「やっぱりあなたはいい国花選定師だわ。十分に自然と調和できていて、その力を享受することもできている」
シェヴェルナはそんなことを言いながら、自分の瞳をメインへ向ける。彼女はその目を見て、どこかで見たことがあるような、不思議な懐かしさを感じ取った。目の形や動きがよく似ているような。そんな程度であるが、そういうところだ。
しかし目の前の彼女は詳しく話そうとはしない。彼女にとって、そんなことは関係ないと感じているのだ。もっと違うこと、もっと先を見つめているからこそ、彼女は預言者なのだろうか。
「山は我々部族が整えてきたのだけれど、色々と争いがあったり、何かと面倒なことが多くってね。それでちょっと荒れてしまっているの。そのあたりも整えられるかしら?」
「荒れている、とは実際にはどのような……」
「そうね、山を燃やしてしまったこともあるし、毒をまいたこともあるようよ。今ではどうしてそんなことまでしたのか、誰も理解できていないのだけど」
「そ、それを指示した人がいたのではないですか?そうしよう、と意見を出した人だって」
「確かにいたと思う。でも、してしまった後ではもうどうにもならないわ。我々では取り返しのつかないことを、我々が自分たちでしてしまったのだから」
そういうシェヴェルナの顔は、暗かった。初めて見せる暗い顔だと思う。まだ会って数時間なのに、メインはそう認識できた。
「山をもとに戻したいってことでしょうか」
「確かにそれもあるわね。山や自然がなければ生きていけない。でもそれを自分たちで壊してしまった」
「でも、それに花は関係ありません」
「……私は、花が欲しいとは言っていないわ」
うふふ、と彼女が笑った。その顔は最初に見せたシェヴェルナのままだ。
「花が欲しいのは国王だけ」
「アインスさんでは」
「いいえ、王子様の興味はそちらではなさそうよ?」
なさそう、と言った時にシェヴェルナの視線は入口の方、そこから戻ってきたアインスを見た。アインスはメインを見て、ため息をつく。
「糞親父の話はせんでいい」
「あら、王子様。変ね、私は国王が花を欲しがっているように思ったのに」
「国王は国王だ。年食っただけだろ」
老いれる国王は、有能な証拠だ。国王が年を取って、その天寿を全うすることができれば、それはその国が安泰であり、次の世代にすべてが継承されたことを示す。
ただ生きたわけではない。戦場で死ぬこともなく、大切な子どもたちに次世代を託して死んでいく―――つまり、有能であった証が、老いて死ぬこと。
「いいじゃな、王子様」
「俺は王子じゃねえ」
「……あなただけよ、そう思っているのは」
そういうと、シェヴェルナは食事を出すと言って動き出した。
カブルはアインスを見ながら、本当に目的の花が手に入るのか、と不安になる。何かあった時のそれなりの武装は持ってきているが、それが必ず役立つとは限らない。アインスは否定するが、王の血を引いていることは事実だ。そして、カブル自身も。もしもこの国を脅かすためならば、彼らを人質にすることも可能である。それも見越して、アインスが徹底的にカブルを鍛えたことも分かっている。
国王と国花選定師の間に産まれたことを、何よりも、誰よりも理解しているのは、アインス自身なのだ。カブルは、そんなことを考えながら浮かない表情をしているアシュランに気づく。
「アシュラン様、どうかなさいましたか?」
「あ、うん、まあな」
「はあ……何か口になさっては」
「んー、今はいい。俺もちょっと外を見てくる」
彼ならば1人で行かせても危険ではないだろう。見た目は部族の男たちと変わらない。そう思った時、それを止めたのは犬猿の仲であるはずのレンカだった。
「アシュラン、1人で行動するな」
「うるせーな」
「お前はこの部族がどんな行動をとるのか、理解できていないだろう?」
「いいんだよ、別に」
「まったく、お前は!」
レンカはアシュランの腕をつかんだ。それを振り払うようにして、彼は歩き出す。仲が悪いとばかりに思っていたカブルは、2人にもそれなりの絆があるのか、と思ってしまう。
「お前は、まだその契約の最たるところが分からんのか?」
そう言い放ったのはアインスだ。彼はアシュランの側に立ち、彼を睨む。
「その契約でお前は命を救われたな」
「……ああ。頼んでねーけどな」
「なら、その逆があることを忘れんな」
「逆……?」
逆の意味が彼はすぐには分からなかったのか、視線が動く。それはレンカへ。そして、メインへ。メインも首を傾げていた。
「おめーが分かってねぇからだろ!」
ゴツン、とメインに拳骨を落とし、アインスは言う。
「命を救うほどの契約だ。命を奪うこともできる。メインが死ねば、お前も死ぬが、お前が死ねば、メインも死ぬんだよ」
そこまで深く、強固な結びつき。だから契約期間は【あえて】1年。それ以上は危険だから。
「じゃあ、俺を殺したいなら、ちんちくりんを殺せばいいな」
「そういう話じゃねーわ!お前が無茶すりゃ、コイツが死ぬことになる。そんなん俺が許さんわ」
アインスの脳裏には、幼い頃のメインが蘇っていた。赤毛に緑の瞳。大きな本。母親が死んだというのに、泣きもしない。いや、泣いた姿を隠していたのか。それでも今は、母が残した資料から立派な国花選定師へ成長した。
国花選定師の死は国家の死に近い。国を根底から支える、食物、薬、農作物などは、すべて国花選定師あってのことだ。しかしそれがなくなった国は、まず飢える。農作物の管理ができなくなり、食べるものに困り、最終的にはその飢えから病が蔓延する。国花選定師は人が生きる根底を支えているのだ。
国は、そこまで落ちてしまうと復活することができない。国民が減り、土地が痩せて、すべてが無になってしまう。そんな国をアインスは母とたくさん見てきたのだ。だから、国花選定師はどんなことがあっても守らねばならない。
「国花選定師の価値は、国と同等。コイツの肩には、国民の命が乗っとるんじゃ」
「だからなんだよ、俺には関係ねーだろ!」
アシュランは叫んで、建物から飛び出して行った。日が落ち始めた夕刻の頃のことである。
夜空に星が出始めた頃、シェヴェルナは手料理をたくさん振る舞ってくれた。しかしアシュランは戻ってきていない。
「アシュランさん、近くにはいるみたいなんですけど」
メインがそういうと、気にするな、とアインスに返される。カブルも心配したが、明日の朝には花の生息地までいかねばならない。わがままをいう仲間1人の相手をしている暇がなかった。
明日の天候によって、荷物も日程も大幅に変わってくる。だから、カブルはそれに合わせての準備が必要だった。アインスが困らぬよう、しっかりと整えたい。アインスがメインを思うように、この国にとってはアインスが大事なのだ。国花選定師である彼が、不慮の死でも遂げたなら、大変なことなのである。だからカブルは、彼を守ると誓っていた。
「きっと星を見ているのね」
「星ですか?」
シェヴェルナの言葉に、メインは思う。ここの夜空はとてもきれいだろう、と。そんな星を見て、彼女は預言を口にするのか。それとも星が伝えてくれるのか。
「シェヴェルナさんは、星読みはされるのですか?」
預言の方法の1つと言われている星読み。しかしこれは天候や土地にも左右されるため、多くの星読みたちが苦労する人生だという。
「いいえ、私はそんなに星は分からないの」
「そうですか」
「でも、綺麗なことくらいは分かるわよ?」
また、あの懐かしい目だ、とメインは思ったが何も言うことはなかった―――