メリッサ大決戦の翌朝にあったドタバタが終わった昼下がり…。
俺と陽葵は宿屋のベッドで寝ていたが、俺も陽葵もお腹が空いてきていた。
「ちょっとお腹がすいたわよ。朝は、兵士や騎士団から配給された携帯食料を食べたけど、わたしは、まだ、立ちくらみがするから、料理が作れるような状況じゃないし、あなたは、もっと酷いわよね?」
「すまない、陽葵。この部屋では料理なんて無理だし、俺の収納魔法で出せるのはパンとか、チーズとか、お湯で戻すような干し肉ぐらいしかない…。生ものなんて収納魔法で入れて、何日も放置したら、腐ってしまうし。」
俺たちは、外に出るのを躊躇っていたのだ。
もう俺たち夫婦は英雄扱いされているから、外に出た瞬間に、周りがしきりに俺と陽葵に声をかけてくるし、食堂なんて入ったら、皆から酒を飲めなんて言われて、五月蝿くて飯を食った気になれない。
今は夫婦ともに魔力や神気不足だから、お酒なんて飲まされたら、その場で俺も陽葵も倒れてしまうだろう。
実は、それを察してくれた勇者たちが、俺たち夫婦の目を逸らす役割を担っていることを、俺たちの様子を見にきたシエラさまが言っていたのだ。
トリスタンさまと、イジスさまは、メリッサの街をローラン王と一緒に巡回して、住民たちを歓声の渦にして、住民たちが俺たち夫婦に意識が向かないように頑張っているらしい。
それに、ローラン城に避難していた住民が、舟を使って川を上ってメリッサに徐々に帰ってきているから、余計に外は騒がしい。
今は陸からの街道が、爆発によってメチャメチャになっているから、メリッサとローラン城の往来は川を使うことに限定されている。
俺たちが、耳を澄ますと、外から、俺たちを呼ぶ声が住民の声が聞こえてきたから、とても気まずい。
「おい!!。キョウスケやヒマリはどうした?。怪我でもしているのか?。英雄なのに宿で閉じこもっているのは可哀想だ。怪我をしているなら、俺たちにお見舞いぐらいさせろ!!。」
その門前に立って、俺と陽葵のことを庇ったのは、国民から人気が高い王妃だ。
その隣に王宮騎士団長のネッキーさんもいるらしく、俺と陽葵の姿を見ようとする住民たちを一緒になだめている。
「みなさん、キョウスケ殿とヒマリ殿は、大魔術を使った影響で、深刻な魔力不足に陥って、しばらくは立つ事もままならない状況です。今はゆっくりと寝かせてあげてください。」
王妃がそう告げると、宿の入口にいた人々が、納得して引き下がる。
俺がやっとの思いで収納魔法から取り出したパンとチーズを、陽葵と一緒に食べながら過ごしていると、宿の入口で、そんなやりとりが何度か繰り返されているのが明らかに分かって、俺と陽葵は憂鬱になっていた。
「陽葵…。参ったな。このままでは、俺と陽葵が宿の入口に立った途端に、もみくちゃにされるから、その場で倒れてしまうぞ。アフロディーテ様が、ゆっくりと休ませてくれたのは正解だけど、これでは栄養価の高い飯が食えない。」
「そうよね…。そこにいる、王妃やネッキーさんに頼んだら、それを口実に、王や王妃と一緒に、毎日のように食事をする羽目になるわ。とてもじゃないけど、食べた気分になれないわ。」
「そうだなぁ、それに加えて、外に出たら、メリッサの住民に、俺と陽葵がもみくちゃにされるから、余計に体力を消費してしまう。アフロディーテ様に、テレポテーションで隣のオーフェンの食堂まで運んで欲しい気分だけど、今は各国の王との折衝で忙しいと思うし。」
「そうそう、アフロディーテ様は、王様を叱った後にね、各国の王や騎士団がメリッサに向かっているから、ヴァルカン帝国との対決の為に各国の王に会って話をすると仰っていたもの。アフロディーテ様はテレポテーションが使えるから、一瞬で移動中の王に会えるのが凄いけど。」
「うーん、ここまで神が人間に干渉することが希だけど、神殺しの砲台と邪神龍をヴァルカン帝国が持ち出したお陰で、主神のお怒りを買ったからね。今頃、何処かの王や騎士や聖騎士たちが、アフロディーテ様のお姿を見て、腰を抜かしているよ。」
「そうよね…。そうそう、各国の王のことは置いといて、どうしたら、栄養価の高い食事が食べられるかしら。門前にいるネッキーさんや王妃に声をかけたら、絶対に大ごとになるもの…。」
俺は腕を組んで、何か策はないかと巡らせていたが、妙案を思いついた。
俺は、鎧の腰のあたりにぶら下げてある、メリッサの遊撃自警団ギルド直通の緊急連絡用の魔石を取り出した。
この魔石は1度使うと魔力を失ってしまうが、メリッサのギルド長室にある魔道通話に繋がるように仕込まれている。
通常は、依頼などを受けていて、何らかの身の危険が迫るような緊急時に使う物だが…。
俺はその魔石に入っている術式を少し改良して、俺の魔力で魔石の力が尽きないように魔力を注入すると、陽葵が心配そうにそれを見ていた。
「あなた、その魔石でギルドに連絡をするのね。それは良い考えかも。こんなちっぽけな魔石に込められているのは微力な魔力だと思うけど、絶対に無理をしないでね。あなたが倒れたら、わたしは途方にくれてしまうわ…」
「うん、ありがとう。頭がクラクラして実のところは、術式の改良すら辛いけど、ある程度、魔力が回復をしているから、この中に入っている魔石の魔力ぐらいなら、器のバランスを失うこともないだろう…。」
そして、魔石の魔道通話の通信先を、セシルさんやローラン王が滞在しているギルド長室ではなく、サラさんがいる受付にある魔道通話の魔法陣に切り替えた。
それを陽葵が不思議そうに首をかしげながら見ているから、それが可愛くて仕方がない。
そして、術式の改造を終えて、魔道通話がメリッサのギルドの受付に繋がると、サラさんが吃驚したような声をあげた。
「ええぇぇぇ???!!!。キョウスケさん??、こんなところに魔道通話を繋げてどうしたの??。あなたは、そういう小細工魔法が凄すぎて、私は驚きっぱなしなのよ。ところで、魔力不足が深刻で、ヒマリさんも動けないことは知っているわ。ホントに大丈夫?。だからこそ、緊急用の魔道通話の魔石を使ったのは分かるけど、その魔石の術式を改良して、ここに繋げるとは思わなかったの。」
「サラさん、突然にすみません。魔術師だから、それがすぐに分かってくれて助かります。サラさんが後始末で追われて忙しいのは分かっていますが、そこに王や騎士団、それに導師長や宮廷魔術師などはいませんよね?」
「受付を1人でやっているから、今は誰もいないわよ。誰かを呼びたいの?」
「いや、逆なんです。宿の目の前に王妃やネッキーさんが立っていると思うのですが、このありさまなので、お腹が空いても、広場にある食堂に入れずに困っています。さらに、無理矢理に外に出れば、メリッサの人々が大騒ぎしてしまって、私たちはもみくちゃにされて、本当に死んでしまいます。」
「そうよね。このまま王や王宮にいる人たちに、あなたたち夫婦が、お腹が空いたなんて言ったら、毎日のように、王と王妃に呼ばれて食事をする日々が待っているから寝る暇もなくなるわ。部屋で食べると言ったら、王や王妃が、その宿の部屋の中に来てしまうもの。」
俺の話を聞いて、長年、受付をやっているサラさんは、俺が頼みたいことを完全に把握したらしい。
「サラさんだから、話が早くて助かります。お忙しいと思いますが、誰か、信用のおける自警団員に食事を運んで頂けないでしょうか?。無論、これは私からの依頼なので、駄賃は払いますよ。」
「キョウスケさん、お金なんて要らないわ。キョウスケさんやヒマリさんのような英雄が、お腹を空かせているのが大問題なのよ。そんなの、誰かに声をかければ簡単に受けてくれるけど、口が堅い人が良いわよね…。」
サラさんはしばらく考えて、答えを導き出した。
「ふふっ、私が行くわ。今の状況では、誰に話しても、最後には騎士団や王たちに話が届いてしまうもの。」
「でも、サラさんが宿に入る理由はどうしましょ?。ギルドの顔だから、俺たちに会うなんて言ったら、門前にいる王妃や騎士団などが怪しみますよ?」
「大丈夫よ。わたしは、食事を食堂で受け取った後に、すぐさま収納魔法でそれを隠して、私はギルドの所用で、キョウスケさんやヒマリさんに伝えたいことがあると言って、部屋まで届ければ良いのよ。なんなら、朝昼晩でギルドから定期連絡をすることがあると言えば、皆は納得するわ。」
「すません、最低でも3~4日は無理そうです。このまま外に出たら、この前のように王の目の前でぶっ倒れてしまう事態に陥ります。」
「それは分かるわ。大人しく寝て、栄養価の高いものを食べないと、容易に魔力は回復しないわ。わたしも魔力回復に良さそうなハーブなどを加えてもらうように、食堂の店主に頼んでみるわ。」
「ありがとうございます。もう少し魔力があれば、この魔石の術式を利用して、この宿の一角に魔法陣をたてて、受付室と、ここを収納魔法のようにして、食べ物を瞬間移動させることもできるのですが…。」
「あっ、キョウスケさん、それは良い案よ。キョウスケさんが私に術式を教えてくたら、それをやってみるわ。もともと、この受付室には、収納魔法を利用した書類を自動的に書庫にしまう魔法陣があるものね。それを利用するのね?。」
「そういうことです。とりあえず、サラさん、頼みます。魔術師だから、ほんとうに助かりました。それと、あの時に魔力を融通して頂いて、本当にありがとうございました。改めて、会ったらお礼を言いますけど。」
「それは当然よ。でも、あれは本当に凄かったわ。…そうそう、その話は部屋に入ってしましょ。」
それで、サラさんとの魔道通話は切れたのであった…。