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第50話

山へ行く装備を整えている時、カブルはあのアシュランという男が何なのだろうな、と思った。レンカは見た目よりも自分自身を過小評価している人間だ。強さもあり、男前なのに、それをほとんど否定して過ごしている。彼の生まれた地方では、彼のような容姿は差別の対象であったというので、驚きだ。正直、こんなに男前、むしろ美しい男を差別できる国柄がすごい。この国で言えば、伝説の騎士団の家系とまったく同じ容姿なので、もっと堂々とできる。しかし生まれた場所が違えば、意味も違うものなのか、とカブルは思った。


それに比べてアシュランは何とも言えない男だ。筋肉隆々の姿は、まさに百戦錬磨の傭兵に見えるが、急に子どものような、少年のような態度を見せてきたりする。カブルの目を見て、知りもしない彼の母の目だと言った。王を見て、王と似ていないということを言いたかったのだろうが、その言い方や表現が独特だ。

慣れないカブルは、アインスへ相談に来る。本当にアシュランを連れて行っても大丈夫なのか、と問いかけた。するとアインスは、少し離れたところでカブルに話をしてくれる。

「アレはな、山岳の部族の血を引いてる男だ。だが、山岳の部族に魔眼を持つ者はいない。そうなると、部族の人間と外の人間の間にできた子だろうよ」

「ならば、そのような者を連れて行ってもよいのですか、アインス様」

「仕方がない。メインと契約を結んで、すでにメインの能力がアイツにはだいぶ流れちまってる。きっとかなり強力な契約で、期間を満了しない限りは破棄できないモンだろうな。あの国の王なら、容易にできるさ」

メインの出身国は、国王を始めとする多くの要人が魔術師など、魔力や魔術に精通した者が多い。それもあって、国花選定師を上手く使う術をそもそも持っている国なのだ。

「子どものような反応を見せるのは、メインの影響だ。メインの幼さや素直さをアシュランが契約から影響されている。そもそも影響されるってことは、必要だったってことでもあるわな」

「必要だった……」

「聞けば、アイツは捨て子で生まれた時から荒くれ者と一緒に育っている。まともな教育もなく、傭兵として人を殺したり、奪うことしか知らん。そんな男が、どうやってここまでこれたと思う?」

短気で荒くれ者。物を奪い、壊し、人に対して愛情など持つことも、感じたこともない男。それがただの契約で縛れるはずがなかったのだ。つまり、彼はメインとの強固な契約を【絆】として、今を生きている。

「やはり、契約の影響でしょうか」

「そうさな。そういう契約だ。本人たちは奴隷のように感じているかもしれんが、俺から見りゃ、夫婦みたいなもんだろうよ」

「夫婦……夫婦!?」

「婚姻も一種の契約だからな。まああれには魔力も魔術も介在してねぇ。だから一般人にも扱えるし、紙切れの話、愛情だけの感覚的な話でもある。それにこの契約は似てるんだ。一緒にいればいるほど、主の能力を分け与えられる分、相手に近くなる……」

アインスの視線は、静かに動いた。それはきっとメインのことを心配しているからだ、とカブルにはよく分かる。主の影響を受けるということは、その逆も有り得るからだ。今ではなくとも、今後。いつか。どこかで。メインがアシュランのようにナイフを振りかざし、人を殺し、奪うことに目覚めるかもしれない。そうなれば、国花選定師ではいられなくなる―――アインスの不安は、どう考えてもそちらだった。

「アイツも馬鹿だからよ。国王からもらった金をなくして、傭兵くらいしか雇えなくなったかと思えば、死にかけの傭兵助けるために契約を使ったなんて言うしな。普通こういう時は、勇者とは言わなくてもそれなりの護衛団を雇えとは言ったんだ」

「はあ、メイン様らしいと言いますか……」

「だからまあ、俺の側にいる間は、様子見てやってくれや」

アインスはそう言って、ヒラヒラと手を振り、一服へ向かって行った。



「おまえさぁ」

一方、アシュランはメインに向かって気にしないような顔をしている。まだまだメインを小娘だの、ちんちくりんだの、女性に対して失礼なことは考えているようだが、今はそれ以上の疑問が湧いたようだ。

「お前さ、オッチャンのこと好きなのか?」

その言葉にレンカが水を噴き出した。こんな時に水を飲まなければよかった、と思う後悔よりも先に、拳がアシュランの右頬にめり込む。

「貴様!女性に対して聞いていいことと、悪いことの判断もつかんのか!?」

「なんだよ、好きか嫌いかって話だろーが!」

「そうだとしても、なんの脈絡もなく聞く話か!」

脈絡、と言われてアシュランは急に真面目な顔をした。彼にはこの話を聞く理由のようなものがあったのだ。

「だってよぉ、オッチャンあんなに強いのに、コイツには優しーじゃん」

「……私も結構拳骨を食らっている自信はあるのですが」

青い顔でメインが言うと、アシュランは笑い飛ばしてきた。

「いや、あれ、超手加減じゃん!」

「あれで!?手加減!?」

メインは今にも叫び出しそうな顔で、アシュランを見る。しかしアシュランは笑ったままだ。

「オッチャンもっとつえ―じゃん」

そんなこと言ったって、とメインの目は訴えていたが結局、アシュランは笑い飛ばすばかりだった。つまり手加減されているのは好きだからなのか、と彼は聞きたいらしい。

「好きと言いますか……国花選定師として大事なことをたくさん教えていただいた仲です。まあ、兄のような、相談役のような」

「素晴らしい関係です、メイン様。今後はその一端をこのレンカにもぜひお任せください!」

レンカはたまに負けず嫌いな部分が出てくる。だから勝ち負けを競っているわけでもないのに、アインスに負けたくない気持ちになってしまうのだ。

「レンカは無理だろー」

「レンカ様と呼べ!」

このまるで大きな子ども2人は、間にメインを挟んで口喧嘩ばかりだ。しかし遠目に見たアインスは、今まで1人きりだったメインにとってはいいことなのかもしれない、と思う。


山岳地帯の部族集落を目指し、彼らは王宮を出立した。アインスを先頭に、最後尾はアシュランだ。時々アシュランが森や山を眺めている様子がある。やはり何か感じているのか、とアインスは思ったが、聞くことはなかった。

この部族が子どもを捨てるとなれば、それはここで育てられない大きな理由があったからに違いない。大抵の場合は、片親でも、子どもに多少問題があっても、労働力として扱われるからだ。

「気ぃ抜くなよー。部族の全体が外部を歓迎してくれるわけじゃねーからな」

山道を歩きながら、アインスは言う。後ろに続く者たちは、まだこの部族のことを知らないのだ。

長きに渡り内戦と近隣国の戦争に巻き込まれ、住まう場所を追われて住みにくい山岳地帯へ移って行った部族である。外に対しての警戒心だけでなく、敵対心も大きい。自然の中で暮らしながら、それでも争いが絶えないのは、この部族の人間たちの気性の荒さがあった。彼らは小さな世界で生きながら、外の世界の影響を大きく受けている―――辛い部族とも言える。

噂では、中枢には預言者という存在もいるらしく、魔術や魔力とも奥が深い。自然とともに歩みながら、何を考えているか詳しくは知られていない一族。どんなに国花選定師が植物を大切にしていると言っても、理解できる者は少ない。


それでも、やっと咲くであろう花のために、アインスとメインは足を進ませねばならなかった。


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