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第9話

「レンカさんの瞳はまるでヒナゲシのように綺麗ですね」

「さすがは国花選定師。美しい例えをしてくださる。部下は皆、私の目を見てサラマンダーが火を噴いている、と言いますよ」

「サラマンダーってあのサラマンダーですか?」

「はい、モンスターです」


レンカは話をしながらメインを王宮へ連れて行ってくれた。道中、活気のある街中の人間が美しいレンカの横顔を見ている。男でも女でも見惚れてしまうような美しさ。金色の髪に、赤い瞳。珍しいと思える組み合わせだ。特に赤い瞳は珍しい、と言われる。珍しい瞳の色ではあるが、存在しないわけでもなかった。


しかし、この国では少しばかり異質ではないか。そんなことがメインの頭によぎる。待ちゆく人たちの肌の色や目の色は、砂漠の国特有の色だ。それは強い日差しにさらされて、肌が強くなって色が濃くなる、という砂漠の国で生きていくには必須の条件。しかし、彼にはそれがなさそうだった。

だが、そんなことを初めて会った人に尋ねるほど、メインは不躾ではない。誰とでも同じようにレンカにも接していた。


「化け物退治は私の得意とするところですよ」

「そうなんですか?」

「剣を鍛えました。鍛錬を欠かしたことはないんです」


メインを見つめるレンカの目に嘘はなく、同時に優しさにもあふれている。後ろをついてくるアシュランと一瞬でも目が合おうものなら、彼は視線を逸らす。すでに仲が悪すぎてどうしようもなかった。


「あの、サラマンダーとはどんな生き物ですか」

「鱗に覆われた竜のような形をしています。空を飛び、口から火を吐くものです」

「そんなものとも戦うんですね!」


この世界には本の中にしか記されていない生物もたくさんいるのだ。そういった存在のことも、これから先の国花選定師には必要になる、とメインは思う。学ばなければいけない、もっと、母のように、そう思うと少しだけ寂しい。本来の国花選定師は、先代から知識をすべて受け継いだ時点で代替わりをする。中には多くの弟子の中から、一番気に入った存在を選ぶこともあるそうだが、基本的には一族の中で選ばなければならない。植物の声が聞こえることは大前提だが、知識や経験、時には人間性も試される。


「赤髪の乙女は丁重に扱うように、と王より命じられています」

「はは、そんな大そうな者ではありません。メインと言います」

「では、メイン様」

「メインでいいですよ。レンカさんはこの国の将軍でしょう?私は客人ですから」


そう言ってメインが微笑むと、それを見てレンカが目を細めた。メインの気さくな様子は、本来ならば好まれるもの。アシュランが気に入らないのは、彼がそういう性質の男だからだ。

それに比べ、レンカは国花選定師であり、女性でもあるメインを丁寧に扱ってくれる。他の女性にもそうするのであろうな、と感じられるほどだった。


「そろそろ王宮です。通気よく作っていますので、涼しいですよ」

「わ、本当だ……!」


砂の国は砂漠が多い。乾燥しているが暑さは強かった。しかしこの王宮は風を上手く流している。この技術があれ王宮の園庭に空気を上手く流せるな、とメインは思う。真面目そうに仕組みを見ている彼女の側で、レンカは彼女を見つめていた。


「王の元へ参りましょう」

「あ、はい」

「その技術はいつでも見ていただいて構いません。風と水の流れを使っているんです」

「風と、水……」


メインはその仕組みを早く知りたい、と思いながらレンカの後を追った。王の間へ通されると玉座に座っていたのはレンカより若い少年だ。いや、これは子供と言ってもおかしくはないだろう。そしてもっと珍しいのは皮膚がまだらなのである。茶色の部分と白い部分を持ち合わせていた。


「ようこそ、赤髪の乙女」

「お世話になります、砂漠の王よ」

「お若いとは聞いていたけど、僕と同じくらいかな?」


不意に王はレンカに尋ねた。するとレンカは丁寧に答える。


「王よ、乙女に年齢を聞くのは失礼なことかと思われます」

「あ、そっか。すまないね、赤髪の乙女。僕はまだ王になったばかりで、不作法なんだ。だからいつもレンカに怒られているんだよ」


砂漠の国は王が早く死ぬーーーメインはその話を聞いていた。国家間の秘密事項であり、絶対に表に出すことのできない重大な秘密だ。しかしすでに国民も気づいているであろう。こんなに幼い少年王が玉座に座っているのなら、誰でも気づいてしまう。


かつて、メインの母はその死について研究を依頼されたことがあった。しかしその研究結果が出る前に母の方が死んでしまっている。その結果をメインは突き止め、この国の力になりたかった。


「うちの国花選定師だよ。仲良くしてやってね」


王の横から現れたのは黒髪に褐色の肌、赤い目をした細身の女だった。可憐な花のように細いその体は、すぐに折れてしまいそうな印象さえ受ける。


「スイレンです」


砂漠の国で水の花。それはできるだけ恵まれた人生を歩むように、と親が願ったのだろう。



◇◇◇



その後、メインはスイレンを伴ってこの国にある植物を見せえてもらうことになった。手入れの行き届いた美しい庭。その横には作物も一緒に植えている。


「豆がなっていますね」

「王が王好きなんです。だから植えております」

「手入れも行き届いていますし、水はどうやって引いているんですか?」

「近くの川から水路を作り、途中で水位や勢いを調整してここへ。雨季にはここ一面水に浸かってしまうこともあるんです」

「そんなに雨が降るんでしょうか」

「はい。雨季と乾季の差が激しい。だから食物は強くなければ育ちません。一方、薬などに使う植物は雨季でほとんど駄目になってしまいます」

「そ、そんな!」

「それがこの国の現状です。場所を替えたり、屋内に移動したり、色々なことを試しました。しかしやはり雨季には勝てません」


スイレンは黒髪を揺らして言う。そこには憂いしかなかった。


「その、むしろ私はこの水を流す技術や風の技術を教えていただきたいんです」

「そうですか?」

「はい。私が管理する庭がだいぶ大きくなりまして……」

「それは素晴らしいことです。私も一度拝見してみたい」

「是非来てください!」

「でも、それには弟がうるさいかもしれません」

「弟?」


そう言って視線を動かすと、柱の影からレンカがこちらを見ていた。


「レンカは私の弟です」

「お、お、おとうとなんですか??」

「はい。見た目がだいぶ違うでしょう?」

「その、失礼ながら、はい……!」


メインが返事をすると、スイレンがこの国のことを話し出した。

この砂の国は商人が多く出入りをする。すると必然的に人種が混じりあり、様々な子供が産まれてくるようになったのだ。何代も前に白人の血が入れば、その後の世代のどこかにそういう子供が産まれた。また、王のように皮膚がまだらに産まれる子は神の使いとしてあがめられる。


「レンカは父によく似ました。私たちの母はこの国の末の姫で、他国の血を引く将軍だったんです」

「え、でもそれじゃあ、王族では?」

「いいえ、母はすでに王位継承権を捨てておりますし、父に輿入れした時にもう王家ではないんです」

「先代の国花選定師は祖母でした。本来は母だったのですが、レンカを産んでからすぐに亡くなってしまって」


あの人は自分と同じような者なのだな、とメインは思った。きっと朧気にしか母親の顔を知らない。それでも前に進まねばならなかったから、進み続けた。


「私たち、姉と弟だと言っても誰も信じてくれないんです。まあ、見た目がこんなに違いますものね」


笑うスイレンの顔は美しくて、穏やかだった。次はどこに行こうか、としていた時にレンカが間に入る。


「姉さん、赤髪の乙女をそろそろ休ませてください」

「あら貴方、いつからこの子の保護者になったの?お連れの人がいたでしょう?」


スイレンがそう言った瞬間。メインは大声を上げて、アシュランがどこに行ってしまったのか、すっかり忘れていたことに気づいた。


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