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第43話 再会





「ふぅ〜……、美味しかったね!」


「うん、本格的な中華は初めて食べたけど……思ってたより美味しかった」


 小籠包5つ、炒飯半分、天津飯半分。それらを平らげた2人は、腹を撫でながら会話をし始めた。どの料理も本場ならではの味付けで、2人は大満足。腹八分目、といったところだ。


「……デザートは……食べちゃう?」


 メニュー表を開いて、鈴佳は夏怜に質問をする。……腹八分目と言えど、デザートは別腹。それは、誰もが抱える悩みの1つだろう。いけない誘惑と分かっていながらも……、夏怜は怪しげな笑みを浮かべて口を開いた。


「……た、食べちゃおうっ……!」


 夏怜の返事を聞けば、自分だけが見れるように持っていたメニュー表を、夏怜に共有するために広げる鈴佳。やはり、食事後の甘味という欲望には、誰も抗えないのかもしれない。


「んわ、デザートも結構多い! 迷うな〜……」


「杏仁豆腐は知ってるけど、ごま団子とか桃まんも気になるし……マンゴープリンもいいかも」


 さすが中国4000年の歴史と言うべきか、デザートの種類までも豊富。その種類の前に、夏怜も鈴佳も思わず悩んでしまう。


「……決めた〜、ボクはごま団子にしよっ!」


「ん〜……、迷うけど……やっぱり杏仁豆腐かな」


 吟味の結果、夏怜はごま団子を、鈴佳は杏仁豆腐を選択した。そして、それを店員に伝えようと、テーブルのボタンを押そうとした────その時。


「動くなァッ!」


 男のそんな大きな声が、店の入口の方から響いてきた。その声に夏怜も鈴佳も驚愕して、入口の方向を見る。そこには、黒色の目出し帽を着た男がナイフらしきものを持って立っていた。

 ナイフを持った男の存在に気づいた客達があげる、驚きの声や悲鳴。店内が、一気に騒然とし始めた。その場の全員が、察する。奴は強盗だ、と。


「邪魔だっ!」


「ひっ……」


 辺りがザワザワしてきたのを黙らせることはなく、強盗犯は金を奪い去ろうとレジに近寄っていく。レジの前で会計をしていた老夫婦を、容赦なく突き飛ばす強盗犯。テレビでよく見るドッキリなんかではない。その光景を見た人々が、皆そう思うのであった。


「お父さん……、大丈夫ですか」


「おい。ここに金を詰めろ」


 倒れた夫を庇うように、急いで隣に屈む妻。その老夫婦の横で、強盗犯は黒色のバッグをレジ横の机に置き、老夫婦の対応をしていた真凛にナイフを向けてそう話しかけた。

 さっきまでの楽しげな表情とは一転して、不安そうな表情でレジの方を見る鈴佳。そんな鈴佳に、夏怜は強盗犯に聞こえない声量で耳打ちをする。


「…………鈴佳ちゃん。そこで待ってて」


 怪我人も出てるし、あのナイフを振り回されたら死傷者が出かねない、危険な状況。優しい夏怜が、そんな状況を見逃せるわけがない。

 夏怜と鈴佳が座る席は、強盗犯の視界からじゃ見えない、死角となる席。その地形を活かして、夏怜は素早く強盗犯に近寄ろうとする。……が、そんな夏怜の動きは1歩目で止まった。なぜなら……。


「……何してんだ」


 レジを挟んで強盗犯の向こうに居る真凛が、その強盗犯の腕を掴んだからだ。よりにもよって、向けられているナイフを掴んでいる腕を。夏怜はもちろん、腕を掴まれた強盗犯でさえその真凛の行動に驚いてしまう。ただの女性が武器を持った男を店から追い出すなんて、ほぼ不可能に近いからだ。


「アナタに差しあげる金なんて1つもないヨ。痛い目見る前に早く出ていくネ」


 強盗犯を強く睨みながら、冷徹にそう呟く真凛。先程までの愛想が良い彼女からは想像がつかない程の冷酷さだ。

 言葉に現れている感情に比例するように、真凛が腕を掴む力も強くなっていく。とてもそうとは思えない風貌をしているが、彼女には常人の2倍や3倍くらいの力があった。強盗犯は、目出し帽の中で額に汗を浮かべながら無理やり真凛の手から自身の腕を引き離す。


「…………まずい……」


 真凛が男の腕を掴んだのを見て硬直してしまっていた夏怜は、思わずそう言葉を零してしまう。真凛の一連の行動に怒った強盗犯が、真凛に傷をつけようと本格的に動き出したからだ。


「テメェッ……!」


 興奮している強盗犯は、机の向こうに立っている真凛にドタバタ音を鳴らしながら近寄っていく。店員用の通路を通り、真凛の前方に立てば、強盗犯は真凛にナイフを向けて襲いかかった。


「…………、!」


 そこに居た誰もが、目を瞑った。あの可愛らしい店員が、あの元気な店員が、刺されてしまう────。全員、そう信じて疑わなかったから。鈴佳はおろか、夏怜までそう思っていた。

 強盗犯が、ナイフを両手に握って大きく振りかぶる。……しかし、それが真凛に当たることは無かった。ナイフが振り下ろされる前に、既に真凛がナイフを避けていたからだ。

 避けると言っても、紙一重で左右や後ろに避けたのではなく……。むしろ、一瞬で相手の超至近距離へと近づき、攻撃をされる前に攻撃をしようという魂胆の動き。そんな動きを真凛は見せた。


「……忠告はしたからネ」


 刺されただろうにも関わらず、随分と平気そうな真凛の声が聞こえてきて。何かおかしいなと気づいた夏怜や他の客数人は、薄らと目を開いた。

 ────その瞬間。男の超至近距離に立っていた真凛は、息を吸いながら姿勢を低くして、左腕を後ろへと引き────。息を吐くと同時に、握った左の拳を強盗犯の腹部へと打ち込んだ。


「ガ、ッッ…………!!!」


 雷が落ちたのかと思わせるような、強き獣が鳴らしたとしか思えない凄まじい破壊の音。天まで届くであろう、その音を鳴らした拳。

 中国拳法には、最強と称される流派がある。それは、接近戦を得意とする八極拳はっきょくけんという流派。真凛が使った今の技は、その八極拳でも最高峰の威力があると伝わっている、「轟天雷獣拳ごうてんらいじゅうけん」だ。

 真凛の拳をノーガードで受けた強盗犯は、白目を向きながら口から血を吐き、後ろにある壁へと激突するまで吹き飛ばされた。男と壁が衝突して大きく店全体が揺れたことで、鈴佳や目を瞑っていた他の客もようやく目を見開いた。


「……お客様〜、お騒がせしてごめんネ〜!」


 そこには、壁にもたりかかりながら失神している強盗犯と、店に居る客全員ににこやかな笑顔を見せる真凛が居た。あれほどまでに静まり返っていた店内が、ザワザワとし始める。いったい何が起きたんだ、と。


「…………どうやら、ボクが出るまでもなかったみたい」


 きっと、様子を見る限り仲間とかは居ない。夏怜は警戒を解いて、苦笑いをしつつ再度自身が座っていた席へと座る。ちょっと待ってて、なんてカッコつけた手前だから、やはり恥ずかしいようだ。


「……いったい何が…………?」


 鈴佳は、困惑してしまいながらも目の前に座った夏怜に問いかける。困惑してしまうのも当然だ。真凛が危険だから目を瞑ったというのに、いざ目を開けてみれば、真凛は平気そうで逆に強盗犯が失神していた。そんな状況だったからだ。

 カッコつけたこと、ダサいと思われたりしてないかな……? なんて鈴佳の顔色を伺いつつも、夏怜は鈴佳の質問に答える。


「あの店員さんが1発で片付けてくれたよ、中国拳法か何かだと思う」


「へぇ、なるほど……」


 真凛が強盗犯を沈めた瞬間を見た夏怜は、あまり戦いの場には出ないような鈴佳でも分かりやすいように説明してみせた。

 ……真凛の拳は、とても一般人とは思えない威力だった。趣味で中国拳法をやっているとしても、格闘技団体に出るために中国拳法をやっているとしても。あの一撃は、街の片隅にある中華料理屋で働く店員に出せるような代物ではない……。

 眉間に皺を寄せて真凛について考えている夏怜に、鈴佳は話しかけた。


「……私達はどうするべきかな」


「…………ん。……幸い、警察とか救急車は近くに居た人が呼んでくれてるみたいだから……ひとまずは指示があるまで待機かな」


「そっか、わかった」


 これまで数多の事件を解決してきたからか、こういう状況には慣れている様子の夏怜。ソワソワしていた鈴佳も、落ち着いている夏怜を見れば同じように少しずつ落ち着いてきたようだった。

 冷静になった鈴佳は、ふと微笑んで、夏怜の両手を温かい両手で握った。


「……かっこよかったよ、夏怜ちゃん」


 たとえ、夏怜が実際に助けていなくても。誰かが危険な状況になった時にすぐ動けるのは、凄いこと。鈴佳は、苦笑いして帰ってきた夏怜に思ったことを改めて伝えるのであった。

 自分はあんなにも恥ずかしがっていたのに、鈴佳はかっこよかったと伝えてくれた。握られた手に、熱がどんどんと集中していく。面と向かって言われると恥ずかしくて、どんどんと顔を赤くしてしまいながら、夏怜は消え去るような声量で言葉を漏らした。


「…………ぁ、ぁりがとう」


 そんな夏怜の様子を見て、鈴佳はハッとした顔で握っていた夏怜の手から自身の手を離す。……流石に、友人にしては距離が近すぎただろうか。そう考えると、鈴佳も顔を赤くしてしまう。2人とも、変に意識してしまっているせいで顔が真っ赤だ。


「お客さ〜ん、今日は早いけど店仕舞いネ! お騒がせしたからお代はナシでいいアルヨ」


 恥ずかしがって話せていない2人を見計らったかのように、真凛が店内へと声を響き渡らせる。今日はどうやら、トラブルもあったことだし早くから営業を終了するとのことだ。

 真凛の言葉を聞いた多くの客達が、何も言わずに立ち上がって店から出ていく。正義感が強い等ではない限り、ほとんどの人は面倒事に巻き込まれたくない。そう考えているから。


「……ボク達も、行こっか。ご馳走様でした」


「……うん、わかった。ご馳走様でした」


 他の客が居なくなったのを確認すると、居ても立っても居られなくなった夏怜が立ち上がりながらそう呟く。鈴佳もそれに合わせて立ち上がり、玄関の方へと歩いていく夏怜について行った。


「ご馳走様、美味しかったです!」


「ご馳走様でした、また来ます」


 お代を払わないのは何だか申し訳ないから、厨房へと挨拶をしてから店を出ようとした2人。失神している強盗犯の足を縛っていた真凛が、そんな2人の言葉を聞いて立ち上がる。


謝謝シェイシェイ〜、また来てネ! ……あ、そうだ。割引券あげるヨ〜」


 礼の言葉を言われたのが嬉しかったのか、真凛はニコニコ笑みを浮かべて返答する。扉の前に立つ夏怜と鈴佳に、レジの下に置いてあった割引券を渡しながら。

 その際、真凛はすぐに戻らず、割引券を受け取った夏怜へと話しかけた。


「そういえば、アナタだけ動き出してたネ。けど、我が片付けた方が早かったから処理しちゃったアル。お気遣いありがとネ」


 サラリと流れるようにそう伝えた真凛は、そのまま裏の方へと戻っていく。

 ……あの状況で、ボクが動き出すのも視界の端で確認していた……? その真凛の内なる力に鳥肌を立たせつつ、夏怜は鈴佳と共に店を後にするのであった。

 夏怜も鈴佳も、この店ではない場所で真凛と再会することになるなんて、この時は思ってもいなかった。





















 夏怜と鈴佳が遊んだ日の、夜のこと。めるは、いつものように杏樹の病室へと足を運ばせていた。どうやら今日は疲れが溜まっていたようで、杏樹の腕に抱きつくような形でめるは少しだけ寝てしまっていた。


「…………、……寝ちゃってた」


 少しだけ肌寒くなってきたのを感じためるは、寝起きの頭でぼんやりと独り言を呟く。携帯で時刻を見てみれば、もうお見舞い時間が終わるくらいの時間帯。急いで立ち上がれば、めるは荷物をまとめ始めた。


「……あんたも早く起きなさいよ」


 上着を着つつ、めるはいつまでも起きてこない杏樹に声をかける。……顔は整っているんだから、あとは性格さえ良ければ完璧なのに。なんて思いながら。

 鞄を持って、めるは杏樹が寝るベッドに背を向けて病室を後にしようとした。が、なんだかもう一度声をかけたくなって、めるは再度室内の方へと振り向いた。


「じゃあね」


 言葉をかける。もちろん、返事は返ってこない。そんなの分かりきっていたはずなのに、余計に辛くなってしまうだけなのに、なんで行動に移してしまったのか。それは、めるでさえ分からなかった。

 10秒程度の間を置いてから、めるは病室を出ていった。






「…………、やっと行ってくれた」


 めるが病室を出ていって、すぐのこと。窓の外に居た何者かが、言葉を零しながら病室へと入り込んでくる。めるが起きる時に感じた肌寒さの正体は、窓が若干開いているせいで入り込んできた風だった。


「……ようやく会えた。久しぶり、杏樹さん」


 病室の床に降り立つと、帽子とガスマスクのような仮面で顔を隠したその人物は、ベッドの上で眠る杏樹の顔を見てそう呟く。

 白い手を撫で、長い黒髪を撫で、少し痩せた輪郭を撫で────。黒い手袋で指紋が残らぬようにして、杏樹を好き勝手触るその人物。


「…………あぁ、こんなことしに来たんじゃなかった。……うちのボスが、君にこれをって」


 杏樹から手を離すと、ガスマスクの人物は服の内側のポケットからあるものを取り出した。それは、透明の液体が入った小さな瓶。その瓶の蓋を外して、その人物は杏樹の点滴パックの中に瓶の中身を混入させた。

 それを混入させ終えると、パックの蓋を閉めて、帰るために窓の方を向くその人物。杏樹から離れることが惜しくなったのか、その人物は先程のめると同じようにベッドの方へと振り向いた。


「……また近いうちに会えるよ。だから安心して、息を吹き返して」


 クスリと笑いながら、その人物は被っていた帽子とガスマスクを取る。

 その長い髪は、左右で白と黒に色が別れ、杏樹を見つめる黄金色の瞳は、かつて或るマンションの屋上で杏樹と戦った彼女であるということを予感させる。

 そう。輝煌山レナだ。


「じゃ、また。私もボスも、また会う日を楽しみにしてる」


 杏樹の手を取ると、レナは杏樹の手の甲に口付けを落とし……。再び杏樹に背を向けて、そのまま窓から飛び降りて去ってしまった。













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