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星河の覇皇
坂田火魯志
SF宇宙
2024年08月26日
公開日
44,724文字
連載中
一千年後の銀河。人類はその広大な銀河において四つの文明世界において政治と闘争の中にいた。その数多の星達の中から姿を現わす英雄達。銀河は英雄達の手によって動いていくのか。

プロローグ

                    プロローグ

 人類が宇宙に旅立つのは予想されていたよりも早いものとなった。

 コンピューター技術の画期的な進歩が宇宙船等にも応用されたのである。これにより飛躍的な進歩を遂げた宇宙技術はその速度を速めていった。

 まず人類は月を開発した。月はその予想通り資源の宝庫であった。これによりエネルギー問題は大きく変わることとなった。

 資源の枯渇という問題ではない。その取り合いである。これには人類全体の利害、そして生存がかかっていたのである。

 とりわけアメリカ、中国、日本等環太平洋諸国と欧州の対立は激しかった。その膨大な人口を背景に多くの取り分を主張する環太平洋諸国に対し欧州側は先に領土とした権利を主張して互いに譲らなかった。

 しかしこれを調停したのはロシアとインドであった。彼等は太平洋側につきその有利になるように調停を行なった。欧州側はこれに対し強い不満を露わにしたが太平洋側の圧倒的な力と自分達が必要な取り分は確保出来たことにより引き下がった。この調停は『シンガポール条約』と呼ばれる。

 よりによって環太平洋諸国の本拠地で結ばれたことがこの条約の性質を物語っていると言えよう。しかもこの条約はそれからの人類の宇宙進出に大きな影響を与えた。

 この条約を太平洋側に有利に進めたことによりロシアは環太平洋諸国の中で大きな発言権を持つようになった。それまで日米中三国と比べいささか弱い立場にあったがその三国を調停する役割を担うようになったのである。

 これは米中の専横を警戒するASEAN諸国や日本の支持もあった。その日本にとってもロシアは厄介な相手であったが北方領土問題の解決が彼等の関係を修復させた。ロシアにとっても今更北方領土など大した問題ではなくなっていたのだ。時代は宇宙へ向けて大きく歩もうとしていたのだから。

 これに中南米諸国も参加した。オセアニアはその盟主的存在であるオーストラリアとニュージーランドが既に環太平洋諸国の重要な一員であるから問題はなかった。韓国やモンゴル、メキシコ、カリブ海諸国等も参加した。後にはロシアの周辺諸国やEUの一員であったトルコも参加した。彼等はその圧倒的な人口と力を使い宇宙進出を積極的に広めていった。既に宇宙進出のノウハウを多く持っていたことも大きかった。

 インドは彼等に加わらなかった。そのあまりにも独特な文明風土が環太平洋諸国ともロシアとも合わなかったせいであるが彼等は独自路線を歩むことにした。これはアメリカや中国とそりが合わなかったことも大きくいまだに彼等とは疎遠であった。

 しかし日本とは友好関係を結びその技術で宇宙に進出していった。

 それを横目で歯噛みしつつ見ていたのが欧州諸国であった。月での資源獲得に敗れた彼等は人口や技術においても大きく遅れをとっていた。元々コンピューター技術においても遅れていたこともあり彼等の宇宙進出は太平洋諸国の後塵を帰する形となた。かつてのEUの面影は何処にもなく欧州は再び人類世界の辺境に甘んじることになるかと思われた。

 だがそこで彼等に幸運が訪れる。新たな指導者の誕生である。

 ハインリッヒ=フォン=ブラウベルク。オーストリアに生まれた公爵家を先祖に持つこの男は欧州議会の第一野党である革新政党から欧州議会の議員に立候補した。引き締まった長身、豊かな金髪、青く強い光を放つ瞳、そしてギリシア彫刻のような美貌を持つ二十五歳のこの若者はその弁舌でも欧州の市民達を魅了した。

 彼は議会に入るとまず演説を行なった。歴史に名高い『復活祭の演説』である。この当時欧州議会は復活祭に開始されることとなっていた。当時の欧州の宗教はギリシアや北欧の神々が復権しカトリックと融合しているものが主流であったのだ。古の神々の復権は十九世紀には既に見られていたがそれが現実のものとなるのに更に数百年必要であったのだ。

 この演説は閉塞状況にあった欧州の人々を熱狂させた。革新政党のリーダー達もそれに賛同し彼は忽ちその政党の若きリーダーとなった。

 ブラウベルクはその政策を次々と発表させた。宇宙への積極的な進出、科学者及び技術者の保護、教育の再編成、労働者達の権利保護。そのいずれも宇宙進出に絡めたものであった。

 すぐに与党の中にも彼に賛同する勢力が現われた。彼等は党を出て野党に合流した。これにより議会における勢力関係は一変した。

 そして議会は解散となった。それに伴う選挙により革新政党は圧倒的な勝利を収めた。彼は欧州議会に欧州議会議長、すなわち欧州のリーダーに選ばれた。

 彼は自らの政策を通していった。これにより欧州はその力を取り戻した。そして欧州も宇宙に大きく進出することとなった。

 これを面白く思わない勢力もある。環太平洋諸国だ。とりわけアメリカ、中国、ロシアといった面々は不快に思った。

 まず刺客を送った。だがそれは失敗した。しかも彼等の行動が明るみにされた。三国の諜報機関は批判の嵐に曝されその名声は地に落ちた。

 これで暫く大人しくしていたがその間にも欧州の進出は活発になる。だが今のところは何も出来なかった。暗殺事件の発覚により失脚した対欧州強硬派に替わり太平洋議会の主流になった穏健派にとってもブラウベルクは意識しなくてはならない存在であったからだ。

 しかし経済制裁も効果が期待出来なかった。彼等は既に独自の経済基盤を持っていたからだ。資源も手にしていた。

 彼等はシンガポール条約をたてにすることにした。それにより宇宙進出のいい部分は独占することにした。戦争を売ろうにも先に手を出したのがこっちであるとわかった以上支持者も期待出来なかったからだ。しかも太平洋諸国は諸国で問題を抱えていた。

 彼等の特徴は多くの参加国である。だがそれはかえって弱点ともなっていた。強力なリーダーシップを取る存在がいないのである。

 日米中露四ヶ国がそのリーダーである。だがそのリーダー間での衝突がことあるごとに起こるのだ。しかもそれに他の参加国も加わる。とにかく話が進みにくかった。

 これは利権争いもあった。彼等は決して一枚板ではなくそれが為に欧州に対して確固たる行動がとれなかった。

 それはブラウベルクもよく認識していた。彼は行った。

「船頭多くして船進まずとは彼等のことを言うのだな」

 と。わざわざ中国の諺を持ち出したのは彼一流の皮肉に富んだ言葉であった。

 だがその力の差は変わりがなかった。彼もシンガポール条約は何とかしたかったがどうにもならなかった。どうにかする為には戦争でもするしかない。しかしそれは出来ない。

 戦争になれば流石に彼等も団結する。そうなればこちらが負ける。彼は欧州の勢力を確立させることにした。 

 これは成功した。欧州は環太平洋諸国に対抗し得る勢力を確立することが出来たのである。ブラウベルクは『欧州の新たな父』とまで呼ばれるようになった。

 後に欧州の人々はその進出を絞ることになる。そして独自の勢力を築き続けるのである。

 何はともあれ宇宙の進出は続く。アラブやアフリカ諸国もそれに続く。

 それから数百年が経った。環太平洋諸国はその名を『星間国家連合』と変えた。人類の過半数以上を擁する彼等はそのまま進出を続けていた。彼等はゆるやかな連合体の続いていたのである。

 当然その間に大きな衝突も度々あった。だがそれでも各国の調停等により戦争までには至らずここまできたのである。地球をその首都に置き参加国百以上、領有する星系は数万に達し、人口は三兆という人類最大の勢力であった。

 だが相変わらずまとまりには欠けていた。参加国同士の意見対立は多くしかも広い領土の開拓、治安に追われていた。連合議会と中央政府、星間裁判所があるが統制は弱かった。それぞれの国家の発言力が強く中世の欧州の領邦国家的な一面が強かった。

 議会はそれぞれの国の権利を強く主張し重要な法案は各国の利害が絡み合い容易には決定しなかった。裁判所も統制が弱く各国の法律の方が強かった。

 しかも各国の星系がモザイク状に入り乱れている場所もあったりする為一旦他の星系に逃げてしまえば犯罪者を拘束出来なかった。その為宇宙海賊が跳梁跋扈した。これは開拓地が多くそこに犯罪者が逃げ込むことも多かったことが影響している。

 中央政府も断固たる政策を実行できなかった。あくまで中央政府であり各国の存在を無視出来なかった。とりわけ日米中露といった大国の存在は大きく彼等の意向がしばしば連合の意志となった。救いはそのうちの一つ日本が連合政府に対して忠実なことが大抵でありその際に小国の大部分国がそれに賛同することが多かったことだった。

 中央軍も中央警察もなかった。各国がそれぞれ軍や警察を持っている為治安維持等も複雑であった。その為管轄地域についても入り乱れ宇宙海賊を満足に取り締まれないようになっていたのである。しかもその取り締まりをやり過ぎだ、と批判するNGO団体の存在も無視出来なかった。おまけに彼等の中には海賊との関係を噂される連中もおり全体的な治安は中々よくはならなかった。こうした状況が数百年以上も続いた。

 しかし連合は発展し続けた。確かに海賊もおり各国の思惑が複雑に絡み合ってはいるが彼等には豊富な資源と果てしない土地、そして技術があった。

「ここが駄目なら別の星に行け」

 こういう言葉も出来た。彼等は自分達の手で成功を掴む、そうした精神に満ち溢れていた。開拓地があればそこに移り住み農地を開墾し鉱山を掘る。そして産業を興す。こうして彼等はその勢力圏を大きく拡げていったのである。

 彼等にとって幸運だったのは心配された異星人の存在もなかったことである。その為開拓は容易に進んだ。

 医学や宇宙航行の技術の発展も大きかった。人口は増大し流通は進歩した。そして瞬く間に人口は三兆を越えたのである。

 確かに治安は悪く各国の勢力は複雑な状況にあった。だがそれがかえって各国の武力衝突も抑えていたのだ。

 戦争よりも海賊の掃討、それこそが重要課題であった。各国は海賊の取り締まりに追われ戦争どころではなかった。流通や宇宙航行の発達が海賊の動きをより速めていった。それに対処する必要があったのだ。

 種々雑多な寄り合い所帯、それが星間国家連合であった。宿敵欧州との対立もあったが彼等は自分達だけで独自の世界を形成していた。

 彼等の進出はまだ続いていた。開拓は辺境に及びその先にあると言われている未知の星系の存在についても調査されていた。彼等の進出はまだまだ続いていたのである。

 さて彼等と同盟関係にあるインドであったが彼等はその独特の文明体系をそのまま維持していた。進出した地は連合とは別の地域であった。

 連合と不可侵条約を結んでいたが彼等はそれをあまり信用していなかった。信用するにはあまりにも危険な国が多かったからである。

 彼等は出来るかぎり連合から離れた場所への進出を考えた。幸いその地はあった。

 長大なアステロイド帯の向こうに多くの星系があったのである。そこに彼等は進出した。そして一方的に領有宣言を行なった。

 これに対して連合も欧州も沈黙した。連合は彼等の星系の開発に忙しかったのである。欧州も同様であった。

 インドはそこにある多く星系に入った。そして最初に足を踏み入れたその星を『ブラフマー』と名付けた。彼等の神話の創造神から名をとったのである。

 そしてそこに地球からインド本土を持って来た。彼等はそこに完全に移り住むつもりだったのである。

 これには連合も驚いたが反対はしなかった。彼等にしても自分達の勢力圏から彼等が立ち去ることは好都合であったのだ。

 彼等は慎重に開発を進めた。そして一定のところで止まった。南方にはまだ開発可能な星系が多くあると言われていたがそこで一旦止まった。そして連合との境の防衛を固め海賊を締め出した。そして各星系の開発をさらに進めていった。人口は二千億程度で抑制をはじめ連合に比べ活気には乏しいが一つの勢力圏を築いていた。

 連合程ではないが緩やかな連邦制であり大統領制をとっている。今は国名を『マウリア』というかつての王朝の名にしている。平和を愛する穏健な勢力である。

 連合の宿敵欧州であるが彼等はその正式名称を『エウロパ』に変えていた。ギリシアの美しき少女、欧州の語源になった名であるがこの名を国名にしたのである。

 彼等もまた連合とは離れた場所に進出することにした。インドと同じく長大なアステロイド帯の向こうにその場所を見出していた。丁度人類の勢力圏を東西に分ける帯であった。 

 その帯の北側、そこが彼等の勢力圏であった。彼等はその中の中央にある星系に首都を置いた。その名は『オリンポス』。ギリシアの神々が住んでいた山の名である。

 彼等の勢力圏は小さかった。しかしそれぞれの星はどれも豊かであった。そして人口では劣りながらも連合に次ぐ勢力を形成した。これは彼等の結束が比較的強かったことも幸いした。

 彼等は連合やマウリアよりも強い中央政府のある国家であった。各国の主権は国家元首位でありその他は全て中央政府にあった。そのリーダーシップにより開発を進めていった。

 欧州本土はオリンポスに移された。連合の市民達は宿敵が一人残らず去り大いに喜んだという。

「今に見ておれ」

 そう言ったのは当時の欧州総統ヘンリー=スチュアートであった。彼は何時しかエウロパが連合を凌ぐ勢力になるとその死の間際まで言っていた。

 しかしそれは実現しなかった。あまりにも星系が少なく勢力圏が狭かった。

 これは誤算であった。エウロパの北と西には星系は何十万光年もなく太陽系の果てであったのだ。

 しかも東には連合がいる。彼等とはアステロイド帯を挟んでいるが唯一つの通り道があった。

 ブラウベルク回廊。欧州再興の父の名を冠したのはこの先に希望が広がっていると言われたからであった。

 だが今この回廊は人類の勢力圏の中でも最も緊張した地域の一つとなっていた。よりによってその向こう側は連合の中でも特に欧州の勢力を嫌う国の勢力圏であったのだ。

 彼等は各国の援助を得て回廊の出口、連合から見れば入口に要塞群を建設した。そしてそこから一歩も通さないつもりであった。

 エウロパにとってもそれは同じであった。回廊の入口にこちらも要塞群を築いた。そして睨み合いを続けたのである。

 彼等の進む方向は南しかなかった。だがそれは困難であった。

 南方はアステロイド帯だけでなくブラックホールや磁気嵐、超新星、彗星等がひしめく異様な地形であった。容易には進出出来なかった。連合やマウリア、当然エウロパの勢力圏にもこれ等はあったが質量共にその比ではなかった。

 しかしそこに進出した人々も既にいたのである。それでもエウロパはそこに進出せずにはいられなかった。最早どの星系も人口は限界にあった。一千億だというのに養える数は限界に達しようとしていた。スペースコロニーを築くのにも限度がある。しかも不経済であった。

 結果的に侵略になる。連合はそれを冷笑し批判した。だがそれでもやるしかなかった。

 だがここで一つの問題が生じる。以前よりここに住んでいた人々はどうなるのか。

 当然武力衝突となる。だが状況はエウロパにとって有利であった。

 何故か。彼等は一つの勢力ではなかったからである。 

 一つのまとまった勢力を築くことが出来なかったアラブや北アフリカ各国はそれぞれ独自に進出した。連合やマウリアに入る者も多かったし事実北アフリカ各国以外のアフリカ諸国はそうであった。彼等は全て連合に入った。だがそれでも彼等は進出した。

 だが進出する先はあまり残ってはいなかった。他の勢力に入ることを潔しとしなかった彼等はこの複雑に入り組んだ地域に入ったのである。

 彼らは宇宙でも統一した勢力を築かなかった。各国がいがみ合い抗争が続いた。そして戦っていた。

 そうした状況が何時までも続いた。この地域では多くの国が興亡したが栄枯盛衰を繰り返しそして血が流れた。それでも戦いは終わらなかった。

 そしてそこにエウロパが侵攻してきたのである。彼等は少しずつその勢力圏を拡げていった。

「これは我等の危機である。一刻も早く統一した勢力を!」

 こう主張する者もいた。だがそれは逆効果であった。

 有力な国が我が、我がと名乗りをあげ再び争いを激化させたのである。そしてエウロパを退けるどころではなくなった。

「これは神々が我々に与えた僥倖だな」

 エウロパの司令官の一人がこう言ったという。その通りであり彼等はいがみ合いに明け暮れ外に目を向けようとはしなかった。

 こうした彼等かってのアラブ諸国の末裔達にとっては再び嫌な時代が続いた。エウロパの侵略は続き連合も辺境の開発の他に彼等の勢力圏に眠るとされる多くの資源に関心を持ちはじめていた。

「奴等には有り余る程あるだろうが」

 しかしそれとこれとは別であった。人間の欲望には際限がないのだから。

 まさに危機的な状況であった。誰もが何とかしたいが何も出来ない状況であった。

「このまま他の奴等に食い散らかされてしまうのか」

 その中央にある星ムハンマドに移されたメッカを見て嘆く者もいた。彼等は最早他国と内部の戦乱に弄ばれる哀れな存在であった。

 しかしその惨状も幕を降ろす時が来た。人々が望むものは出て来るものなのである。

 英雄、指導者。彼等が欲していたのはそれであった。彼等を統べ護り戦う者。それが今出て来ようとしていたのである。 

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