-ここはヴァルカン帝国の玉座の間。-
ヴァルカン帝国の皇帝は、魔族の宰相の報告を聞いて怒りに震えている。
「なに!!。ローランでの工作が全て失敗に終わっただと!!。なんだ、それは!!」
ヴァルカン帝国は、実質、魔族に乗っ取られて、魔族によって国が動かされている状況であるのと同時に、皇帝は、魔族の罠によって、食事中に魔族の血を密かに入れられて、すでに体の半分が魔族と化していた。
しかし、心あるヴァルカン帝国の皇帝の血を引く末子の王子が、密かにヴァルカン帝国から脱出し、国境の町に潜んで再起を図っている。
末子の王子がヴァルカン帝国から抜け出して再起を図っている件は、各国のが把握をしていて、隣国の斥候が、その王子を魔族から守っている状況だ。
上級魔族の宰相は、険しい顔をして、皇帝に対して、とんでもない策を進言する。
「もはや、魔物の谷にいる7万の魔物を、全てローランのメリッサに向けてはいかがかと。」
皇帝は相当に怒り狂っていたせいか、冷静さを失っているから、何も考えることなく、すぐにそれを了承したが、それが大きな失策である事に気付けない。
「そんなのは当然だ!!。しかし、ローランに出向いた上級魔族が1人として帰ってこないとは何事だ!!。特別種の魔物も一掃されているのだぞ?。ローランには勇者と同等な凄腕が複数いるのか!!」
宰相も何が起きたのか分からないと言った表情で首を横にふる。
「上級魔族が誰も帰ってこなかったので、詳しいことは分かりませぬ。事前の情報では、自警団のA級魔法戦士とその妻の聖女が、かなりのくせ者ですが、あとは大したことが無かったはず…。同時多発的に作戦を立てて、距離も考えて割り振りましたから、少なくても2人は帰ってくるはずでした。」
「それはワシも分かっておる。だが、お前と同等の力を持った上級魔族が全滅とは何事だ!!。ローランで何が起こっているのかを早急に調べろ!。我が国と険しすぎる山に阻まれているお陰で、山を迂回するルートしか取れない遠方のローランを甘く見すぎた証拠だぞ!!」
「御意。こんな事態は建国以来、初めてのことであります。」
魔族たちは、ローラン国にまつわる伝承など、全く知る由もないから、その原因すら探れない。
そして、今回の件に関して、女神アフロディーテの怒りを買ったのが影響を及ぼして、自国が滅亡の運命を辿ろうとは、思いも寄らなかったのである…。
◇
一方でここはローラン国-。
俺と陽葵は、ようやく王や師匠からの追求を逃れて、宿に戻ることを許されたので、宿のベッドで少し仮眠を取っていたら、こんどは部屋をノックする音が聞こえる。
「キョウスケ殿、ヒマリ殿。お休みのところ誠に申し訳ありませぬ。騎士団長のネッキーです。」
その声を聞いて、俺は慌てて部屋の扉を開けると、ネッキーさんは申し訳なさそうに部屋に入ってきて、俺の顔を見ると、長い溜息をついた後に懇願をしてきた。
「キョウスケ殿、少しばかり助けて頂きたい。昨夜、私があの食堂で、店主に部下の騎士たちと食事をした話を覚えているでしょうか?」
ネッキーさんが、食道の店主の話をした途端に、俺は嫌な予感がしたのと同時に、陽葵も俺の隣にいて、心配そうに見つめている。
「騎士団長殿、何となく予測がつきましたので、下の受付にあるテーブルでお話を聞きましょうか。この部屋では落ち着いてお話しができるような環境ではないので…」
この部屋は、ベッドと小さな机が置かれているだけで、真面目な話をするのには向いていない。
『どのみち、ここの宿の主人は、食堂の店主と仲良しだから、協力が必要だろう…』
「ネッキーさん、ここで話すのも散らかっていて落ち着きませんから、受付にあるテーブルで話しましょうか。この案件は宿の主人の協力も必要ですから。」
俺と陽葵、それに騎士団長は、宿の受付にある比較的大きなテーブルを見つけて席に着くと、さっそく話を始める。
それを見た宿の主人が気を利かせて、ハーブティーを持ってきてくれた。
「主人、ありがとう。隣の食堂の主人の案件だから、ちょっと話を聞いてくれないか?」
俺が主人にそう言うと、主人はハーブティーをもう一つ持ってきて椅子に座ると、ネッキーさんは事情を話し始めた。
「キョウスケ殿、実は、食堂の主人から、王を含めた全ての食事を、主人が無償提供をすると申し出てまして…。夕餉を全て作って頂ける料理人がいるのは、私としては、とてもありがたいのですが、無償提供はさすがに国として問題がありまして、説明しても聞いてくれないのです…。」
それを聞いて俺や陽葵、そして宿の店主も腕を組んで考え込んでしまっている。
そして、宿の主人が複雑な顔をして、騎士団長に向かって頭をかきながら、あの食堂の主人のことをボヤキ始めた。
「あの店主は、言って聞かないタチでね。王や王妃の食事を含めたら、いくら金をつぎ込んでも足りないぐらいのことは承知しないと…。アイツはダメなんだよなぁ…。」
俺はそれを聞いてマジに食堂の主人が心配になって仕方がない。
「兵士にまで無料で振るまったら、金貨なんていくらあっても足りないし、店が滅ぶぞ…。」
店主は俺が店が滅ぶという言葉に反応してうなずくと、静かに席を立つ。
「ちょっと、食堂に行って奥さんを呼んでくる。こういう時には奥さんしかいないからね。」
宿の主人はあることに気づいたようで、急いで食堂まで走って奥さんを呼びに行った。
しばらくして、宿の主人は、食堂の店主の奥さんを、宿屋まで連れてくると、テーブルに奥さんを座らせた。
そして、自己紹介と挨拶もほどほどに、奥さんは騎士団長に申し訳なさそうに顔を向けて口を開く。
「事情は宿の主人から聞いたわ、うちの旦那は聞くような人じゃ無いのよ。タンスからありったけの貯金を引き出して、王のために食事を提供しようとしているのよ。まったく参っちゃうわ…。」
俺はそれを聞いてハッと気づいて1つの案を出してみた。
「ネッキー殿、奥さんと協力しながら、仕入れ先を回って、食堂の店主が払った全ての金額を聞いて、奥さんに支払って下さい。そして、料理に関わった代金と、営業を止めた1日分の売上も含めて、一括して奥さんにお渡しすれば、全て解決できるはずです。」
食堂の奥さんはホッとした表情を浮かべながら、俺に感謝の言葉を口にする。
「流石は、救国の英雄たるキョウスケさんとヒマリさんだわ。このままでは、私の店も滅ぶところだったわよ。王に食事を提供した名誉は得られるけど、しばらくは無一文で過ごさなきゃならなかったわ。」
俺の言葉を聞いた騎士団長もホッとした表情を浮かべているが、もう椅子から立って、仕入れ先の店を回る気でいる。
「奥さん、さて、一緒に仕入れ先を回りましょうか。お代については、王から生涯にわたって、困らぬように払えと言われております。私もそうですが、うちの騎士達も、たまにオーフェンに寄ったときは、ここで食事をしたいと言っていましたよ。」
俺はそこで、もう一つ、食堂の奥さんに提案をしてみる。
「そうですね、奥さんは、旦那さんに、もっと良い仕入が出来るお金があるから、一緒に仕入れ先を回りましょう、なんて言ってみると良いと思いますよ。たぶん、それでネッキーさんも一緒に回れば、支払いが一気に終わるはずですから。」
それを聞いた奥さんは、微笑んでネッキーさんと一緒に席を立って、早速、仕入れ先の店に向かってしまった。
俺は、奥さんとネッキーさんが宿から出て行ったのを見届けると、ホッとして力が抜けたので、いったん部屋に戻って少し休むことにした。
まだ、魔力があまり回復していないし、アフロディーテ様から色々と術や魔力の器を授かった影響で身体の魔力バランスが上手くとれていない。
俺は、それを心配そうに見ている陽葵の頭をなでながら話しかける。
「このぶんで行くと、今日の夕食は、あの店の店主が作る豪華の料理になりそうだよね…。」
「ちょっと楽しみだわ。たぶん皆をうならせるような、美味しい料理がたくさん出てくると思うから、わたしはちょっとずつ頂くとするわ。食堂では、無理矢理に食べさせられてしまうから、お腹がいっぱいだと地獄なのよね…。」
陽葵は、そう言いつつも、かなり嬉しそうな表情をしていた。