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第36話:メリッサ大決戦1。~前哨戦~

 -メリッサの攻防戦の1日目-


 襲撃が始まってから、最初の1~2時間程度は、後方支援だから余計に遠くから戦況を見ているのみだ。


 ここで、闇雲に俺たちが前に出たところで、指揮系統が混乱するのは明らかだった。


 ドラゴンが火を噴いて、ことごとく上級魔族を焼き殺したり、アフロディーテ様が、魔族たちを一瞬のうちに消滅させる様子を、単に見ているしかなかった。


 みんなは緊張感を持ちながらも、兵士は剣や弓を構え、魔道士は杖を持って、魔物がいつ襲ってきても、すぐに倒せる態勢を保っている。


 いまのところ、ドラゴンやアフロディーテ様が打ち漏らした魔物の全てを、勇者トリスタンのパーティーや王宮騎士団が片付けてしまうから、後方支援の出番はない。


 そのうちに、後方支援全体の指揮をとっているケビン師匠が、俺のところにやってきた。


「キョウスケよ、ここまで魔物が押し寄せてきてないから、後方支援部隊が油断しまくっているが、前線にいる王宮騎士団に少し疲れが見える。ここは後方支援の部隊と交代しながら指揮を取りたいので、お前はヒマリと一緒に、傷ついた騎士の手当を頼む。」


「師匠、分かりました。先に後方部隊を前線に送り入れてから、傷ついた騎士や、疲れ果てた騎士たちを後ろに下げましょう。今のところは前哨戦ですが、明日以降はヴァルカン帝国も対策を練ってくるでしょうから、かなりの敵が押し寄せてきます。これから油断は禁物かと。」


 師匠は俺の言葉に深くうなずいている。


「その通りだ。さてと、私は魔道通話で前線にいるネッキーたちに、しばらく兵を交代させて、今のうちに休みを取ることを提案しよう。ここで兵士や騎士団が気疲れを起こしては、明日以降に差し支えがあるぞ。」


 俺と陽葵は、前線にいた傷ついた王宮騎士団や兵士、民間人や遊撃自警団員の手当に追われて、比較的軽症の兵士は俺が軽く治癒魔法を当てることに、重症の兵士は陽葵がやることになった。


 これは、軽症のほうが1人に使う魔力は少ないが、負傷している兵士が多いために、トータル的に魔力がかなり必要だったから、保持している魔力が多い俺のほうが優位という判断からだ。


 陽葵は、前線で深く傷ついた騎士や兵士に回復魔法を施している。


「ヒマリ殿、本当にかたじけない。この傷を一瞬で治すなんて…。これは神の奇跡であるのでしょう。アフロディーテ様やドラゴンが打ち漏らして、襲いかかってきたヒュドラにやられました。勇者トリスタン様がすぐに仕留めましたが、慌てて前に出た私の判断ミスです…。」


 それをそばで見ていた、師匠が騎士に少しだけ小言を挟んだ。


「遠くから見ていたが、お主は、この国を守る気概ばかりが強くて、前に飛び出しすぎだ。少し落ち着いて戦わなければ、魔物に討たれてしまうぞ。それに、お主のように飛び出してしまうと、仲間の騎士たちは、お主に助太刀をするために犠牲になってしまうこともある。仲間達を失わないためにも落ち着いて戦うのだ。その程度の傷で済んだことを勉強だと思って、次は理性を持ちながら戦え。」


「これは…。けっ、ケビン導師長殿。私の不甲斐ない戦いを見ておられたとは…。この忠言は忘れません。騎士団や仲間のためにも、連携をとりながら戦います。」


 ローラン国は、大陸の隅にあるから、大きな戦が200年ぐらい起きていない、極めて平和な国だ。


 ヴァルカン帝国が200年前に、この国まで大挙して攻めてきたこともあったが、隣国の援軍に補給線を断たれて壊滅したお陰で大敗をしたので、ローラン国はヴァルカン帝国から見て、攻めにくい地とされている。


 ローラン国は、他国の魔物の大量襲来やヴァルカン帝国に攻められた国の援軍として、優秀な騎士団のみが他国へ遠征に行くことが続いているので、兵士や騎士団の実戦経験が不足しているのは否めない。


 しかし、今回の魔物襲撃によって、国としては兵士や騎士団の質をあげるためにも、大いに有意義であるが、犠牲者が必ず出てしまうリスクを背負ってしまうのも事実だ。


 女神アフロディーテ様の力やドラゴン2匹によって、メリッサの西方の草原にある魔法陣群から出没した上級魔族の2万匹は夕方を待たずして全滅した。


 メリッサを守っている人間に怪我人は出たが、全て治癒魔法によって回復して、死者がいなかったのは幸いだろう。


 ◇


 一方でヴァルカン帝国の王の間。

 ヴァルカン帝国の皇帝は、宰相や傷ついた斥候の上級魔族の戦況報告を聞いて唖然としていた。


「なに!最初に出した2万の魔物が全滅だと???。」


 皇帝は声を荒げて、ボロボロに傷ついた斥候の上級魔族に問いかけている。


「不甲斐ない戦果で皇帝陛下には申し開きできません。私も命からがら逃げてきました。メリッサには、神性のドラゴンが2匹いますし、女神アフロディーテが直接降臨をしているので、私などでは束になっても太刀打ちできません。それぐらい、メリッサ…、いや、ローランは強固に守られています。」


 それを聞いてヴァルカン帝国皇帝は決断をした。


「宰相!!。上級魔族の生贄を幾ら作っても構わぬ。邪神龍2匹と神殺しの砲台と、魔王軍4万を明日の明け方までにメリッサに投入せよ。女神が砲台を破壊しようとすれば、ローランが終わるぐらいの力を使わないとならぬだろう。」


 魔族の血が入っていたヴァルカン帝国の皇帝は、もはや、人としての心を失いつつあったのだ。

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