目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話

レンカは隣を歩く小さな女性に、姉とは違う安心感を感じていた。それは、彼女が自分に対して、周囲と反応が違うからかもしれない。この人は、自分を見た目で判断しないのだ。美しさも、醜さも、異様なことも、何も気にしない。彼女は、本当に何も気にせず、ただひたすら自分の好奇心の為だけに、前に進んでいる。それが羨ましく思い、同時にとても惹かれた。


アシュランに自宅で食事と酒を振舞ったが、どうやら彼はメインと関係はないようである。ただの奴隷関係。主人と傭兵。それだけ、と感じ取れると、とても安心した自分がいる。


子どもの頃から、周囲にその見た目で異様なもの扱いされてきた。母親を殺して生まれてきた、と言われ、その赤い目は何が見えているのか、と実父にも恐れられたほどである。この国は、見た目を非常に気にするし、その見た目が周囲と合わないものであるならば、排除しても構わないと考える輩が多いのだ。

だから、彼自身がどんなに努力をして、どんなに地位を上げても、意味はない。所詮は、国花選定師である姉を守る盾。実父から、姉を守る肉の盾になれ、と言われて育ってきた。


異国の血が色濃く出た自分と、国花選定師になった姉。その差は歴然だ。それならば、目の前の彼女もそうなのだろうか、と思ったが少し違っている。彼女はまるで子どものようにレンカに話しかけ、見つめてくれた。その心地よさ。それが愛や恋であることに、薄々気づいてはいたが、近くにいる奴隷の姿がチラつく。


この男、奴隷の癖に彼女に馴れ馴れしいのだ。男子は紳士であるべきだと思っていたが、彼女はこんな男でも平気なのだろうか。自分ならば、もっと大事にして、もっと丁寧に扱うのに。毎日抱きしめて眠りたい―――そんなことを考えた時に、舌を噛みそうになった。


「どうかしましたか、レンカさん?」

「いえ、虫が飛んでいました」

「羽虫でしょう?夜は出ますもんねぇ。光りをあてるとそっちに行っちゃいますよ」


どうして、この人は自分に普通に話しかけてくれるのだろうか。そんなことを思う。普通、これくらいの女性はなかなか男性と話をするものではない。抵抗がないのか、と思っていたがそういう人柄なのだ、と認識する。

彼女は優しくて穏やかで、まさに、本当の国花選定師。花を愛し、植物に愛される存在。そして、その探求心は国を動かすほど。実のところ、姉はこの国から出ることを一切許されていない。足の一歩でも外へ出れば、そのまま拘束され、一生王宮から出られなくなるだろう。しかし、メインは自由を勝ち取ったのだ。

きっと、姉はそんな彼女に嫉妬しているのではないか、とレンカは思う。長年自由に移動することも、他国に行くことも、時には触れ合う人さえ制限されている。そんな生活の中で、姉の我慢がいつまで続くか分からない。


「もう少し進みます。足は大丈夫ですか?」

「平気です!私、いつも植物の手入れは自分でしていますから、足腰には自信があるんですよ!」

「それは残念だ。もう疲れたと言われるなら、抱き上げて差し上げようと思ったのですが」

「そんなの必要ないくらいに、元気満々です!」


優しくて、穏やかで、自由な風のようだ、とレンカは思う。目の前の女性は、本当に姉と同じ国花選定師なのか、と思うくらいに違いがある。それは何なのか。何がそうさせるのか。


「どうしました?」

「いえ」

「ふふ、砂漠の花を見るのは初めてなので、すっごく楽しみです!」


その笑顔は、本当に子どものように明るくて、彼は子どもの頃の自分を思い出していた。頑張れば、愛されるかもしれない。見えない未来に手を伸ばすことは、希望に満ちていた。手に入らないと気づくまでは、とても輝く夢。

しかし、彼女はその夢を手に入れるのだろう。それだけのことが、彼女にはできそうで、それを見ていることが幸せに感じられた。


「見えてきましたね」

「姉上、砂漠の花は……」

「あちらです、あの輝く砂丘の先です」


輝く砂丘、とスイレンが言った先には、本当に輝いている砂丘があった。メインは喜んで歩いていく。輝く砂丘、それは母の手記にもしっかりと書いてあったので、メインは喜んだ。


(同じ景色が、同じ花が、見れる!)


母と同じ花が見たかった。おぼろげな記憶の母は、もう残してくれた手記にしかいない。いや、本当は母の作ってくれた多くの薬や新種の植物たちの中に、母はいる。でも、今はただ、母と同じ世界を見てみたかった。


「メイン様!それ以上近づいてはいけません!」


叫んで止めてくれたのは、レンカだった。しかし彼よりも先に早く動いたのはアシュランである。彼はヒョイとメインを抱き上げるようにして、後ろへ下がらせる。


「ブスな上に馬鹿なんか?」

「あ、アシュラン、さん?」

「見てみろ。花の周り。骨が転がってんだろ」


骨?そう言われて、メインはしっかりと見た。すると、花の周囲には動物なのか、人骨なのか分からないものがたくさん転がっていた。あの花は、他の生物を食らうのか―――メインは、自分の気づきが遅かったことを後悔する。


「す、すみません、私……国花選定師なのに……」

「お前が馬鹿なのは初めから分かってたわ。それよりも……アンタだろ?こんなことしたのはよォ?」


そう言った時のアシュランの目は、人とは思えなかった。そこにいるのは悪魔。人は彼を悪魔と呼ぶ。悪魔の子と呼んで、その狂気を恐れ、倒れない体を畏怖したのだ。それくらいに彼は一度怒りが頂点に達すると、下がるまでに時間がかかる。


「なあ、国花選定師のオネーサンよォ?」


狼が敵を追い詰めるように、アシュランは睨みつけた。そこにいるのはスイレンだ。彼女は涼しい顔をしている。

アシュランが短剣を握って飛び掛かると、レンカがそれを止めた。やはり、この男は強い。アシュランの短剣は首をも断てる。しかしそれを止めたのだ。


「無礼者!!我が国の国花選定師に何をする!!」

「うるせぇ!!こちとら、魔物の巣に誘導されたんだわ!!クソが!!」

「ぐッ……!!!」


魔物の巣、と言われてメインはもう一度花を見た。花は咲いているが、それは植物ではなく生物の一部。美しい花と見せかけ、人をおびき寄せるものではないだろうか。


「アシュランさん、やめてください!」

「うるせぇ!ブスは黙ってろ!」

「今は鏡が見れなくてブスなのか確認できませんので、黙りません!!」

「ぶん殴るぞテメェ!」


今度は仲間内で揉め始めた2人を見て、レンカは咄嗟に間に入る。そして、アシュランに殴られた。


「レンカさん!」

「だ、大丈夫です、あのような無礼者の拳など、効きません……!」

「で、でも、血が出てます!薬を!」


レンカは、目の前の傍若無人な男を睨みつけた。女に手を上げるだけではなく、自分よりも身分の高い者に仕掛けるなど、彼の中では有り得ない話なのだ。馬鹿だからそうするのか、と思ったが、メインの悲痛な声が響く。


「姉様、ここは戻りましょう!砂漠の花も、昔と変わっております!」


何か異常事態が起きているのだ、と判断したレンカは姉に向かってそう言った。しかし姉はチラリとレンカを見つめると、薄っすら笑う。


「レンカ、砂漠の花はこれが真の姿です」

「姉様……?」

「そもそも、砂漠に花など咲くことができない。乾燥、高気温、熱波、様々な理由から植物が育つ要素がない。ではどうやって、花は咲くことができるのか……考えたことがなかったの?」


国花選定師は、戦場に出ることはない。しかし【国家の裏を何も知らない】わけではないのだ。レンカは自分の姉が何かを見てしまったのだ、と気づいてしまった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?