ドラゴンは魔道通話を使って、メリッサの遊撃自警団ギルドにいる人たち声をかけてくる。
「この地の民を率いている王よ。案ずるな、我らがついておる。それに、我の父母も何千年に前に、同じように魔族どもを撃退したのだ。その時は10万を超えたと言っていた。それよりは少ない、ただ、上級魔族が仰山いるから油断はできぬ。」
王はそれを聞いて、喜びを露わにして、立ち上がった。
「ドラゴンよ、この地を何度も救ってくれて、ほんとうに感謝している。今はドラゴンの他にも、女神様のお力も頂いている。こんなに心強いことはない。」
「王よ、礼は魔族を撃退してから受けよう。我も頑張るが、油断は禁物だ。さて、キョウスケよ。さっそく、本題に入りたい。たぶん、この会話はアフロディーテ様も聞いているだろうから、そのうち、通話に入ってくると思うぞ…。」
俺はドラゴンに話をふられたから、師匠と王の顔を見て目配せをすると、まずは王から声をかけられた。
「キョウスケよ。ドラゴンとお主の考えを忌憚なく申してみよ。お主の考えに違和感があれば、ネッキー騎士団長や、ケビン導師長が、何か申すだろう。」
内心は面倒なことになったと思いながらも、王命であるから、仕方なく俺は本気を出すことにした。
「はっ…、それでは僭越ながら…。」
陽葵は、目にハートマークを作りながら、両手を組んで俺の姿をジッと見ていたのが分かったが、今はそれに構っている余裕がない。
「あなた…♡、カッコよすぎて惚れちゃうわ♡」
そんな声が隣から微かに聞こえたが、俺はあえて陽葵を無視することにした。
その陽葵が抱いた恭介への愛から、アフロディーテ様は自然と陽葵の体に少しばかり降臨をしていたが、それに気付いたのは、聖騎士のイジスだけだった。
ただ、彼は、あえて、そのことを言わなかった。
陽葵を完全に依り代としてる時点で、アフロディーテ様は必要に応じて、陽葵を介して、ご神託を下すだろうから、今はジッと、この状況を見ているだけなのだろうと…。
それと同時に、女神が自然と降臨しても精神や肉体が神に干渉することなく崩壊しない、陽葵の精神力と女神アフロディーテとの相性の良さに驚嘆していた。
陽葵が相当に女神に気に入られている事が手に取るように分かったし、自分も信仰している神に対して、お気に召してくれるように精進せねばいけないと、自分のことを律していたのだ。
イジスさまが、少し怪訝そうな顔をしながら考えごとをしているのに気付いて、チラッと彼を見ると、それは一旦、スルーをしておいて、俺は自分の作戦をドラゴンに打ち明けた。
「ドラゴンよ、今回はメリッサの街と、城の間で手分けをして挟み撃ちにするほうが良策じゃないかと思う。今の規模の魔法陣の数だと、1日に魔物の谷から瞬間移動できる魔物の数は7千~8千程度だから、それを10日間で嫌がらせのように出してくるような気がしている。」
ドラゴンは俺の言葉に少しだけ笑い声をあげているし、どうやら、彼氏のドラゴンも、この軍議を聞いているようで、笑い声がもう一つ聞こえてきている。
「キョウスケよ。あの魔族どもは、我らが戦いに参加してくることを知らないようだな。我の父母の時は1日に2万の魔物を撃退したそうな…。」
「うーん、どうやら、メドゥーサやキングオーク、それに上級魔族を一気に撃破した挙げ句、ドラゴンの呪い解くことを1日でやったお陰で、あちらさんは混乱していると思う。だから、ヴァルカン帝国に一切、情報が入らなかったと思うよ。」
その恭介の予想は大当たりしていたのだが、それが改めて判明したのは、最初に魔物が襲撃してきた初日になってからだ。
「それなら、初日はアッサリと仕事が終わるぞ。我らは、そのうちの5000~6000体を倒そう。そして、残りの1000体を、人間どもが撃破してくれ。」
「問題は初日よりも、2日目以降かな。ドラゴンや女神アフロディーテ様が我らについている事が相手に分かれば、1日に2万以上の魔物を出して、壮絶な戦いになる可能性がある。そうなった場合が大変だろうと思う。」
ドラゴンとそんな作戦を練っていたら、魔道通話の魔法陣が一瞬だけ揺らいで、俺が唱えていた術式が誰かに強制的に移譲されたので、思い当たる節がありすぎて苦笑いが止まらない。
『こんなことができるのは、女神様しかいないよな…。』
「まったく、お主達は…。ここに女神がいるだろ?。」
その言葉は陽葵の口から発せられたが、声色も口調が明らかに違うから、皆は、いきなり降臨して言葉を発した陽葵に驚いて、その強い神気で、ひざまずくしかなかった。
「よいよい、皆は楽にしてくれ。元々は神と人間は、仲良く交わっていた。今は主神も、わらわの介在をお許しになっておる。」
俺は陽葵…、いや、アフロディーテ様に向かって1つの疑問を投げかけてみる。
それはシエラさまも同じ事を考えていると思ったからだ。
「アフロディーテ様。今回、主神がお許しになった背景には、やっぱり神殺しの砲台の件があるからでしょうか?。そして、それを使おうとする魔族に対抗する為に、私は、最悪な状況になったときに、主神から邪神殺しの殲滅弾を使うお許しは出るのでしょうか?」
「おっ、お主は、すでに知っておったか…。わらわの懸念は、魔族どもを追い詰めたときに、その砲台と邪神龍が出てくる危険性があることだ。そうなれば、主神は今までの魔族たちの悪事を考えると、大いに怒ると思うぞよ…。」
陽葵に降臨したアフロディーテ様が、そう言った瞬間に、魔法陣が再び揺らいで、こんどは、アフロディーテ様と比べものにならないぐらいの強い神気を感じる。
そして、魔法陣から、とても威厳がある男性の声が聞こえた。
「アフロディーテよ、その通りだ。そこの若い魔術師に、そんな許可なんてすぐに与えよう。我が出てきてしまうと、世は大騒ぎになる。魔族どもは、あの忌まわしい砲台を復活させおった。我が魔族達に抱く怒りは頂点になっているし、その上に邪神龍などを出してきたら、魔族たちには容赦などせずに、この夫婦や勇者達に力を与えるのだ!。この者たちは、我らの力を悪用することはない…。」
陽葵…いや、アフロディーテ様は、その声に一瞬だけ怖じ気づいたようにも見えたが、平静を装っているように見える。
「しゅっ、主神!!。今のお言葉、しかと、承りました。その際には、恭介や陽葵、それに勇者達に力を与えた上で、ある程度は人間主体で、この問題を解決させるように努力いたします…。」
「うむ。アフロディーテ。それで良い。この地のことは、お主に託したぞ。人間たちで上手くいかなければ、我も出てこよう。」
アフロディーテ様の言葉が終わると同時に、大きな神気は消えたが、周りに驚きと神の畏怖だけが残った。
アフロディーテ様と主神のやり取りを聞いていた王が、少し震えながら、やっと言葉を発した。
「…アフロディーテ様だけではなく、主神も我らを見ておられるとは…。ヴァルカンにいる魔族は、神々のお怒りを受けたのだ。なんと、恐ろしや…。そして、我らに、全ての神々がついているから、こんなに心強いことはない。」
その後、軍議はほとんど、アフロディーテ様が主体となって行われたような形になったのだが、議題は初日の魔物の襲来を撃破した後に、厄介な砲台や、邪神龍の対処を話し合う時間で過ぎていく。
一方で自分の体をアフロディーテ様に譲った陽葵は、天上界で、アフロディーテさまの本体と一緒に、軍議の様子をアポロン様や主神と共に見ていたが、主神は少しだけ顔を曇らせていた。
「陽葵よ。神殺しの砲台や邪神龍を魔族が出してきたら、必ず夫のそばにすぐに駆け寄ってくれ。アフロディーテもその時は、依り代の陽葵から抜けて、直接降臨を許可する。そなた達を死なせたり傷を負わせてはならぬ。」
それについて、アフロディーテ様はうなずいて、主神に答えた。
「主神よ、恭介に神殺しの砲台を破壊させるのは、私よりも、あの兵器の破壊が得意そうだからですよね?。それで、邪神龍を人間の手で倒すのは、いささか厳しいという認識でしょうか?」
「アフロディーテよ、その通りだ。恭介は鍛冶の知識もあるから、あの兵器の根本的な構造を理解している。だから、邪神殺しの殲滅弾に少し手を加えれば、あの兵器を完全に消滅させられるだろう。しかし、問題は邪神龍のほうだ。これは私の不始末でもあるから、責任を取らねばいけない。あえて言えば、邪神龍を倒すのも恭介次第だろう。勇者たちが持っている剣では、神力の構造が違い過ぎて、あの龍を倒すのは、いささか厳しい。」
「主神、あの兵器は、タチが悪いことに、古代の錬金術によって、コアは神力が練り込まれた特殊な金属で作られています。そのコアの金属に練り込まれた神力を崩壊させつつ、物理的に消滅させるわけですよね。だから邪神殺しの殲滅弾ですか?」
そのアフロディーテ様の言葉に主神は大きくうなずいた。
「うむ。しかも、魔族どもが、あの忌々しい兵器を修復したお陰で、神力ではなく、邪神の力が入っているから余計だ。まったく魔族は、とんでもないことをしてくれた…。それに人間に、あの兵器を破壊させる理由は、神があの兵器を破壊するのに術を使うと、力の制御の問題もあって民まで巻き沿いになってしまうからだ。」
その主神の言葉には、強い怒りが込められていたし、陽葵は、その神の会話を黙って聞くしかできない。
この戦いに勝利するのには、神の力が大きく左右していたのだ。