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第13話

「砂漠の花は、人の死体を養分にして育っていたんですね」


レンカの言いたくなかったことを、メインが言った。彼女のその緑の瞳は、スイレンをしっかりと見つめている。レンカが見たくないものを、彼女は迷わず見ることができていた。


「私は疑問でした。砂漠の砂は水分を保持できません。そうなれば植物はどこまで根を張るのか……。最初は地中深くまで根を伸ばすことができる植物だと思ったんです。最初はそうだったんじゃないんですか、スイレンさん」

「その通りです、メイン様……この花は、最初は砂漠に適応していた。砂漠の些細な日陰に根を張り、地中深く、水を求めて根を伸ばすことができる。最初の国花選定師はその習性を利用して、水を探し当てる技術を見つけました」

「母の手記にも、そうありました……」

「でも、それを王が変えてしまった。罪人の死体を与え、そこに花を咲かせればいい、と。確かに花は咲きました。今まで以上にたくさん、大きな花を」


でも、と彼女は言う。その続きは、悲惨な国家の裏。

罪人は、処刑されるたびに砂漠の花の苗床になった。最初こそ、美しく大きな花を咲かせているのは、死体を養分にしているからだろう、とスイレンも考える。自然の循環を考えれば、死体とて、養分。悪いことではない、と思ったのだ。

しかし、罪人は罪人。綺麗な体ではない。罪人の血肉で育った砂漠の花は、その花に罪人の体に入っていた毒を取り込むようになる。それはまるで、水を求めて根を張っていた頃のように、毒性を強めていく。

国花選定師として、スイレンは王に進言した。砂漠の花に死体を与えるべきではない、と。これ以上毒気が強まれば、解毒薬が効かなくなる―――しかし王はやめなかった。年端の行かない王は、判断ができないのではなく、見た目よりも聡明。自分が何をしているのかも、分かっている。


「王は、国の為に毒を作れと、言いました……」

「……解毒のできないものも、ありますもんね」

「はい……その、新たな毒を作る為に、花に罪人を与え続けているんです。王は、今度は、魔力の強い者を与えろ、と……」


その時、スイレンの視線がレンカ―――弟を見た。レンカは悟る。ここで殺されるのは、花の養分にされるのは、自分だったのだ、と。王は魔眼を持つ自分を花の養分にさせる為、メインに同行させていたのだ。


「ねえ、さ……」

「できなかった!私、やっぱり実の弟を、花に与えるなんて、できなかった……だから、メイン様とアシュラン様を……事故に、見せかけよう、と」


メインを殺したとなれば、国家間の問題に発展する。だから事故に見せかけるつもりだったのだ。また、弟と同じように魔眼を持つアシュランならば、弟の代わりになる。

泣き崩れるスイレンは、その黒い髪を乱して砂を掴む。


「魔力が強いから、見た目が違うから、この子は一生間引かれなければいけないのですか!?この子はそんなことの為に、生まれたんじゃないでしょう!?」

「ったく面倒臭ぇな!」


アシュランは泣き崩れるスイレンを馬鹿にしたように、ジロリと見た。しかし彼も分かってはいるのだ。集団から疎外され、長年育ってきた存在のこと。それが自分であったこと。

レンカは別の国に生まれた自分。アシュランはそう感じた。


レンカは、泣いている姉を見て黙っていた。姉が自分を殺せなかったことよりも、王が自分を殺そうとしていたことに衝撃を受けている。王だけは、王には、信頼してもらえていると思っていたのに、と勝手に思っていた自分が恥ずかしくなった。

この国には将軍という地位が配置されていることもあって、軍事力に力を入れている。つまりは国の暗い部分が多い。砂漠に囲まれ、国交は盛んではなく、攻め込まれない為には軍事を強化するしかなかった。

だから、国花選定師にさえ、軍事に役立つことをさせようとしていたのは理解ができる。だが、将軍とまでなった自分をそうやって扱うとは。将軍のなど、誰がやっても変わらない、そういった考えなのだろう。

自分の魔眼を持ってしても、その考えは見抜けなかった。そもそも魔眼は、魔力は魔術にしか反応しない。人の心など、見えるわけがなかった。


「姉さん……」

「レンカ、ごめんなさい、私は」

「姉さん、あなたは私をここで殺さねば……反逆罪に問われる。一生を牢獄で過ごす国花選定師になってしまう」


それならば、とレンカは思った。この無駄に産まれた命、姉の為に使ってもいいのではないか。母を食らって生まれてきたのだから、その恩返しを国花選定師である姉に。


「お前は馬鹿か!」

「ぐふ!」


不意を突かれてアシュランに殴られたレンカは、無様な声を上げた。アシュランはそのままの勢いで、レンカを睨む。


「そんな国はどこにでもある!ただし、全部衰退しちまったけどな!俺は傭兵だから色々な国を見てきたが、こんな姑息なことをする国はさっさと潰れちまうもんだ!」

「そうですねぇ、国花選定師の扱いが悪い国は、あまり繫栄しないと聞いていますよ?」


控えめにメインも言った。スイレンは困ったように、弟とメイン、アシュランを何度も見るしかない。答えが出ないからだった。

彼女は国花選定師と言っても、王の指示に従うだけの存在であったのだろう。どの国でも基本的にはそうなのだが、メインのように自由にしている方が、研究や栽培が早く進む。国花選定師にとって、自由な空間はとても重要なのだ。


「おい、ブス!」

「私の名前はメインです……!」

「お前の国に将軍の席はねぇのかよ?」

「え!?そんなの知りませんよ!」

「はぁ?じゃあ、確認しろよ、お前のとーちゃん、なんか偉い役職だろ?」

「そ、そうですけど、今から確認したらどれだけ時間がかかるかって、将軍の席があるならどうするんですか?」

「コイツが将軍になる」

「はあ、レンカさんが!って、それって亡命じゃないですか!亡命手伝ったら、大罪ですよ!?」


勝手に話が進んでいるのを、スイレンはただ驚いて聞いていた。この国に、彼女らのような自由に発想する者はいないのだ。全ては王が決め、王の判断に従う。地位が高い者の指示に従えばいい。それだけである。


「コイツなら役に立つからいいだろ!」

「そういう問題じゃないですよ!」

「お前、偉いんだから、それくらいしろよ!」

「いや、そんな無理でしょ、急に!」

「じゃあどうすんだよ、コイツ死んでねえのバレたらどっちにしろ牢屋行きだろうがよ!」

「そ、そ、そうかも、しれない、ですけど……!」


メインは困り果てた。確かに、他国で将軍まで務めたレンカを自国に連れて行けば、喜ばれるだろう。しかし亡命となれば、それは大事だ。受け入れる国が罪に問われることもある。罪に問われれば、最悪戦争の引き金になりかねない。


「と、逃亡してみてはいかがでしょうか!?」


思い切ってスイレンが声を上げると、アシュランは更に馬鹿にしたような声でため息をついた。


「追手が来るだろうがよ。面倒臭ぇ」

「は、はい、すみません……」

「貴様、姉さんになんて態度だ!」

「うるせー、いつまで経っても姉チャン離れできねぇガキが!」


人は、怒るとどうなるのか。男にはプライドがあるものだ。それは誇りで会ったり、崇高な意思であることも多い。しかしレンカは、自分と姉のことを馬鹿にされて、我慢の限度が来た。

元々は自分が蔑まれる立場であったが、それを言わせない為に将軍まで上り詰めたのだ。それなのに、自分を馬鹿にしてくるのは奴隷。奴隷の契約で縛られた、傭兵。自分より地位が低い者に馬鹿にされ、レンカはついにその怒りを抑えられなくなった。


レンカは、剣の達人なのだが、剣を抜かずにアシュランを殴り飛ばした。2人はまるで、子どもの喧嘩のように取っ組み合いになる。


砂漠の砂が、2人の周囲に舞い上がった。


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