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チキン・オレンジの【1.発端】

 それは夏休みに入ってまもなくの7月下旬のことだった。ながるたちの中学の文化祭は、どういうわけだか8月下旬に開催されるのが習わしであった。何もそんな暑い最中に催さなくてもいいと思うのだが、代々行われているのであれば仕方ない。在校生はそう受け止めていた。

 その日は、朝から部活動発表の下準備作業をしていた。

「皆! 聞いてくれ!」よく通る声で部長の静垣真王しずがきなおが言った。

「これからミーティングを始めるぞ!」

ザワザワとさざめいていた50人ほどの部員は一瞬で静かになる。

「今日集まってもらったのは他でもない、文祭のことだ」そう言って真王の演説は始まった。

「まずは全員に謝っておく。今年も少額ずつとは言え、カンパを募って申し訳なかった。すいませんでした」彼は深々と頭を下げた。

「謝る必要なんてないよ!」立ち上がって若狭聖わかさあきらが言った。

「今年は雀の涙もいいとこだけど、部費も補助金も出たんだ。気にすることなんてないよ!」

「そうだ、そうだ」という同意の声があちこちから上がる。

真王はそれを挙手だけで制した。自分にはとうてい真似のできないことだと流は思った。

「そう言ってもらえて嬉しい」真王は言った。

「皆、快く協力してくれてありがとう」一呼吸置いた後に彼は話を続けた。

「さて、本題に入るぞ。ユッスー、配ってくれ!」

するとすぐ側で待機していた副部長のユッスーこと桜桃晶司ゆすらうめしょうじが何やらプリントを配り始めた。

「未プリントとか、かすれてるとかあったら言って! あと足りないとか余ったとかってなったら、後ろで調整して!」

 ガサガサとプリントは人の間を流されていく。流の所にもそれはやってきた。受け取って見ると、メンバー表のようなものだった。

1から10までの班番号と思しき数字が振られていて、各番号のすぐ下に印字されている名前の頭には白抜きの星マークも振られている。これは一体……。

「それは見ての通り、今回の活動の班割りの表だ」真王は説明した。「各人自分の所属と誰が班長なのか確認しておいてくれ。それと、各班長は今すぐ教卓の前に集合。あとの者は指示があるまでその場に待機!」

 クロシー、赤音あかねちゃん、バカ殿、賢木原さかきばらさん、それに3年生が4人。真王は頼りがいがありそうなタイプや真摯しんしに物事に取り組むタイプの人物を班長にチョイスしている。人を見る目がしっかりしているからこそ、皆彼に従うのかな。そう思いながら流は手元の紙に視線を落とした。ユッスーが班長に任命されている2班に名前があった。あとは3年の女子が1人、1年生が男女1人ずついた。

「じゃあ、Mr.高山たかやまに言って渡してもらえばいい、ってことだな」

「おう。そうだ。4人揃って行けよ」

「分かった。先パイがやってくるまでTRの前で待ってる」

そう言ってユッスー、クロシー、赤音ちゃんの3人は部室から出て行ってしまった。

賢木原率いる3班とその妹が属している7班も教室をあとにした。

 あ、あれ? 俺ら放ったらかし? 流は不安そうに周りを見回した。班長であるユッスーは何も指示してこなかったぞ……。

「今この場に残っている者全員に指示を出す。よく聞いてくれ!」教卓の後ろに立っていた真王が言った。

「質問!」不服そうな顔をして光野華琉人ひかりのはるとが挙手をした。

「何だ、華琉はる!」

「どうして4班の班長であるクロシーが何の指示もなく出てったんだよ」

 この指摘に2・5班のメンバーも加わってさざめきが再開された。

「その件か」真王の一声で再びざわめきは静まる。

「説明せねばなるまい、だな」彼は指示の理由を話し始めた。

「2・4・5班の各班長には水性ペンキを買い出してくるように指示した。なぜ彼らに頼んだかというと……」

「はい! どう頑張っても一番近いホームセンターが五東中いつとうちゅうの学区内にあるから」6班の班長、バカ殿こと紫村響しむらひびきが話を遮る形で答えた。

「正解だ、バカ殿。でもそれだけじゃないぞ」

「はい」華琉人がもう一度挙手した。

「缶は個数があるとそれなりに重いから、力のある人が必要だった」

「正解。両名に2点ずつ加算だ」真王のジョークに少数人がクスクスと笑った。

「だったら、俺とかいちゃん、チキンだって、“力持ち”って要件を充たしそうなのに、何で声を掛けてくれなかったんだよ!」

華琉人は腑に落ちないと叫ばんばかりの顔だ。

「お前、何で班長の人選から落とされたか気づいてねぇのか?」

「じゃあなんでだよ!」

「お前は昔っから後先見ずに行動しがちだっつぅ悪い癖があんだろうが」

「う……」

「魁ちゃんも似たような傾向があるから、俺は班長の人選からは外した。蜜柑坊みかんぼうは……人のかしらに立つタイプじゃないから、不向きだ。向いてないやつに向いてないことをやらせるとかえって効率を悪くさせるだけだからな。メンバー入りはさせてなかった。以上がお前ら3人が人選漏れした理由だ。」

「しっつも~ん!」今度は聖が勢いよく挙手した。

「ペンキ部隊の選抜の理由は?」

「バカだな、お前は」呆れたと言うように真王は言った。

「五東ヤンキーはすぐゆすることで悪名あくみょう高いだろうよ」

この発言に多くの部員が頷いた。

「だからこっちとしても、いざという時に自己防衛できる者を送り出したって訳だ」

「クロシーと赤音ちゃんは分かるとしても、何でユッスーなわけ? バカ殿でいいじゃん」

「クロシーとベルギーのたっての願いだ。以上。え~と、話が脇道ばっかりだったから、本筋に戻すと、今この場に残ってる者は3・7班が帰って来るまで待機だ」

「え~」とブーイングが上がる。

「はい!」知稀かずきが手を上げた。

「どうした蜜柑坊」

「3・7班は何をしに出かけたんですか?」

「あぁ、そのことか。三・七班は、夕庚ゆうずつ商店街で段ボールを分けてもらえないかの交渉に出た。交渉成立の報を持って帰って来次第、この待機中のメンバーの半数に出撃してもらう」

「何で半分なんですか。あとの半分は何するんですか?」知稀はもう一度尋ねた。

「全員で行くほどの量も集まらないだろうし、空手で帰るはめになるやつが、何もしてない、って責められることにもなるだろうよ。だから、出るのが半分。あとの半分は、ここに残って段ボールの仕分けと裁断だ」

仕分けは分かるとして、裁断?

「はい」流は挙手した。

「おう、珍しいな、流。どうした」

「仕分けは分かるとして、裁断って?」

「お前、大きなやつそのまま置いておくつもりか? この大人数が作業する場所で、だぞ」

「あぁ、そういうこと」

「他に何か聞いておきたいことのある者、いないか?」

 2、3秒待っても誰の手も上がらなかった。

「お? 本当にいいな? よし、じゃあ回収班と仕分け班に分けるぞ。教卓の延長線上にいる者は、右か左、どちらか好きな方に移動してくれ」

 流を含めた数人が、あたふたと左右に移動した。流は直感的に左へ動いた。

「右側の者、喜べ」真王が言った。

「ここに残って仕分けだ。ということで左の連中が回収班として出動だ」

 それを聞くや両集団から「エーッ⁉」と叫びが上がる。

「文句言うやつは今すぐ帰って夏休み中顔出さなくても結構だぞ。やりたくなくてもやらなきゃならない、それが大人の社会のやり口だ。覚えておけ!」真王はこの騒ぎを一喝する。

すると、すぐに不平不満の叫びは止む。

「よし」満足そうに真王は言った。

「全員3・7班の帰還まで待機‼」

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