「20年誰にも気づかれなかった。だからこれからも気づかれないはずだ」
「それは俺には分からない。今の国花選定師が倒れれば、気づかれるはずだろう」
「それはその時だ。今じゃねぇ!!」
わけのわからないことを言っているのが分かっていない。つまりは彼もやはり毒されているのかもしれなかった。メインの水を飲ませるべき、と思ったが、彼の目は本気。きっと半分は親としての正気を保っているのかもしれない。
「奪われると分かっていて、なぜセインにしたんだ。他の孤児でもよかったはずだ」
「あの子を拾ったのは俺だ。俺はあの子しかいないと思ったんだ」
運命を感じてしまったのか。それはきっと船乗りにとって大きな意味を持っていたに違いない。死んだ我が子が戻ってきた。海の神様が恵んでくれた、と思ったのかもしれない。
しかし現実は甘くはないだろう。クイードがしたことは誘拐も同じなのだ。孤児であったとしても、国はそうやって流れてきた子を次の国花選定師にすると決めている。国家反逆罪は罪が重い。とにかく重い。重罪中の重罪だ。
将軍の立場で国家に近くあったレンカにはよく分かる。盗みや人殺しなどは普通に裁かれるが、国家に反逆したとなれば、重罪になる。一度一族から重罪者を出せば、その後末代までそう言われ続ける。
「神の島に行ったところで、すでに国花選定師になるべき子どもは海に流した、と言われるだけではないか」
「そこをメイン様に話してもらいたい。セインは今は普通に暮らしている。別の人間を立てた方がよい、と」
「そんなことに他国の国花選定師を使うのか!」
「あんたも同じなんじゃねえのか、将軍さんよ!将軍であり、国花選定師の弟であるあんたが死を装ってまで国を出て来てるんだ!普通じゃねえだろうがよ!」
それを言われて、レンカは押しとどまった。確かに、そうなのだ。自分もメインやアシュランの手を借りて、命からがら逃げてきた。唯一自分を愛してくれた姉をあの国に残して。自分のしたことが分かれば、姉がどんな処罰を受けるか分からない。国花選定師のはく奪はないだろうが、彼女に生まれた次の国花選定師とは隔離されて過ごすだろう。
この男、頭がよすぎる。だからこそ一等航海士にもなれたのだ。実のところ、妻の為と言ったが本当は息子の為なのかもしれない。1つのことで結果を2つ出そうとしている。それが、この男なのだ。抜け目がないのは、海で生きてきたから。風を1つ読み間違えれば、大金をつぎ込んだ船が沈んでしまう。その負債を抱えず、逆に利益を出す方法を考えねばならなかった。
そんな生き方が海の男に染みついて、結果、とんでもないことをしてしまったのである。世間や国に知られていないからなんとかなっているが、本当にセインが次代の国花選定師であるならば、いつか分かる。いつかその運命がやってくるに違いない。自分が国を捨てたように、とレンカは思った。
「俺は、国王から殺されそうになった。死体を食らう花の養分にする為、魔力の高い俺が選ばれたんだ。しかもそれを姉に指示していた。しかし姉はそんなことができるような人ではなく……」
「どこの国も、国花選定師に狂わされているのか、救われているのか、わかったもんじゃんねぇな」
呟くように言ったクイード。レンカはそうかもしれない、と思いながらそれが国花選定師と関わってしまった者の運命なのだとも思った。
クイードは知り合いの船貸しに話をつけて、中型の船を借りることができた。知り合いのよしみとのことで、少し安くしてもらったようだ。船を借りた後は、食料など必要物品の買い出した。
これに関しても他国を知っているレンカの知識は活躍する。一等航海士である彼は、こうやって何をどうすべきなのか、どうやって人をどこに配置すべきなのかを考えることができる。軍にいたならば重宝されることであろうし、一等航海士の中でもかなりの上位者であったのではないか、とレンカは思う。
「レンカさんよ」
「なんだ」
「あんた、まだ姉ちゃん以外にいないんだろ、大事な人がよ」
「メイン様が大事だ」
「そういう意味じゃねぇよ」
そう言うクイードの目は優しかった。優しかったが、その優しさが正しいものなのかどうか、わからない。心はそこにあるはずなのに、しっかりと見えない。
「いや、もしかしてあんた惚れてるのかい、あの嬢ちゃんに?」
「そういう不躾な言葉は国花選定師に失礼だ」
「いやいや、男なら当たって砕けろよ」
「俺は砕けるほど強い精神を持ち合わせていない」
きっぱりとそう言うレンカの顔を見て、クイードは彼があの小娘に惚れているのだ、と思う。姉が国花選定師であることも相まってなのか、それに近い存在を気に入る気持ちはよく分かる。
しかしあの娘には護衛の男がついているはず。宿敵を近くに置いて、それでも共に旅に出るという度胸はやはり将軍の器なのだろう。
「好きだと言えんのか」
「黙ってくれ。そういう気分ではない」
「でも女の心は移ろいやすいぞ。隣の兄ちゃんに寝取られたら一発だ」
「下品な話はよしてくれ!」
こういうところは初心なのか。それは顔に見合わないな、と思ったが砂の国のことを思い出す。砂の国は、基本的に褐色の肌を持つ国だ。稀に血が混ざって様々な子が生まれるらしいが、目の前の男のように金色の髪に赤い目をした存在は珍しい。特にその白い肌。明らかに異国の血が入っていることを示している。
それを考えると、それを逆手にとって女を誘惑するか、逆に迫害を受けるか、のどちらかになる。様子を見るに後者ではなかろうか。クイードの推理はほぼ当たっており、彼の頭の回転の速さがうかがえた。
「とにかく、必要なものを買って戻るぞ」
「そうだな。早めに海に出よう」
それは何の為か、とレンカは思う。結局それは妻の為なのか、息子の為なのか。それとも家族という一括りの世界だろうか。
買い出しを済ませた2人は、店に戻る。そして荷物をまとめて船に向かった。
「私、海って初めてなんです!船は川にあるようなものは乗っているのですが」
メインはとても喜んで船に乗っていく。大きな船は本当に初めてなのか、始終子どものように笑っていた。好奇心が旺盛で、子どものような国花選定師。それはまるで、そうやって大切に育てられてきたことを象徴するかのような行動だ。
「海、落ちんなよ。泳げねぇだろ」
「な!そ、それは確かに……」
アシュランに言われて、メインは肩を落とす。彼女はあまりにも大事に育てられてきたこと、国花選定師としての役目があったことで、それ以外のことを多くはできないのだ。泳ぐということも彼女は知らない。行動自体は分かっていても、それを自分で行う術は持たなかった。
「俺は泳げるが、人を担いでまでは泳げねぇからな」
「そうなんですか?」
「溺れた人間助けるのは疲れんだわ」
そんな話をしている横で、レンカがクイードに出航の時間を聞いていた。荷物が乗ってしまえば出発する、という流れらしい。荷物は食料や水がほとんどだが、中にはメイン作った薬や道具などもある。
そして幾つかの武器。多くはないが、それなりにクイードが準備をしてくれていた。海のこと、船のことは、彼が一番よく理解している。
その時、誰かが走って船に乗り込んできた。
「俺も行きます!」
「セイン!?」
クイードは息子を海に出すつもりはなかった。特にこれから目指すのは神の島。彼が生まれたであろう島である。クイードは息子を叱ったが、彼はそれに従うことはなかった。毒気が抜けてスッキリとした顔の彼は、目を輝かせている。
「俺も海に出たいんです!お願いします!」
毒が抜けて、そこに入り込んだものは何なのか。
彼の場合は冒険という名の夢なのかもしれない。