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第61話

アインスは話を聞いているのがレンカだけであることを確認するように、周囲の様子をうかがった。皆、寝ている。いや、アインスがあえて寝せたのか。しかしレンカは彼が話そうとしていることが、自分にもかかわることだとわかっていたので、素直に聞くことにした。

「国花選定師には、必ず王族の血が混じってんだわ」

「それは、アインス様だけではない、という意味でしょうか」

「ああ。もちろん俺のように濃い奴はいるが、他の国花選定師の場合はどこかに入っている程度。でもな、それは確実なもんだ」

それが国花選定師の秘密―――その血筋が絶えず、脈々と続いてきた理由。それこそが、国花選定師の能力の秘密であるとも言えた。時に特殊な能力を持ったものが生まれるのは、先祖に魔術師や魔力の強い者がいたから。それは王族の血筋とも言える。

「俺の母親は、父親が国花選定師だった。そのさらに遠い国花選定師が、国王の血筋でもある」

「それでは、アインス様はだいぶ国王の血が強いのでは」

「おうよ。細かく見ていけば、今いる兄弟たちよりも俺が一番国王の血筋として濃いだろうな。国王と国花選定師の両方が重なり合ってる血筋の結果だ」

「……それを、預言者は知っているのでは?」

レンカの問いかけに、だろうな、と言ってアインスはまた煙草の煙を吐いた。吐いた煙は、天へ昇って洞窟の天井にあたって消える。

「レンカ、お前はどうして自分が姉や他の家族と、色が違うか、わかっているか?」

「……祖母からは、先祖返りだと。かつて、我が一族には他国の血が混じったことがあると言われています。その結果、このような人間が生まれるのだと」

「まあ、あたりだな。でも正確には、お前の一族は国花選定師の血筋に国王の血筋と、魔眼の血筋を合わせてある。そのすべてを受け継ぐお前こそ、本来家を継ぐべき存在なんだぞ」


それは、と思ってレンカは口をつぐんだ。

彼も馬鹿ではなかったし、阿呆でもない。自分の容姿や能力を考えれば、ただ差別される見た目の存在であるという結果以上になることなど、すでに分かっていた。特に、この旅に出てはっきりしている。自分の容姿は、明らかに他国の騎士団からきている血筋だ。金色の髪に赤い瞳。その瞳は魔眼であって、それを使いこなすことができれば、騎士団長にさえなれるという。

子どもの頃は伝説だと思っていた。ただの伝説に憧れを抱いて、それで幼い心を慰めていたのだ。しかし、今は違う。確実に自分の中に流れる何かに気づき始めている。

「血が交じり合えば、多くを産む。それは才能や特殊な力であったり、能力のことだ。むしろ、国王にとって自分の血筋が優秀でなくとも、国花選定師の血筋がしっかりしていれば、万事問題はない」

「ですが、俺の国では……」

「そうやって印象操作をするのが国家だ。お前にてっぺん取られちゃならん奴が、いるはずなんだよ」

いるとすれば―――あの幼き国王だろう。姉に弟を殺せと命令したのだから。

「姉ちゃんにしてみれば、お前とメインの間に子どもが生まれれば安泰だと思ったんだろうがな」

「……な!?何をおっしゃいますか!?」

「いや、そうでもなきゃ故郷捨てて出てくるなんざしねーだろ?」


アインスは伊達に年を取っていなかった。それなりに大人の男、という雰囲気なのである。しかし、彼とて悪い男ではない。体は鍛えてあるし、思慮深くて、頭もいい。国花選定師なのだから、安定した職だ。このまま、どこかからいい女性をもらい受けて、家族を作っていけばいいだけのこと。

「あ、アインス様は……メイン様のことをどうお思いなのですか」

「それを聞くっちゅーことは、お前はメインを好きだって言ってるのと同じだからな」

頭のいい男はこれだから嫌いだ。人の発する言葉から、いくつもいくつも答えを導き出す。美しい言葉が出てくればいいのだが、そうでもない。そうでもないから、下世話な話に聞こえてしまう。

「す、好いております。ですが、国花選定師と結婚できる人間など早々おりません。それは理解しているところです」

「べっつに、誰と結婚しても悪くはねーんだけどな。後々面倒なだけでよ」

それが、困るのだ。生まれた子や孫の代になって、悲惨なことが起きる。だから、今の自分はこらえねばならない、とレンカは思った。

「レンカよ、俺はな、女を迎える気はねーんだわ」

「な!?で、ですが、それでは血筋が!」

血筋。その言葉を発した時に、レンカは眠るカブルを見た。まさか。

「そうだ。その通り。次の国花選定師にはなれんが、アイツの子ならなれる」

国王にも国花選定師の血が流れているのなら。国王の子として生まれたカブルにも、可能性はある。まさか、その可能性に気づいてここまで育ててきたというのか。守り抜いてきたというのか。

それに気づいたのはいつで、その決断に至ったのはなぜか。このアインスという男は、ただの国花選定師ではない。【王】になるべくして生まれた【国花選定師】なんのである。


「あ、あなたは……どうしてそんなに聡明なんだ」

「そうだな。実は俺は子どもを作れんのよ。生まれながらに精子が作れん体質だった。その分、知恵を回すことにしたんだな」

レンカは真顔でアインスを見つめた。彼が何を言っているのか、理解しないようにして、理解する。そうだ、つまりは女性を孕ませる能力を持ちえないということ。

「まー、勃起はするんだけど。そのあたりは正常だ。しかし精子に関してはからっきし。稀にそんな男もおるんだわ」

「し、心中お察しします……」

「おいおい、男として駄目ってわけじゃねーかんな?まあ抱こうと思えば女は抱けるが、確かに性欲的にも淡泊じゃあるな」

「その、私やアシュランが精力絶倫というわけではありませぬが……」

「おい、畏まるな。気持ちわりーだろ」

しかし、同じ男としてつい気を使ってしまう。愛する女をどんなに抱いても、そこに子どもができることはない。それを受け入れているアインス。飄々としているが、気にならないとでもいうのだろうか。

もしくは、すべて王位継承権を継ぐことのないように、仕組んでいるのではないか。国王になれば、子を必要とする。それが最初からできないとわかっていれば、なる必要性はグッと下がるからだ。


「あいつの母親はみじめでな。親父にちょいと気に入られて、行く先がなかったから、そのまんま側室入りさ。大して体も強くないのに、子どもを産んで、そのままさっさと死んじまった。それが母親ってもんなんかねぇ」

「俺は……母を死なせてしまいましたので」

「それは仕方ねぇわ、魔眼の魔力に母体が耐えられるわけがねぇ。本来なら、相当高度な魔法かなんかを敷いたうえでの出産だ。お前が生きていたことの方が奇跡だよ」

奇跡でありながら、それは差別や迫害の対象となった。それが彼にとって最もつらいこと。母を死なせた子として見られ続け、その容姿の違いは国でも大変目立った。国が違えば、羨望の的であったはずなのに、生まれた国が悪かったのだと、レンカは思う。

「そうしてでも、生まれなければいけなかった理由がお前にはあるんだろう」

「俺の生まれた、理由……」

「勝手に作って、勝手に産んでと思うが、そこには何かしらの理由がある。特にお前はその容姿だ。国じゃお前みたいなのは、普通に考えて生まれねぇ。でも生まれたとなれば、その意味はなんだと思う?」

なんだと思う、と言われたときに、レンカには頭に浮かんだことがあった。あの幼き王が統治し続ける国。あの国は、レンカが将軍であったとしてもすでに傾きつつあったのがわかる。本来、国花選定師がいるならば傾くことは滅多にないのだが、じわじわと国はほころび始めていた。

「国王と国花選定師は紙一重。もしもそのどちらをも持つ者が生まれたならば、世界は一変するんだと」


もしもその一変する世界の中心が、自分だったなら。

レンカはそう思うと、故郷の姉が心配でたまらなくなった。


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