。うちの技術班も頑張ったみたいです」
彼は口元にほんの微かに笑みを浮かべて言った。
「それにしても不思議だな」
彼はふと気付いたように言った。
「何がですか?」
ガルシャースプはそれに対して問うた。
「いや、技術班のことだ。今まで我が軍の技術班はお世辞にも大したことはなかったからな。何処かの国の二番煎じばかりやっていたからな」
「それですが技術長官に関係があるようですよ」
「長官に!?」
彼は語気を上ずらせた。
「はい。新任の長官ですが」
「確かルクマーン=ハイデラバート大将だったな」
彼は長官の名を思い出しながら言った。
「はい。ハイデラバート大将が長官になられてから我が軍の技術班は大きく変わったのです」
ガルシャースプはほんの微かに笑ったまま言った。
「それは聞いていたがどうせいつもの宣伝だけだろう、と思っていたぞ」
「それが今度は違うようですね。有望な若手をどんどん抜擢して開発をさせていますから」
「それの結集の一つがこの艦と」
アッディーンは再び艦橋の中を見回して言った。
「そうです。しかもまだまだ序の口らしいですよ」
「というとまだ技術班はやる気なのか?」
彼は左の眉を少し上げて尋ねた。
「はい。さらに改革を進めていくつもりのようです」
「そうか。ならいいがな」
アッディーンはそれを聞いて微笑んだ。
「手強い敵よりろくでもない武器の方が頭にくる。強い兵器が次々にもらえるのならそれに越したことはない」
そう言って嬉しそうに笑った。
「その通りですね。ところで艦長」
ガルシャースプはアッディーンに対して尋ねた。
「何だ?」
彼は言葉を返した。
「この艦の名前ですが」
「艦名か。そういえばまだ決めていなかったな」
彼はふと思い出したように言った。
「はい。何にしますか」
オムダーマンでは艦名は艦長が名付けることになっているのだ。
「そうだな」
彼は考え込んだ。
「前の巡洋艦はアタチュルクだったしな。何か別の名にしたいな」
「では何に?」
ガルシャースプは問うた。
「そうだなあ・・・・・・」
彼は腕を組み考え込んだ。
「そうだ」
そして明るい顔で顔を上げた。
「アリーにしよう。伝説の英雄アリーだ」
「アリーですか。確かにいい名ですね」
ガルシャースプもそれを聞いて上機嫌な声で答えた。アリーとはムハンマドの娘婿で『神の獅子』とまで謳われた英雄である。また長い間イスラムの二大勢力の一つであったシーア派の開祖ともされている。
「そうだろう、これからの俺の戦いを共にするに相応しい名前だろう」
彼は満足気に微笑んで言った。
「そうですね。神の獅子が艦長のこれからの武勲を守護して下さるでしょう」
「そうだな。まあ俺は誰かに頼るということは好きじゃないが」
そう言って正面に身体を向けた。
「だがアリーよ、俺の戦いを見守ってくれよ」
そう言って二人は艦橋を後にした。そして今度は艦内をくまなく見回りだした。