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チキン・オレンジの【5.光輝(こうき)の失態】

 「おい、こら、バカ音崎ねざきぃ~!」

部室のドアを乱暴に引き開けるなり、真王なお赤音崎光輝あかねざきこうきに詰め寄って胸倉を掴んだ。

「てめ、五東いつとう相手に何やった⁉」

「何やったも、かにやったもないですよ、兄さん。俺らは正当防衛したまでです!」苦しそうにしながらも、光輝は言った。

「正当防衛って何やった! 今から話せ!」

「話します。だから兄さん、手、離して下さい」

 真王はすぐに手を離す。扼殺やくさつの危機から解放された光輝は、ひとしきりゲホゲホ咳き込んでから、一連の出来事について語り出した。


 光輝たちペンキ隊3人は帰路を急いでいた。買い出し先のホームセンターに望むサイズの水性ペンキの缶が売っていなかった。それでもワンサイズ下の物は売られていた。代用品としてそれを購入して、その帰りだった。

 一行はホームセンターから1本西の角を曲がった所で、五東ヤンキーの一群に出くわしてしまった。

「すいませ~ん」群れの中から、茶髪のチャラそうなのが1人出てきた。「お金貸してもらえません?」

「何で? 断る!」ユッスーはきっぱり言った。

「そこをなんとか~、ねぇ?」

「知らないやつに金は貸すな、知ってるやつにも金は貸すな、って親に厳しくしつけられてるんで」クロシーも畳み掛ける。

「おーい、みんなぁ~」五東のチャラ男は言った。「こいつらが遊んでくれるって」

 すると、五東ヤンキーの群れがニヤニヤしながら、一行の周りを取り巻き始めた。

「ヤバい! どうする?」ユッスーが尋ねた。

「こうするんですよ、先生センセ!」そう言うと光輝は、手近なヤンキーの肩を掴んだ。

「オレの名を教えてやろう。オレは赤音崎光輝! てめぇをぶっ倒すおとこだ!」

彼は言い終えるか否かで、ヤンキーの腹に膝を叩き込んだ。

膝蹴りを決められたヤンキーは、胃液を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。

「こんのっ、ざけんな!」図体の大きいやつがユッスーの方へ突っ込んできた。

しかし、ユッスーは慌てず左手の缶を下した。そして、その手を右の缶の底に添え、そのまま両腕を前方斜め上に突き出した。

鈍い衝撃と共に缶の縁が相手の鳩尾みぞおちにクリーンヒットした。相手はそのままへたり込む。

「おい、お前ら、ずらかるぞ!」素早く缶を拾い上げ、走り出しながらユッスーは言った。

「はい」クロシーと光輝も慌てて続く。

「おい、光輝! この大虚おおうつけ!」ユッスーが叫んだ。

「えっ?」

「何で先に手ぇ出したんだよ!」クロシーが続けた。

「え……だって、あいつらに良いようにやられろって?」光輝は言い返した。

「この、どこに目玉つけてんだか分かんねぇ大バカ! ちょっと考えりゃ分かんだろ! 俺らは今、両手に何持ってる?」ユッスーは問うた。

「ペンキの缶」光輝は答えた。「……あ……」

「そうだよ。つまり、おもりのせいで俺らはいつもより機動力が落ちてんだよ!」

「8缶あるよりはマシじゃないですか、先生」

光輝はその点を指摘した。

「その余ってる2缶、全部お前に持たせてやる!」

「え~」

 その時、チャリンチャリンという耳を疑いたくなるような音がした。

 肩越しに振り向いた3人の目に映ったのは、10台ほどの自転車に跨ったさっきの軍団だった。

「ヤベェッ‼」叫ぶと同時に3人は走る速度を上げた。

「先生、どうします?」クロシーが訊く。

五星小いつぼししょう学区の裏路地駆け抜けて振り切る。そうじゃないとたぶん、ムリ!」ユッスーは答える。

「はいぃっ‼」

3人は死ぬ気で走り続けた。


「……と、いうわけです」

「と、いうわけです。……じゃねぇだろ、クソバカ音崎‼」真王は再び光輝の胸倉を掴んだ。

「てめぇのどこが正当防衛だっ! 完全に喧嘩吹っ掛けちまってんだろ、このバカ・ザ・モーストが‼」真王の指が光輝の首に伸びる。「一辺絞め殺してやろうかっ⁉」

「止めろ静垣! 細い指の方がよく絞まるんだ!」爽が急いで止めに入る。

「こいつは、一度絞め殺されても文句言えねぇんだよ!」

「あー、もう、止めろ、止めろ」

ユッスーが割って入って、真王の手の甲をピシャッと叩いた。

 渋々といった様子で真王は手を離す。死の危険から解放された光輝は派手に咳き込んだ。

「真王、やり過ぎ」

「やり過ぎも何も、ユッスー、どういう状況になってんだか分かってるよな?」

「分かってるよ。こっちが先に手を出した。だから、五東にやり返されても文句は言えない、だろ?」

「そうだ。それに、先に手を出した方が悪者にされる、ってのが世の常なんだよ!」

「兄さん……反省してます……もうしません」咳き込みながらも光輝は反省のむねを述べた。

「謝って済むレベルはとっくに越えてんだよ。赤音崎光輝! お前は、今この瞬間をもって第5班班長の任を解かれる。危険に対する判断力のないやつを班長にしておくほど俺も浅はかじゃない。それから、明日から5日間、ここに顔出すな。安全確保と反省の意味も込めて謹慎を申しつける。異議がある者は挙手をしろっ!」

 真王の剣幕にビビッたのか、その制裁は当然の報いだと認識したのか、誰も手を上げなかった。

「異議なし、だな?」真王はもう一度室内を見回した。

「以上をもってこの案は承認された。つべこべ言わずに受け入れろ、ベルギー。帰ってきたら、ちゃんと働いてくれ。活躍如何いかんでは、何かポストを振ってやる」

「はい……兄さん。期待を裏切らないよう、努力します」大粒の涙を零しながら、光輝は言った。

「それと、ユッスー、クロシー」

「どうした?」「はい」2人はそれぞれ返事をした。

「悪ぃけど、3日間こっちに顔出すの自粛してくんねぇ? 安全確保の意味込みで」

「いいよ。お前の頼みだ」とユッスー。クロシーも「兄さんの頼みとあったならば」と答えた。

「......ところで、3バカトリオ。何であんな真似をした?」

「え……だって、のぞむくんから『キョーちゃんが早く帰ってこいって言ってた』って聞かされて、ルンコちゃんから『五東が殴り込み掛けてくる』って言われたら、慌てるじゃないですか」みどりんが言った。

「それに、ねえさんから『人手不足感は否めない』って言われたら、助太刀に出たくもなりますよ」チキンも続けた。

「バカ、前線に誰が出てるのか気が回らなかったのかよ。そういう時は、ここの防衛につけよ」華琉人はるとが指摘する。

「……あ……」3バカトリオは固まった。

「お前らにも軽い罰則言い渡してやりたい所だが、今回は自陣の真正面に出るって、なことをしただけ見逃してやる。た、だ、し、だ。次、同じことやったら、それなりの制裁掛けてやるから、肝に命じておけ! ほら、総員。作業、作業!」

 真王は教室の片隅の段ボールの山に向かった。

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