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第64話

炎を見つめながら、カブルはアインスが話していたことを聞いていた。

半分寝ていて、半分は起きている。そうやって、兄である人の話を聞くのが好きなのだ。いつも、アインスの話は唐突に始まって、唐突に終わる。だから聞き逃せば次はないと、この生活の中で知った。彼の話が聞きたければ、常に側によって、常に話を聞いていなければならない。


兄が話す国花選定師の話は、主に母親である先代と、他国の国花選定師の話だ。つまり、自分のことはあまり話さない。だから、カブルは特別聞きたかった。彼が何を思い、何を考えているのか。そして、体のこと。子を成せないのであれば、彼はこれからどうするつもりなのか。国花選定師は、その血筋によって能力が決まり、能力が発現する。必ずしも、とは言わないが、やはり血筋による能力の差は大きいのだ。


しかし、子を成せないということは、その後の血筋が絶えてしまうということ。つまりは、この国の終わりだ。終わりだとわかっていて、彼は何もせずただそこで国花選定師を続けるというのか―――おかしい。そんな人ではないはず、と思いながら、カブルは横になったアインスの顔を見た。自分には似ていない、片親だけが同じである兄。彼がいなければ、お情け程度に生まれた自分など、もう死んでいたはずだ。それをここまで鍛え、教え、導いてくれた。だから、彼の守ろうとするこの国を、カブルも守りたい。故郷だから、ではなく、自分を守り抜いてくれた兄のために。


パチパチ、と炎が燃えるのを見続けながら、こんな風にアインスと外に出ることは今までもあったことを思い出す。植物の採取から、土地が痩せた、枯れた、毒が出たとなれば、すべて国花選定師の仕事になる。時にアインスはいくつものことを抱えて、さらにもっと抱え込む。けれどもそれは、彼が生まれながらにして背負ったものなのだから、仕方がない。手伝うことはできるが、肩代わりはできないもの。


その時ふと、メインのことも見た。この山の状態に引っ張られ、眠っている国花選定師。本来ならば役立たずと言われるかもしれないが、実のところこれは能力が高い証拠である。こんなにまで山や植物と同調できる存在は、国花選定師の中でも稀な存在だから。


だから。


不意にカブルは思った。アインスが他国の国花選定師をこんなにまで大事にしている理由。必ず理由があるはずだ、と思うと、もしかしたらと考えが行き着いた。彼女に子どもを産んでもらい、その子をもらい受けるつもりではないのか、と。そうすれば「国花選定師の血」は保たれるし、守られる。少し血筋は違っても、確かな国花選定師の血だ。


国花選定師は本来、一人きりにしか受け継がれない。しかし生まれた子に才能があって、他国で別々に育てられるなら、話は違うかもしれない。そう考えれば、幼い頃から面倒を見てきたメインの存在は、十分にアインスの助けになる。誰かとの間に生まれた子を、譲り受けるだけ。メインはまた子を成してもらえばいい。逆でも構わない。先の子でも、後の子でも、それは大して変わりがない―――この国と、アインスにとって。


しかし国花選定師の確かな血筋と考えれば、それでいいだろう。つまり、これから先、メインの存在は国家間でも重要な立場になりかねないのだ。


そんな女性をここまで連れてきて、アインスは何がしたいのか―――しかし、国王と先代の国花選定師の間柄を考えれば、もしかしたらだが、それを同じことをアインスもしようとしているのかもしれない。10年に一度しか咲かない花を共に見て、愛を誓う。それが大事なのでは。


国王と先代国花選定師であるリュシオルは、本当に愛し合っていた。自分の母親はそうでもなかったようだが、あの人は違ったのだ。国にも貢献できるし、美しいし、知性があって、優しい。若くして死んだ自分の母とは大違い。大違い過ぎて、羨むくらい。


もしも、と何度思ったことか。自分もリュシオルから生まれていたなら―――と夢見たこともあるくらいだ。あの母から生まれていたなら、アインスのことも気にせず兄とはっきり呼べた。しかし今は呼べなくて、小間使いとして側にいて、それでも大事にされているから、少しだけ心が締め付けられる。


その時、急にアシュランが目を覚ました。隣で寝ているレンカは起きていないが、アシュランだけが立ち上がって、眠気眼をこする。

「ふぁ、カブル、俺ちょっと出るぞ」

「アシュラン様?」

「あー、聞くなよ、小便だよ」

「では、少し離れた場所でお願いいたします。山の生き物に痕跡を知られたくないので」

「わかってらぁ」

本当に分かっているのか、と思ったが気配は十分に遠のいた。こんな山の中、誰かが来るというよりは、動物に追われる方が面倒なのだ。アインスとカブルの2人きりならば、すぐに片が付く。しかし眠ったままのメインを連れてだと、面倒になる。彼女を危険にさらすわけにもいかない。ならば、初めから排除できる危険は排除すべきなのだ。

しばらくすると、アシュランが戻ってきた。しかし、その顔は真剣そのものである。

「カブル、ここを離れるぞ」

「な、どうしてですか!?」

「何か来る」

この山で何かとなれば、該当するものが多すぎた。カブルは判断ができず、アインスを起こすしかない。

「アインス様」

「あー、なんかあったか、カブル」

「アシュラン様が、何か来る、と」

それを聞いて、アインスは目を見開き、すぐに動き出す。

「アシュランに従え。レンカ、メインを背負えるか」

目覚めたばかりのレンカに対し、アインスは即座にメインの安全を優先した。目覚めたばかりであったが、レンカはすぐに状況を飲み込む。

「大丈夫です。背負って、その上にフードをかけましょう」

「アシュラン、お前が前を行け。カブル、援護だ」

アインスは、指示を出しながらもメインをレンカに背負わせた。小さな娘は、ただ眠り続けレンカの背中に背負われる。

「仕方ねぇ、カブル、縄でメインを縛れ」

「そ、そこまでですか?」

「ああ。レンカ、いいな?」

身動きのできないメインは、本当に無力なのだ。だから、縛ってでも背負わせなければ、危険だった。レンカは自ら縄をしっかりと結び付け、メインを背負う。カブルもそれを手伝いながら、レンカの真剣さを感じ取った。この男もメインを守るためならば、ここまで真剣になる。それが愛情から来るのか、使命感なのか。はっきりとはわからなかったが、カブルとメインの冷たい手をレンカの前へ持っていくしかできなかった。


一方レンカは、緊急事態だということに表情ひとつ変えていなかった。だが内心では、恋心のある相手を背中に背負っているのだから、心拍数が上がってしまう。縄でしっかり結ぶことで、密着度も更に増した。それを考えると、どうしても心拍数が、と口走ってしまいそうになる。

しかし、それを口走ってしまえば最後。レンカの尊厳も失われ、二度と「こんなちょっといい役目」を与えられることもなくなってしまう。彼も男だ。涼しい顔をしながら、そんなことを考えている。いや、考えてしまうものなのだ。


こうして、眠るメインを連れて、一行は洞窟を出た。外は吹雪いてこそいないが、かなりの寒さだ。この寒さ、どうにかならないか、と思ったが、どうにもならないものである。メインを背負っているレンカだけは温かいのか、と思われたが、これはレンカ自身が驚いている。


なぜなら、メインの体は死んだように冷たかったから。

背中から感じられるのは、死者のような冷たさだった――――



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