俺たちが遊撃自警団ギルドに着くと、エリオンさんがいるギルド長室に皆が入っていった。
ギルト長室に入った宮廷魔術師が収納魔法を使って、行幸に使う玉座を2つ出して、ギルド長が座る椅子と取り替えて、王と王妃をそこに座らせる。
俺の師匠であるケビン導師は、王と王妃から少し離れた位置に椅子を置いて座ったので、王宮では宮廷魔術師や宰相などが立っている位置なのだろうと察した。
エリオンさんは、俺達と一緒にソファーに座って俺と陽葵をジッと見ているし、オーフェンの領主は、王や王妃の様子を心配そうに見ている。
しばらくして、お付きの人々の配置も決まって周りが落ち着くと、王が俺に向かって最初に話を切り出した。
「キョウスケやヒマリがアフロディーテ様のお力を得た経緯について詳しく知りたい。この際だから、女神様のお怒りに触れない程度に、素直に話して欲しい。」
『テレポーテーションと泉の件は隠すか。』
俺は陽葵と目配せすると、陽葵も静かにうなずいて、皆に順を追って状況を説明する。
「そもそも、アフロディーテ様が陽葵に完全降臨をしたのは、魔王軍のネクロマンサーの秘術によって、聖騎士の迷える魂が、天に召されない呪いをかけたことが原因です。それで、アフロディーテ様が、とても、お怒りになったのです。」
王が少しだけ天井を見つめていたが、俺の顔を見つつも話の続きをうながす。
「そういうことだったのか。ヴァルカン帝国の息がかかった魔族どもは姑息よの。死んだ者は必ず、天に召される。魔族の力で、魂が天に召されるのを邪魔すれば、神はお怒りになるだろう…。」
「そういうことです。陽葵を通じて、天上界でその様子を見ていたアフロディーテ様は、キングオークを討伐する際に、突如として陽葵に降りました。それは、もう…畏れ多くて…。その、お言葉の一つ一つが、私に重くのしかかるほど、強いものでした。」
俺が話す女神の様子を聞いた王は、静かにうなずきながら、言葉をお返しになる。
「女神様が開いた魔道通話を聞いて、それはヒシヒシと感じたぞ。もう、ワシは震えが止まらなかった。あのお言葉は、神として重みがあって、人間が発する言葉ではない。王妃もケビン導師も一緒にいたが、皆は魔法陣に向かって、ひざまずくしかなかった…。」
そして、師匠が王の話が終わると、俺に向かって、その時の状況を問いただしてきた。
「あの魔法陣を見て、人が近寄ってはならぬ神域で見るような形だったので、腰を抜かしたのは、私も同じだ。キョウスケはそれを、間近で見ていたのだろ?。神の魔術の一端でも得られたのか?」
「師匠、あれは人の及ばぬ英知です。アフロディーテ様は術式も詠唱もせずに、右手の指を鳴らしただけで、あれを展開したので、すぐには分からないですよ。」
俺の言葉に、陽葵以外の全員が口をポカンと開けたまま、何も語れなくなっている。
それに加えて、その状況に拍車をかけるように、陽葵がアフロディーテ様が降臨していたときの様子を語り始めた。
「王様。わたしは、アフロディーテ様が降りているあいだ、天上界に少しだけいたのです。そこでアフロディーテ様と一緒に下界を見ながら、色々なお話をしていたのですよ。」
陽葵の言葉を聞いて、全員がその状況を想像して、ポカンと口を開けたまま、その口が塞がらない状況が続く。
そして、数分後、ようやく状況を噛みしめるように、理解が進んだ師匠が、陽葵に対して重い口を開いた。
「ヒマリよ、アフロディーテ様と天上界に行って、お話をしていたのか。…これは、完全に神のお導きなのだろう…。ただ、ただ…、驚いた!」
「ケビン導師殿、その通りですよ。天上界で偶然に出くわした、アポロン様とも少しだけお話をしました。私たち夫婦が持った治癒の力は、アポロン様のお陰でもありますよ。」
王は陽葵が他の神とも会ったと聞いて、驚きを隠せずポカンと口を開けながらも、立ち上がる。
「アフロディーテ様だけではなく、アポロン様も…なんと、なんと…」
俺は、陽葵が女神と会った話で、皆が驚いているから、それを利用して、無駄な詮索をさせないように、さらに追い打ちをかけるように、皆を驚かせることにした。
「それに、あのスケルトンの呪いを解く為に、魔剣を折る手助けをしてくれたのは、ヘパイストス様の知恵があってこそでした…」
ヘパイストス様も力を貸したことを聞いた、陽葵以外の皆の口がポカンと開いたままになって、さらに固まってしまっている。
俺と陽葵は、女神の泉の話と、テレポテーションを授かったことを伏せながら、洗いざらい起きた事を話して、最後にこう締めくくった。
「皆さん、女神の怒りに触れるような部分もあって、誰にも話すなと、ご神託を受けている部分もございます。どうか、そのあたりはご容赦頂きたく…。」
俺が最後に釘を刺して、無駄な詮索をされないようにしたところで、師匠が少しだけ鋭い目差しを向けてくる。
「キョウスケよ、お前は、この国の導師となって、私の跡取りとなれ。お前たち夫婦は神の英知に触れているから、他国で過ごすのは危険だ。この国は女神アフロディーテ様のご加護で溢れている。お前は、この国の真実を女神様から聞いていると見抜いた。」
『師匠も、泉の話は知っているのだろうが、あの話は完全に禁忌なのだろうな…』
そう思いつつも、俺は本題に入る前に宮廷魔術師の件を保留にすることにした。
「まず、始めに、師匠。宮廷魔術師のお返事は、この戦いが終わってからにして下さい。」
俺がそう言うと、王がうなずいて、師匠の代わりに言葉をかけてくる。
「その返事は急がぬ。ただ、女神のお力を授かった者が我が国にいることが、心強い。よい返事を心待ちにしておるぞ。」
「承知いたしました。しばらく熟考させて下さい。」
王が俺の微妙な返事に対して、笑顔でうなずくと、師匠が再び、俺に問いかけてきた。
「お前たち夫婦は、ドラゴンの谷から、アフロディーテ様のお力によって、瞬間移動をしてきたのだろ?。その時の術式や魔法陣は覚えているのか?」
「師匠、あれは神の英知ですよ。短い神の言葉で綴られたものでした。その言葉は恐れ多くて、言葉であって言葉ではありません。恐ろしくて声にも出せません。それに、ほとんど無詠唱で瞬間移動をするから、構造的なものはサッパリ分かりません。」
俺の弁解に、師匠は深くうなずいて、静かに目を閉じて、少し考えてから俺に言葉を向ける。
「キョウスケ、そうだろうな。お前達は、神の恐ろしさをじかに見ている。だからこそ、ご神託が下っていると察しているのだ。」
『さすがは察しが良いな。ただ、あの術式の一部も分からないだろうな。俺だって、神語は神官や聖騎士、それに陽葵のような聖女じゃないから分からないし、陽葵はその知識がほとんどないのに、聖女をやっているから、ある意味で凄まじいのだが…』
そんなことが頭の中に浮かんだが、俺は、そこは女神の神託ということで逃げる事にした。
「師匠、それが故に、私も陽葵も、皆に言ってはいけない事が幾つかあります。それは女神様のお願いなので、絶対に言えません。この中には、この地の根幹に関わる部分もあります。アフロディーテ様や守り神のドラゴンが、お力を貸して下さるのには、この国の危機が、世界の危機に直面する可能性があるからです。」
俺は師匠と話をしている最中に、泉のことが頭に浮かんで、その件は絶対に言ってはならぬと思ったし、あの泉の悪用が、とても危険であるからこそ、女神はドラゴンに、あの泉を守らせていると確信していた。
そして、俺がローラン国の根幹の話に触れたことを気にかけた王妃が、少しだけニコリと笑って口を開く。
「キョウスケ殿。わたしは、毎晩のように昔話を聞かせて、幼い王子を寝かしつけるのよ。そのキョウスケ殿のお話のなかで、少し思い当たる節があるわ。」
王妃は息を整えて、短い昔話を、この場で語り始める。
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1000年も昔のこと。
北の谷に、魔法のお宝があって、この地の人々は、それを巡って醜い争いが起こっていました。
それを見た女神さまは、たいそうお怒りになって、異国の地にいた神の使いのドラゴンに、魔法のお宝を守らせることにしました。
争っていた人々は、その魔法のお宝を横取りしようとすると、神の使いのドラゴンの怒りに触れて、焼き殺されてしまいます。
そんなある日、この国の王は、女神さまが夢にあらわれて、ご神託を受けたのです。
-あの谷に近づいてはならぬ。ドラゴンを殺してはならぬ。末永く王の子達に、このことを伝えよ。-
そのご神託を受けた王は、ドラゴンの谷を含めた国を統治して、1000年も変わらずに女神様から、この国を任されているのです。
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それを聞いた俺は、王妃をジッとみて、簡単に説明を終わらせる事に決めた。
たぶん、王や王族の間で、1000年前に、泉を巡った人間同士の戦争が起きたことに関して、きちんとした伝承が残っているに違いない。
「それが、この国の根幹なのです。その話は、末永く、王族に伝えなければいけません。」
王は俺の簡単な説明を聞き終わると、両手を組んで、しばらく女神に祈りを捧げていたのである。
一方で、女神アフロディーテは、ゆっくりとお茶を飲みながら、この話を天上界で聞いていたが、恭介や陽葵の話を聞いて、ニヤリと笑って深くうなずくと、大きな独り言を放っていた。
「2人よ、それで良いのだ。あのテレポーテーションは神の分野だし、下手に人間が使えば、変な場所に転移して身体が崩壊する。それと、泉のことを話せば、1000年も前に起きた愚かな人間の二の舞が起きようぞ。しかし、魔族どもに泉のことがバレずによかったわ。魔族が近寄るだけで浄化されるだろうが、力も持ったヤツなら、それを悪用する事態もあろう…。」
実際にドラゴンが魔王軍のネクロマンサーの罠にはまって魔剣の呪いにかかったのは、泉の存在を隠すために、ドラゴンが必死で注意力が散漫になっていた背景が強い。
ドラゴンは、油断したと反省していたが、女神アフロディーテには、それがお見通しである。
「さてと。少しばかり恭介と陽葵に干渉するかの。主神から許可を得ているから、魔族の群れの討伐に関わる部分は、二つ返事だったので気が楽ぞよ。女神の涙のことは主神も心を痛めているし、人間の干渉はともかく、魔族の欲望によって、あの泉が滅茶苦茶にされることがあれば、お怒りはごもっともであろう。」
女神アフロディーテは、天上界で長い独り言を終えると、椅子から立ち上がって、右手の指をパチンと鳴らしたのだった。