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第11話

レンカは酒が入ると饒舌で、少し優しかった。それは酒が入らない時の方が、真面目で熱心、忠誠を尽くすタイプが前面に出ているからだ。酒が入るとそこが緩み、アシュランにもよく話をした。

そして、この男はよく食べる。アシュランもよく食べるが、同じくらいによく食べるのだ。途中で婆を呼んで食事を追加させるくらいである。


「アンタ、見た目よりよく食うのな」

「まあな。昔、あまり食えなかったから今、それを補っているのさ」

「そんなもんか?でも無駄な肉もねぇし、鍛えてるな」

「将軍の腹が出ていたら、誰もついてこないだろうよ。食える時に食う。それが、俺たちのような生き方を選んだものの生活ではないか?」


酒の入ったこの男を、アシュランは割と嫌いではないかもしれない、と思い始めた。悪い男ではないのだ。そこに、プライドや地位、使命、規則がなければ、まるで兄弟のような感覚になれる。

金色の髪が額に落ちて、それはそれは色男だ。アシュランも悪い顔をしているわけではないが、レンカは系統の違う美しい男だと言える。


「アンタ、婆を雇っているが、嫁はいないのか」

「ああ、当てがなくてな」

「嘘だろ。この国の女の目は節穴なのか?」

「……この国では俺のような顔は醜男の部類に入るんだぞ。自分の血筋に、俺のような子どもが産まれては、一族の恥なんだ」

「はぁ!?」


この男は、鏡を見たことがないのだろうか。いや、鏡などでなくてもいい。そこの池を覗いて、水面に写った自分の顔を見てみればいい。

どこが醜悪なのか。どこがおかしいのか。むしろ、この顔は国一番の顔ではないか。街でも、彼の顔を見た娘が頬を赤らめるくらいなのに。アシュランはその国々での違いに驚いた。


「特にこの目を持つ子ども産みたいと思う女は、なかなかいない」

「さっきから目のことをアンタは言うが、そんなに重要なものなのか?」

「魔力が強すぎるからな、母親を殺しかねん。俺は、産まれた時に母を殺して生まれてきている。だから、父にも愛されず、姉以外信頼のおけるものは、そこの婆だけさ」


婆は、レンカの言いつけどおりに食事を持ってきた。笑顔の優しそうな婆だったが、よく見れば足を悪くしているようだ。つまり、彼女も迫害を受けてきたのであろう。

この国は、思ったよりも恐ろしい。アシュランはそう感じた。本来ならば、レンカのような美しい男が迫害を受けるはずがない。むしろ、将軍の地位を使い、女を何人も囲い、金も酒も、何もかもを手に入れることができるだろう。だが、それができないという。


「……死ぬと分かっていて、結婚をしたい者はいない」

「子どもを産まなきゃいーだけだろ?」

「お前な、結婚をする意味を分かっているのか?その一族を残す為に、結婚するんだぞ」

「そーだけどよ、でも別に無理して産まなくてもいいんじゃねえの?」

「お前は……自由だな」


そうだろうか。今はメインの奴隷として契約の魔術にかけられている。それを考えれば、自由とは言い難かった。


「……俺には姉がいる。この国の国花選定師だ。あの人がいれば、俺はいなくても構わん」

「じゃあ、なんで将軍になんかなったんだ?」

「それは」


自分を認めて欲しかった。自分を愛して欲しかった。国花選定師になる姉を守りたかった。なりたくて、なったのか。何がしたかったのか。

様々なことが彼の中を駆け巡る。


「酒が不味くなった」

「そんだけ飲み食いした後に言う台詞じゃねぇな」

「部屋を貸す、寝ていけ」


そう言って、レンカは立ち上がった。彼は自分の部屋に引き上げたのか、その後のことは婆が教えてくれる。アシュランは部屋を1つ借りて、眠った。



どれくらい眠ったのか、はっきりとは分からない。しかし酒が抜けただろうか、という頃合いで、アシュランは叩き起こされた。外を見れば暗闇、夜中であることは明白だ。

見れば、そこには軽装だがしっかりと武装したレンカがいる。


「どっかいくのか?」

「さっさと起きろ。砂漠の花を見に行くぞ。赤髪の乙女が待っている」

「はぁあ?こんな夜中に?」

「砂漠の花は夜しか咲かんのだ」


レンカはアシュランをベッドから引きずり下ろした。早いうちから酒を飲んでいたのは、この時間の為だったのだろう。

引きずられたアシュランは、外で待っていたメインとスイレンと会う。


「アシュランさん!よかったー、レンカさんと一緒だったんですね!」

「だったんですね、じゃねーよ、ブス!」


アシュランがメインにそんなことを言うと、レンカが脇腹を激しく殴った。直撃だ。将軍の直撃なのだから、とんでもない痛みが走る。


「うぐ……!」

「お前は国花選定師に話す言葉も、まともに選べんのか」

「お、おおう……!」


痛みが酷すぎてまともな返事ができなかった。しかしレンカは気にしていないようである。メインの前ではニコニコ笑い、それが作り笑いだと、アシュランには分かっている。

そして、スイレンも見た。美しい女だが、この国の女の特徴を持って生まれている。これがレンカの姉と言われても、誰も信じられないだろう。あまりにも見た目が違いすぎた。


「盗賊が出る可能性があります。お静かに」

「はい、よろしくお願いします、レンカさん!」


メインは砂漠の花が見れると思い、とても喜んでいた。砂漠の花はこの国の一定期間、真夜中にしか咲かない。その生態系は分かっていないこともまだ多い。しかし高価な取り引きをされることもあるので、希少価値は高かった。

アシュランの前を、メインとレンカが並んで歩いていく。


「あの子が女性と並んで歩くなんて、珍しいこと……」

「あー、なんか、自分は不細工だからとかなんとかって言ってたな」

「気にしているんですよ、自分がこの国で生まれたのに、この国の顔じゃない、と。そんなことないと思うんですけど……」


スイレンはそう言うが、アシュランは姉の顔と弟の顔がまったく違うことに凄さを感じた。本当に似ていない。まさに、父親か母親が違うのではないか、という雰囲気である。ここまで違うとなれば、さすがにあんなに男前でも気にしてしまうものなのだろう。


「アンタさ、弟に嫁さん見つけてやれば?」

「そうですねぇ……何度か、探してみたことはあるのですが」

「え、マジ?」

「はい。でも、なかなかいい方がいらっしゃらなくて」


微笑む姉の顔は、弟にはまったく似ていない、とアシュランは思う。姉弟でもこんなにまで違うのか、と思ってしまう。どちらも美しい顔をしているのに、まったく違う系統だ。

アシュランは、胸が大きくて落ち着いた顔をしている姉のことは、なかなかにいい女だと思う。メインのように小娘ではないし、長い黒髪がそそられるじゃないか、というところなのだ。


「アシュラン様」

「おう、なんだ?」

「アシュラン様は、メイン様をお好きではないのですか?」

「はぁ?なんで、俺があんなちんちくりんを?」

「あら、国花選定師としては優秀ですし、温かいお人柄ですよ、彼女は」

「あんた、何が言いたいんだぁ?」


何かを含んだような言い方をするスイレンを見て、アシュランは疑わしいと思った。この女、その美しさの下にしたたかさを隠している。まるで、暗殺者のようなものを隠しているような。こういった女は、時々いるのだ。美しいけれど、その笑顔の下にナイフを隠せるようなオンナ。


「なかなかいい方がいらっしゃらない、と申し上げたではないですか」

「ああ?そりゃ、弟の話だろ」

「ええ。でも、あの子とメイン様が一緒になってくだされば、我が国も安定なんです。私は国花選定師なので、外には出られません。そのうち、適当な殿方がいらっしゃって、次の国花選定師を育てるのみです」


それは、まるで。メインの母と同じではないか、と思う。自分が国花選定師として独り立ちできた後は、次を育てる。でもそれができなかったのが、メインの母だ。しかし、目の前のスイレンはそれが自分の人生だと決めている様子が見えた。


「だから」


嫌な話だな、とアシュランは思う。この女が笑顔の下に隠しているのは、ナイフどころではない。まるで人の首を切った大きな刃。それは何の為なのか。国の為に、弟さえも売れるのか。


「あの子が、メイン様と一緒になって、そちらのお国へ行くならば、軍事としても強化はできますし、血族としても強固なものになりますでしょう?きっとメイン様がお生みになるお子には、国花選定師の血を引き継ぐか、あの子の魔眼を引き継ぐか……産み落とすだけで、十分に価値がある」


忘れてはならなかった。この女も国に染まった、国の中で生きる人間なのだ。利益の為、地位の為に考えて生きている。考えてみれば、そこにレンカとメインの幸せというものがあれば、すべては成り立つのだ。

レンカは将軍でありながら、この国に居場所がない。それをメインが受け入れて、自国に連れて帰るなら。彼はきっとそのまま、メインの国で将軍になれる。将軍にならなくとも、十分に優秀な戦士が手に入る―――まさか、この旅の目的にはそんなこともあるのだろうか。


アシュランは、楽しそうに闇夜を歩くメインの小さな背中を見つめるのだった。




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