星の下を歩きながら、メインはいくつもいくつも星を数えた。美しいと思う反面、とても数が多すぎて、全部愛されているのだろうか、とふと思う。見上げる空にあるものが、綺麗なら綺麗なほど、その数が多ければ多いほど、それを愛する人はどれくらいいるのだろう。
メインは、自分の育ててきた植物はすべて覚えていて、愛している。どれも大切な植物たちで、毎日話しかけ、毎日様子を見ていた。時にそれはお茶になり、薬になり、人に渡されることもある。
しかしそれはその植物たちのまっとうな、生き方。だからメインは、その植物たちの最期までをしっかりと見ていく。一粒の忘れもないように、すべてを活用させてもらう。
でも、夜空の星は、あんなに遠くにあったなら、何もできないじゃないか、と思ってしまったのだ。
「上ばっかり見て歩くな。危ねーだろ」
声をかけてくれたのはアインスだ。彼はメインの頭を掴んで、撫でる。撫でると言っても、女性にする優しいそれではなくて、まるで遊び盛りの少年にするようなものだった。
「痛いです、アインスさん」
「気にするなと言っただろ」
「そうですけど」
「あんまり気にしすぎると、お前らは契約で結ばれてるんだ。引っ張られるぞ」
「そういう契約じゃありませんよ。そんなことありませんって」
メインが口をとがらせて言うと、アインスはその頬をつねった。これの痛いこと。泣きそうになるメインだったが、その頃には手が離される。
「お前は本当に魔術の才能がねぇ!」
「得意じゃないんです」
「才能がねぇのは仕方がないこととしても、学ぶことに手を抜くなんざ、馬鹿のすることだ。やれと言われたのなら、やらんか」
「だって」
だって、とそこまで言ってメインは押し黙った。
「なんだ、今なら聞いてやる」
「だって……魔術は、そんなに必要がないと思って。国花選定師は魔術師ではありませんし」
「で?」
彼の目は、メインを睨んでいた。
「そ、その、魔術は魔術の得意な方がすればいいのでは、と」
「ほーう、適材適所か」
「まあ、その、はい、そうですね……」
「そうですねじゃねーわ!そんなんで殺された国花選定師がどれだけいると思ってやがる」
つまりは自衛のため。己の命や体を守るため、魔術への技術や能力ではなく、知識を高めろ、と言われているのだ。知識は悪いものではない。それがあれば、長く活用することもできる。老いて体が動かなくなっても、頭が冴えていれば少しは違う。
「俺もお前も、もう先代はいねぇんだ。次を考えて生きなきゃならん」
「……はい」
「あのなぁ、国王と国花選定師の間に産まれた俺を見ろよ!苦労して、好きな道にも進めず!はぁぁ、可哀想なことだと思わねぇんかね!」
「え、アインスさんは十分に自由に」
その続きをメインは言えなかった。言えずに、ただガツンと頭を殴られたのである。いつものこと。何度も繰り返されてきたこと。でも、メインにとってこのひと時は、とても大事だった。
「いたいです」
「痛くした」
「なんで」
「なんでって、仕置きだからな」
「うう~」
「俺やお前みたいにさ、国花選定師を叱れる人間なんて、早々いないんだわ」
メインはそれもしっかり分かっている。アインスはメインが心を許せる数少ない人。彼がいてくれたから、ここまで成長できた。でも、もしもいなくなったら?ソレを考えると答えなど出したくなくなる。いつまでも、彼にだけは甘えていたくなる。
「甘えんな」
「甘えてません」
「俺はよ、お前に会えてよかったと思ってるんだ。お前がいてくれたからな、真っすぐ進めたのは」
「そうなんですか?」
おうよ、と言いながらアインスは煙草を吹かした。自分で調合した特別な煙草は、周囲に害が出ることもなく、まるで香りを楽しむかのような代物だ。
「俺は花を見つけて、研究に没頭する」
「好きですね、研究」
「お前もだろ」
「はい!でも今は、色々な国のさまざまな植物を見るのが面白くて」
「ああ、分かる。俺もそうだった。若いうちにそういうのも楽しんでおけよ」
そう言われて、メインはアインスがこれから先、どこへ向かおうとしているのだろうか、と思った。彼ほどの能力があれば、本当は何にでもなれて、何でもできる。国花選定師だから、国に残っているだけ。
「アインスさん」
「なんだ?」
「あの、花は」
「いい花だぞ。どんな薬にも加工できるし、根や球根は食用にもできる。葉や茎が丈夫で、繊維も取れる。なんでこんな万能なモンが、山奥にあるかねぇ」
そんなにいいものが山にある理由―――それをアインスは知りたいのかもしれない。メインはそう感じ取った。もし可能ならば、自分で育て、自分で数を増やしたいのではないか。しかしそれが今までできていない理由は。
「アインスさん、その花って本当に10年に一度程度しか咲かないんですか?」
「ババアの話ではそうだったな」
「記録も何も残っていない……?」
「簡単な記録は残っていたが、細かいことはなかった。まあ、ババアも長年研究していたみたいだけどな。引継ぎが上手くできなかったんだわ」
本当にそれは国花選定師として優秀であった、先代のしたことなのだろうか。メインは少しだけ不思議な感覚になる。そんなに手を抜くような人ではなかったはず。引継ぎが上手くできないことも見越して、普通は記録を残す。まるで、これではメインの母のようではないか。たくさん残っている記録と、足りない記録。海の花はそうだった。しかしそれは、裏に隠しておきたいことがあったから。辿り着けた者にしかわからないように、母が細工していたこと。
では、この花はどうなのか。アインスでも分からないことがあるような花が、この世の中にあるのか。新種、変種、そうでなければ、誰かが故意に作った花。しかしそれを言えば、アインスだけでなく、先代や国家までも巻き込んだ騒動になってしまう―――メインは、花を目の前で見るまでは、そのことについて何も話さないことにした。
一方アシュランは、メインと同じように夜空を眺めていた。旅を続けて数ヶ月。本来ならば一匹狼の傭兵稼業であったはずなのに、気づけばこんなちんたらと旅をして、人に会って、人に触れている。ついには自分の故郷ではないか、と称される場所にまで来てしまった。
なんてことだ。自分の故郷など、望んだことはなかったのに。自分を捨てた故郷が、自分を求めるなんて有り得ない。だからアシュランも故郷を求めなかった。しかし今は、自分の故郷であろう土地に立っている。
山は嫌いじゃなかった。むしろ好きだ。空気も綺麗だし、熊や野生の動物を捕えれば、飢えることもない。小川も綺麗だし、休める場所も多い。傷ついた体を癒すことを山の中で度々行って来た。それは自分がこの部族の血筋だから?
そんなことが頭に浮かんでは消えていく。
「うふふ、見つけた」
「うわ!なんだよ、あんた!」
アシュランの視界に急に入ってきたのは、シェヴェルナだ。
「ど、どっから出てきたんだよ!?」
「私は普通に歩いていただけ。あなたがそこにいたのよ?」
ここに来て他人のせいなのか?とアシュランは驚く。預言者とはそういう存在なのか、とも思ったが、この女が特殊なのでは、とも思ってしまう。
「あんたさ……変な話だけど、俺の親を知らねぇか?」
そう聞いてすぐに、アシュランは思う。なんで聞いてしまったのだ、と。これではまるで自分が親を探していたようではないか。そんなつもりはないのに。なかったのに。ここに来たから、何かが変わってしまったのか。
「あら、知っていますよ」
そこには、妖艶に笑う預言者の顔があった。