俺達は遊撃自警団のギルドでセシルさんと話を終えると、勇者トリスタンさまのパーティーと共に、街の中心にある大きな宿屋に向かった。
勇者がメリッサの街にいることを聞きつけた住民が宿屋の入り口に集まっている。
俺と陽葵が、勇者パーティーと一緒に宿屋に入ろうと思ったら、仲間の自警団員から声をかけられた。
「キョウスケ、それにヒマリちゃん。お前ら勇者パーティーに入るのか?。そうしたら、このメリッサ…いや、ローラン国がダメになってしまう。お願いだから残ってくれ。」
その同僚の言葉に俺は難しい顔をした。
「気持ちは分かるけど、勇者法があるし、世間体もあるから、ここで答えるのが難しい。さっきまでギルド長のセシルさんと、勇者さまを交えて突っ込んだ話をしたのだが、秘守義務があって今は答えられない…。」
「そうだよな…、お前たちを追い詰めるような事をして悪かった。その気持ちだけでも自警団員は救われるよ。」
街の人々は、俺と陽葵が勇者パーティーに入るのを名誉に思っている人が沢山いるけど、遊撃自警団の面々は人材不足は深刻なので、俺達が勇者さまに引きぬかれることに大反対である。
それを間近で聞いていた勇者トリスタンは、恭介を見て感心しきりだ。
『このキョウスケという男は相当に頭が切れるし、街の人達の考えていることや、自分の仲間たちが思っていることを汲み取りながら良策を導くから、なかなかに凄い人物だ…。』
俺と陽葵は部屋に入って荷物を置いくと、鎧や防具を脱いで少し楽な体勢になった。
無論、俺と陽葵は夫婦だし、同じ部屋で1つのベッドを使うことになる。
そして、俺たち夫婦はお茶を飲んで、しばらく部屋の中でくつろいでいると、陽葵は、俺の頬を右手の人差し指で軽くツンと突いて、俺に向かって小声でボソッと話しかける。
「ねぇ、あなた。あれは良策だわ。少なくても恥ずかしくなるのは、わたし達だけよね。」
「まぁな、俺たちは街の真ん中の広場で女神様を降臨させて、しっかりと抱き合っているから、もう、何も失うモノがないよ。」
苦笑いしながら陽葵の頭をなでていると、誰かが部屋をノックしたので、慌ててドアを開けると宿屋の主人がいた。
「宿屋の主人です。勇者様がお部屋でお呼びです…。」
もう、ここから俺達の作戦が始まっている。
俺と陽葵が勇者トリスタンがいる部屋に入ると、トリスタンさまは気まずそうな顔をしていた。
勇者トリスタンが、気まずそうな顔をしているのも、打ち合わせ通りの演技である。
当然、宿屋の周りには、街の人々が勇者を一目みようと、取り囲むように人だかりができているから、あえて、このやり取りを聞かせるために、部屋の窓は少しだけ開いている。
気まずそうにしているトリスタンさまは、少し咳払いをすると、少しだけ声を大きめにして、俺と陽葵に話を切り出した。
「ごほっん。キョウスケ、それにヒマリ…。お前達はとても優秀だが夫婦愛がとても強すぎる。私たちは…そのイチャラブに耐えられない。」
そのトリスタンさまの言葉は外に漏れているから、宿屋に押し寄せて来た人々が少しざわめき始めたのが聞こえた。
それを聞いて、トリスタンさまは苦笑いしながら言葉を続ける。
「貴殿たちは、あまりにも夫婦愛がまぶしすぎて後光すら差している。それに、女神様のお陰でモンスターも寄ってこないし、挙げ句の果てには、愛の聖なる波動で強敵まで倒してしまうから強すぎる!。このままでは、皆が目のやり場に困るのだ…。」
街の人達はそれを聞いて、俺たちに向けて失笑に似た笑いと共に、拍手をしている人もいた。
「貴殿たちは優秀すぎるから、仲間になった当日にクビだなんて絶対に言わない。ただ、私たち勇者の別働隊として働いてくれないか?。」
俺と陽葵はその言葉に顔を見合わせると、声を揃えて大きな返事をする。
「謹んでお受けいたします!!」
勇者トリスタンの部屋の周りを取り囲んでいた野次馬は、それを聞いて大きな拍手を送っている。
そのあと、俺と陽葵が部屋に戻ると、こんどは勇者パーティーが俺たちの部屋に集まった。
この部屋は、宿の外から奥まったところにあるから、外からは容易に覗くことができない。
だから、周りに会話が聞かれないようにする配慮でもある。
トリスタンさまは小声で俺達に話しかけた。
「キョウスケ殿、住民たちや貴殿の自警団員にも納得がいく良策でしたぞ。私たちが宿に入れば人だかりができることを逆手に取ったのは恐れ入った…。」
シエラさまもニコッと笑って俺に問いかけた。
「貴殿たち夫婦は、宮廷魔術師の素質もあありそうだわ。キョウスケ殿の知恵が国を牽引するのよ。どうしてローラン国王の誘いを断ったのかしら?」
「シエラ殿、わたしは面倒ごとが嫌いなのです。魑魅魍魎と思惑ばかりがあるような王宮で、貴族でもない私と妻が気楽に暮らせるなんて、どう考えても、あり得ないので断っているだけです。」
俺は気難しそうな顔をしてシエラさまの言葉を否定すると、今度はイジスさまが激しくうなずいている。
「キョウスケ殿、それはよく分かりますよ。私は平民出身の聖騎士だから、この地位につくまで、有力貴族や先祖代々騎士の家柄からの嫌がらせが相次いだので、辛かったですからね。それが嫌だから、妻を国に置いてトリスタン殿と一緒に旅をしているのです。」
イジスさまの言葉にシエラさまが悪戯っぽく笑う。
「ふふっ、イジス殿は真面目だから駄目なのよ。わたしのように、小賢しい貴族どもを、メテオストライクで屋敷ごとぶっ潰すと脅して、その日の夕暮れ時に屋敷の目の前で術式を展開すれば、嫌顔でも手出しはできないわよ!。」
*メテオストライク:上空に複数の隕石を召喚して落とす超上級魔法。狭い洞窟の中や部屋の中では使えない。野外戦であっても使用時は広い草原や平地であることが必須。
『それは、ある意味で、マジにやばいぞ…』
シエラさまの話を聞いて、俺は深く溜息をついて言葉を返す。
「シエラさま。遊撃自警団の立場でそれをやると、わたしは即刻クビになりますよ。警察権を持つ自警団は、何らかの犯罪や罪を立証できない人物や団体への強引な実力行使を禁じています。シエラさまのようにシガラミがなければ楽なのですがねぇ…。」
トリスタンさまとイジスさまは、俺の言葉に苦笑いをするのが精一杯だった…。