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第63話

目の前に立つ女は、知らない女だった。美しく、穏やかで、知性にあふれる姿。それを見て、ガーシバルは一瞬で心を奪われる。

「陛下、リュシオルと申します。父に代わり、新たな国花選定師として、国に尽くします」

跪く女は、あの娘ではなかった。しっかりと自分のことを話し、語れる女になっていた。それは国の政策の会議などで、すぐに分かる。この女は、王妃など他の女たちと違う。知性にあふれた、この女は、どこから出てきたのか、とまで思った。


そうなれば、ガーシバルの興味はリュシオルにしか向かなくなる。しかし正妃も側室たちも、国花選定師に手を出す王はいないだろう、と軽く考えていた。国花選定師は、脈々と続く血筋が必要な存在だ。もしも何かがあれば、国家を揺るがす。それを国王が自らするとは、思えない。

しかし、彼の気持ちはリュシオルに揺れた。その美しい国花選定師の存在は、国ではなく、国王に愛されたのである。


国花選定師を自室に招き、国王は言った。

「お前は、何が望みだ」

「何のお話しでしょうか、陛下」

「お前の望みを、俺が叶えてやろう」

「あら」

「だから、お前は俺のものになるがいい」

「あら、あら」

調合した薬を確認しながら、リュシオルはまるで母親のようにそう言うだけだ。本気にしていないのか、と思うと、ガーシバルは逆に燃えた。この女をどうしても手に入れたい、どうしても側に置きたい、と思ったのである。

「私は、国のものでございますよ、陛下」

「国は俺のものだ。ならば、お前も俺のものだろう?」

「そうですねぇ」

穏やかに言われれば、言われるほど。その存在に、心惹かれるというもの。邪魔をするものはなく、すべてが手に入ると過信していた国王と、まるでそれを見透かしていたかのような、国花選定師。

「でしたら、陛下」

「なんだ?」



10年に一度だけ咲くという、山の花を私にください――――



「って、あのクソジジイは軍隊動かして山に入り込んでよ、花を見つけたって話だわ」

アインスが煙草をふかした瞬間、レンカは何を聞かされていたのだろう、と思ってしまった。つまり、今、自分たちが命懸けで探している花は、国王と国花選定師の愛情の印なのか。

「アインス様、大変申し訳ありませぬが」

「皆まで言うな。そっから生まれた俺が恥ずかしいってんだ」

「はあ……」

煙草の匂いが、穏やかに漂う。巷に出回っている煙草は、健康を害すものばかりだが、これは国花選定師のアインスが作ったものである。清々しい香りと、軽い煙が特徴だ。この匂いが漂うと、アインスが近くにいると、出会ったばかりのレンカでも安心できる匂いである。

「それからよ、たびたびその花を求めては、国王かお袋が山に入るようになった。交互にな。でもついにお袋が死んじまってよ」

「受け継いでいかれるおつもりですか?」

「いーんや、お袋はああ見えて馬鹿じゃねぇ。この花の研究も進めていた。俺が実地で見たことがねぇってのが、本当は一番の理由だな。俺が見れば、きっと研究は完成する」

つまり、アインスは国花選定師としてここにいるつもりなのだ。母が長年愛情を注ぎ、研究時間を費やしてきたことを、完成させる。それが一番の目的であり、花を採取するに至った経緯は付属品。この男は、やはり国王の子なのだろうな、とレンカは思う。線を引くことができるのは、鍛えられた者だけだ。

「そろそろお前も寝ておけ、レンカ」

「俺は……」

「一人寝は寂しいかい、坊ちゃんよ」

「……長く1人でしたから、こんな風に誰かと寝食を共にするのは、幼い頃に姉と少しだけした記憶しかありません」

髪の色が違う、目の色が違う。砂の国で目立ったレンカの容姿は、家族からも周囲からも疎まれた。しかし姉だけは愛してくれたのである。

「砂の国の建国は、何がきっかけだったか知っているか?」

「砂の国の、建国?ですか?」

「おうよ。まあ半分はおとぎ話みたいなもんだがな。砂の国にもともと国はなかったって話だ」

そんな話は、将軍であった時も聞いたことがない。レンカはそう思って、アインスをジッと見つめた。次の話が欲しかったからだ。

「ふふッ、素直な坊ちゃんだねぇ。砂の国はよ、この武人の国と山あたりの部族が交わって、迫害を受けたこと、魔女から追いやられたことが重なって、できた国だと言われている。魔女の魔力を受けて、肌が浅黒くなり、他の国の人間と色が違う、とな」


この世界には魔女がいて、その魔女は数十年の時を経て、争いを巻き起こすという。

巻き起こされた戦争では、多くの命が死に絶え、多くの国が潰れてしまった。

回避する方法はなく、魔女がどこにいるのか、もしくはどこに生まれるのかも定かではない。

しかし一部の血筋には魔力が宿り、それが魔術や魔法として扱える者や、魔眼として現れる者もいる――――


「俺やお前、メインやアシュランは、ある意味血が近い」

「国花選定師と魔眼は、何か関係が……」

「詳しいことは知らんが、やはり血筋の流れだろう。それにお前ほど魔眼と体がなじんでいるのは、東の国の騎士団ぐらいのもんだ」

「その話はよく聞きます。騎士団の血筋は、私によく似ている容姿で生まれるようで……」

「どこかでその血筋が混じっているのは、有り得る話だ。だから、本来はもっと丁寧に育てればよかったものをな。きっと砂の国の人間の血筋には、これ以上追い詰められたくない、迫害されたくないという恐怖が刷り込まれてでもいるんだろう」

その恐怖ゆえに、自分たちとは違う存在を迫害する。自分たちが受けた苦しみを知っているからこそ、別の存在にもそれができる。残酷な国なのか、とレンカは思いながらも、自分の故郷であることは忘れられなかった。

「もしもお前の姉が、子を残さず国花選定師のまま命を落としたなら、次の国花選定師はお前になるぞ」

「な!そ、そんな才能、俺にはありません。必死に体を鍛え、礼儀を学び、剣を振ってきました。将軍にまでなりましたが、国はそう易々認めてくれるものではなく……」

「だからこそだ。これからあの国がどう舵を切るか分からん。その時、お前が強くあり、メインや俺からいろいろ学んでおくといいさ」

そう言って、アインスは大きなあくびをかいた。彼の位置からは外の星が見えるので、時間もまずまず理解しているのだろう。交代だ、と言ってアインスはカブルを呼ぶ。するとカブルはすぐに目を開けて、アインスの側へ来た。

「レンカと交代してやれ」

「アインス様はどうされますか」

「そうだな、しばらくしたら俺も寝るか。アシュランはたたき起こせば使えるが、メインは日が昇るまで難しいだろう。動物ならカブル1人でも対応できるな」

「はい、平気でございます。どうぞ、アインス様もお休みください。何かあれば、すぐにお知らせいたします」

カブルがそう言うと、アインスは煙草を消して、そうだなぁ、と返事をした。眠るメインの顔を確認し、近くにゴロリと横になる。武人が染みついているから、食べられる時に食べ、眠れる時に眠る。それでいい、と彼は思っているのだ。

「レンカ様、どうぞ、お休みください」

「……カブルは」

「はい」

レンカがカブルを見ると、その瞳がアインスと重なった。やはり片親でも同じだから、そう見えるのか。

「いや、何でもない。メイン様が冷えないように頼む」

「承知いたしました」

彼の従順さは、兄を兄と見ていないからできるものなのだろうか。それを考えると、自分も祖国にいた時は、姉にそうしていたように思う。


パチパチと焚火が燃える音が、異様に響いているような夜だった。

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