勇者トリスタンたちはローラン城から出ると、メドゥーサがいる沼に急ぎ足で向かったが、沼の周りにはメドゥーサによって石化された人や動物がいくつも並んでいた。
ふと沼の向こう側の岸を見ると、メドゥーサの周りに奇妙な魔法陣がいくつも浮かび上がっていて、ネクロマンサーがメドゥーサを操ろうとしてるのが見えたので、賢者シエラは叫びながら、すぐさま術式を展開する。
「ネクロマンサーだわっ!!。もう、悲劇はたくさんよ!!!!」
シエラはネクロマンサーに僧侶が使う死霊を浄化する光魔法を浴びせて、ネクロマンサーが術式を展開するのを阻止した。
トリスタンたちは、メドゥーサの石化を防ぐのに、各々が鏡のように磨かれた盾を持って挑んでいた。
シエラがネクロマンサーに向けて放った光魔法は、沼の水に反射して、さらに3人の持っていた盾にも乱反射したので、光魔法がメドゥーサにも向かって当たったから大変だ。
その光魔法に当たったメドゥーサは、光魔法を不意に当てられた怒りから、ネクロマンサーと勇者パーティーに向けて石化の光線をところ構わず放ち始めたので、勇者トリスタンはそれをみて頭を抱えている。
「まずい!!。光魔法を使うと盾で魔法が反射するからタチが悪いぞ!。これでは、どちらを倒すのにも苦労してしまう。みんな、石化には注意してくれ。イジスやシエラがいないと、石化の解除が難しくなる。」
◇
いっぽうで俺たちは、女神の力でオーガキングを消滅させたあと、魔王軍が聖騎士の魂を悪用して、魔剣の呪いをかけて操っていたスケルトンを倒したが、まだ、洞窟の前にいた。
俺は洞窟内にあるオーガキングの魔石を魔法で集めると、アフロディーテさまに憑依された陽葵をジッと見た。
このままアフロディーテ様に憑依されたままでは、この先の行動に関して、神が横にいるから助かるのだが、とても愛している嫁の身体を乗っ取られている訳だから、精神的にはとても辛い。
「恭介よ、そろそろ、そなたの妻を返すとするか…。」
アフロディーテさまはそう言ったが、辺りを見渡すように首を左右にふると、怪訝な顔をした。
「しばし待て。そなたは、ここの民がメドゥーサと呼んでいる魔物がいる場所を知っておるか?」
「はい、存じております。」
俺は勇者トリスタンに何かあったことを察して、嫌な予感がしていると、陽葵…いや、女神アフロディーテはさらに険しい顔をして俺に話しかけた。
「ここの民は勘違いしているが、この世にメドゥーサはおらぬ。あれは、だいぶ昔に魔族どもが勝手にメドゥーサを真似て作ったものだ。本物のメドゥーサは神気を帯びておるし、あんなに禍々しいものではない。どうやら魔族がその、メドゥーサ紛いの魔物を暴走させようとしている。それに加えて、民に選ばれし勇者が苦戦しておる…。」
それを女神の話を聞いて俺は凄く驚いた。
『神様は全部、お見通しなんだな…』
「アフロディーテさま、いかがなさいましょう。魔族のレプリカとは言え、勇者が苦戦しているのは私として心苦しくて、すぐにでも助けたい。」
俺のその素直な気持ちを聞いて、女神アフロディーテ様は微笑んだのだが、依り代は陽葵だから、笑った顔が陽葵のいつもの笑顔ではない。
その表情から神々しい感じが漂っている。
「ここで、わらわの力を使えば依り代の妻は崩壊してしまう。そうじゃ、そなたの全魔力を、わらわに回すのだ。さらには、守り神のドラゴンがいる谷にまで力を使いたい。」
「アフロディーテさま、世を救うためにも私の魔力など、お安いご用でございます。さらには、私は愛する妻を失いたくありません。」
俺は自分が立てるだけの魔力を残して、ほとんどの全魔力を陽葵に注ぎ込む。
「ふふっ、人間にしては、なかなかの魔力ぞよ。これならドラゴンのそばいる魔族まで確実に倒すことができる。しばし見ておれ。わらわも地上でこれだけの力を使うのは、ひさかたぶりだ。」
アフロディーテ様は右手を上にかざすと、人語では言い表すこともできない複雑な神語を繰り出している。
その発した言葉を聞いただけで、畏怖のようなものを感じるほど人知には及ばない言葉だ。
目がくらむほど辺りがまばゆい光につつまれて、アフロディーテさまが何か言葉を発した瞬間に、強い光の塊が2手に別れて空を飛んでいく。
その光はローラン城の方角と、ズッと北にあるドラゴンの谷の方角だ。
最初にローラン城の方角に光が落ちると、その周辺が朝焼けのように桃色の強い光に包まれて、数秒、遅れて遠くのほうで桃色の強い光が地面から空に向かって広がるのが見える。
「さてと…。もう少し、そなたの妻を借りるぞ。思ったよりも魔力が余っておる。その前に、わらわは、ここの民に向けて神託を下す。」
「アフロディーテさま、しばしお待ちください。私の関係者や王などに、ご神託を直接、聞かせとうございます。」
俺が慌てて術式を展開させようとしたところで、アフロディーテさまは静かにうなずいて、微笑みながら右手の指を鳴らしただけで、セシルさんとローラン国王の魔道通話につないだ。
『神様は凄すぎる…。俺は無理矢理に術式を使って干渉しながら通話を開くのに…』
今まで見たこともない魔法陣から、セシルさんやローラン国王、そして勇者トリスタンさまの声が聞こえて、皆は驚いた様子だった。
アフロディーテさまは微笑みながら言葉を発した。
「わらわは女神アフロディーテ。魔族どもが人の魂を軽んじる行為が許せずに、依り代を介してここに降り立った。そしてこの地の民に神託を下す。まずは、魂を軽んじて神を侮蔑する魔族を、ここで恭介と共に討伐した。まずは勇者に告ぐ。」
「はっ!!、先ほど窮地を救ってくれたご恩、決して忘れませぬ。」
トリスタンさまの緊張した声が魔法陣から聞こえた。
「民に選ばれし勇者よ、気負いするでない。人が死ねば魂は天に召される。その摂理を無理矢理にねじ曲げた魔族が悪い。わらわはそれに怒っているのだ。」
「なんと申せば良いか…。拙は民の使命を受け、その命を全うできるよう全力を尽くします。」
トリスタンさまは相当に緊張しているようだ。声がこわばっている。
「勇者よ、ここの民がメリッサと呼んでいる地に仲間と共に戻れ。魔物の群れが、そのうちに現れるから民と共に備えよ!。わらわは依り代を通じて相当な力を使ったので、大量の魔物の群れまで倒せば、依り代が崩壊するから力が出せぬ。」
「ははっ!!勇者トリスタン、力の限りを尽くして街を守り通す。女神のご加護があらんことを!!。」
「そして、民に選ばれし王よ。そなたは軍を率いて魔物の群れを民と勇者と共に倒すのだ。その間に、わらわと恭介は、暴走をしている土地神のドラゴンを元に戻す。ここの民に告ぐが、あの谷に住まうドラゴンは守り神としての使命がある。未来永劫、あのドラゴンが死するまで、決して民の手で倒してはならぬ。それを、ここの民のために記せ。」
「女神アフロディーテさま、ローラン国王として肝に銘じ、未来永劫、ドラゴンのことを書き記す所存。そして民を守るべく、王として全軍を率いて魔物から民を守りましょう。」
「ローランと呼ばれる国の民よ。そして民に選ばれし勇者よ、わらわは王や民に魔族の討伐を託したぞ。ドラゴンをもとに戻せば、恭介や陽葵、そして、わらわも力を貸そう。それまでは力を合わせて魔物の猛攻から耐えるのだ。」
そしてアフロディーテさまは、魔道通話用の魔法陣を消すと、俺に向かって微笑んでいる。
「おぬしの魔力は、もしかしたら神獣程度の力があるかもや知れぬ。この魔力があればドラゴンは元に戻せるが、そなたが住んでいる街を襲う魔族の群れまでは戦えぬ。」
俺は複雑な顔をした。それに関しては何も言えないからだ。
「アフロディーテさま、私は魔力を使い切ってしまったので、今は一つもお役に立てませんが…」
「ふふっ、魔力は後からなんとかするから気にすることはない。さてと、今からドラゴンの谷までテレポートをするぞ。ただ、おぬしがくれた魔力と依り代の精神を考えると、わらわはドラゴンを元に戻すのが精一杯だ。その時に、おぬしが愛して止まぬ妻を返そう。あと、妻は心配するな。わらわらと共に天上でこの様子をみておる。」
陽葵が無事だと聞いて俺は少しだけホッとしているが、内心は祈るような気持ちで陽葵を見ている。
「完全に依り代になった陽葵の魂は、アフロディーテさまがお預かりになっているのですね。妻がいないので少しだけ寂しいです…。」
俺の言葉にアフロディーテさまは声を出して笑っているが、俺としては陽葵を早く帰して欲しい気持ちで何とも言えない気持ちで、女神を見ていた。