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第42話 林凛





「……お、来た来た。お〜い、鈴佳ちゃん!」


「あ、夏怜ちゃん……! 久しぶり!」


 岬とめるが杏樹の病室で出会った日の、数日後のこと。先の戦闘で負った太腿の傷が治りつつあった夏怜は、鈴佳と遊ぶ約束をしていた。

 友達と遊ぶなんてことは、長らくしてこなかった夏怜。そんな彼女は、決めておいた時間よりも30分早く集合場所に到着していた。友達を待たせるわけにはいかないという彼女なりの善意と、鈴佳と遊ぶのが楽しみで仕方ないという気持ち。その2つの感情が混ざって、夏怜はいつの間にか30分も早く行動していた。


「もしかして、結構待ったり……?」


 鈴佳も、約束をした際なんかには割と早く動いておく方の人間。10分前に集合したはずが、集合場所にはもう夏怜が居た。それに少しばかり驚いて、鈴佳は夏怜に問いかける。


「んや、別に! ボクもついさっき着いたから」


「ほんと? よかった……」


 自分と同じくらいのタイミングで到着したと知ると、鈴佳はホッとして胸を撫で下ろした。夏怜が自分より20分も早く到着していたなんて、鈴佳は知る由もない。


「それじゃあ、早速行こっか!」


 今日は、2人でショッピングをする予定。ショッピングといっても、特に買うものなんかないから、適当に街を歩いて回ろうという感じだ。

 眩しすぎるほどの笑顔で、鈴佳の手を引きながら夏怜は先導する。鈴佳は、嬉しかった。あの村に居た頃は、友達と遊ぶことはおろか、旅館で働くとき以外外に出させてもらうことすら容易ではなかった。そんな私が、私を救ってくれた夏怜と遊べるだなんて────。そのことに感激しつつ、手を引かれるがままに鈴佳は夏怜へとついて行った。











「ん〜〜……かなり疲れたね!」


「ほんと……。かれこれ3時間くらい歩きっぱなしだったし」


 服屋、雑貨屋、楽器屋にインテリアショップ。色んなところを巡り続けた2人は、さすがに疲弊しつつあった。といっても、いつも鍛錬をしている夏怜や鈴佳がこの程度で疲れるわけがないのだが……。太腿が完治していない夏怜に、練習の頻度が少し落ちていた鈴佳。そんな2人が音を上げてしまうのは、仕方のないことだった。


「そろそろご飯にしよっか! 鈴佳ちゃんは何がいいとかある〜?」


「ん〜、特にはねんだげど……ないんだけど。……ぁ、強いて言うんなら……中華料理とか」


 なんとなく、和という言葉が似合う感じがする鈴佳。そんな鈴佳が中華料理という選択をしたのが意外で、夏怜は少しだけ驚いてしまう。


「中華料理……いいね、でもそりゃまたなんで?」


「この前、お笑いコンビの旋風リョシカが中華料理店を取り上げてるのをテレビで見て。すごく美味しそうだったから……」


「あ〜、結構尖ってるあのコンビね。いいじゃん、じゃあお昼ご飯は近くにある中華料理店に決定〜!」


 あの村から離れてここへ来た時は、生活に人間味が感じられなかったのに。半年程度が経った今は、すっかりこの土地に慣れて、テレビ番組という娯楽なんかも満喫しきっている。鈴佳が幸せに生きられていることに夏怜も幸せを感じつつ、2人は近くの店へと向かった。


「……中国料理、林凛りんりん。いかにも本場って感じ!」


「人はあんまり入ってないようだけど……お昼時も過ぎたし、ここでいいよね。鈴佳ちゃん」


「うん!」


 夜でも目立つような、赤色の外壁。黄色の看板に書かれた、「中国料理 林凛」という文字。その色合いから、2人はなんとなく中華料理の本場である中国の国旗を連想する。

 期待も冷めやらぬまま、夏怜が先導するように店の中へと入っていく2人。玄関に取り付けてあるベルが、心地よい音色を奏でる。


你好ニーハオ〜! お好きなお席に座るヨロシ!」


 店内に入った2人を出迎えたのは、赤いチャイナ服を着た、陽気な女性。茶色の髪をまとめている2つのお団子に、チャイナ服、それに口調……。それらの情報から、夏怜と鈴佳がその店員を中国人と認識するのは容易いことであった。


「……け、結構ガチの本場だったね」


「んだ……。あの店員さん、たげ可愛ええ……」


 耳打ちで会話をしながら、テーブルの席へと進んでいく2人。鈴佳なんか、店員の可愛さのあまりに津軽弁がもろに出てしまっている。

 2人が席につくと、店員はテーブルに置いてあるメニュー表を2人に見えやすいように開き始めた。


ワタシのオススメはこの特製小籠包! あと〜、青椒肉絲チンジャオロースとか天津飯も美味しいアルヨ。お水は自分で注いでネ、注文する時はそこのボタン押してネ〜」


 メニューの内容を語っては、嵐のように去っていく彼女。入っている客が少ないとはいえそれなりには居るし、彼女以外の店員も見受けられない。厨房にもう1人や2人程度の店員は居そうだが、とにかく忙しそうに動いているのが見受けられた。


「ん〜……どうしよっかな。色んなのあって迷っちゃうね」


 本格的な中華料理店らしく、メニュー表には色々な料理の名前がずらりと並んでいた。メジャーな炒飯や麻婆豆腐はもちろんのこと、読めない漢字のメニューまで。その品数は、ざっと50は超えていた。


「とりあえず私は……あの店員さんも言ってた小籠包頼もっかな」


「お、じゃあボクもそれ頼んじゃお〜!」


「あとは……、天津飯と炒飯、迷う……」


「じゃあさじゃあさっ、2つとも頼んじゃって半分こしようよ! ボクも結構お腹すいてるし……」


「ん、じゃあそうさせてもらうね……!」


 食べきってもまだ胃に空きがあるなら後から頼めばいいし、ひとまずは注文してしまおう。そう考えた夏怜は、注文のために店員に言われたボタンを押した。

 ピンポン、という音が店内に響き渡る。その音を認識した店員は、厨房から夏怜達が座るテーブルへと進んでくる。……しかし、やってきたのは先程の店員とはまた違う店員だった。


「要件はなんだ。吾は忙しい、手短に話せ」


 店員とは思えないほどの高圧的な態度をとって話す、白いチャイナ服を着た店員。先程の店員と同じようにお団子を作った可愛らしい髪型で、その髪色は綺麗な白色。……実はその店員は、紅月が日本を襲う前に杏樹と一悶着を起こしていた人間。そう、狐彌神社で神として崇められていた存在……天狐である。


「……え、え〜〜っと……」


 そのあまりの威圧感に、注文ができずにいた2人。少しばかり困っていると、他のテーブルへと料理を置き終わったあの茶髪の店員がすっ飛んで来た。


「天狐ぉぉォ! お客サマになんて態度とるか!! お前厨房に戻るヨロシ!」


 それがたとえ客の前だとしても、容赦なく天狐の頭頂部を叩いて注意をするその店員。夏怜も鈴佳も、その光景を見て目が点になってしまっていた。


「……真凛まりん。厨房は飽きた」


「餃子焦がさず焼けるようになってから言うネ」


 天狐の独特な威圧感にも億さず、真凛と呼ばれた店員は厨房へと天狐を押し戻していく。……きっと、この雰囲気も込みの中華料理店なのだろう。普通の飲食店ならこんな空気は受け入れられないが、真凛の性格も相まって、林凛の雰囲気はなんだか心地よい。夏怜と鈴佳は、思わず微笑んでしまう。

 自分で動こうとしない天狐を厨房に戻した真凛は、急いで夏怜と鈴佳が座る席へと駆け寄った。


「ごめんネお客サン、あいつ新人だからお許し願うアル……」


「ふふ、大丈夫。それより、注文してもいいかな……?」


「ん、大丈夫ヨ!」


「じゃあ、特製小籠包2つと……炒飯と天津飯で」


 馴れた手つきで、夏怜が注文した内容を真凛は手書きでメモしていく。


「小籠包2つ、炒飯と天津飯! 後は大丈夫アルか?」


「追加があれば後から注文するね、それで大丈夫」


「は〜い、待っててネ!」


 夏怜と鈴佳に満面の笑みを浮かべてから、真凛は厨房へと戻っていった。


「……個性豊かなお店だね」


 コップに水を注ぎ入れながら、鈴佳は夏怜に話しかける。


「ほんとほんと! あの白い髪の店員さん来た時とか、ビックリした」


 普通ならば、日本の飲食店で店員が横柄な態度をとるのはありえないこと。海外とは違って、客をもてなす精神が染み付いているからだ。しかしこの店は、さながら本場中国のよう。色々な店員が居るし、知る人ぞ知る名所……そんな雰囲気がしていた。


「……あ、そういえば。この前、館長も中華好きって言ってた気がする」


「へ〜、桜李さんも? じゃあ、桜李さんが治ったらまた来ようよ」


 そして話題は、九十九道場の館長である桜李の話題へと移る。

 国会議事堂にて桜李が戦ったということを、ほとんどの九十九道場の関係者達は知らない。ほとんどというか、知っているのは鈴佳1人だけ。仈湧村の件で、杏樹や夏怜の仕事について知ってしまっている鈴佳に隠す必要は無いと判断して、夏怜が個人間で伝えておいたのだ。


「たしか今は、病院でリハビリ中……?」


「そうそう! 手術が終わったから、あとは体を慣らしていくだけ……って言ってたかな」


 鈴佳以外の門下生達は、桜李が事故に巻き込まれて現在リハビリをしていると伝えられている。手術は無事に終わり、早く復帰できるようにリハビリをしている……と。

 しかし、実際のところは違う。ドラコスとの戦闘を終えて倒れていた桜李は、杏樹と同様に緊急手術が行われた。失血量も多く、かなり厳しい状況下に置かれていたが……なんとか一命は取り留めたらしい。

 それから、剣道家として大切な腕も。まだ世に出回ってない高度な技術を使い、一度は切断された腕を桜李の体に戻すことが成功したとのことだ。これまでのようなパフォーマンスを出すことは難しいと言われているが、それでも無いよりはマシであろう。


「……朽内さんにも早く起きてほしいなぁ」


 師匠である桜李……そして、数少ない信頼できる大人の1人である杏樹。その2人と1ヶ月間まるっきり会っていない鈴佳は、少しだけ寂しそうな表情を見せて呟いた。

 夏怜も、鈴佳と同じだった。あの日、共に同じ場所で戦った2人が、行動を共にした仲間が。結果的に命を失わずとも、失う手前までいってしまった。その寂しさ……というより、絶大なやるせなさ。それが夏怜を襲っていた。


「……杏樹ならきっと、ふとした時に起きて、顔を出してくれるよ。心配しなくても大丈夫!」


 それでも────。夏怜は、強かった。自分まで落ち込んでしまっていたら、いったい誰が鈴佳を励ませる? クヨクヨしてるくらいなら、もっと人のために何かをするべきだ。

 夏怜はそう判断して、鈴佳を安心させるために笑顔を見せながら言葉を交わした。


「そうだよね、朽内さんなら……!」


 その夏怜の表情を見た瞬間、鈴佳の心の中にあった霧が、どんどんと晴れていった。……夏怜の言うとおり、心配なんかしなくても、杏樹は帰ってきてくれる。だって、杏樹はあんなにも強いんだから。圧倒的な強さは、時に人を不安にさせ、時に人を安心させる。


「お待たせしましたアル〜! 特製小籠包2つと、炒飯に天津飯ネ」


 しんみりした空気が無くなると共に、蒸し器の上に皿を乗せた真凛がやってきた。日本人の店員ならば、いっぺんにまとめて持ってくるなんてことはしないだろうが……そのダイナミックさも、この店ならではの見せ所だろう。


「どれも熱いから気をつけてネ~! 特に、この小籠包……一口で食べたら火傷しちゃうアル」


 テーブルに皿を広げ終わると、真凛は小籠包が蒸されている蒸し器の蓋を開きながら言葉を交わし始める。蓋が空くと同時に、凄まじい熱気が蒸し器から放出され始めた。その熱気を見て、夏怜と鈴佳は思わず腹を鳴らしてしまう。


「お2人は、小籠包の食べ方ご存知〜?」


「ボクは知らないけど……鈴佳ちゃんは?」


「私も知らないかな……」


「小籠包はネ、先端をお箸で掴んでレンゲの上に乗せて〜、箸で皮を破ってスープを出すのヨ! そして、そのスープをある程度飲んだらあとはお好みで食べるアル」


「へ〜……!」


 身振り手振りをしながら、2人に説明をする真凛。……自分の説明によって、どうやら真凛も小籠包が食べたくなってきたようだ。お腹が空いたなぁ、なんて顔になりながら真凛は厨房へと戻っていく。


「ごゆっくりネ〜」


 という言葉と共に。

 美味しそうな料理を目の前にして、夏怜も鈴佳も食欲に抗うなんてことはできずに居た。


「……さっそく、いただこうか」


「うん……!」


 両者目を合わせて、目の前の食材達に感謝して。2人は、両の手のひらを合わせた。


「いただきますっ!」













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