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第5話

メインはせっせと荷物を積み込んでいた。旅には出ねばならない。

契約をしてしまったからには、どうにかアシュランを説得して連れて行くしかない。


王か父に相談して、資金を工面してもらおうとも思った。しかしそんなことをすれば、今まで自分を大事に育ててきてくれた父がぶっ倒れてしまうかも。それくらいにアシュランは傭兵の中の傭兵、そんな雰囲気なのだ。


紫の髪は染めているのか、後ろの方は墨を落としたような暗さ。きっと元々は黒髪なのだろう。もしも赤い血が跳ね返っても、その暗さに飲み込まれてしまいそうだ。体中傷だらけで、どうやって今まで生きてきたのだろうか、と思う。親はいない、と酒場のマスターが言っていた。


フラリ、とやってきて。気づけば大人になっていて。いつの間にか傭兵稼業に明け暮れていた。


特に誰かと仲がいいわけでもなく、パーティーも組まない。むしろ一匹狼。その表現はアシュランによく似合う、とメインは思う。でも狼って番を大事にする生き物じゃなかったっけ。遠い昔、一緒に森へ出かけた母がそんなことを言っていたように思う。狼は生涯に一匹だけしか伴侶をとらない。伴侶だけを愛し続けて子をなし、家族を持つ。そうやってひっそりと、少しずつ家族を増やしていくのだ、と。


母との少ない思い出の中で、彼女はそんなことを思い出していた。国花選定師として優秀すぎた母。若くして死なせてしまったことを、父は今でも悔いている。周りは国花選定師だから仕方ない、それが務めだからと言うけれど、愛した人を喪った父はただ我慢するしかなかった。残された一人娘を守って、次の国花選定師にしなければいけないから。


「伴侶を喪った狼は……ずっと一人なのかなぁ」


そんなことを呟きながら、荷物を詰めていく。もう入らないだろうというところまで来た時にふと人の気配を感じた。酒場のマスターが食事を持ってきてくれたのだ。


「嬢ちゃん、大したモンじゃねぇけど食べときな。そろそろ行くんだろ」

「はい、でもあの人どこ行っちゃったんだろ」

「アンタ、奴隷の契約について知らないのかい?」

「奴隷の契約?ただの契約じゃないんですか?期間限定の」


メインは首を傾げた。王からはそれくらいしか、聞いていなかったのだ。契約を行えば主人を裏切ったり殺すことができなくなる。それに通ずることも制御される。しかしその分、主人との絆が強まれば主人の体力や血肉、魔力、知恵などを共有することもできるのだ。特に勇者のパーティーでは好んでそれを受ける者は多い。そうすることでパーティー全体の能力が飛躍的に上がるからだ。自分自身の能力値が劣っていても、勇者という存在の力で、十分にレベルアップできる、といういい面がある。そこには契約以外の特別なものは必要ない為、上位のものと契約を行う者は多かった。


一方、傭兵などの自由を好む者達にとってこういったものは、邪魔なものでしかなかった。パーティーを長く組んで冒険者気取りになる傭兵は少なく、もらえるものがもらえればいい、主人が死ねば終わり、その程度の関係しか求めていない。中には特に仲のいい連れを持つ者もいるが、それはあくまでも悪友程度のこと。契約をしてまで、一緒に居るような関係性ではない。


アシュランは一匹狼の傭兵だ。ただでさえ一人を好む。そこへ命が危なかったとは言え、契約を結ばれた。彼が怒り狂うのもおかしくはない話なのである。


「マスターってそう言うのに詳しいんですか?」

「俺はこう見えて色々な話を聞いてるからなぁ。魔術にはいいことも悪いこともある」

「……対価が必要」

「そうさな。お嬢ちゃん、俺からもアイツを説得はしてみるが……難しかったら引きずって行きな」

「ひ、ひ、引きずる!?あの巨人をですか!?」


彼の身長はメインの頭何個分か飛び越えていたはず、と思うとゾッとする。

あんな大きな男をどうやって引きずって行くのか、と思うのだ。

引きずっている姿を想像しただけで、顔が真っ青になる。

マスターは笑いながら言った。


「あのな、お嬢ちゃん。その契約はかなりの強さだ。勇者パーティー並みの強さだから、アンタの指示にアイツは逆らえんはずだよ」

「そ、そんなに強いんですか?」

「おうよ。契約にもランクがあるとは聞く。そこら辺の娼婦から子供を縛るくらいならそんなもんは要らねぇ。でも命を懸けた旅路となれば強い契約をするもんさ」

「強い契約かぁ……でも私、呪文とかそう言うの知らないですし」

「あー、なんだったか?呼べばいいんじゃねぇのか?」

「呼ぶ?」

「おう、犬みたいにな」


狼が一瞬で犬呼ばわりになった。しかしそれで本当に効くのなら、と試しにメインは口にする。


「アシュランさん、来てください!」

「声が小せぇよ」

「アシュランさん!!来てくださーい!!」


駄目だなこりゃ、とマスターはため息をついた。大きなため息が二人に漏れる。その時彼女は足元に黄色い花を見た。マスターの庭に咲いていたレンギョウの花。薬にもなるので分けてもらったのだ。母も愛した春の黄色い花である。花言葉は。


「豊かな希望……」


春にピッタリの花よねぇ、と優しく笑っていた母を思い出す。あんな国花選定師になりたかった。もっとたくさんのことを教えて欲しかった。ない物ねだりだと分かっているけれど、死んでしまった人にズルいことを言っていると思うけれど。メインは旅立ちたい。そして花をたくさん育てて、国を豊かにして、多くの人を救いたいのだ。


「アシュラン、一緒に来て。貴方がいないと私は旅に出られない」


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