-翌日の明け方-
俺と陽葵はメリッサの城門前で前線に出るべく待機していると、日の出と共に、見張りの兵士から邪神龍が2体出現した報告が聞こえてくる。
「大変です!!。魔物が転送されてくる魔法陣が、今までより大きくなっています!!。まだ…、魔物は見えませんが…、じゃ、じゃ、邪神龍が2体います!!!」
その声と同時に、上空で邪神龍に戦いを挑むドラゴンの姿が見えて、互いに炎や氷魔法などを交えながら、上空で戦っているのをみると、ほぼ互角のような感じがした。
若干、ドラゴンのほうが夫婦愛が強いので、連携面で勝っているのが明らかに分かるから、ここはドラゴンが邪神龍に負けないように祈るしかない。
ヴァルカン帝国が邪神龍を先に転送させたのは、我が国のドラゴンが、魔物が転送した直後に、片っ端から潰された反省点を踏まえていることが容易に予測できた。
俺や陽葵は、女神アフロディーテ様や勇者トリスタンのパーティーと共に前線で戦いを挑もうとしている。
草原を抜けた先に、ローラン城に向かう街道と、メリッサの街に入る道があって、そこで大量の魔物や魔族を迎え撃つことになった。
ヴァルカン帝国の戦術は、我が国のドラゴンの動きを邪神龍で封じたあと、4万もの魔物を一気に向かわせて、俺たちの戦力を削いだ後に、神殺しの砲台でアフロディーテ様や陽葵を狙う作戦だろう。
同じく隣にいた王宮騎士団長のネッキーさんが、死を覚悟したように、静かに闘志を燃やして俺に声をかけてくる。
「キョウスケ殿、私たち騎士団は、この国の民の命を背負っています。こんなところで国が滅ぶわけにはいきません。貴殿は女神アフロディーテ様のご加護を受し救国の魔術師であると同時に、この国を託されたのと同然です。そのためには、私たちは捨て石になることも辞しません。」
俺はネッキーさんの固い意志を受け止めつつも、軌道修正を求めるべく、少し強い口調で彼が捨て石になることを否定した。
「ネッキーさん。女神アフロディーテ様は、この国の民を誰も死なせないつもりで、この地に降り立って、私たちの目の前にいらっしゃいます。4万を超える上位種の魔物や上級魔族を相手にしては、必ず犠牲が出てしまうと思いますが、なんとしても生き残りましょう。私も、できる限り死者を増やさない策を考えますから…。」
女神アフロディーテが俺とネッキーさんのやり取りを聞いて、とても悲しそうな顔をしているのが明らかに分かったし、この敵の数を考えれば、兵士や騎士が少なからず犠牲になるのは明白だ。
地上で地形を変えるほどの力の大きな神術は、主神より使用が禁止されているから、女神は、その力をセーブしながら、目前の魔族をできる限り消滅させるのが精一杯であるだろう。
これは、神話時代の神々の戦いで、この地に大きく爪痕を残して、多くの人間を巻き込んでしまった事への反省も含まれている。
ただ、それを除外しても、並桁外れた人間よりも、凄まじいことに変わりない。
邪神殺しの殲滅弾を人間の手によって撃たせたのは、発動時間が15分程度かかったとしても、アフロディーテ様や主神が、過去の反省を踏まえて考え抜いた苦肉の策なのだろう。
女神は、人間と違って、これを瞬時に発動できるわけだから。
だからこそ、女神が撃つ強い神気をすり抜ける魔物や魔族が出てきてしまうし、奴らには仲間意識やモラルなんて言葉がないから、仲間の魔物を楯にしながら、俺たちを全力で潰してくることは確実だ。
俺がそんな思考を巡らせているうちに、アフロディーテ様がネッキーさんに諭すように声をかけた。
「騎士よ、恭介の言うとおりだぞ。わらわを慕ってくれる人間どもを、簡単に死なせるようなことはしたくない。死者は、わらわが慈悲の心を持って、責任を持って天界に送り届けるが、そんな姿はみたくないのだ…。」
ネッキーさんはアフロディーテ様のお言葉を聞いて、涙を流していた。
「女神様…、なんという…、お慈悲を…。私は、言葉になりません…。」
そんなネッキーさんを見ていたら、いきなり気配を殺して俺の背中をポンと叩く人がいたので、驚いて後ろを振り向くと、セシルさんがいるので、声をかけようとしたら先に彼の方から口を開く。
「へっ、へ~~ん。お前は女神様が脇にいることに甘えて、油断しすぎだぞ。…まったく、ヒマリちゃんと一緒に、女神様のご加護を受けて、お前たちはさらに化け物になったな。…さてと。俺も騎士様やトリスタンと一緒に戦うよ。俺が死んでも、受付のサラがギルド長になるから安心しな。俺も、騎士様と一緒に、お前の捨て石になろう。」
「セシルさん、そんなことを言わないで下さい。必ず生きて帰ってきて下さいよ。セシルさんや自警団の仲間に死なれたら、俺はこれが成功したとしても、色々と悔やみますし、女神様も悲しい顔をするので止めて下さい。」
「ははっ、お前らしい言葉だな。お前が全力で止めてもな、俺はこの前線にいさせてもらうぞ。いささか腕は鈍っているが、女神様のそばで戦えるなんて、またとない機会だ。せいぜい頑張ってみるよ。」
セシルさんは俺や陽葵に手を振ると、持ち場に戻っていく…。
そろそろ、4万もの魔物や魔族たちは、転送を終えて、こちらにやってくるだろう。
そんな時に、少しばかりの策が、俺の頭の中に降りてきたので、すぐに女神様に声をかけた。
「アフロディーテ様、畏れ多いですが、女神様は戦いながら、神殺しの砲台の場所を遠目の術で、正確に見ることはできますか?」
「ふふっ、そんなことは容易いぞ。ほれ、今は草原にある大きな岩の影におるぞ。恭介よ、何か策が浮かんだのか?」
俺は、女神様へ思いついた作戦を示すのを一瞬だけためらったが、神の目前で、いちど口にしたことを誤魔化すのは無理だと察して、重い口を開くことにする。
この作戦は、犠牲者が少なからず出てしまうことが容易に予想できるからだ。
「私が邪神殺しの殲滅弾を唱えてる最中に、術式の中にその位置を組み込んで下さい。邪神龍は授かった術の応用で、目で見れば術式の構築がすぐにできますが、神殺しの砲台は、私たちから見えない場所に置かれるているから、術式を構築する時のイメージが難しいのです。」
「お主は、まだ、策がありそうだな?、早期に決着をつけるのには、理由があると察したぞ?」
「はい。神殺しの砲台が爆発すれば、かなりの威力がありますから、その爆発の乗じて、全ての魔物を巻き込むことを狙います。そのほうが討ち死にする騎士や兵士も減るでしょう。私たちは女神様のご加護でテレポテーションしますから安全です…。ですが、あまり良策とは思えない作戦です。」
「うむ、それなら、皆の魔力が余っているうちに、やらねば。そうすると、おぬしが術式を発動させ、邪神殺しの殲滅弾を発動させる時間稼ぎをする者が必要か…。そうか、お前の躊躇いはそこにあるか…。」
アフロディーテ様は、その作戦の真意を悟って、少しだけ目が潤んでいたが、俺に向かって言葉を続ける。
隣にいた陽葵も、それを察して今にも泣きそうだ。
「…こんな場所で、1人も死なせたくはない。しかし、そのほうが犠牲が少ないのは明らかだ。お主の策は良策だが、その躊躇いは痛いほど分かる。せめて、ここで討ち死にした者は、丁寧に天界へ送ろう。それは約束する。」
それを聞いた王宮騎士団長のネッキーさんは早急に魔道通話を開いて、関係各所に連絡を入れる。
その呼びかけに、多くの王宮騎士団の騎士、それに自警団ギルドの面々が集まって、女神アフロディーテ様や俺と陽葵を囲んで、押し寄せる魔物を食い止めることになった。
そこには勇者トリスタンのパーティーや、ローラン国王の姿まであるから、俺は奇妙な緊張感にさいなまれている。
昨日、俺が示した術式には少しばかり弱点があって、離れた場所では、邪神殺しの殲滅弾が刺さらないリスクがあるから、最前線で使わなければ意味がない。
神殺しの砲台も、俺の発動する邪神殺しの殲滅弾と同様に、射程範囲ギリギリの位置にいる。
あれも相当な魔力と神力をコアに溜め込むが、長距離になると途端に威力が落ちてしまって、なんの役に立たなくなる代物だ。
その作戦はすぐさま、騎士団長のネッキーさんを通じて魔道通話にて情報が共有されると、それを聞いた師匠が、何十人もの宮廷魔術師を引き連れて、慌てて前線にやってきた。
「キョウスケや!、お前は、また、無茶をするのか?。成功すれば死者は少ないが、失敗すれば我が国は全滅だぞ!!。私を含めて、お前に大量の魔力を融通できる魔術師を連れてきた。もはや、時間がないだろう。魔物が転送してくる魔法陣の魔力が、異様に上昇をしているから、じきに4万の魔物が一斉に襲ってくるぞ。」
アフロディーテ様はすでに、大量の神気を貯めているから、そばには寄れないほど、凄まじい神気を放ちながら、魔物が転送されてくるのを待っている。
女神様は、皆に向かって静かに言った。
「この作戦は、多くの魔物を引き寄せる必要がある。神殺しの砲台は草原の中にある、ひときわ大きな岩の後ろにあるぞ。あれが発動すれば、岩の横から狙いを定めて撃ってくるだろう。あそこに多くの魔物がくるまで、おびき寄せなければならぬ。そして、神殺しの砲台には、あの上級魔族の宰相と、複数のネクロマンサーがいる。皇帝は、まだ城にいるようだ。」
勇者トリスタンは、あの宰相の名前を聞いただけで怒りに震えている。
「くそぉ、狡猾なヤツめ。これだけ多くの人々を殺しておいて、神も倒そうと画策するのか?。そんなこと許してたまるものか!!」
俺は冷静さを失いつつある勇者トリスタンさまを、すぐさま諫めた。
「トリスタンさま、怒りを抑えましょう。あの砲台は、制御をするのに複数の魔術師が必要ですから、宰相が1人で起動させることは無理です。あの砲台は術式の仕様から、魔力の充填をあらかじめ行えないので、今から発動を準備しても、発射まで20分程度かかります。それに、砲台が爆発しても、宰相は仲間を楯にして、自分だけが生き残るはずです。」
「勇者よ、恭介の言うとおりだ。ここは落ち着くのだ。お主が無闇に前に出たところで、こちらの死者が増えるだけだから、わらわを悲しませるでない。」
女神アフロディーテのその言葉に、勇者トリスタンは我に返ったので、一同は安堵の表情を浮かべていた。
我々に女神がいることの本当の強みは、これなのかも知れない。