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第55話

星の下を歩きながら、メインはいくつもいくつも星を数えた。美しいと思う反面、とても数が多すぎて、全部愛されているのだろうか、とふと思う。見上げる空にあるものが、綺麗なら綺麗なほど、その数が多ければ多いほど、それを愛する人はどれくらいいるのだろう。

メインは、自分の育ててきた植物はすべて覚えていて、愛している。どれも大切な植物たちで、毎日話しかけ、毎日様子を見ていた。時にそれはお茶になり、薬になり、人に渡されることもある。

しかしそれはその植物たちのまっとうな、生き方。だからメインは、その植物たちの最期までをしっかりと見ていく。一粒の忘れもないように、すべてを活用させてもらう。

でも、夜空の星は、あんなに遠くにあったなら、何もできないじゃないか、と思ってしまったのだ。


「上ばっかり見て歩くな。危ねーだろ」

声をかけてくれたのはアインスだ。彼はメインの頭を掴んで、撫でる。撫でると言っても、女性にする優しいそれではなくて、まるで遊び盛りの少年にするようなものだった。

「痛いです、アインスさん」

「気にするなと言っただろ」

「そうですけど」

「あんまり気にしすぎると、お前らは契約で結ばれてるんだ。引っ張られるぞ」

「そういう契約じゃありませんよ。そんなことありませんって」

メインが口をとがらせて言うと、アインスはその頬をつねった。これの痛いこと。泣きそうになるメインだったが、その頃には手が離される。

「お前は本当に魔術の才能がねぇ!」

「得意じゃないんです」

「才能がねぇのは仕方がないこととしても、学ぶことに手を抜くなんざ、馬鹿のすることだ。やれと言われたのなら、やらんか」

「だって」

だって、とそこまで言ってメインは押し黙った。

「なんだ、今なら聞いてやる」

「だって……魔術は、そんなに必要がないと思って。国花選定師は魔術師ではありませんし」

「で?」

彼の目は、メインを睨んでいた。

「そ、その、魔術は魔術の得意な方がすればいいのでは、と」

「ほーう、適材適所か」

「まあ、その、はい、そうですね……」

「そうですねじゃねーわ!そんなんで殺された国花選定師がどれだけいると思ってやがる」

つまりは自衛のため。己の命や体を守るため、魔術への技術や能力ではなく、知識を高めろ、と言われているのだ。知識は悪いものではない。それがあれば、長く活用することもできる。老いて体が動かなくなっても、頭が冴えていれば少しは違う。

「俺もお前も、もう先代はいねぇんだ。次を考えて生きなきゃならん」

「……はい」

「あのなぁ、国王と国花選定師の間に産まれた俺を見ろよ!苦労して、好きな道にも進めず!はぁぁ、可哀想なことだと思わねぇんかね!」

「え、アインスさんは十分に自由に」

その続きをメインは言えなかった。言えずに、ただガツンと頭を殴られたのである。いつものこと。何度も繰り返されてきたこと。でも、メインにとってこのひと時は、とても大事だった。

「いたいです」

「痛くした」

「なんで」

「なんでって、仕置きだからな」

「うう~」

「俺やお前みたいにさ、国花選定師を叱れる人間なんて、早々いないんだわ」

メインはそれもしっかり分かっている。アインスはメインが心を許せる数少ない人。彼がいてくれたから、ここまで成長できた。でも、もしもいなくなったら?ソレを考えると答えなど出したくなくなる。いつまでも、彼にだけは甘えていたくなる。

「甘えんな」

「甘えてません」

「俺はよ、お前に会えてよかったと思ってるんだ。お前がいてくれたからな、真っすぐ進めたのは」

「そうなんですか?」

おうよ、と言いながらアインスは煙草を吹かした。自分で調合した特別な煙草は、周囲に害が出ることもなく、まるで香りを楽しむかのような代物だ。


「俺は花を見つけて、研究に没頭する」

「好きですね、研究」

「お前もだろ」

「はい!でも今は、色々な国のさまざまな植物を見るのが面白くて」

「ああ、分かる。俺もそうだった。若いうちにそういうのも楽しんでおけよ」

そう言われて、メインはアインスがこれから先、どこへ向かおうとしているのだろうか、と思った。彼ほどの能力があれば、本当は何にでもなれて、何でもできる。国花選定師だから、国に残っているだけ。

「アインスさん」

「なんだ?」

「あの、花は」

「いい花だぞ。どんな薬にも加工できるし、根や球根は食用にもできる。葉や茎が丈夫で、繊維も取れる。なんでこんな万能なモンが、山奥にあるかねぇ」

そんなにいいものが山にある理由―――それをアインスは知りたいのかもしれない。メインはそう感じ取った。もし可能ならば、自分で育て、自分で数を増やしたいのではないか。しかしそれが今までできていない理由は。

「アインスさん、その花って本当に10年に一度程度しか咲かないんですか?」

「ババアの話ではそうだったな」

「記録も何も残っていない……?」

「簡単な記録は残っていたが、細かいことはなかった。まあ、ババアも長年研究していたみたいだけどな。引継ぎが上手くできなかったんだわ」

本当にそれは国花選定師として優秀であった、先代のしたことなのだろうか。メインは少しだけ不思議な感覚になる。そんなに手を抜くような人ではなかったはず。引継ぎが上手くできないことも見越して、普通は記録を残す。まるで、これではメインの母のようではないか。たくさん残っている記録と、足りない記録。海の花はそうだった。しかしそれは、裏に隠しておきたいことがあったから。辿り着けた者にしかわからないように、母が細工していたこと。

では、この花はどうなのか。アインスでも分からないことがあるような花が、この世の中にあるのか。新種、変種、そうでなければ、誰かが故意に作った花。しかしそれを言えば、アインスだけでなく、先代や国家までも巻き込んだ騒動になってしまう―――メインは、花を目の前で見るまでは、そのことについて何も話さないことにした。


一方アシュランは、メインと同じように夜空を眺めていた。旅を続けて数ヶ月。本来ならば一匹狼の傭兵稼業であったはずなのに、気づけばこんなちんたらと旅をして、人に会って、人に触れている。ついには自分の故郷ではないか、と称される場所にまで来てしまった。

なんてことだ。自分の故郷など、望んだことはなかったのに。自分を捨てた故郷が、自分を求めるなんて有り得ない。だからアシュランも故郷を求めなかった。しかし今は、自分の故郷であろう土地に立っている。

山は嫌いじゃなかった。むしろ好きだ。空気も綺麗だし、熊や野生の動物を捕えれば、飢えることもない。小川も綺麗だし、休める場所も多い。傷ついた体を癒すことを山の中で度々行って来た。それは自分がこの部族の血筋だから?

そんなことが頭に浮かんでは消えていく。

「うふふ、見つけた」

「うわ!なんだよ、あんた!」

アシュランの視界に急に入ってきたのは、シェヴェルナだ。

「ど、どっから出てきたんだよ!?」

「私は普通に歩いていただけ。あなたがそこにいたのよ?」

ここに来て他人のせいなのか?とアシュランは驚く。預言者とはそういう存在なのか、とも思ったが、この女が特殊なのでは、とも思ってしまう。

「あんたさ……変な話だけど、俺の親を知らねぇか?」

そう聞いてすぐに、アシュランは思う。なんで聞いてしまったのだ、と。これではまるで自分が親を探していたようではないか。そんなつもりはないのに。なかったのに。ここに来たから、何かが変わってしまったのか。


「あら、知っていますよ」

そこには、妖艶に笑う預言者の顔があった。


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