俺と陽葵は、子供が欲しいなんて話が出たお陰で、色々な感情が爆発しそうな俺たち夫婦は、見張り台で体を寄せ合って、互いに言葉を交わしている。
魔物の襲撃があるから、メリッサは実質上、封鎖状態と同じだから、夕刻になっても出入りする人がいない。
俺は、陽葵の目をジッと見ると、頭をなでながら、少し真面目な話を切り出した。
「陽葵。ヴァルカン帝国が滅亡するまで、宮廷魔術師の誘いは保留だよ。勇者は、ヴァルカン帝国を実質上、支配している上級魔族の宰相が、ラスボスと見ているからね。」
「そうよね。だって、わたしたちは勇者パーティーの一員だし、遊撃自警団にも所属しているから、両方とも辞めないと格好がつかないわよ。それに、あの宰相の正体は、邪神じゃないかとも言われているわ。」
「それだから、今は保留だよ。それに…、もっと大切なことがあるよ…。」
陽葵は俺の言葉を聞きたくて、さらに体を寄せてくるが、彼女の少し大きい胸も当たっているから、俺はある種の感情をこらえるので、内心は精一杯だが、言葉を続ける。
「俺は、陽葵がヴァルカン帝国の秘密兵器や邪神龍に襲われて、陽葵を失いたくない。だから、陽葵を守るために必死に戦う。絶対に死なせたくない。俺にとって陽葵は大切な人だ。陽葵が死んだら、一緒に死にたくなるぐらい、陽葵のことを愛している。」
陽葵は俺の言葉を聞いて、俺の目をじっと見て、顔を赤らめたが、その言葉にシッカリと返した。
「あなたと初めて付き合っていた時から、あなたと結婚して子供を授かって、死ぬまで一緒だと決意しているのよ。アフロディーテ様や主神様から、あなた達を含めて絶対に死なせないと仰っているわ。だから、明日からの戦いで、わたしが死ぬことはないわ。」
俺は陽葵と一緒に見張り台の床に座った。
そして、右腕を陽葵の腰に回して、そっと抱き寄せると、陽葵は俺に体を寄せて、俺の胸に顔をうずめる。
「陽葵。神々からのご支援があるとは言え、相手は、邪神龍はもちろん、神を傷つけた強大な兵器を持っている。だから、邪神龍や兵器が見えた時点で、俺に駆け寄ってくれ。必ず陽葵を守る!。絶対にお前を死なせたくない。」
その俺の決意を聞くと、陽葵はギュッと抱きしめてくる。
「その言葉、嬉しすぎるわ。だって、主神から同じ言葉を言われたのよ。」
「主神じゃなくても、愛してやまない陽葵のことを想えば当然だ。とにかく、ヴァルカン帝国の愚かな陰謀によって、陽葵を死なせたくない!。」
一方で天上界からその様子を見ていた、女神アフロディーテは、それを聞きながら、庭園を駆けずり回っていた。
「いいぞ!。もっと2人は愛してくれぇ~~!!。それが悶えの正義なのよ!!」
女神アフロディーテは、2人様子を天界から見ていて悶えていたが、あまりにも良すぎるシチュエーションだったので、その愛の力を受けて、アフロディーテの神力がとても強くなっている。
そして、彼女は悶えた時に勢い余って、無意識のうちに、とても強い力を魔族達に向けて使ってしまったのだ。
それは、神から見れば「手が滑って勢いが余った」なんてレベルだが、なにせ、下界にとって、その力は、とんでもなく絶大になる。
女神アフロディーテは、恭介と陽葵のイチャラブによって悶えた結果、魔族の谷に待機していた7万もの魔物の群れに、強大な神気を浴びせて、5万匹もの魔物を一瞬にして消滅させてしまったのだ。
だが、これによって事態が急変して、前日の作戦会議が全て水の泡となるぐらいの非常事態を招く結果になってしまうのだが…。
しばらくすると、女神アフロディーテの手が滑ったことに気付いた主神が、女神のもとにスッ飛んできた。
「アフロディーテ!!。お前は、また、手が滑ってドジッたのか!!。そんなことをやったら、あの城にいる5万もの上級魔族が集結して、一斉に恭介や陽葵たちに襲いかかるぞ!!。」
そして、主神は、女神アフロディーテの頭に、黙ってゲンコツをコツンと喰らわせている。
「グスン…。主神さまぁ~~~。ごっ、ごめんなさいぃぃぃ…。2人の愛に悶えて、手が滑ってしまいました…」
「はぁ…。お主は、そのドジっ子を直せ。こうなったら、我も状況次第では降臨する準備をしよう。アフロディーテは、今すぐに、そのまま直接降臨をして2人を守れ!。それと、あとで始末書を提出してもらうぞ。」
女神はアフロディーテは、主神の申し訳なさそうな顔をしつつ、懐から巻物を取り出すと、主神にそっとそれを差し出す。
「主神よ、こんなこともあろうかと、事前に始末書を書いておきました。決戦前に2人がイチャイチャするのを見て、私の神気が暴走することを見込んでいました。今は、その通りのシナリオかと思われます。」
主神は、無表情だったが、黙って、もう一度、女神アフロディーテの頭にゲンコツを喰らわせた。
そうして、後の世に「メリッサ大決戦」と呼ばれた、ヴァルカン帝国滅亡の契機となった魔族の大襲撃は、女神アフロディーテの致命的なミスによって、壮絶な戦いになったのである。
多くの人間たちは、この襲撃を悪化させたのは、女神のドジが原因なんて知る由もなかったのだが、それと同時に、ヴァルカン帝国の滅亡を早める切っ掛けにもなった。
後に書かれた世界各国の歴史書には、上位種や上級魔族ばかりが集まった7万もの魔物が襲来したので、1000年ぶりに女神が降臨して、全て討ち滅ぼしたと書き記されたのみだったのである。
しかし、神が人間から離れるまでの間、末永く続いたローラン国の史書には真実が記載されていた。
『天上界にいた女神アフロディーテの手が滑って、魔族の谷にる魔物の大半を消滅させてしまった。そこで、危機感を覚えたヴァルカン帝国は、ヴァルカン城に上級種の魔物や上級魔族を集結させてメリッサを襲撃させた結果、主神が慌てて女神アフロディーテを直接、メリッサの地に降臨させた。』
それは、この国の英雄と末永く崇められた、恭介と陽葵夫婦から語られた話だったのは言うまでもない。