目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
狂人傭兵に愛されて花を植える物語
竜樹あさみ
異世界恋愛ロマファン
2024年08月26日
公開日
24,732文字
連載中
国花選定師という国で花を育てる特殊な仕事に就くメイン。国交の為に傭兵を雇うことになるも資金不足の為に周囲から狂人と呼ばれている、不愛想で人と関わらないアシュランと契約することになる。2人で様々な国を冒険をしつつ、少しずつ距離が縮まっていく。もどかしい2人の間に他国の将軍や商人がライバルとして現れて…。2人の契約期間は1年間。1年経てばまた国に戻り、メインは国花選定師へ、アシュランはただの傭兵に戻ってしまう。それまでに愛を育み、一緒にいることを決断できるかどうかーーー花や植物に夢中の天然系ヒロインと一匹狼だった傭兵が少しずつ愛を育んでいく物語。

第1話

彼女は裏路地の先にある酒場の前に立ち、大きなため息をついた。

大きくて深い深いため息だ。ついたため息の後、地面から顔を上げ汚い看板を見上げる。見上げていないと、涙がこぼれそうだったから。


母からもらった赤い巻き毛も、父からもらったグリーンの瞳も、今ではなんの役立たず。お母さん、美人に生まれたからっていいことばっかりじゃない、と言っていたっけ。でもお母さんはこの赤毛で、お父さんの心を射止めたって言っていた。でも、今はもうちょっと鼻が高かったらよかったなぁ、とは思うんです。だって。


「私は文無し……!」


一文無しとまではいかないが、文無しに近い状態であることは正しい。どうして、そんなことになってしまったのか。どうして国花選定師という地位を持ちながら、文無しになってしまったのか。



◇◇◇



それは数日前に遡る。

この国は王政だ。彼女の働く王城には王が居て、その王からの勅命は必ず受けねばならない。この国の王は世に言ういい人だったので、悪い命令など出したことはない。しかし少しだけ常識外れなところもあった。


王に呼びつけられて向かえば、王の近くに彼女の父も立っている。父は王の世話係を長年務めており、信用信頼の男だ。だから近くに立っていることを許されている。見た目はどう見ても屈強な兵士にしか見えなかったが、本人はただの護衛だと言っている。


そんな父の横で王は微笑んで、彼女に話しかけた。


「メインよ」

「はい」

「国花選定師としての仕事だ。よいか」

「はい、承知しました」

「では各地に回り、責務を果たしてくるのだ」


ついに来たのか、と彼女は思った。

彼女の名はメイン。赤毛にグリーンの瞳を持った童顔の娘。体は華奢で胸は小さく、着飾って夜会に出てくる貴族の娘たちとはまったく違う。質素な動きやすい格好に、男物のブーツまで履いている。しかも泥だらけ。彼女はそんなことを気にしたことはない。

乗馬もできれば野宿もできる、と豪語するくらいに野性的。お前は女の子なんだよ、と何度も父に言われたが、彼女はそんなことを気にしたことはない。


それでも彼女は、この国の国花選定師だ。


国花選定師とは、国に関わる重要な花や植物に関する役職である。ただの植物を、管理しているわけではない。魔力を持った花、魔術のかかった植物だけでなく、薬の製造もおこなっていた。治療法の確立、それに伴う庭園の管理運営など、多岐に渡って任せられているのが国花選定師なのだ。


メインの一族は代々女性が国花選定師としての役割を担ってきた。先代は彼女の母である。しかし母は戦禍の折に命を落とし、メインは若くして国花選定師になった。幼き日から母に教えられてきたこと、一族が残してくれた多くの情報を整理し、やってきたのだ。


母が教えてくれたことは幼き日のことばかり。本当はもっとたくさん相談したいこと、聞きたいことが山のようになる。でも天へ還った人にそれを聞くのは、ナンセンスだと彼女は思っていた。今でも墓の前で語りかけることはあるけれど、それはただ自分の気持ちを吐露するだけである。


だからメインは苦労に苦労を重ねて、若くはあるがやっとの思いで国家選定師になった。まだまだ母のようにはできないけれど、それでも植物を思い、国を思い、生きてきた。王や父は彼女の苦労を一番近くで見守り、よく理解してくれているが、なかなか外に出すことだけは許可をしてくれなかったのである。


国花選定師は、国で植物の管理などをすることとは別に、他国へ赴き他国と交流が許されている。特に各国の国花選定師との研究や意見交換など、これから先の国をよくする為の交流だ。国交のある国とは植物や薬情報の交換、新種の研究なども一緒に行うことがあった。


しかし国花選定師は数が少なく、貴重な存在である為、若いメインはなかなか国外へ出る許可が出なかったのだ。国花選定師を危険にさらすわけにはいかない。国花選定師は、国にただ1人きり。1人が引退後に次が決まる。メインの母が死んでしまったことは、とてもイレギュラーなことだった。


まだ次代の国花選定師が育っていないところで、先代が亡くなってしまうことは、国としてとても大きな損失だ。国の今後が左右される存在を、まだ幼いメインに任せなければいけない―――それは彼女にとっても大きな負担であり、成長を見守ることは、国にとって重要なことであった。


しかし、ついに王からの許しが出たのだ。国外の国花選定師と交流し、他国を見ることができる。それはメインにとって、念願だったこと。


「メインよ、お前には資金を渡す。使い勝手のいい傭兵を探して雇うとよい」

「承知しました、ありがとうございます」


若い女性が国外へ出るとなれば、信用の置ける勇者クラスの傭兵を雇うのが常だ。彼女はその資金も得た。やっとだ、と思って王との謁見が終わると、飛び跳ねるようにして、彼女は庭園へ向かう。


流れる綺麗な水、雑草一つない綺麗な庭園。毎日毎日彼女が手入れをして、愛し続けた植物たち。そんな彼らにも報告だ。


「聞いて、みんな!私、ついに他の国を見に行けるのよ」


彼女は植物たちに、話し続けた。流れる水の様子を確認し、水差しを持つ。それぞれの植物で水やりの時間や量が違うのだ。だからそれもちゃんと計算している。植物の育て方1つで、その後の薬も変化することが分かってきた。


「川の国は素敵だって聞いたわ。川の上に国民が住んでいるんですって。船の上で植物も栽培するのよ」


桃色の花に水を与え、手をかざす。国花選定師の一部、特にメインの一族は植物にだけ使える魔術を持っていた。手をかざせば植物が活発になり、綺麗な花を咲かせる。綺麗な花を見て微笑む。


はっきりとしたことは分かっていないが、国花選定師はもともと魔術師の家系であったのではないか、と考えられている。多くの魔術を使うことはできないが、簡単なものであれば、メインでも十分に扱えた。


「王様が傭兵を雇ってもいいと言われて、資金まで出してくださったの。この前ドラゴンを討伐された勇者様は雇えないけど、勇者様くらい優秀な傭兵を探してみせるね」


クルリと向き直り、彼女はニンマリ笑う。

そして自分がいない間、ここを誰に任せておくべきか考えた。国花選定師はメインだけだが、手伝いをしてくれる者や世話を頼める者は多かった。


メインは舞い上がっている。

どこでもクルクル回って、それはそれは上機嫌だった。


だから世間がどれだけ危険で、危ないところなのか考えてもいなかったのだ。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?