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第41話 見舞い





「清水先輩、頼まれてた資料まとめておきました!」


「お、ありがとう。そこに置いていてくれ」


「はいっ!」


 警視庁。激務続きの岬は、部下である黒音から資料を受け取る。その資料は、あの国会議事堂で起きた事件……紅月が起こした事件についての資料だ。

 あの事件から、約1ヶ月の時が経った。そのあまりのインパクトのせいで、テレビなんかでは未だに国会議事堂爆破事件についてのニュースが取り上げられている。警視庁は、過去の紅月の残党が起こしたテロという発表をした。首謀者はともかく、幹部の2人なんかは過去の紅月と全く関係がないのだが。

 自身が今している作業を終えれば、岬は黒音に受け取った資料に目を通し始める。


「……親玉が死んで、幹部2人やその他多くの構成員が逮捕。……パッとしないな」


 あの夜。紅月の長である、フロガこと大矢美蘭が死んだ。血縁関係者は大矢國男、現在も行方を眩ませている指名手配犯。幹部の2人と同じで、出身は斜陽都市。

 この斜陽都市出身という情報のせいで、警視庁は未だに確かな情報を発することができずにいる。というのも、斜陽都市についてを発することは、今の世の中じゃタブーとされている。1つの壁を挟むだけで、差別することはおろか、存在すら否認してしまう────。それが、この国日本。


「……それから……、あの田上幸貞が失脚か」


 この事件は、政治界をも震わせた。破竹の勢いで選挙を勝ち上がり、政界進出してから早20年が経つ、麒麟と呼ばれるまでに至った政治家。そんな田上幸貞が、紅月の幹部によって、裏社会と繋がりがあるという暴露をされた。

 彼は、全くそんな事実はないと言って容疑を否認したが────。その容疑に追い討ちをかけたのは、杏樹から受け取ったあの写真。大矢國男と田上幸貞が肩を抱き合っている写真だ。


「まぁ、奴が大矢國男と関わりがある時点でそりゃ逮捕だな」


 その写真を所持しているのは警視庁だし、そりゃ隠蔽をすることもできたのだろうが……。隠蔽をする意味もないと判断し、警視庁は田上を逮捕するに踏み切った。


「……動機は、……幹部2人が頑なに口を割らないせいで明白に出せてないか」


 岬は、黒音にまとめてもらった資料の、動機の欄を見るが……。そこの欄は、ほとんどが空白。数人だけ居る口を割った構成員も、楽園だかアポカリプスだか、意味不明なことばかりを口にするとのことだ。


「…………まだまだ謎が多いな。特に、幹部の1人である蒲生文規。奴の体内から見つかった、見たこともない弾丸は……」


 最後のページに箇条書きされている、不明点。その不明点の中で最も怪奇なのは、3階で気絶していたドラコスの体内から見つかった、ある1つの弾丸。非致死性になるように加工されており、その弾丸からは麻酔薬の成分が検出された。つまり、その弾丸をドラコスに撃ち込んだ者は、彼らの協力者や関係者であることが考えられる。

 ドラコスに狙撃をした者も捜索中ではあるが、依然として証拠は出てこない。岬は、思わず頭を抱えて机に突っ伏した。色々と不明点が多すぎる。疲れが一気にどんと押し寄せてきた。


「……咲沢。そろそろ帰るぞ、お前も連日で残業だからこれくらいにしといた方がいい。そっちに用があるから家まで乗せてってやる」


 そんな中で腕時計をチラリと見た岬は、もうそろそろ予定の時間だということを確認して、椅子から立ち上がりながら黒音にそう伝える。


「……もう20時ですか……。わかりました、お願いしますっ!」


 時計の針は、夜の8時を指していた。1ヶ月前から、2人はずっとそんな感じだ。岬はあの事件の処理に追われ、黒音も自主的にそれに付き合っている。そんな日々を送っていた。


「そういえば、私の家の方向に用があるって……?」


 黒音は、岬について行きながら口を開く。本来、岬の家は黒音の家とは反対側の方向だから、こんな機会は滅多にない。こんな時間に、どこに用があるのか気になって、黒音は質問をした。


「あ〜、それは……見舞いだよ」


「……ぁ、そういえば……そうでしたね」


 岬の返答を聞くと、黒音は背中で腕を組みながら少し気まずそうに言葉を返した。

 岬は今から、病院へと向かう。理由はただ1つ。入院をしているある人物の見舞いに行くため。











「……ここか」


 黒音を車で見送った後、岬はすぐ近くの病院に車を走らせる。そして、ある病室の前まで案内されると、岬はその病室の扉を開いた。

 どうやら、病室には先客がいるようだった。1つしかないベッドの、すぐそばの椅子に腰をかける、水色の髪の女性が1人。……そして、ベッドには……。人工呼吸器や点滴など、色々な物が繋がれている杏樹の姿があった。


「……すみません、お邪魔でしたか」


 まさか杏樹の病室に先客が居るとは思っておらず、岬は少し驚愕した。……が、狼狽うろたえたり物怖じすることはなく、岬はその人物に声をかける。


「……ぁ、……いえ。大丈夫です」


 岬に声をかけられた彼女は、少し驚いてビクッと体を跳ねさせたものの、すぐに落ち着いて言葉を返す。

 そんな彼女の名は、琴崎める。ベッドで寝ている杏樹の同居人だ。同居人と警視という、杏樹がよく関わる人間の上位2人が出会った瞬間だった。


「顔を見に来ただけですので、特にお気遣いなく」


 めるにそう断ってから、めるが座る反対側へと歩く岬。顔を見に来たとは言うが、杏樹はただ目を瞑って息をして眠る、それだけ。

 紅月によって国会議事堂が爆破された、あの日。岬の目の前で急に倒れて以来、杏樹は一度も目を覚ましていない。特に脳波に異常はないし、血も正常に巡っている、のにも関わらずだ。医者によれば、倒れた当時の筋肉や血流に少し異常があったとのことらしいが……。それでも、ここまで目を覚まさない理由は不明のままだった。


「……ぁ、あの。もしかして、清水さん……?」


 少し気まずい空間に居ても立ってもいられなくなっためるは、岬に話しかける。他の患者とは違って少し寂しげな、見舞いの品を置く机。そこに色々と見舞い品を置いていた岬は、めるに苗字を呼ばれたことに目を見開いて驚いた。


「……失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ」


「杏樹に助けてもらった時、連絡先をもらった記憶が……」


 めるの言葉に、岬は記憶を遡らせる。杏樹が、事件の解決ではなく人助けを……? そういえば、3年前くらいにそんな事件があった気が。

 その事件のことを思い出した時、岬はハッとした顔を浮かべた。杏樹が助けた黒髪の被害者に、たしかに連絡先を教えた記憶がある。その被害者の顔とめるの顔は、酷似している……というか、その本人だった。


「…………あぁ〜! あの時の……。髪、染めたんですね。お似合いです」


「ふふ、ありがとうございます」


 黒から水色に染まった髪のせいで気づかなかったが、言われてみればたしかに3年前のあの人。軽く微笑んで礼をしためるを見て、岬もそっと微笑む。

 あの時のあの人が、今こうして生きている。それだけで、岬は何だか嬉しくなってしまう。


「忙しくて名前も聞けないまま立ち去ってしまい、あの時は申し訳なかったです。清水岬です、改めて自己紹介を」


「いえいえ、全然気にすることないですよ。私は琴崎める、杏樹と同居してます」


 椅子に座って、相手が名前を知っていようがもう一度自己紹介をする岬。それに合わせて、めるも自分の名前を告げた。


「……杏樹の口から何度も聞いてますよ。『岬ちゃンに呼ばれたから行ッてくる〜』……とか」


「そっちもですか? 私も、『めるちゃンに怒られル〜……』とか言ってる杏樹をよく目にします」


 どうやら、この出会いは必然のようで。2人は思わずクスリと笑ってしまう。本来は人を殺すという役目の杏樹が、人と人の縁を結びつけたのだ。

 こんなこと、普通はありえない……とは、もしかしたら言いきれないのかもしれない。これまでも、杏樹は色々な人と人の縁を結びつけてきた。杏樹が居なければ、夏怜が鈴佳と友達になることはなかったし、そんな鈴佳が桜李の弟子になることもなかった。正義執行人は、事件の解決だけでなく、人と人を繋ぐという役を担っているのかもしれない。


「……あの、国会議事堂の事件。あったじゃないですか」


「……はい」


 少しの雑談を終えた後、めるは少しだけ神妙な顔つきになって岬に呟く。


「多分……杏樹が国会議事堂に向かう前くらいかな。1回、家に戻ってきたんですよ」


「ええ」


「流石に、心配でした。今テレビで映されてる場所に行くんだろうなって、察しがついてたから」


 めるは、数少ない杏樹の仕事を知っている一般人の1人。正義執行人という名は知らずとも、杏樹が警察と手を組んで事件を解決しているということは知っていた。彼女自身も、杏樹に救われた人間だから。


「その時に、話したんです。絶対帰ってきてね、って。いつも通りに振る舞ってきたから、杏樹はきっと帰ってくるんだろうって思ってました。翌日、あの電話が来る前までは」


「……」


 昏睡している杏樹の目の前で、めるは語る。これまで、色々な人の悲痛な思いを聞いてきた岬。そんな岬でさえ、めるの言葉に声をかけることはできなかった。杏樹は、ビジネスパートナーであり、友人のような存在。そんな存在が目の前で昏睡状態に陥ったのだから、めるの気持ちはよく分かってしまう。

 共感してしまう上で、めるは自身なんかよりももっと辛いだろうと岬は推測する。同居しているのだから、自分なんかより多くの時間を過ごしているはず。そんなめるにかけてあげられる言葉なんて、無かった。


「……これまでも、何回も言ってきましたし、何回も行動に移しました。危険なことは、いくら仕事だろうとやめてほしいって」


 ……その言葉を発した時。めるは、ボロボロと涙を流し始めた。


「……でも、それを諦め始めた自分が居ました。話してはくれなかったけど、杏樹には杏樹なりの理由があるだろうし。……それに。私みたいな、彼女に救われる人間が大勢居るなら、いいのかなあって思えてきて」


 涙を流しためるは、決して泣き崩れることはなく。涙を流し続けながら、ただ淡々と語るばかりだった。


「……杏樹には、いつか最悪の結末が待ってるなんて、知ってたはずなのに。……こんな悲しむんなら、しぶとく何度でも言っておくべきだった」


 後悔、先に立たず。めるの言葉は、まさにそれを体現していた。

 少し冷たい杏樹の両手を、めるは両手で握る。早く起きてと急かさんばかりに、しっかりと両手で暖めて。それでも、杏樹が起きるということはなかった。


「…………悪いのは我々です。彼女に頼ってばかりで、警察は……」


 重い空気の中、静寂を切り裂いたのは岬の言葉。彼女にできることは、自分を卑下するめるの精神面をフォローすること、それくらいだった。


「……絶対にそんなことないです。ニュースで見た殉職者じゅんしょくしゃの数とかを見る限り、杏樹が居なければ本当に解決できなかった事件だと思いましたから」


 めるに図星を突かれて、岬はまたもや言葉を返すことができなくなってしまった。そもそもこの事件は、ドラコスを狙撃した謎の人物が居なければ解決ができなかっただろうと警視庁で議論されている。棟梁とうりょうであるフロガを倒した後、杏樹は満身創痍の状態ですぐさま幹部のドラコスとの戦闘に入るつもりだったのだろうという現場検証が出た。

 もしも、ドラコスが狙撃されていなかったら────。間もなく失神することになるだろう杏樹は、確実に殺されていた。杏樹が居たとしても、運が積み重なってなんとか解決されていた事件。そんな事件に、杏樹が居なかったら……。その答えは明白で、めるが言っているとおりの惨事になっていただろう。


「……誰も負い目を感じる必要はないです。事件を起こした人たち以外が悪いなんて、ありえないですから」


 普通ならば、感情に流されて岬に当たってしまいそうな場面。そんな場面だったが、めるは誰にも当たることなんてなかった。

 そのめるの言葉で、岬も少し救われた。自分たちがもっと優秀だったなら、杏樹にばかり頼らずに済んだのに────。岬は、めるを励ますためなんかではなく、本心でそう思っていたから。


「…………琴崎さんと少しでも話ができてよかったです。仕事が残っているので、自分はここら辺で……」


「……ん、わかりました」


 出てしまっていた涙をハンカチで拭きつつ、めるは立ち上がった岬の見送りをする。ここ最近は職場の人間としか話していなかったからか、めるはこうやって心を打ち明けられる人に出会えて安心することができた。


「……清水さん」


「ん、?」


 病室の扉を開いた岬に対して、めるは声をかけた。


「……連絡。してもいいですか」


 岬に教えてもらった連絡先に、めるはこれまで連絡をしてこなかった。あの事件のことは思い出したくなかったし、何より、杏樹という最高の精神安定剤があったから。

 しかし、そんな杏樹が昏睡状態にある以上、めるが精神を安定させる術はなかった。……それが今、期せずして出会った岬という人物によって、解決されかけている。今のめるには、必要だった。話を聞いてもらえるような人が。


「……ええ。時間があれば、お茶でも」













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