-ここは、ヴァルカン帝国の謁見の間。-
ヴァルカン帝国皇帝は、宰相から魔物の谷の魔物が、5万匹も消失した報告を聞いて、かなり苛立っていた。
「なに!!?。5万が一気に消滅だと!!。どういうことだ!!!。強い神気?。特定の神を崇めていないローランに、神を降臨させた可能性だと??」
宰相は、皇帝の問いに少しだけ戸惑いながらも報告を続けている。
「このヴァルカンには、魔族が崇める邪神しかいないために、神のことは分からず仕舞いなのです。ポセイドンやアレスなら、他国との戦場での経験から、どの神が降臨したのか上級魔族どもは分かりますが…。」
皇帝は、目の前にあった机を思いっきり殴って、怒りを露わにした。
「お前は、ローランの様子を偵察させて、報告をしにこいと言ったが、未だに報告が上がってこないぞ!!。なにごとだ!!!」
宰相は皇帝の怒りを目の前にして、皇帝に気圧されたような演義をした。
彼は、邪神の血を引く上級魔族であるので、魔族との血が混じっている皇帝が怒っても、内心は、恐ろしいと思わなかった。
皇帝を殺して、宰相が魔族の長としてヴァルカン帝国を乗っ取ることもできたが、それをすれば、それを口実にして、各国からヴァルカン帝国が攻められた上に、神々も黙っていない。
だから、あえて皇帝を傀儡にして、カモフラージュをしていたのだ。
「そっ、それは…。ローランへ斥候に出した上級魔族が、相次いで帰ってきていないからです。昼になって、さらに強い魔族を使っていますが、それも音沙汰が無く…。」
皇帝はいよいよ、怒り狂っているが、その怒りは、臣下に向けたものではない。
ローラン国を甘く見すぎていた、自分の判断力の甘さと不甲斐なさに怒ったのだが、それは、少しだけ人間の思考能力が残っている証拠でもあった。
皇帝は、立ち上がって怒りを爆発させながら、宰相に再び聞く。
「我はローランをなめていた!。上級魔族の斥候は、相次いで殺されるか?。ローランには、類を見ないほどに優秀な人材が豊富と見える。それと、強大な神の力を行使できるだけの力を持った輩がいるのだろうか?。」
魔族の宰相は、ヴァルカン帝国皇帝のように、政治的な判断ができるだけの力が不足している。
あえて皇帝を殺さなかったのは、それに頼った後に、世界征服が終わりに近づいた時点で、用無しとして殺そうと考えていたのだ。
しかし、そんなヴァルカン帝国宰相の野望は、神によって打ち崩されようとしていた。
宰相は、できる限り笑みを隠して、皇帝に1つの策を示す。
「それなら、この城や国境を守っている、精鋭の上級魔族や上位種の魔物5万をこの城に集結させてローランに送りましょう。それと、私が城の敷地の中で、地下深くから発掘をして修繕が終わった、神殺しの砲台をローランに…。」
皇帝は目を見開いた。
「ほぉ。それぐらいしないと、神の力を得たローランに勝てないと?」
「その通りでございます。それと、あの、山間にいる邪神龍を呼びましょう。何かの神がローランについているなら、上級魔族でも太刀打ちは難しいかと。神には神を当てないとなりませぬ。」
それを聞いたヴァルカン帝国皇帝は大きな声を張り上げて、宰相の進言をすぐさま了承する。
「よし!。それで明日の明け方から作戦を開始する!!。戦況が悪ければ、我もお主も、あの魔方陣を使って、ローランに瞬間移動するぞ!」
これが、ヴァルカン帝国の終わりの始まりになった。
皇帝は魔物の血が体に混ざり始めていたので、脳も魔族の血に侵されて、冷静な思考ができなかっのが敗因だ。
宰相は、斥候が相次いで殺されている原因を調べずに、やみくもに戦力を動かしてしまったから、致命的な欠陥がある作戦になってしまっている。
皇帝や宰相がいないヴァルカン城や国境は、ガラ空きだ。
天上界から、ヴァルカン帝国のやり取りを見ていた女神アフロディーテや主神は、長い溜息をついている。
「…私の不注意によって、主神が予想した通りの事態に陥ってしまい、申し訳なく。急いで、恭介と陽葵のもとへ完全降臨をする準備を始めます。」
「アフロディーテよ、そうしてくれ。それと、人間どもをなるべく邪神龍や邪神の血が入った魔族の戦いに巻き込むな。あの帝国の宰相は、邪神の血を引いた魔族だから、特に気をつけよ。アレに太刀打ちできる勇者の力は恭介に比べれば少し劣っている。戦況が悪ければ、私も降臨しよう。」
「主神よ、承知しました。あと、あの皇帝は、邪神の魔族によって、魔物の血を入れられているから、回復が不可能かも知れません。あの皇帝は、魔族に操られたと同然であり、大きな罪はありませんが、いずれは天界に召さなければならず、心苦しいところです。」
「うむ。アフロディーテよ、それは、わかるぞ。もはや、あの皇帝は手遅れだ。体の半分が魔族になってしまっている。だから、考え方も判断も魔族そのものだ。でも、その子供は、どこかに匿われているから、その後は、その子が皇帝だろう。私たちも少しだけ、その子の面倒を見なければいけないだろう。」
女神アフロディーテは、主神との話が終わると、直接降臨をするのに、恭介たちの周りにいる人間たちが大騒ぎしないように、細心の注意を払って、下界にいる恭介と陽葵の様子をうかがっていた…。
◇
俺と陽葵は、メリッサの門にある見張り台で、魔物が襲来しないかを見張っていた。
真夜中か、明け方には、大量の魔物達と決戦が始まると多くの人が見ているが、油断は禁物だから、俺も陽葵も、周りの監視を怠ってはいけない。
「陽葵さ、こういう時は、的の偵察部隊なんかもいるから、探知魔法とか、微妙な気配、それに魔力の揺らぎなんかも、捕らえないといけなくてね。」
「わたしは、魔物や魔族の動きを、神気で読み取るのよ。邪神を信仰している魔物や魔族は、嫌な感じの気配があるから、すぐに分かるの。」
夫婦でたわいもない会話をしていた時に、俺は微妙な魔力の揺らぎのようなものを、草原の方から感じた。
「ん?、魔法陣の魔力と術式が少し変わっている???」
それを感じた俺は、急いで師匠とシエラさまに魔道通話を開こうとした時だった…。
「あなた!!。アフロディーテさまが!!!」
陽葵は大きな声を出して、俺に向かって叫んでいる。
その、直後…。
目が開けられないぐらい、強くて、神々しい光が辺りに広がった。
そして、その光がおさまると、陽葵の横に、とても人間とは思えないような、とても、美しすぎる女性が、少しだけ宙を浮かびながら、立っているではないか…。
その女性の神々しさに、俺は足がすくんで動けない。
陽葵は笑顔で、その女性と目を合わせると、陽葵がうなずいて、その女性の正体を告げる。
「女神アフロディーテ様よ。天界で見たお姿と同じだわ…。でも、なんで、女神様がここに???」
「めっ、女神様…。いつも、うちの陽葵がお世話になっています。色々と助けて頂いて、なんとお礼を申し上げたら良いか…。」
俺はあまりの驚きに、かける言葉が思いつかず、無難な挨拶に留まってしまった…。
しばらくすると、見張り台から発せられた、まばゆい光を見て、師匠や勇者パーティー達が、俺と陽葵がいる見張り台に急いで駆け寄ってくる。
最初に、聖騎士のイジスさまが、女神アフロディーテ様を見た瞬間に、かなり驚いた様子で、すぐさま、ひざまずいた。
「これは!!。女神アフロディーテ様!!。まさか!!…直接降臨を!!。」
イジスさまの驚いた声を聞いた、師匠や勇者パーティーが、慌ててアフロディーテ様にひざまずく。
そして女神アフロディーテは、そこにいる人達に向かって口を開いた。
「わらわは、女神アフロディーテ。お前達を助ける為に、主神の命を受けて、この地に降り立った。」