シェヴェルナは妖艶な美しさを持つ女性だ。その美しさは、貴族や町娘などにはない、独特な神秘的な印象である。アインスは気にしていないようだが、周囲の誰もが美しい女だ、と思った。
しかしアシュランはその女を見て、体が固まってしまう。こんな経験はない。どんな強敵を前にしても、どんな人間を前にしても、こんな感覚になることはなかった。
「さあ、お客様は座っていただきましょうね。お茶でも出すわ」
「毒盛るんじゃねーぞ」
「国花選定師に早々毒が効くものですか。あなたのお母様が珍しい体質だったのよ」
「ふん」
アインスとの会話を聞く限り、シェヴェルナは外の世界のことをよく知っている印象だ。長く伸ばした髪、変わった化粧、まとった衣装は他の人間とは違う。しかしそれでも美しいと感じてしまうのは、彼女だからだろうか。
メインは彼女からお茶を受け取り、香りを嗅いだ。国花選定師は、そうやって植物の香りから土地のことを知ることができる。特にメインは鼻が効くので、得意な分野だ。
「いい香り……土地が肥えていますね」
「この土地は我々が開拓してきたから。小さな国花選定師さん、初めまして」
「あ、すみません、メインと申します」
「私はシェヴェルナ。この部族の預言者をしているわ」
温かいお茶に、薬草を練り込んだパンのようなものが出てくる。クッキーのような焼き菓子よりもパンに近いが、パンより甘みが強いので、菓子なのだろう。口に含めば、とても爽やかな草の香りと甘みが広がってくる。
「あなたは礼儀正しくて、とてもいい国花選定師だわ。王子様とは大違いね」
王子、と呼ばれてアインスはシェヴェルナをジロリと睨む。美しい女なのだが、中身を知ると妙に感じてしまうこともあるのだろう。しかしメインはこれだけ自然を活かし、美味しいものを作り出せる技術に感動すら覚えていた。
「それから、あなた」
シェヴェルナにあなた、と呼ばれたのはアシュランだった。アシュランは呼ばれて、その視線を泳がせる。
「来なさい。恐いの?」
「こ、わくは……ない」
「じゃあ、こちらへ」
こちら、という場所に座らされて、アシュランはシェヴェルナから顔をよく見られた。
「そう、そうよね……よかったわ」
彼女が何と語らっていたのか、誰にも分からない。しかし、預言者とはそう言う生き物らしい。人と違う何かを見て、読んでいるとも言われる。魔術に似ていて、違うもの。似ている部分も多く、似ていない部分も多い。まるで揺れ動く紫煙のようなものだ、と言われることもあった。
「ずいぶんと強固な契約を結ばれているのね。小さな国花選定師さんと」
「お、俺は、奴隷じゃねぇ……」
「ええ、これは契約であって、奴隷とはまた違うかもしれないわ。でも命の絆さえ結んでしまっているから、期間を満了することが一番の解除法よ。無理な解除はお互いの命を殺めるわ」
彼女は何を見てそれを判断したのか。メインはそれが気になったが、アシュランはまったく違うことを考えているような、落ちつかない子どものような態度が見られた。メインはそんなアシュランを見て、何をそんなに気にしているのだろう、と感じる。美人を目の前にしても、今までずっと軽口をたたいていた。それが、急に雰囲気が変わっているではないか。
「小さな国花選定師さん、王子様と仲がよかったのね」
不意に話を逸らされるような形で、彼女はメインに話しかけた。
「は、はい!色々教えていただいてます!」
「そう。いいんじゃないかしら。仲がいいことは。国花選定師は交流することが少ないと聞くから」
「あの、シェヴェルナさんはどうしてそんなことをご存じなんですか?」
メインからそう問いかけられて、シェヴェルナは笑った。
「うふふ、私もかつてはこの王子様の父上に求婚されたことがあるのよ。でもまあ、実際には結婚できない理由があったんだけれど」
預言者となれば、あの国王が欲しがりそうな存在だ。国花選定師にも息子を産ませているのだから。しかしこの厳しい部族を相手に、国王も成す術がなかったのか。
「世界中の人がみんな、あなたのように賢くて素直だといいのだけど」
何かを含んだような言い方で、シェヴェルナは話を閉じた。いや、正確には閉じねばならなくなる。アインスが痺れを切らして、話を変えてきたからだ。
「おい、そろそろ花が咲く時期だろうが」
「あら、いけない。そちらが重要だったわね」
忘れていないはずなのに、忘れたふりをする。そんなわざとらしいことも、彼女がすれば美しく見えた。変わった人だ、と思いながらメインは少しだけ預言というものにも興味が出てくる。
魔術師の多くは、預言の勉学だけはすると聞く。実際に預言を受けることができるのは限られた人間だけなのだが、魔術の勉強の一環で預言を学ぶらしい。しかしそれは、ただの学びであって、それ以上でもそれ以下でもなかった。実際に預言が下るのは限られた人間だけであって、それも特殊な儀式や環境が必要など、さまざまなことが重ならなければならない。
それから考えると、シェヴェルナはその役目に適任だったのであろう。部族とう自然の中で生きる環境と、誰にも邪魔されず集中できる環境。そのどちらをも持って、預言を聞くことができる。
魔術師に近くて、違う存在。それが、彼女のような存在だ。預言は外の世界に出すことはできないと言われているし、預言の相手も決められないという。預言が自然に下れば、誰にでも話すけど、とシェヴェルナは言いながら笑った。
「花が咲くのは、そろそろだってすっかり忘れていたわ」
シェヴェルナはの話に、アインスはため息をつく。預言者ほどの能力を持つこの女が、忘れるはずがない。なぜなら、その花は預言の中にも度々登場し、またその花が登場する時は大きな預言になるからだ。
だから花は、10年に一度程度しか咲かない。稀に何十年も咲かないこともあった。だからこそ、彼女のような預言者が忘れることはないのである。
アインスは、煙草を吸ってくると言って、カブルを連れて外へ出た。森の木々がざわついている。なんだが嫌な予感がするな、と植物を見て思う時、それは国花選定師の能力が発揮されているのだ。
「カブルよ」
「はい」
「お前、いざって時は1人で城に帰れるな?」
「……それがアインス様のご指示ならば」
「おうよ」
煙草を吸いながら、アインスはいつも思う。母の違う弟を小間使いのようにしたが、彼も十分育った。いつまでも側に置いておかず、軍に入れるか、何かさせてもいい時期だ。十分に鍛えてやったから、並みの兵士より強く、頭もいい。国王からはよく育てたと言われたが、絶対近づくな、と守ったほどである。
いつの日か来る別れ。
それは、人生にとって花が散ることとは違う意味だとアインスは思う―――