俺たちは、メリッサの宿の近くにある食堂で勇者トリスタンと昼食を共にしている。
オーフェンの店主が出すような、豪華な食事とまではいかないが、ローラン城とメリッサの間を流れる川にいる、大きな魚の切り身のムニエルや、その魚のダシが効いたスープ、それに、焼きたてのパンやサラダを食べながらトリスタンさまと情報交換をはじめた。
今回の襲撃にもヴァルカン帝国が大きく絡んでいる話や、臣下の上級魔族がネクロマンサーを使って、死者を天界に帰さないように悪さを働いたので、女神様が激怒していることなどを勇者パーティーたちに話すと、イジスさまが少しだけ天井を見て、不安げな表情で俺と陽葵を見て口を開く。
「アフロディーテ様のお怒りはごもっともですね。女神様を激怒させたからには、ヴァルカン帝国の魔族どもに容赦はしないでしょう。しかし、ヴァルカン帝国の上級魔族なんて、容易には倒せないので、かなり戦況を心配しています。」
そのイジスさまの心配に、シエラさまが、やはり真剣な目差しで俺たちを見て、もう1つの懸念を口にする。
「ヴァルカン帝国の地下には、超古代魔法時代の最終兵器とも言われる、神殺しの砲台と呼ばれる魔道兵器が眠っているわ。3000前年もの昔に、各国が覇権を巡って争ったときに、戦争を止めるために仲裁に入った女神に深い傷を負わせてしまったから、主神の怒りを買った兵器よ。」
その話は、俺も古い魔法の文献で読んだことがあったので、1つの疑問をシエラさまに問いただす。
「シエラさま。それは私も魔道書で読んだことがありましたが、その時は主神の怒りに触れて、砲台の術式を全て破壊した挙げ句、地下深くに埋めたと書かれていた記憶が。ヴァルカン帝国の血筋は、その時点で一度は滅びている筈ですが…。それは、なにか、とんでもない事を企んでいるような気がしてなりません。」
その疑問にシエラさまがうなずくと、彼女も心配そうな顔をして、俺の問いに答える。
「キョウスケ殿の師匠は宮廷魔術師だし、しかも導師長だから、その立場もあって、キョウスケ殿は色々な魔道書を読み漁ったのね。わたしたちの情報として、その神殺しの砲台が魔族どもの手によって、掘り起こされて修復されたと聞いたのよ。」
シエラ様のとんでもない情報に、俺は怪訝な顔をしながら不安と少しの愚痴を口にした。
「そんなのを掘り起こして復活させたら、神々の怒りに触れるに決まっていますよ。参ったな、ヴァルカン帝国がアフロディーテ様や陽葵に対して、アレを使ったら、俺は容赦しないですよ。対抗措置として神殺しの砲台の原型になった原始魔法も使うことも頭に入れます。」
それを聞いた勇者トリスタンさまが、あんぐりと口を開いている。
「キョウスケ殿は、シエラと同じで魔術に関しては化け物だな…。しかし、このローランに、神と人間が交わっていた時代の原始魔法を知っている魔術師が、シエラ以外にいるなんて…。」
俺はそれに関しては、口をつぐんだが、これは国家機密に関わることだから、勇者であれども簡単に話すことを躊躇った。
この古代魔法や原始魔法は、うちの師匠に教わったのだが、非常時以外に絶対に使ってはいけない禁忌魔法だから、その掟は守らなければいけない。
神と人間が交わっていたときの原始魔法の中には、術式を展開する前に、その魔法を使って良いのか神に伺いを立てて、神が駄目だと判断すれば、術者の命が奪われる可能性すらある危険な魔法まである。
神殺しの砲台を破壊するために、俺が使おうとしている禁忌魔法も、その部類に無論、入っているのだが、ここで、シエラさまが、トリスタンさまにローラン国を取り巻く魔術師の現状を、少しだけ説明をした。
「トリスタンさま、恭介さんの師匠はケビン導師長殿だし、ローラン国は1000年もの昔から続いている古い国だから、魔術に関しては、他国よりも優れている部分がありますよ。この国に聖騎士はいませんが、そのかわり、アフロディーテ様のご加護が強い土地でありますからね。」
そんな情報交換を兼ねた話をトリスタンさまとしていたら、あっという間に、軍議の時間が迫っているので、慌てて席を立って遊撃自警団のギルドに向うことにする。
こんな話をしていては、マトモに飯が食えないのは無論だから、内心は腹が減って仕方がなかったので、食堂を出て行くときにコッソリとパンを2個だけ持って懐に入れると、陽葵がそれを見て、クスッと笑っていた顔がもの凄く可愛いかったから、今にでも抱きしめてしまいそうだった。
軍議は、遊撃自警団のギルド長室で行われて、まずは、王宮騎士団長のネッキーさんより、今回の討伐に関わる作戦の概略が説明される。
具体的には、西にある草原に魔物が瞬間移動するための魔方陣が、いくつか浮かび上がっているようで、その位置が地図に赤丸で示されているから、分かりやすい。
その魔法陣を囲むように、ローラン城にいる兵士と、メリッサにいる兵士で取り囲んで、北の森ある森にも兵士や魔道士を配置して撃退する作戦だ。
また、メリッサの北にある森の守備については、カーズの街やメリッサの北にある小さな街にある、王国軍の守備隊や警備隊、それに自警団などの混成軍で追撃にあたることになった。
ネッキーさんが、作戦を説明すると、作戦に少し疑問を持った師匠が、俺に問いかけてくる。
「ネッキーよ、暫し待たれよ。もう少し良案があるかも知れぬ。キョウスケよ。お前は、古の魔道書も読んでいたが、なぜか古戦術書にもじっくりと目を通して、それに精通しておったな?。何千年にも前に、これ以上の魔物の襲撃があって、大決戦が繰り広げられた史実もあるのはワシも知っているが、お前はこの作戦を思う?」
「ケビン師匠の胸をお借りするつもりで、失礼します。」
俺は、王様やネッキーさんなどに一礼をすると、1つの案が浮かんで皆に少し提案することにした。
「今回の魔族によるメリッサ襲撃に関してですが…。師匠…、いや、ケビン導師長の仰る通り、魔族の規模に関しては、3000年間の歴史書をザッと見渡しても、10本の指に入るぐらいの規模になます。こういう事態になると、神が介在したことが幾つかの文献に存在していますが、今回のように神が直接的に介在したのは1000年ぶりになります。」
その俺の説明に、シエラさまはうなずいて聞いているから、彼女も俺と同じような文献を読んでいて、その手の歴史に詳しいことが分かる。
「今回の襲撃に関しては、ドラゴンと連携を取ることが重要かと思います。3000年前に、他国で3体のドラゴンと連携して、10万もの魔物を撃退した例があります。その時においては、ドラゴンとの魔道通話を、常に欠かさなかったと、史書に書かれていた記憶があります。」
その俺の案に、周りの魔術師や、騎士などから驚嘆の声があがったが、俺が言葉を続けようとすると、王が席から立ち上がった。
「うむ、キョウスケよ。ドラゴンと魔道通話をつなげるのか?」
王が問いかけると、俺は静かに王にうなずいて、すぐに術式を展開して、ドラゴンと特殊な魔道通話をしようと試みる。
「アフロディーテ様が私に教えてくださった、少し複雑な神の言葉を使いましょう。ドラゴンは大きいので普通の魔道通話では、全く聞こえない場合があります。そこでドラゴンの念に直接、訴えかけるのです。」
アフロディーテさまが俺に力をくれたときに、アフロディーテ様やドラゴンに対して、直接的に念で会話ができる手段を教えてくれていたから助かった。
実際には、ドラゴンに、俺の念を直接、飛ばして、ドラゴンから反応があれば、ドラゴンが魔法によって、俺たちに魔道通話の術式を使って、人間の言葉で会話を始めるのだが、こんな遠方から呼びかけるのには、少しだけ魔力と言うよりは、気力を使う。
俺が術式を展開すると、皆が見た事もない魔法陣だったから、目を見張って、俺の術をジッと見ていたが、その魔法陣を見ていたイジスさまが、とても驚嘆している。
「これは、古代魔法時代にあった、神術と魔術が融合していた時代の神言魔法陣ですよ。聖騎士や聖女、教会の上級司教でも、これを理解して魔術として唱えられる人なんて、この世界で指折りしかいない。」
「これもアフロディーテさまのお力というわけか…。」
王が展開した魔法陣を興味深そうに見ているが、俺は意識を集中しているから、王の相手ができない。
それを察した師匠が、王に説明をしてくれるから、内心はホッとしていた。
「王よ、イジスさまの言うとおり、この魔法は、古代魔法時代に失われた魔法の1つです。まだ、魔法と神術が一緒になっていた時代のものですが、アフロディーテさまは、この弟子に、とんでもない術を教えたと、実感しています。」
俺がチラッと周りを見ると、シエラさまが、目を見開いて、興味深そうに俺の魔方陣を見ているが、やっぱり構っている余裕がない。
この魔術は、意識をシッカリもっておかないと、精神がドラゴンにもっていかれて、下手をすると精神崩壊を招く恐れがあるから、気が抜けないのだ。
「キョウスケは、相当に険しい顔をしておるが、この魔術は魔力を相当に使うのか?」
その王の疑問に、師匠が、すぐさま答える。
「これは、普通の魔法とは違いますので、魔力の消費は少ないほうですが、集中しないとドラゴンの精神に干渉するので、自分の精神がドラゴンの精神と共鳴して、精神がおかしくなる場合があります。弟子は相当に集中していると思います。この術は、古代魔法時代から禁呪の扱いを受けていますから、取り扱いに要注意です。」
「ローラン王、私も古い魔道書では読んだことがありますが、実際にこうやって目にするのは初めてです。私も師匠から禁術として教えられていました。この魔術は、神言が混ざるので、普通の魔術師では発音すらできませんし、その言葉に一つ一つ意味がありますから、発音を真似しただけでは発動ができません。女神様がお許しになっているからこそ、使える術なのです。」
シエラ様が俺が最後の術式を展開している最中に、適切なフォローを王に入れてくれたことに感謝しながら、ドラゴンを呼びかけていると、それに反応して念を飛ばしてきた。
『キョウスケよ、話はお前が送った念で分かった。もう亡くなった父や母も、我が小さかった頃に、魔物の大襲撃があって、女神様の神託によって戦ったのだ。我も彼氏と一緒に戦うから安心してくれ。』
俺はドラゴンにありがとう、助かったと念を送ると、ドラゴンは、すぐさま、ギルド長室の隅のほうに魔道通話用の術式を展開して、魔法陣が浮かび上がる。
「皆よ、キョウスケの呼びかけによって、我も作戦会議に参加しようぞ。我の父も母もこうやって、この地の民と共に戦った記憶がある。だからこそ、共に戦うぞ。」
「おおっ、神の使いのドラゴンが軍議に参加してくれて、大いに心強い…」
王は、その魔法陣に向かって、ドラゴンに嬉しそうに声をかけていた。